実験 act.2

こういう場合 第二十三話
作者:でらさん












「ホントに地平線が見えるよ、凄いな・・」


量産型の視覚情報を映像化したプラグ内のモニターから見る景色は、シンジにとって初めて見る光景
であった。

見渡す限りの平原。

水平線ではなく地平線を見たのも初めて。
流石はシベリアである。

そう・・
シンジは今、シベリアの大平原にいる。
一人で。




約一ヶ月前 ネルフ本部 リツコ執務室・・


「ロシア?日本じゃダメなの?」


「音速以上が予想されるのよ。
衝撃波もあるし、周辺への配慮とか環境への影響も考慮すると日本国内じゃ無理ね。
富士のすそ野でも難しいわ」


「なるべくなら国内にしてもらいたいわね。
経費がどうというより、警備上の問題よ。
今のネルフに楯突くバカはいないと思うけど、狂信者の行動は読めないわ。
相当の護衛が必要になるわよ」


「ロシア支部の協力があるじゃない。
あそこは前から本部に協力的だし、向こうの国連軍も精鋭だって聞いてるわ」


「支部については信用してるけど、軍の方はね・・
部隊によって落差激しいから」


ロシア支部の信頼性については問題ない。
ゼーレとの抗争前から本部とは深い関係にあり、職員の交流も活発。
もっとも本部寄りの支部と言っていい。

だが軍となると話は別。

旧ソ連時代からの伝統を受け継ぐ軍上層部のプライドは高く、国連軍に組み入れられた現在でも
国連事務当局と度々衝突する。
部隊そのものの実力は精鋭部隊と一般の部隊とではっきり一線が引かれており、精鋭部隊は今でも
世界有数の実力を有するが、一般部隊ははっきりいって使えない。
前線に投入されても真っ先に逃げるだろう。


「その辺の調整はミサトにお願いするわ。
私は実験の方に専念させてもらうから」


「あたしゃ雑用ですかい」


「拗ねないの、向こうはリキュールの本場でしょ?
仕事が終わったら思いっきり飲めば?」


「最近、酒は控えてんのよ」


「じゃあ、郷土料理でも楽しみにするのね」


「ロシア料理か・・」


世界に美しさを誇るロシア女性。
その源たる郷土料理に興味がないと言えば嘘になる。

しかし・・・


「カロリー高いの多いのよね。
ダイエットもしてるんだけど、私。
加持の奴、結構うるさいこと言うから・・」


「なら、仕事に専念しなさい」


「簡単に言わないでよ。
アスカの説得もあるんだから」


そう・・
アスカは今回、レイ共々本部で待機。
前回の実験時の騒ぎを考えると、その説得は困難を極めるのは明らか。
今の彼女はシンジが全てとも言っていい。

本当に頭痛のしてきたミサトである。




夜 葛城宅 夕食時・・


「本部で待機?理由は?」


「使徒の来襲はいつになるか分からないわ。
今この瞬間に来てもおかしくないのよ。
そして連中の目的は本部の最下層にある、ある物・・
最低二機は、常に本部か本部近くに配備しておきたいの」


缶ビールで勢いをつけ、一気に話してしまおうとしたミサトだったが・・
相手が悪かった。
アスカがそう簡単に納得するはずがない。

シンジは口を出す立場にないと割り切り、静観している。


「だったら、そんな実験やらなきゃいいじゃない。
地上で全力疾走するような状況なんて考えられるの?」


「想定される状況がどうとかじゃなくて、エヴァの限界性能を知る事が目的なのよ。
どこまでが可能でどこからが不可能なのか・・
兵器の性能を知らなくちゃ、作戦の立てようもないわ」


「敵の能力が分からないのに作戦なんて無意味よ。
結局は現場任せになるんじゃないの?
それに、ミサトよりレイの方が戦術組み立てるのうまそうだし」


アスカが他人を褒めるのは珍しい。
恋人のシンジに対してもそれは同じで、言うことは言う。
高い能力に裏付けされた自信が背景にあるのは、疑いのないところだ。

だがその彼女が、レイの戦術能力には脱帽に近い状態なのだ。

個人対個人の戦闘ならともかく部隊を指揮して戦うとなれば、アスカはレイに勝てる自信はない。
それは、これまで無数に繰り返されたシミュレーションによって証明されている。

