巣立ち

こういう場合 第二十五話
作者:でらさん











西暦 2017年 3月末 早朝 葛城宅・・


ほとんどの荷物が無くなりがらんとした部屋で目覚めたミサトは、いつものように寝ぼけ眼で
台所へと向かう。
そこには、仲睦まじく食事の用意をする二人の姿があるはずだ。

家事にはまったく手を出さなかったアスカも、最近はよくシンジを手伝うようになった。
お揃いのエプロンで台所に立つその姿は、まるで新婚夫婦のようでもある。


「そんな姿見るのも、今日が最後なのね」


加持との結婚を機にこの家を二人に譲り、ミサトは加持宅に引っ越す事となった。
まだ若い二人に事実上の同棲生活を許す事になったわけだが、ネルフとしては特にクレームもつけず
黙認という形になっている。
実際は裏で色々な動きがあったりしたのだが・・

全てはゲンドウの一言で決まった。
この事実をシンジ達が知るのは、もう少し後になってから。

そして今日はミサトと加持の結婚式。
今日限りで、ミサトはこの家を出る。


「さ〜て、最後の挨拶と・・うっ、な、何やってんのよ」


台所に入ろうとしたミサトは思わず後ずさり、息を潜めて中の様子を窺う。
状況が状況であるだけに声すら掛けられない。

二人が何をしているのかと言えば・・・

とてもいや〜んな事をしているわけで、普通は台所などではなく寝室とかで行われる行為。
ミサトが起きる前に済まそうとしたのだろうが、長引いているようだ。


「時間が時間だから寝直すわけにもいかないし・・
参ったわね、もう」


とりあえずそうっとその場から立ち去ると、ミサトは部屋に戻ってしばらくぼーっとする。
身の回りの物はほとんど加持の家へ送ってしまったため、何もする事がない。
今ここにあるのは、最低限の着替え類と化粧品の類・・そしてベッドだけ。

ペンペンも洞木家へ越していった。
何の躊躇いもなく離れていったペンペン。
単に好奇心から保護しただけの自分の気持ちなど分かっていたかのよう・・

シンジもアスカも、すでに自分達の世界を築いている。
そんな二人に、今更家族などと言うつもりは無いし言えるはずもない。

が、どことなく寂しい気もする。


「私らしくないわね・・
さて、そろそろいいかな」




葛城家の家主として最後の朝は、気まずい思いと少しだけ感傷的な気分で始まった。




朝食時・・


「あんた達、少しは時間とか場所とか考えてちょうだい」


気まずい空気の中・・
無言で食事を続けていた三人だが、食べ終わった後にミサトが口火を切る。

今日で保護者としての役割を終えるとはいえ、言うべき事は言っておこうと思う。
シンジは元より、アスカもしっかりしてきたので特に心配はしないが一抹の不安もある。

何しろ彼らは若い・・簡単に肉欲に溺れる。
肉欲に溺れるあまり、学業や普段の生活に乱れが出ないとも限らない。


「若いんだから仕方ないわよ。
それに、シンジってHだし・・ちょっとでも時間が出来ると迫って来るんだもん」


「人のこと言えるのかよ・・」


「何ですって〜〜〜!!」


「やめなさい!」


最後の最後まで、犬も食わない痴話喧嘩に付き合わされたくはないミサトである。
いつものパターンに行く前に二人を止めた。
どうせすぐ仲直りしていちゃつくのだから・・


「二人暮らしになるからって、羽目外さないでよ。
一応あんた達の事は黙認という事になってるけど、あんまり生活態度に乱れがあるようだと別居
させられるわよ」


「僕達は大丈夫です。ちゃんと立場をわきまえてます。
一人でここまで生きてきたつもりはないですよ。
ミサトさんや、周りの人達みんなのお陰だという事は忘れてません。
その人達の顔を潰すようなマネは絶対しません」


