実験 act.3

こういう場合 第二十四話
作者:でらさん












西暦2016年 11月上旬 駿河湾・・


「あんな翼で本当に飛べるの?
確かに見た目はいいけど」


「翼だけで飛ぶんじゃないもの。
ATフィールドの重力遮断効果を使うわ。
ついでに推進力もATフィールドの応用ね」


「万能なのね、ATフィールドって・・
翼なんかいらないじゃない」


「皮肉?それ」


「別に」


海岸に片膝を付いて並ぶ三機のエヴァ。
それらの背には、天使を思わせる巨大な翼が・・

零号機は白、弐号機は赤・・そして初号機は黒。
エヴァ飛行ユニットの正式採用版である。

量産型に採用された物とは形状も性能もかなり違う。
滑空用の羽といった感じだった量産型のそれとは違い、本格的な翼となっている。
材質はロンギヌスの槍と同じで、形状記憶の特質と装甲材並の強度を持つ。

使用しないときは背中の突起に収容。
整備での脱着を必要としない優れものだ。

だがミサトの言うように見た目は確かにいいが、現実に翼だけでエヴァを飛行させるには無理が
ありそう。
浮くくらいは何とかなりそうだが。
ATフィールドの助力があるとはいえ、本当に飛ぶのだろうか・・


「翼を媒介にしてATフィールドを使うの。
あれが無ければ飛べないわ」


「理論はいいわ、聞いてもどうせ分かんないから。
とにかく始めるわよ。
国連軍と戦自が待ちくたびれてるわ」


「見て驚きなさい、今日から空中戦の概念が変わるのよ」


どちらかと言えば不安の多いミサトとは逆に自身満々のリツコ。
仮にも軍人であるミサトは、現代航空戦の知識も当然持っている。
音速に近い速度で繰り広げられるドッグファイトや、年々精度の向上するミサイル。
エヴァがいかに強大な力をもつとはいえ、空中戦は話が別に思える。

しかもマンガに出てくるような翼がそれほど役に立つとはとても思えない。
あくまで長距離移動の手段と考えた方が良さそうだ。


「分かったわよ、もう・・
三人とも、準備はいい?」


<いつでもどうぞ>


<さっさと始めなさいよ!>


<いいですよ、ミサトさん>


ミサトの不安など知らない三人のパイロット達から三様の応えが返ってくる。
こんな取るに足らない事でも、それぞれの個性が出るのは面白い。


「了解、ではエヴァ全機発進。
発進後はブリーフィング通り上空6000bで待機、国連軍と戦自の航空部隊を待ちます」


<<<了解>>>


息のあった返事と共に、エヴァ三機は一斉に翼を広げ飛行態勢に入る。
一旦翼の両端を触れるほどに上へ持ち上げ・・振り下ろした。
巻き上がる猛烈な粉塵と強風で付近の海小屋が全て吹き飛ぶ。

そして次の瞬間、三機の姿は海岸から消えていた。


「消えた?」


「飛んだのよミサト、計算通りだわ!」


「とんでもない加速ね・・
大気摩擦とかエントリープラグのショックアブソーバーとかどうなってるの?」


「分かり易く説明すると丸一日かかるわよ、聞く?」


「・・・結構です」




初号機 エントリープラグ内・・


「空・・か。
不思議だ、全然恐くない」


足下に何もない感覚・・そこにただ浮遊する。
飛行機ともヘリとも違う。

眼下に見えるは、地図そのものの景色と雲。

これがただの遊覧飛行ならば、こんな楽しい事はない。
だがこれから始まる実験は、こんなのどかな風景を一変させるだろう。

ふと横を見ると、弐号機と零号機が同じように浮かんでいる。
弐号機などは腕を組み、まるでアスカその者のようだ。
話しかけたい誘惑にかられたが私語は禁止されている・・公私の区別はつけなくてはならない。