レイはミサトとも数回シミュレーションで対したが、いずれも完勝。
ネルフ内でも、その能力は折り紙付き。


「私の戦術能力なんてどうでもいいわ。
とにかくこれは決定です。
シンジ君は約一ヶ月後から一週間、ロシアに出張よ。
当然、私もね」


「・・・・・寂しいけど、仕方ないわね。
アタシもネルフの一員だし、命令には従うわ」


「一人が寂しいなら、加持でもここに寄こす?
マヤちゃんでもいいけど」


「冗談はやめて。
あの二人が来たら身の危険を感じるわ。
貞操の危機よ」


「加持は冗談、ホントに危ないからね・・
でもさ、マヤちゃんは女よ?」


「アタシが何も知らないとでも思ってんの?」


潔癖性で知られるマヤの性癖については色々と本部内で噂がある。
ショタだとか女王様だとか・・・

大方はくだらない噂話の域を出ない物だが、アスカはある噂についてはかなりの信憑性があると
確信している。
一度その現場を目撃しているからだ。
以前、ちょっとした物陰でマヤはある若い女性職員とキスを交わしていた。
つまりそういう事だ。

かつての思い人、加持も現在では警戒の対象でしかない。
シンジと大人の関係になりつつあるアスカは、もう女と言ってもいい。
その彼女が、元保護者とはいえ加持のような男と二人きりで過ごすはずがない。


「はいはい、余計なお世話だったわ。
じゃあ、ペンペンと留守番お願い」


「ミサトこそ、シンジをよろしく頼むわ。
向こうの女は油断ならないんだから」


「僕がそんなにもてるはずないじゃないか」


アスカとの付き合いで自信もついてきたシンジだが、こういう所では鈍いままだ。
自分が女から見てどういう存在かというのが分かっていない。

それに・・
本部に所属するエヴァパイロットという立場は、上昇志向の強い女性からすれば格好のターゲット
だろう。


「未だにこんな事言ってるやつなのよ。
心配でならないわ」


「アスカも苦労するわね・・・」


「二人とも、何訳の分かんない事言ってんだよ」




アスカがシンジの傍から離れたくない理由を理解したミサトであった。
これでは心配するのも無理はない。






「全く、余計な心配するんだからアスカは。
気持ちは嬉しいけどさ」


ここへ来る前のちょっとしたエピソードを思い出していたシンジは、つい顔が弛んでしまう。
大事な実験前だというのを忘れてしまいそうだ。


<シンジ、準備はよろしい?>


「は、はい!いつでも結構です」


<考え事でもしてたのかしら?
日本に残してきた恋人が気になって仕方ないのは分かるけど、今は集中してね>


「す、済みません、気を付けますリコビノフ大尉」


<タチアナでいいのよ、何回も言ったでしょ?>


「は、はい、タチアナさん」


実験場での指揮を執るのは、ロシア支部のタチアナ リコビノフ大尉。
ミサトにも権限が無いではないが、現地での指揮は慣れた人間が行う方が何かと都合がいい。
今回、ミサトは立会人みたいなものだ。

ここまでの形にするにはかなりの苦労をさせられた。
このくらいの楽は許されるだろう。


指揮車・・


「可愛いわね、彼。
彼と同居していらっしゃるんですよね?葛城一尉は。
どうなんです?あっちの方は」


「あっち?何の事かしら?」


「当然、夜の方ですわ
大丈夫、ここで日本語が理解出来るのは私だけです。
とぼける必要はありませんよ」


「大尉には悪いけど、彼とはそんな関係にないわ。
シンジ君にはちゃんと恋人がいるんだし」


見事なプラチナブロンドを持つ美形の士官だというのに、かなり際どい話題を振ってくる。
ミサトも基本的に嫌いではないが、職場で話す話題ではない。

それに、いくら日本語が理解できないといっても人前で話すのは勇気がいる。


「手を出さなかった訳ですか。
身持ちが堅いのですね、一尉は。
私なら、同居を始めたその晩にでも落としますよ。
あんな可愛い子、放っておかないわ」


「そ、そういう趣味をお持ちでしたか・・」


「本来、年下にはあまり興味を持ちませんけど。
シンジなら・・」


「大尉の好みに口を出す気はありませんが、彼に関しては自重していただきたい。
でないと、彼の恋人に私が怒られます」


「ふふ、考慮しておきますわ」


同性であるミサトから見ても、自分以上のスタイルを持つこのロシア女性は美しい。
しかも日本語を完璧に操ることから、本部勤務を志向しているのは疑いのないところだ。
今現在、ネルフ本部に勤務するのは支部職員のステイタスともなっているのだから。

