組織 

こういう場合 第二十一話
作者:でらさん














冬月の主導するネルフ本部の組織改編。

それは主に、形式と現実がかけ離れていた組織の実情を一本化するものであった。
そして裏には、大きな力を持ちすぎた作戦本部ら現場部署に対する牽制も含まれていたのである。


まず技術部であるが・・

これまでリツコのネルフにおける肩書きは、技術開発部技術一課に所属する業務委託職員に
過ぎなかった。
形式上で言えば課長ですらない。

だが現実として彼女は、ネルフにおける最重要機密の根幹に位置し且つ・・
技術部の実質的なトップなのだ。
部長でさえ、彼女に逆らうなど考えられない。

それを冬月は現実に即した形にした。

新しいリツコの肩書きは・・

”技術開発部統括責任者”

正式に部長よりも上の権限を手に入れたのだ。
これでリツコも大手を振って部長らに指示を出せる。




リツコ執務室・・


「正式な権限をもらったのはいいけど、仕事が増えたわ」


「仕方ないですよ先輩。
責任者にはそれなりの仕事があるんですから」


休日だというのに、今日リツコとマヤは出勤。
やりきれなかった仕事を片付けている。
事務関係はほとんど部長が引き受けているとはいえ、リツコに全くない訳ではない。

研究者のリツコはそんな仕事は大体後回しにするので、自然と溜まってしまう。
気が付いたらかなり溜まっていた。


「MAGIが使えれば、こんな事もしなくていいんだけど・・」


「第三新東京市の市政だってMAGIに任せてるのに、何かおかしいですね。
何でこんなに書類があるんです?」


「ゲヒルン・・ネルフの前身ね、それが創られた時の名残だと思うわ。
あの頃はまだMAGIなんて無かったし、事務方はそっくりそのまま継続してるから」


「今回の改編でもそっちにはあまり手を付けなかったみたいだし、不公平です。
副司令はもっと現場を知ってる方だと思ってたのに」


「あの人にも何か考えがあるのよ。
さあ、早く片付けてショッピングにでも行きましょう」


「はい!先輩」


責任が増えれば仕事も増える。
それが世の真理。





葛城宅・・


アスカとシンジは恒例のデート。
ペンペンは自室で就寝中。

よってこの家の主、葛城 ミサトは暇。

組織改編により、築き上げた派閥は雲散霧消。
休みの度に行っていた各種の会合もなくなってしまった。

加持とはまだ完全に和解したわけではなく、顔を合わせてもどこか気まずい。
だから、デートに誘われても素直にOK出来ない。


「暇って、苦痛だったのね・・」


リビングでただぼーっとテレビを眺めながら独り言。
時間が足りないとさえ感じたときもあったのに・・こんな事になるとは。

世の中、何があるか分からない。


「葛城〜、勝手に入るぞ〜」


「え?加持?ちょ、ちょっと待ちなさい!」


ほとんど寝起き状態だったミサトは慌てて自分の部屋へ向かう。
いくら加持でも髪に櫛も通していないのでは恥ずかしい。


「な、何し に来たのよ!」


鏡台に向かって髪の毛を整えながらドア越しに怒鳴る。
彼はそこにいるはずだ、大体分かる。
そして案の定、彼はいた。


「暇なんでな、遊びに来たんだよ。
お前だって暇だろ?」


「じょ、冗談でしょ?
私はこれからデートなのよ、残念だったわね」


「ほー、相手は誰だ?俺の知ってるやつか?」


「あんたに教える義務はないわ!
分かったらさっさと帰って!」


「そうだな・・済まん、邪魔したよ」


それを最後に加持の声は途絶える・・帰ったようだ。
必死に動かしていた手を止めるミサト。
本当は会いたかったのに、また意地を張ってしまった。

もう30にもなろうというのに、バカな女だと自分でも思う。