「そうよ。
前にも言ったけどさ、アタシ達は日々成長していくの。
いつまでも子供じゃないのよ」


「信じるわよ、その言葉。
まあ、ろくに料理も出来ない私が結婚するんだから、心配されるのは私の方かもね」


落ち着いた二人の言葉に、ミサトは心から安心する。

単に利害絡みで始めた同居・・形だけの家族。
その中で、いつの間にか自分だけが弾き出されていた。
それは仕方ない。
それなりの事を自分はしようとしたのだから。

だがこうして終わりの時が近づくと、本当の家族であったような錯覚を覚える。


「心配なんかしないわよ。
被害者は加持さんだけだもん」


「ア、アスカ、いくらなんでもそれはちょっと言い過ぎじゃ・・」


「いいのよ、シンジ。
婚約が決まってから、料理の勉強しろって何回も言ったのに無視した方が悪いの!」


「む、無視じゃないわよ。
私だって仕事とか付き合いで・・」


「たまの休みには爆睡してたくせに!」


「私だって疲れるわよ〜」


「やる気の問題よ、やる気の!」


「アスカ、今日はミサトさんの結婚式なんだからさ・・・」


いつものように姦しい朝。
こんな一つの日常が、今日で終わる。




アスカの部屋・・


着替えも終わり後は出かけるだけとなったが、ミサトが最後にアスカと話がしたいと部屋に入ってきた。
ミサトはかなりラフな格好、今日結婚する女とは思えない。
式場に行けばそれなりの格好をするからと、気にはしていないみたいだ。

逆にアスカの方がかなり気合いを入れている。
白のパーティドレスに薄化粧までして・・まるで彼女が花嫁のよう
その匂い立つような艶は、すでに女の物だ。


「綺麗ね、アスカ」


「ありがと。
でも、ミサトに言われてもあまり嬉しくないわ。
シンジが言ってくれなくちゃ」


「正直な子ね・・アスカらしいけど。
こんな色惚け娘になるとは思わなかったわ」


「ず、随分なこと言ってくれるわね」


「事実でしょ?
卒業式以来どこにも出かけないでHばっかり・・訓練は流石に休まないけど。
少しは抑えたら?
アスカの体も保たないわよ」


思い出深い中学を卒業したその夜、アスカとシンジはようやく心身共に結ばれた。
アスカとしてはいつでもOK状態だったのだが、シンジがその倫理観の高さ故にずっと我慢していた
のである。
もっとも、ここ半年ほどはそれに近い行為はしていたが。

そしてその我慢の反動なのか、結ばれてからのシンジは間をおかずにアスカの体を求めるようになった。
アスカもそんなシンジを拒否しない・・我慢していたのはアスカも同じだったからだ。
このような二人は、ネルフでの訓練が無い日など一日中ベッドで戯れる事も珍しくない。


「いいじゃない、別に・・
やっと気持ち良くなってきたんだしさ」


「そのようね、昨日の夜も凄い声出してたし」


「き、聞いてたの!?」


「嫌でも聞こえるわよ、あんな大きい声」


「・・・・・」


流石にアスカも恥ずかしいらしい。
顔を赤くして黙り込んでしまった。

ミサトも、アスカの気持ちは分からないでもない。
自分も男を知った当初は似たような事はした。
何事も覚えたてというのは楽しい物だ。

特に男女間の営みは、若い二人にとって麻薬みたいなものだろう。


「お小言はここまでにしとくわ。
・・・薬、ちゃんと飲んでる?」


「大丈夫よ、まだ妊娠なんかしたくないもの」


「無くなる前に、リツコに言って処方してもらいなさい。
同棲も特例中の特例みたいなものなんだから、妊娠だけは勘弁してね。
ピルも100%の避妊は保証してくれないわ。使い方には気を付けるのよ」


「何よ、小言は止めたんじゃないの?」


「これは最後の忠告・・同じ女としての。
若すぎる妊娠はいいこと無いわよ」


「女として・・・か。
ミサトも変わったわね、仕事第一だったアンタが・・」


ミサトがドイツ支部にいた時代から彼女を知るアスカには、その変化が奇異に映るくらい。

社交的な表の顔に隠されたミサトの本質。
任務に徹する軍人・・
ミサトはそういう人間であったはずだ。

それがいつからか、本当に人間が円くなった。
何かがあったのだろうが、アスカには知る術はないし知りたいとも思わない。
これから幸せになろうという女の傷を見て楽しむ趣味はない。