その彼女がシンジによこしまな興味を持ったとなると、彼女の言葉は信用出来ない。
帰還は明日・・今夜は要注意だ。


「時間のようですね。
観測所に連絡をお願いします、大尉」


「了解しました」




観測所・・・


「指揮車からGOサイン出ました。
エヴァンゲリオンには異状なし、パイロットは通常シンクロで待機状態。
いつでもOKです」


旧ソ連時代に作られた観測所。
そこに本部から持ち込んだ最新の機器を適当に置いたので、お世辞にも綺麗とは言えない室内。
前回の実験とはえらい違いだ。

それでもリツコは不満を漏らすことはない。
彼女についてきた技術部のスタッフも同様・・そういう事には頓着しないらしい。


「実験開始」


「了解。
パイロットは所定の手順の後、速やかに地上走破に入れ。
繰り返す。パイロットは・・」




エントリープラグ内・・


「ホントに音速なんて出るのかな・・
まあいいや、とにかくやってみよう」


リツコを疑うわけではないが、シンジには実感がわかない。
単なる駆け足で音速が突破できるなどとはとても思えないのだ。
まあ、かなりスケールは違うのだが。


「いくぞ」


意識を集中し、短距離走のイメージを脳裏に浮かべる。
エヴァを初めて動かした時は失敗したが、今ではそんな事もない。
文字通り自分の分身のように扱える。

白い巨体が鋭い前傾姿勢のまま動きだし、爆発的な加速を見せる。
が、シンジにはそれほどスピード感がない。


「シンクロのせいかな・・
もの凄いスピードのはずなんだけど」


まるで他人事のように冷静。
モニターに映し出される速度はすでに時速500qを超えているというのに。

エントリープラグの振動もかなりのものになるとリツコは言っていたが、それも大したものではない。
まるで自分自身が、ロシアの大平原を疾走しているような感じさえする。

エヴァとの一体感・・

今までのシンクロとはまるで違う。
何か壁を突き抜けたような開放感がある。


「今、シンクロ率いくつなんだろう」


この時点で、彼のシンクロ率は100%を超えていた。








同日 夜 宿舎・・


「マッハ1.3とは恐れ入ったわ。
しかも、シンクロ率の記録更新のおまけつき」


「弐号機や初号機なら1.5は超えるわね。
実戦じゃとても使えないけど。
第三でこんな事したら、衝撃波で街は滅茶苦茶よ。
ミサトも、よく覚えておいてちょうだい」


寝る前の一時、日本から持ち込んだビールで簡単な酒宴を開くリツコとミサト。

ロシア支部主催の歓迎レセプションは訪ロ初日に済ませている。
以降は仕事に追われ、酒も郷土料理も楽しむ余裕などなかった。
しかも明日は朝一番から撤収作業に入る。
今夜も深酒など出来ない。


「忘れたくても忘れられないわよ。
で、次の実験は何?
こうなったら何でも来いの心境ね」


「空中高機動実験よ。
飛行ユニットの限界性能を試したいの」


「次は日本で出来そうね、一安心だわね」


「今度は量産型じゃなくて、零号機から弐号機まで正規配備された機体を使いたいの。
新装備との相性とかも知りたいし。
あのシンクロ率で初号機を動かしたらと思うと・・・
ぞくぞくするわ」


「三機・・・全部・・ですか」


目を輝かせるリツコとは対照的にミサトの表情は晴れない。
エヴァ三機を同時に動かすともなれば、また経理が難色を示すのは明らかだからだ。
前回の実験と合わせて、予備の金は使い切ってしまったらしい。

情勢の変化を読み切れなかったのは仕方ないにしても、このような実験を予算に組み入れていなかった
当初の予算案の作成に問題が無いと言えなくもないが。


「経理との折衝はリツコがしてよ、私はもう嫌よ」


「いいわよ、ミサトよりうまくやってみせるわ」


「皮肉?それ。
あれ?何か忘れてるような気がするんだけど私・・」


「おみやげでも忘れたの?」


「違うのよ。
もっと切実というか、身の危険というか・・・
あっ!




シンジの部屋・・


長かったアスカからの電話も終わり、もう寝ようとベッドに身を沈めた瞬間・・
タイミングの悪いことにお客さんが来てしまった。

タチアナである。

明日帰るシンジに挨拶したいと言う彼女を無下に追い返す事も出来ず、シンジは彼女を部屋に入れた。
ミサトと同クラスの幹部である彼女の言葉に逆らうわけにもいかない。


「恋人の・・・アスカちゃんだっけ?
彼女とのラブコール、終わった?」


「え、ええ、まあ」


小さなテーブルを挟んで座る彼女は、身を乗り出すようにしてシンジに顔を近づける。
なぜか私服・・しかもかなり胸の部分を開けたその服でそんな事をされると、ほとんどその胸が見えて
しまいそうになる。

シンジは慌てて視線を逸らした。
興味はあるが、アスカに対しての裏切りに思える。


「ふふ、羨ましいわ。
私、今独り身だから寂しいの」


「タチアナさんが?信じられませんね。
そんなに綺麗なのに」


「ありがと、嬉しい事言ってくれるわね。
綺麗っていっても今の内だけよ。
それにこんな仕事やってると、男の人って一歩引いちゃうみたいなの。
上司のセクハラは年中だけど」


