夢の終わり act.3

こういう場合 第二十話
作者:でらさん













葛城宅 夕食時・・


「久しぶりね、シンジ君と二人の食事なんて」


「そう言えばそうですね。
アスカが来てから初めてじゃないかな」


「そうか、アスカが来てからか・・」


今晩アスカはヒカリの家へお泊まり。
何でも、女同士の友情を再確認するそうだ。

結果として、シンジとミサトが久方ぶりに二人きりで食事となったわけ。

当然料理はシンジお手製。
同居してほぼ一年にもなるのに、ミサトの料理音痴は改善されていない。


「でも良かったわ、シンジ君とアスカがうまくいって。
いずれ付き合うとは思ってたけど、こんなに早いとはね・・」


「いずれ付き合うって・・
最初からそう思ってたんですか?」


「少なくとも私はそう見てたわよ。
他の連中は、シンジ君と付き合うのはレイだと思ってたらしいけど。
私の目に狂いは無かったわ」


「そ、そうですか・・」


「あんた達見てれば、嫌でも分かるわよ。
二人とも露骨に意識し合ってたじゃない」


「何か、恥ずかしいですね」


「照れないの」


いつものビールとは違い今日はワインのミサト。
ほろ酔い加減になったミサトは、シンジから見ても少々色っぽい。

服装はいつものごとく無防備だし。
タンクトップに短パンという出で立ち。
下着すら着けていない。


「今日は少し酔ってませんか?
そのくらいにしといた方がいいですよ」


「たまにはいいじゃない。
シンジ君もどう?」


「わあ!や、やめてください!」


対面からシンジの隣へ席を移し、彼の首へ片手を回しワイングラスを口元に寄せる。
冗談と分かっていてもシンジは平静でいられない。
大人の女性から発する芳香と豊かな体が、彼の男を刺激するのだ。

ただでさえアスカへの欲望で身を焦している現状なのだから無理もない。


「本当に酔ってますね。
加持さんに言いつけますよ」


「シンちゃんなら私はいいのよ。
アスカとの仲も邪魔しないし・・アスカとはまだなんでしょ?
将来のために実地で訓練してあげるわよ」


ミサトは酔ってなどいない。
かなり飲んだように見せてはいるが、実際はグラス一杯程度。

これは”酔った勢いで”という理由付けのために芝居しているだけ。
誘惑には最適だ。
シンジがうまく乗ってくれば、自分の体で籠絡するのはわけない筈。

アスカとの仲を邪魔する気がないのは本当。
彼女も自らの手の内に引き入れるためには当然と言える。


「どう?私は本気よ。
私の体、自由にしていいのよ」


「・・・・・」


ここに至っても、シンジはミサトをただの酔っぱらいとしか見ていない。
泥酔状態と普通の状態の違いなど普通は分かりそうなものだが、シンジは最初からミサトが
酔っぱらっているものと決めつけているので、彼女の言うことは酔っぱらいの戯言以上には
聞かないのだ。