「ホント、バカだわ。
散歩でもするか」


止めていた手を再び動かし、身なりを整える。
せっかくだから散歩もいいかと思ったのだ。

そして着替えも終わり、部屋から出ようとした時・・


「よっ!散歩なら付き合うぜ」


「・・・・・・あんたってホントに」


「なんだ?」


「散歩は変更・・あんたのおごりでデートにするわ」


「喜んでお受けするよ」


この日ミサトは、久しぶりに何かも忘れて加持とのデートを楽しんだ。
かつての学生時代のように・・





ネルフ本部 総務部・・


「多少不満はあるが、大方の意見は通った。
これからは我々事務方の時代だ」


「使徒などという敵性体の襲来など信じられん。
来る来ると騒いでもう一年だ。
作戦本部の予算獲得策としか思えんよ」


「保安諜報部も分割されたし、特殊監査部の権限も縮小された。
後は作戦本部だな。
いずれはあんな部署は潰してやる」


わざわざ休日に集ったこの人物達。
総務部、広報部など主に事務関係の部署に関係する連中。

今回の改編で最も利益を得た人間でもある。

保安諜報部は保安部と諜報部に分割され、本部施設内外の警備や要人警護などは保安部に全て
任される事となった。
諜報部は本来の諜報活動に専念する事になったのである。

本来諜報活動と警備などの仕事は全くの別物で、別の部署であるのが普通。
ネルフが異常だっただけ。
研究機関であったゲヒルンを特務機関へ移行させた際、組織の改編を主導した人物が無能か
軍事に関して全くの無知であったと思わざるを得ない。

が、一旦立ち上げた組織は勝手に育ち力を有して、ネルフ内に強大な影響力を行使するまでに
なっていた。
それを苦々しく思っていたのは一人や二人ではない。

そして作戦本部も同じ立場にある。


「この平時に尚、戦力を増強する必要があるのか。
またエヴァの新装備の発注だぞ」


「だが作戦本部は正式に司令直下に組み入れられた部署だ。
しかも作戦部まで配下に収めている。
葛城一尉は名実共にNo.3・・へたに文句は言えん」


「たかが尉官の分際で・・」


「昇進が見送られたのは唯一の救いだな。
副司令の配慮に感謝だ」


作戦部・・
正式名、戦術作戦部。

ミサトの所属はその下の作戦局、更に下の作戦課課長であった。
関係部署から人を集め、緊急避難的に設けられた作戦本部はネルフの内部規定にもない実に
足場の脆い部署だったのだ。

それを冬月は新しい規定を作ってまで、作戦本部を正式な部署に加えた。
しかも司令直下。
非常時には作戦本部長がネルフの指揮を執る事までが新規定に明記された。

ここにいる各部長達よりも立場が上となったのだ。


「ですが、予算の采配はすべて我が経理課が仕切ります。
葛城一尉の好きにはさせませんよ」


「そうだったな、頼むぞ経理課長。
あの時はやられたが、今度はこっちの番だ」




事務方と現場の対立。
それは使徒の来襲前、ピークを迎える事になる。

もし使徒が来襲しなかったのならば、かなり危険な状況になったかもしれない。





第三新東京市 とある喫茶店・・


大人達が様々に思惑を巡らし内部闘争に血道を上げている頃、アスカとシンジの二人はいつもの
デートを楽しんでいた。

事態が落ち着いてからは人並みに日曜日が休みになって、彼らも嬉しい限り。


「もうすぐ三年に進級よね。
ヒカリの話だと、すぐ進路が問題になるって聞いたけど・・
シンジはどこの高校行くの?」


「入れるとこ」


「アンタね・・」


アスカから見てシンジは決して頭が悪いとは思わないが、彼の成績ははっきり言って良い方とは
いえない。
ネルフでの戦術、戦略講習などはかなりの理解力を持って聞いているようなのに・・