ミサトの事も、ネルフでは葛城一尉とか呼んだ方がいいと思う。
自分も一応ネルフの一員なのだし、いつまでも名前で呼ぶわけには・・


「アスカとも話し合ってみようかな。
どうでもいいとか言われそうな気もするけど」


<ミサイル、来るわよ。二人とも注意して!>


レイからの通信で、シンジは初めて長距離対空ミサイルの接近を知る。
モニターで確認すると確かに反応がある。
考え事で注意散漫になっていた自分が情けない。


「考え事は後だ」


神経を集中させ、初号機の超感覚を研ぎ澄ませる。

すると・・
まるでレーダーのように、向かってくるミサイルの軌跡が頭に浮かんだ。
シンクロにより初号機と一体化した能力の成せる業。


「これか・・」


数秒後、12発の長距離対空ミサイルは全て四散していた。
三機のエヴァが放つパレットガンの一斉射によって・・




指揮車・・


「長距離ミサイル全て撃墜。
でも、どういう反応なんですか?あれ。
あの速度を肉眼で捉えるなんて・・」


「エヴァとシンクロした者のみが、それを知る事が出来るわ。
実験はまだこれからよ、今は仕事に集中して日向君」


「は、はい」


日向を諭したミサトであるが、彼女自身現実が信じられない。
コンピューターをフルに駆使しても、音速を遥かに超えて飛来するミサイルの迎撃は容易でない。
それをいとも簡単にやってのけたのだ・・あの三機は。


「一番驚いてるのは、彼らかもね・・」





「全弾迎撃されただと?
かわしたのではなく、撃墜だというのか!?」


<そうだ、こちらでも確認した。次は当てろよ>


「ミサイルに言ってくれ」


ネルフとの合同訓練のためか、いつもの緊張感がない地上の管制官はフランクな口上。
だが、当のパイロット達はそれどころではない。
彼らは世界各国のトップクラスに位置する戦闘機乗り。
そして彼らが駆る機体も、現時点では最高の性能を誇る。

アメリカのF−22、フランスのラファール、スウェーデンのグリペン、ロシアのSU−35・・
そして日本の震電。
それぞれが三機編隊、合計15機で構成されたこの部隊は世界の空を制圧する最高の制空戦闘機部隊
であるはずだ。
その攻撃が全く通用しないとは信じられない。

特に、先程SU−35と震電から発射された長距離対空ミサイルはネルフが最新のアーキテクチャで
改良を加えた最新式の物。
通常のECMやECCMなども問題としない命中率を誇るのだ。


「まったく信じられん・・だがこのまま終わらん」


編隊を全て統括する戦自のパイロットは実戦をくぐり抜けた精鋭中の精鋭。
引き際も心得ているし、戦場での対応もマニュアルに頼ったりはしない。


「次は一機に集中させる。真ん中のやつに全てぶち込め」


整然と編隊飛行する全ての機から二本ずつの白い筋が伸びていく。
総計30本のその筋は真っ直ぐにただ一つの目標へ向かい、空気の壁を切り裂く。

彼らの頭脳に打ち込まれた目標は、弐号機であった。




指揮車・・


「中距離ミサイル、一斉発射です」


「今度は30発・・・大丈夫なの?リツコ」


「N2の直撃を凌いだATフィールドよ。
当たっても、たかが対空ミサイルくらいどうという事はないわ。
私が興味あるのは、どうやってあのミサイル群を凌ぐかよ」


「そうは言うけど・・」


「心配することないわよ、ミサト。
あの子達は世界一安全な場所にいるんだから」


リツコの言う事はミサトもちゃんと理解しているし、彼らの安全については元々心配していない。
戦略兵器の直撃も問題としないのだから、対空ミサイルなど蚊に刺されたほどにも感じないだろう。
ミサトが心配するのは、また別の事・・アスカだ。

赤く塗装された弐号機は目立つ。
接近戦になった場合、集中的に攻撃される可能性が高い。
その場合、アスカが精神的に正常な状態を保てるかどうか・・
アスカが万が一切れた場合、S2機関を搭載するエヴァを制御するのは容易ではない。


「その時は頼むわよ・・シンジ君」




弐号機 エントリープラグ内・・


「今度は30・・本格的な攻撃ってわけね」


ミサイルの接近を知ったエヴァ三機はお互いの距離を離し、ミサイルを分散させようとする。
が、ミサイルは全て弐号機だけに向かってくる。


<アスカ!>


「アタシは大丈夫よ、シンジ。
ミサイルは全部引き受けるから、アンタ達は戦闘機に向かいなさい。
こんな実験、ちゃっちゃと終わらせるわよ」


<指揮官は私なんだけど>


「いいからさっさと行きなさいよ!」


そのアスカの台詞と共に、初号機と零号機はロケット並みの加速で戦闘機群へと向かっていった。
そして彼らと入れ替わるようにミサイルが。
それを、アスカは瞬時にかわす。