必死で誘惑しているミサトには悪いのだが・・


「ふふ、沈黙はOKって事で」


プルルルルル プルルルルル


「あっ、アスカだ」


いきなりシンジの携帯が鳴る。
相手はアスカ。
友人宅に泊まるといっても、シンジの事が気になって仕方ないらしい。
かなり頻繁に電話を寄こす。

が、シンジも悪い気はしない。


「はい、僕だけど」


<ご飯食べてたの?ミサトに変なことされなかったでしょうね!?>


「はははは!そんな事はないよ。ちょっと酔ってるだけだよ」


<ふ〜ん、まあいいけど・・
くれぐれもミサトには気を付けなさいよ。
最近あの女がアンタを見る目、普通じゃないわ>


「はいはい、気を付けますよ」


アスカは女の直感でミサトの危険性に気付いているが、シンジは問題にもしていない。
鈍感というか、政治的な読みが出来ない人間らしい。
人間の言動の裏が読めないのだ。

アスカにとっては歯がゆくもあり、好きなところでもある。


<ホントに分かってんの?
今日は出来れば帰りたかったんだけど、ヒカリがどうしてもって言うから泊まるのよ。
アンタも寝る前には電話くらいしなさい、いいわね!?>


「大丈夫、忘れないよ。
こっちはご飯の最中だからさ、そろそろ切るよ・・じゃあね」


<うん、また後で電話する>


ミサトは完全に気勢を削がれた形。
狙って電話を寄こしたのなら完璧なタイミングと言っていいだろう。

シンジにもまるでその気はないようだし、ミサトは酔った振りを続ける事にした。


「あ〜ら、お熱いわね〜
少しでも離れると寂しいみたいね、アスカったら」


「からかわないでください。
完全に悪酔いしてますよ・・もう飲んじゃダメです!」


「あん、もう・・・シンちゃんのケチ」


「そういう問題じゃありません!」




ミサトの最初で最後の明確なアプローチ・・
それは、アスカの電話と何の変哲もない日常にかき消された。




同時刻 洞木宅・・


「碇君への愛の電話、終わった?」


「今回はね、またすぐにするけど」


「ま、ま、まだするの?
家に来てから何回電話するつもり?」


「恋人同士のコミュニケーションよ、気にしないで」


「そ、そう・・」


アスカはともかく、こんなアスカに平然と付き合うシンジもかなりのものだとヒカリは
思うのだった。
かつて思いを寄せた男の子だが、ちょっと引いてしまう。

アスカがヒカリの家へ来てから電話した回数は、すでに20回を超えている。


(碇君も常識とは無縁の人だったのね・・アスカに影響されたのかしら)








翌日 ネルフ本部 ミサト執務室・・


今ここに集うは、保安諜報部長、特殊監査部長、及びその直下にある局長の全て。
そして葛城ミサト・・

彼らの表情は硬い。


「今回の組織改編は我々に対する先制攻撃だ。
このままでは横の繋がりが寸断される」


「特に保安諜報部の分割は痛い。
副司令に反対の意見具申はしたが、聞き入れられまい」


「葛城一尉、この先どうする?
我々の頭はあなただ・・今後の方針を決めてくれ」


突然の組織改編。
戦いに勝利した後の組織引き締め策の一環・・
と副司令の冬月から説明はあったが、ここにいるメンバーはその言葉を信じてはいない。

計画の立案までいかないが暗黙の了解としていた上層部への反逆。

それが何らかの形でゲンドウらの耳に入ったに違いないと推測している。
でなければ、あまりにタイミングが良すぎる。


「これまでの動きを一旦全て白紙に戻すわ。
その上でまたチャンスを狙う。
みんなは新しい立場で足下を固めてちょうだい。
残念だけど・・今はそれしか出来ない」


「私も一尉の考えに賛成だ。
現状でも力で実権の掌握は可能だが、肝心のエヴァがどうにもならん。
三人のパイロットの協力を得られる確証がない。
薬を使う手もあるが、そこまでする大義名分はない。
しばらく我慢してくれ」


第一にミサトへ賛意を示したのは保安諜報部長。
今まで彼女に何かと協力してくれた人物だ。
歳から言えば父親のような存在だが、常にミサトを立てている。

幹事長的存在の彼が賛意を示せば、場は決したも同然。
反論する者はいない。

が、一人だけ・・


「お話は分かりました、我々にも依存はありません。
いずれ来るチャンスを待ちましょう。
ですが、今回の事態を故意に招いた人物がいます。
その人物の処分を求めます」


「その人物に心当たりがあるのかね?君は」


「はい、私の配下にいる加持 リョウジ。
この男の動きが全ての元凶だとはすでに調査済みです。
葛城一尉の昔馴染みかと」


「君!それは一尉に対する」


「待っ て!」


ミサトも否定は出来ない。
彼が暇に飽かせて色々と動いているのは知っていたし、彼の昔馴染みというのも事実。
直接働きかけたかどうかは知らないが、今回の組織改編に一枚噛んでいるのは本当だろう。