勉強の仕方が悪いのか、あるいは単なるやる気の問題か分からないが。


「アンタの行く高校がアタシの行く高校になるんだから、もう少し考えて。
勉強だって、手抜いてんじゃないの?
もっと出来るはずよアンタ」


「そうかな・・
結構真面目にやってるつもりだけど」


「受験なんてバカにしてたけど、そうもいかないようね。
恋人がろくな高校にいけないなんて、アタシも恥ずかしいわ。
アタシのプライドを賭けてアンタを第壱高校に入学させてあげる!」


「だ、第壱高校?そ、それはいくらなんでも無理なんじゃ・・」


「何もしない内から諦めないの!」


第壱高校は第三新東京市でトップの難度を誇る高校。
それどころか全国的にもかなりのレベルである。

今のシンジの成績では夢のまた夢。
担任が願書すら出してくれないだろう。
だが、アスカは真剣だ。


「戦術なんかアタシと同じレベルじゃない。
士官学校で講習受けてたアタシとよ、アンタは絶対やれば出来るの」


「そうかなあ、自信ないなあ・・」


「パイロットの訓練はあんなに努力したじゃない。
あの気持ちを勉強にぶつければ、どうと言うこともないわ。
努力に勝る才能無し、一緒に頑張ろ!」


「・・・・うん」


この時点ではあまり乗り気ではないシンジだが、すぐにやる気を見せるようになった。

自分が頑張らなければ、アスカがレベルの低い環境で我慢しなければならなくなる。
それは恋人として、男として恥ずかしい事。
そう考えたのである。

自分とアスカはもう、二人で一つの存在・・

それを忘れてはいけないと思う。


ちなみにシンジは第壱高校に見事合格。
しかも二番目の成績で。
トップの証、新入生総代を務めたのはアスカ。

その意趣返しか、卒業生総代はシンジであった。





ネルフ本部 司令室・・


「休みの仕事というのも辛いな、冬月」


「お前のせいだ、碇。
すっかり接待漬けにされおって・・普段何もせんからこういう事になる」


「だからこうして付き合っているではないか」


「茶を飲みながらな・・」


「一時的に休んでおるだけだ!」


接待の連続でろくに仕事にならないゲンドウの代わりに仕事を引き受けている冬月だが
自分自身の仕事もあるので、かなりきつい。
更に最近は組織改編でごたごたしたから、やりきれなかった仕事も多い。

それを今、ゲンドウと共に片付けている。


「葛城君の一件は済みませんでした、冬月先生。
いつもご迷惑をおかけします」


「何だ、いきなり・・
まあ加持君から報告があったときは、正直私も驚いたがね。
だが先手を打てて良かったよ」


「外との戦いに気を取られすぎました」


「今度は内なる戦いだ。
事務方の猛烈な攻勢が始まるぞ。
私は出来るだけ抑えるつもりだ、葛城君をお前の直下に置いたのも彼らへの牽制の意味がある。
それが分からぬ連中であれば、また組織を動かすまで」


「常に戦いを欲する・・
困ったものですな、人間にも」


「我々がこの道を選んだのだ、愚痴をこぼすな」






補完を拒否し人間として生きる道を選択したからには、現在の苦労も喜んで受け容れなくては
ならない。

それを選択したのは他ならぬ自分達なのだから。

ゲンドウと冬月は、その責任の重さを常に感じている。
そして彼らは決して迷わない。

迷ってはいけないのだ。





つづく

次回「実験act.1



でらさんから「こういう場合」の第21話をいただきました。

使徒との戦いが無いと思ったらNERV内で争っているし、結構大変であります。

もっとも、シンジとアスカの愛をめぐる敵はいないようなので‥‥あー、作戦部とかが削られるとアスカの身分とか怪しくなりますな。ひいてはシンジの そばの場所も‥‥?

ま、そのへんのとこは親父sがいるので大丈夫でしょうかねぇ。

読後には是非でらさんへの感想メールをお願いします。

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