セクハラは事実だが、男が一歩引くというのは嘘。
ただ単にタチアナの選り好みが激しいだけ。
そのせいで、これまで付き合った男は一人しかいない。
それも学生時代だ。


「そうなんですか・・
でもタチアナさんなら、すぐにいい人が見つかりますよ」


「いい人ね・・・もう見つけたわ」


「え?誰ですか?
実験スタッフの誰かかな・・」


「そう、確かにスタッフの一人。
しかも重要人物で美形・・更に将来性も期待出来るわ。
恋人がいるっていうのが、唯一の欠点ね。
だけどそんな事は気にしない」


「誰かな・・」


ここまで言われても、自分がその対象だという事にシンジは気付かない。
タチアナがシンジに向ける熱い視線だけで分かりそうなものだが・・

だがタチアナにとって、そんな事はどうでもいい。


「あなたが考える必要はないの。
これからすぐに分かる事だから」


「は?わ〜〜〜!!な、何するんですか!?」


タチアナはいきなり立ち上がるとシンジを床に押し倒し、自分の体を押しつける。
いかに訓練で体術の向上したシンジとはいえ、予想もしない事態に頭が混乱しろくに体が動かない。
しかも彼女から発する女の芳香が彼の男を刺激して・・


「さすが若い子は元気ね。
大人の女もいいものよ、シンジ。
あなたがやりたい事、何でもさせてあげる」


「ちょ、 ちょっと冗談はやめてください!」


「ここをこんなにしといて、冗談も何もないわ。
彼女とはお盛んなんでしょ?
ここ一週間は禁欲生活だから溜まってるわよね・・
私ですっきりしなさい」


シンジは理性を振り絞って抵抗するが、どうにもならない体の部分はある。
このままではまずい。

女性を傷つけるのは気が引けるが、アスカを裏切るくらいなら仕方ないかもしれない。
いや、それ以上に事がばれた場合のアスカの制裁が恐ろしい。
へたをすると殺される。


「タチアナさん、ごめん!」


バタン!


「何やってんの、あんた達!!」


シンジがタチアナを逆に組み伏せようとした時、彼にとって救いの神が。

ミサトも実験の終了で気を抜いてしまったようだ。
タチアナへの警戒を忘れていた。


「リトビノフ大尉!これはどういう事か説明してもらおうかしら!」


「あら、個人的な付き合いにまで口を出すのが本部の流儀?」


そういう 問題じゃないのよ。
あんたがバカやると、この私に害が及ぶの。
アスカにこんな事ばれたら、私殺されるわ!」



「そんな大袈裟な・・
セカンドの気性が激しいのは聞いてるけど、いくらなんでもそんな事まで」


「あの子ならやるわ、間違いなく」


「・・・・・ホントに?」


「こんな事で冗談言わないわよ」


ミサトの真剣な目に嘘はないと思える。
タチアナは、アスカというまだ見ぬ少女に底知れぬ恐怖を覚えるのだった。

ちなみにシンジは、この隙に部屋から脱出している。


「あ、危なかった・・」




同時刻 日本 第三新東京市 葛城宅 アスカの部屋・・


「まあシンジも抵抗した事だし、未遂だから今回は見逃してあげるわ」


アスカの持つ携帯端末には、シンジの部屋での様子がリアルタイムで映し出されている。
彼の部屋には監視カメラと盗聴装置が取り付けられていたのだ。
しかも部屋の外には、密命を受けた保安部員数名が待機していた。
彼らはミサトが駆けつけると同時に姿を消している。

ミサトは今一信用出来ないと判断したアスカが加持に協力を頼んだわけ。

加持としても、アスカのそういった頼みなら断れない。
面白そうではあったし。


「忘れかけたミサトの罰は後で考えるとして・・
それにしてもこの女・・タチアナって言ったわね。
まだ縁がありそうだわ」




自分ともレイとも・・ミサトとも違うタイプの女。
アスカの苦労は、当分続きそうだ。




つづく

次回「実験 act.3

でらさんの『こういう場合』第二十三話です。

今回の目玉は、実験よりもシンジに近づく不埒な女でしょうか(笑)

自分の魅力に気づいていないシンジ。危険な状態ですね(笑)

今回は危うく難を逃れたようであります。ま、アスカがいるのに他の女と浮気出来る筈もない‥‥(命も惜しいし)‥‥でしょうが。

それにしても‥‥アスカもやるもんですね(謎)

なかなかお約束にして楽しい?展開でありました。是非読後にでらさんへの感想をお願いします〜。

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