戦いの後

こういう場合 第二部 第一話

作者:でらさん













使徒襲来翌日 司令室・・


「以上、報告終わります」


直立した姿勢のままで、ミサトは戦闘報告を終える。

ついでと言っては何だが、前日の反省会議の内容まで大まかに説明した。
ゲンドウも冬月も会議に出席できなかったから。
細かい報告書はすぐにでも上がってくるだろうが、一応説明しておかなくてはならない。


「うむ、市民への被害も少なくて何よりだ。
農地への被害が予想以上だったがな」


「担当の者がすでに対応しております。
ご心配には及びません、副司令」


「金で済ますのも心苦しいが、致し方ないな」


「はっ、補償交渉には誠意を持ってあたれと命じてあります」


海中から地上へ上がり、そのまま歩行状態で侵攻してきた使徒。
当然、その進路が被害を受けた。
が、市の郊外で活動停止したため実際の被害は少ない。
農地ばかりはどうしようもなかったようだが。

被害者達にはネルフからそれ相応の補償が支払われるとはいえ、あまり気分のいい物ではない。
これから先も被害は生じるだろうし。


「パイロット達の様子はどうか、葛城三佐」


「は?私は一尉ですが、司令。
お疲れでしょうか?」


外見上はまったく分からないが、司令という立場は激務と聞いているので、ゲンドウはかなり疲れて
いるのだとミサトは判断した。
でなければ、彼が自分の階級を間違えるはずがない。


「間違いではない、葛城君。
君は今日から三佐に昇進だ。
正式な辞令もすぐに出る・・今まで、よくやってくれた」


「は、はあ・・」


「どうした?不満でもあるのかね?
私としては二階級特進でもよかったんだが、冬月がごねおってな。
今回はこれで我慢してくれないか」


「ふ、不満などとそんな・・」


突然の昇進に驚いたのは事実だが、それ以上に驚いたのはゲンドウの饒舌ぶり。
しかも軽い笑みまで浮かべているとは・・

ミサトは、こんなゲンドウを見た事などない。


「お前が慣れない事をするから、葛城君が戸惑うのだ。
大方の職員は、お前のしかめっ面しか知らんからな」


「う、うるさい!」


「とにかく、そういう事だ葛城君。
色々とあったが、私も碇も君には期待しておるのだ。
これからも、よろしく頼むよ」


「勿体ないお言葉です・・副司令。
努力致します」


「うむ」


「では、これで」


ミサトが退室すると、ゲンドウは何やら不満げに冬月を睨む。
かなりの不満があるらしい。

が、冬月には全く分からない。


「言いたい事があるなら、はっきり言わんか」


「なぜ、葛城君をすぐ帰した。
シンジ達の様子を聞けなかったではないか!」


「わざわざ葛城君に聞かなくとも、保安部から報告書は上がってくるのだろうが。
ガードの報告では不満か?」


「不満だ!
私はもっと生の声というやつをだな」


「息子と直接話せばいいだろう」


「く・・できれば、やっておるわ」


「先送りにすればするほど、後が辛くなるぞ。
使徒は来襲した・・我らに残された時間は少ないのだ」


「・・・・・分かっている」




父と子の溝は、まだまだ深い・・





碇、惣流宅・・


戦闘報告は戦闘直後に口頭で済ませているため、特にリポートを書くというような事はない。
エヴァの行動はMAGIによって常時把握されているため、パイロットの主観の入った報告など、
かえって邪魔なくらいだ。

そんなわけで・・
指揮官として忙しい日々を送るレイとは違い、アスカとシンジは時間的な余裕がある。

今日も午前中はネルフで訓練を受けたが、午後は暇。
学校も年末年始休暇に入ったし、友人達にはそれぞれの都合があって彼らに付き合う余裕はない。


「暇ね。
街も平和そのものだしさ・・・昨日の緊張が嘘みたい」


「街に被害が出なかったのはラッキーと思わないと。
避難する時の混乱で何人かの怪我人が出たくらいで済んだのは、奇跡に近いよ」


「戦自や国連軍にも人的な損害は無かったしね。
でもクリスマスに浮かれる街並み見てると、何か虚しいのよね。
アタシ達は命懸けて戦ってたのよ。
それを、ほとんどの人が知らないなんて・・」


「気にする事ないよ。
僕たちは英雄になる必要はない。
アスカだって、そう思うだろ?」


「そうだけど・・」


「僕達は自信と誇りを持って戦えばいい。
ほとんどの人が知らなくたって、ネルフのみんなや戦自の人達・・国連の人達だって知ってる。
それでいいじゃないか」


死と隣り合わせの緊張から解放されてみれば、そこには怠惰にも思える日常がある。
それが、アスカには何となく気に入らないらしい。
シンジにも分からなくはないが、それはそれで仕方ないと思う。