「アスカも変わったわ。
何度も言うけどね」


「ふふ、お互い様か」




家族ではない二人の女が、初めてお互いを認めた。
それが別離の日とは、何とも皮肉ではある。




玄関・・


「もう顔も合わせない訳じゃないけど・・今まで楽しかったわ。
ありがとう」


先に式場へ行くミサトは、玄関で二人に最後の挨拶。

正装したアスカとシンジ。
そしてラフな格好で手荷物一つ持つミサト。

どちらが結婚式の主役か分からない。


「な〜に神妙な顔してんのよ、ミサトらしくない。
たまに、遊びにくればいいじゃない。
いつでもとは言わないけど、歓迎するわよ」


「そうですよ。
たまになら、邪魔者にしませんから」


「な、何か棘あるけど、そうさせてもらうわ。
じゃ、二人とも・・しっかりやりなさい」



「僕達は大丈夫です。
ミサトさんこそ、お幸せに」


「幸せになるわよ、絶対に。
さよならアスカ・・シンジ君」


「さよなら、ミサトさん」


「・・・さよなら、ミサト」




別れの言葉を告げたミサトは、振り返りもせずにそのまま歩いていく。
その後ろ姿がどことなく寂しげに見えたのは、二人の錯覚なのだろうか・・


「さて、僕達も行こうか」


「まだ早いわ。
それよりさ・・」


確かに式の開始までには相当の時間が・・開始は正午なので、まだ三時間以上ある
今から行ってもかなり待たされるだろう。
シンジとしては、客として呼ばれてくるトウジなどの友人達と話でもして時間を潰そうと考えて
いたのだが、アスカが何やら耳打ち。


「せっかく化粧までしたのに、どうするんだよ」


「またお風呂に入ればいいわ。
そのくらいの時間はあるじゃない。
それとも、いや?」


「・・・アスカの言うとおりにしよう」


再び部屋に戻る二人。

そして数時間後・・
何をしていたか知らないが、彼らは式開始直前に会場へ滑り込んだ。

唯一人、ミサトだけはその話を聞いてピーンときたらしい。


(直前までやってたのね・・
全然、歯止めが利いてないじゃない)


式の後の豪勢な披露宴。
ひな壇に座り、居並ぶVIPの来賓に笑顔を振りまくミサト。

だが、二人の暮らしぶりに心配が募るミサトでもあった。







同日 夜 碇、惣流宅・・


式は滞りなく終わり、ミサトは夫となった加持と共に新婚旅行へと旅立っていった。
立場が立場であるだけにそれほど遠くに行けるわけもなく、期間も2泊3日と短い。

そして若くして同棲生活に突入したアスカとシンジは、リビングでくつろいでいる最中。


「綺麗だったわね、ミサト」


「そうだね、まるで別人みたいだったよ」


式でのミサトは、アスカから見ても美しかった。
有名デザイナーの手による純白のウェディングドレスを着る彼女は慎ましやかにすっと立ち・・
加持も無精ヒゲを剃り、髪の毛まで短くして式に臨んでいた。

その二人が並んだ姿は大人のカップルという感じで、悔しいがまだ自分達の及ぶところではないと
アスカは思う。


「アタシの時はどうかな・・
もっと綺麗になれると思う?」


「当たり前じゃないか、僕が保証する。
アスカは誰よりも綺麗になるさ」


「ありがと。
でもさ・・アタシ、あんなに待たないからね」


「わ、分かってるよ」


実に良い雰囲気なのだが、ここで二人の認識は大きく食い違っている。
アスカの待たないという意味は考えられる限り最短で結婚するという意味であって、シンジの
常識的な認識とはまるでリンクしない。

シンジは早くても20歳を過ぎてからと考えているのだ。


「分かってればいいわ。
じゃ、寝ましょうか」


「うん。
明日は訓練があるから、ほどほどにしようよ」


「ほどほどって、どれくらい?」


「疲れない程度」


「いつも通りって事ね♪」




お互いの体に手を回し寝室に向かう二人。
二人が実際に寝たのは、これから数時間後の事だった・・

疲れない程度というのはどのくらいなのか、聞いてみたい気がする。




そして式から三ヶ月後のある夜 碇、惣流宅・・


「お願い、今夜もここに泊めて!」


「また?今度は何よ。
夫婦喧嘩の度に家に来るのやめてよ!」


「たまには遊びに来いって言ったじゃない!
あの言葉は嘘なの?
アスカ、あなた自身が言ったのよ!」


「たまにはって言ったでしょ!
何回目になると思ってんのよ!
いい加減怒るわよ!はっきり言って邪魔なの!!」


「ア、アスカ、そこまで言わなくても・・」


「シンジがそうやって甘やかすから、ミサトがつけあがるのよ!
今夜は絶対泊めないからね!」


「そう言わずに、お願いよ〜〜〜」


「帰れ〜〜〜!!」




ミサトが完全に巣立ち出来るのは、まだ先のようだ。




つづく

次回、「平穏・・そして非日常の始まり

でらさんから『こういう場合』第二十五話をいただきました。ついにシンジとアスカが公然といちゃつくことが出来るようになりましたね(笑)

しかし‥‥ミサトって時々シンジやアスカより子供っぽいところがあるような気がしますね(笑)

最後に‥‥避妊はしっかり、という言葉で締めさせていただきます(謎)

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