「はっ!」


通常は目視など出来るはずのない速度。
だが弐号機とシンクロしたアスカの目には、ミサイルがまるで止まっているように見える。


「見える・・ミサイルが見える!」


かわしたミサイルのいくつかは近接信管で爆発し数発の同僚を巻き込んで四散。
そして数発は、かわした弐号機を追いきれずいずこともなく飛んでいった。
それでも半分以上がまだ弐号機を追って軌道修正する。

が、その軌道修正には長大なループを必要とするため、瞬時に体勢の入れ替えが可能な弐号機に次々
と撃墜されていく。
まるでゲームのように・・


「まっ、こんなもんね。
シンジ達はどうなってるかな・・聞くまでもないけど」




「全機撃墜 だと!?・・3分も経たずにか」


<そ、そうだ、帰投したまえ一尉。君達の任務は終わった。
次は地上部隊の攻撃が始まる>


悠然と空中に佇む二体の巨大な人型は、数分前突如編隊に突入し演習用に設定したパレットガン
で、次々と撃墜の刻印を彼らの機体に打ち付けたのだ。
航空機の限界をあざ笑うかのような機動性と速度で。


「あんな人形が・・
時代が変わったという事か」


指揮官は一言呟くと、編隊に帰投命令を下した。




指揮車・・


「制空部隊撤収・・エヴァ三機、所定の空域に移動しました」


「今度は地上部隊からの攻撃だけど・・
もう、やる必要もないんじゃない?リツコ・・結果は分かり切ってるわよ」


「そうね・・
データも取れたし、今回はこれでいいかもしれないわね。
余計なお金使うこともないわ」


「じゃ、決まりね。
予定を変更し今回の実験はこれで終了します、エヴァ三機に帰投命令を。
地上の戦自と国連軍に撤収命令を出して。
航空管制は通常の態勢に・・」


矢継ぎ早に指示を出すミサトの姿は、心なしかほっとしているようにリツコには見えた。

予定されていた地上部隊のミサイル攻撃が中止されただけで、かなりの経費節約になる。
何かと矢面に立つミサトには内心悪いと思っていただけに、そういった姿を見るとリツコも
どことなく安心出来る。
作戦本部ほどではないが、金食い虫と揶揄されるのは技術部とて同じなのだから。


「それにしても予想以上だわ。
最高速度なんか第一宇宙速度超えてるじゃない」


使徒が大気圏外に出現しないという保証はない。
場合によっては宇宙空間での戦闘もあるだろう。
それを考えれば、朗報とも言って良い。


「宇宙戦闘用の武器・・考えなくちゃね」


科学者の性か・・
早くも、リツコの頭から”予算”の二文字は消えていた。

ミサトの苦労はまだ続きそうである。




同日 夜 葛城宅 夕食時・・


「アスカ冷静だったじゃない、感心したわ私」


「何よそれ・・」


「ほら、集中攻撃受けたでしょ?
私はあれでアスカが切れるんじゃないかって、ちょっと心配してたのよね」


「あのねえ、アタシも昔のアタシじゃないのよ。
そんな簡単に切れないわよ」


アスカの成長ぶりは分かっていたつもりのミサトではあるが、今日あらためて確認した思い。
ドイツ時代、来日直後、そして今・・
彼女は確実に成長している。

その成長に一番寄与しているのは、やはり彼女の隣に座る少年なのだろうとも思う。


「最近、女らしくもなってきてるしね。
やっぱ恋は女を変えるか」


「否定はしないわ。現実にそうなんだし。
シンジもそう思うでしょ?」


「そうだね、最近のアスカは本当に綺麗だよ」


「や、やだ、シンジったら・・
ミサトの前よ」


「だって、本当のことじゃないか」


「う、嬉しいけど、照れるじゃない」


「照れる事ないよ。
綺麗なものは綺麗なんだから」


「もう、バカ♪」





突如始まった色ボケモードに何をしていいか分からず・・
ただ、ぼーっと眺めるミサトであった。


(早く別居したい・・・)






つづく

次回、「巣立ち










 

でらさんから『こういう場合』第二十四話をいただきました。

空飛ぶエヴァ‥‥本編ではついに出てきませんでしたね。いや量産機が飛んでましたか。

キレないアスカ‥‥うーむ、このアスカはシンジとの交流によりキレなくなったのでしょうか?それは良いことだと思います。映画のアスカみたいなこと になったら嫌ですからね‥‥。

チルドレンの今後にさりげなく期待させてくれるお話でした。

なかなか良いお話でした。読後にでらさんに感想メールを送りましょう。

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