全ての人が戦闘に参加するわけではない。
戦場の空気を共に吸えというのは無理がある。


「それにさ、こうやって高校生で同棲なんて、普通の立場じゃ絶対無理だもんな。
まだ全部は使えないけど、銀行口座には大金があるし・・
特権を享受してる身で、我が儘言っちゃいけないな」


「・・・悔しいけど、アンタの言う通りだわ」


「何で悔しいんだよ・・」


「アンタに言われると、何か悔しいのよね。
会ったばかりの頃は、お子様だったのにさ」


「僕だって成長するさ。
大体、そのお子様に惚れたのはどこの誰だよ」


「バ、バカ・・そんなところに」


シンジがアスカに何をしているのかは不明だが、アスカはベッド上で身悶える。

そう・・この二人は日中からとてもHな事をしているわけで、先ほどまではその休憩時間。
だが、また火がついたようだ。
この繰り返しで、明日の朝まで続くのだろう。

若さの証明とでも言おうか・・・




再びネルフ本部・・


「三佐に昇進?へ〜、やったじゃない。
お祝いしないとね」


「ありがと、リツコ」


ゲンドウ達への報告が終わった後、ミサトはリツコの執務室へと足を運んだ。
一時期疎遠になった事もあったが、彼女が心許せる友であることに違いはない。
そんな彼女に昇進の喜びを伝えたかった。

それに・・


「でも素直に喜べないのよね。
昨日も言ったけど、今回の手柄はほとんどあの子達の物よ。
何か悪いわ」


「別に昨日の戦闘だけで昇進が決まったわけじゃないんだろうだから、そこまで考える事なんて
ないわ。
素直に喜びなさい」


「気軽に言ってくれちゃって・・」


「他人事だから」


冷たい物言いのようだが、リツコなりに気を遣っている。

ミサトにもそれは分かる・・付き合いは長いのだから。
冷静沈着に見える外見とは裏腹のリツコの熱い内面を、ミサトは知っているつもりだ。


「まっ、今回はあの子達の御輿に乗るけど、次の昇進は自分の力でつかみ取るわ。
私にもプライドってものがあるからね」


「空回りしないように気をつけてね。
レイに対抗心燃やすなんて、バカな事は考えないのよ」


「人の決意に水を差さないでよ。
私はそこまでバカじゃないわ」


「どうだか・・」


ミサトも作戦本部の主導権をレイに奪われつつある状況を食い止めたいのは山々なのだが
今現在巧くいっているその状況を掻き回せばネルフは混乱するし、使徒との戦いにも支障が出る
だろう。
使徒殲滅を最大優先課題とするネルフの幹部として、それは避けなければならない。

となれば、自分はレイのバックアップに回った方が組織のためになる。
ひいては、人類のためでもあるのだ。


あ〜〜〜!疑ってるわねリツコ。
私だって考える事はちゃんと」


「失礼しま・・あっ、済みません」


ミサトがリツコに対し反論を展開しようとしたとき、ドアが突然開いて来客が。
見事な漆黒の髪の毛を背中まで伸ばした、若い女性職員だ。
部下か何かか・・


「いいわよ、どうしたの?」


「予算要求が承認されましたので、そのご報告に。
それと・・・」


「ミサト、悪いけど席を外してくれない?
すぐ終わるわ」


「了解、了解」


その場の雰囲気で、技術部の機密に触れる話がされるものとミサトは理解した。
同じネルフとはいえ、情報管理となると話は別。
女性職員とすれ違いに部屋の外へ出る。

すれ違いざまに見た女性職員の表情が気にはなったが。
彼女の顔は、まるでこれから恋人に会うような艶を帯びていた。


(近頃、変な噂聞くけど・・・まさかね)


最近、リツコにまつわる噂はよく聞く。
どうも同性愛に目覚めたらしいと・・


「マヤは前から怪しいと思ってたけど、リツコまでなんて・・」


「私がどうかした?」


「え?も、もう終わったの?」


「あなたを待たせるの悪いから、要旨だけ聞いたわ。
後で詳しく聞くわよ」


「そ、そう・・はははははは」


独り言を聞かれた気恥ずかしさもあり、つい愛想笑いをしてしまう。
女性職員は、リツコの後ろからペコっと頭を下げてその場から辞した。

が・・・その顔は真っ赤。
しかも、唇の端にリツコと同色のルージュが僅かに残っている。
拭き取ったのだろうが、よく確認しなかったらしい。


(噂は事実だったわけ・・リツコがねえ)


「どうかした?」


「い、いえ別に。
私もそろそろ行くわ、会議もあるし」


「そう・・もう少しゆっくりしててもいいのに」


「せっかく昇進させてくれたんだから、その期待に応えないと。
じゃあね!」


「うん、またね」


リツコの性癖がどうであろうと、彼女に対する友情に変化はないとミサトは言い切れる。

だが、周りがどう見るか・・
偏見の目で見なければいいのだが。


「その時は、私がガーンと一発かましてやるわ。
なんたって、友達だもんね」


結論から言えば、ミサトの杞憂は無駄に終わっている。
ネルフ技術部を統轄する実力者に偏見の目を向ける度胸ある人間など、全くいなかったのだ。

それどころか、彼女の性癖を知った女性職員が多数リツコに群がったという話だ。
もっともそれにより、独身男性職員諸氏の恨みは買ったようだが・・




同時刻 作戦本部ブリーフイングルーム・・


「反省会議でもありました通り、今回は完璧に近い動きでした。
問題点は無いように思えますが」


「戦自と国連軍の連携に問題があります。
もっと足止めできていたら、海岸線近くで殲滅できたはずです」


「戦自はあの時、国連軍の指揮下にありました。
問題があるとすれば、国連軍の指揮かと」


「全ての戦力を一元的に指揮する必要がありますね。
今のままでは指揮系統の無駄が多すぎる」


「それは難しいですよ、綾波さん」


居並ぶ作戦本部の幹部達を前に、その場を仕切っているのはレイ。
本当は司令室へ報告に行ったミサトの帰りを待って幹部会議を開くはずだったのだが、雑談が
いつの間にか会議へと進行してしまった。

幹部の一人がレイに意見を求めたのが発端。
彼女はすでに、ミサト以上の存在として認知されている。


「確かに演習では国連軍も我らの指揮下に入っておりましたが、昨日の状況でも分かるとおり
面子にこだわる彼らを御するのは並大抵の事でないと・・
戦自の方は問題ありませんが」


「面子がどうのと言っている時ではありません。
これは人類の存亡を懸けた戦いです。
国連軍の将官達には、その危機感が全くないようですね」


「はっ、ご卓見ごもっともでありますが」


「あなた達ができないと言うのであれば、私が直接司令に上奏します。
いかがです?」


「いえ、それには及びません!
すぐに要望書を作成致します」


「ならば結構。
後は使徒の残骸についてだけど・・」


「あれ?もう始まってるの?
ごめ〜ん、ちょっと赤木博士のとこに用事で・・・ど、どうしたの?みんな」


会議が盛り上がっている最中に、本来の最高責任者たるミサトの来場・・
なのだが、どうもみんなの視線に冷たい物を感じる。

視線を移すと、上座の席に座っているのはレイ。

ここに自分の居場所はないと、ミサトは直感した。


「はは、ははははは・・また用事思い出したから、後は自由に進めて。
報告書は忘れないでね。
じゃ!」


あたふたと部屋から出るミサトに、誰からも声が掛からない。
副官である日向さえも・・


(葛城さん、済みません・・僕は長いものに巻かれました)





組織のためと決意はしたものの、どこか虚しいミサトであった。





おまけ


リツコ執務室・・


「あら、会議はどうしたの?」


「追い返されたわよ!
なによ!みんなレイばっかり頼って!」


「現実は受け入れなさい」


「私は大学 出てんのよ!三佐なのよ!!」


「はいはい、偉いわね」


「バカにし てんの、リツコ!!」




ミサトの鬱憤はこの後夫へと向けられ、彼女の夫は多大な精神的苦痛を味わったらしい。




もう一つおまけ


「加持さんて、もうへばってるらしいわ。
ミサトが愚痴ってたもん・・月一回あればいい方なんだって」


「結構だらしないな、あの人も。
プレボーイ気取ってたんだろ?」


「らしいけど・・
シンジは大丈夫よね?」


「今、証明してるじゃないか」


「説明不足だわ♪」


「言ったな・・」




どこまで好きなんだこいつら・・




つづく

次回、「瞬殺


でらさんから『こういう場合』第2部の第1話をいただきました。

始まりはたんたんとしていますね‥‥シンジとアスカのアツアツぶりも、どことなく過激さに欠けているようにすら思えます(笑)

しかしでらさんのことですから、二人の間に何かとてつもない事態が起きることはきっと予定されているのです(断言)
次回に期待しましょう。

読後はぜひ、でらさんに感想メールをお願いします〜。

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