人の上に立つ者として、ケジメは付けなければならない。


「いいでしょう・・幕引きは私に任せてください」




彼女にとっての夢の終わり・・
それは、かつて愛した男との永遠の別れ。







夕刻 地底湖ほとり・・


誰もいない地底湖上にあるのは、通常の海軍でいう駆逐艦クラスの護衛艦。
使徒がジオフロントへ侵入した場合に備えて、ここで建造された。
わざわざドックまで造って。

そこまで巨費を投じたそれがどこまで使徒に対して有効かは、実際に使徒が来襲して来なければ
分からない。
まったく無駄になる可能性もある。

その巨体が自分とだぶるミサトだった。

ネルフが自分を切り捨てる時がくるのではないかと思うのだ。


「急にこんなところに呼び出して何のつもりだ?葛城。
俺も暇は暇だが飲み仲間はいるんでな。
手短に頼むわ」


「飲み仲間?それがあんたの情報源ってわけ?」


「おい、一体何を」


「とぼけな いで!」


振り返ったミサトが加持に突きつけたのは拳銃。

加持には携帯が許されていない。
ただ棒立ちするしかない。


「どういう事だ、司令との約束はどうしたんだ!」


「その司令の犬に成り下がったあんたを私が処分するのよ。
身に覚えがあるでしょ?」


「・・・・全てはお見通しって事か。
お前に言われた通り、やることを見つけたんだよ。
実際に指示を出していたのは副司令だがな、司令は何も知らん」


「あんたはどこまで行っても犬ね」


監視の対象であった加持が表立って動ける筈はなく、副司令のバックアップがあったればこそ。
しかもあくまで無理はせず、監視している方も気付かない程であった。

その見返りは監視の撤廃。

冬月は加持の寄せた情報から組織の危機を読みとり、組織改編を断行したのだ。


「俺が犬ならお前は何だ!
ネルフを牛耳って何をするつもりだった!?」


「世界の覇権・・それ以外に何があると言うの?」


「俺の夢が青臭いとか言えた義理か!
お前こそ誇大妄想じゃないか、いい加減目を覚ませ!
シンジ君もアスカもお前の駒じゃない・・あの二人の幸せをぶち壊すつもりか」


「誇大妄想なんかじゃないわ。
現実に手に入る寸前だった・・それを邪魔したのがあんたよ!」


ドガッ


「ぐっ」


腹に蹴りを打ち込まれ、加持はその場に崩れる。
突然の事だったので回避行動すら出来ず、まともに入った。
呼吸も苦しい。


「シンジ君とアスカだって、私が頂点に登ればもっと幸せになれるわ。
あんたに言われるまでもない」


「そ、そ、そんな・・事して、君の父さんが喜ぶのか・・」


「父さんは関係ない!」


「お、お前は、死ぬまで・・・父・・親の幻影から、逃れられないんだ」


「父さんなんか嫌いよ!
いつもいつも母さんを泣かせてばかり・・・そんな父さんなんて大嫌い!」


生前の父は、何一つ父親らしい事もせず研究一筋。
ミサトが寝静まった後、母はいつも寂しく泣いていた。

だがあのセカンドインパクトの時・・

父は自らの命を投げ打って、ミサトを助けてくれたのだ。
その時、ミサトは父の愛を確かに感じた。

世界の覇権を手中にする目的も、全ての真相に近づく一番の手と考えたから。

父が死に至った理由と原因・・
そしてあれをおこした存在に対する復讐。

頂点に立てば全てが思いのままだ、誰にも邪魔されない。


「副司令を・・甘く見ない事・・・だ。
お前の思惑は全て・・ばれてる。
もうチャンスなどないぞ」


「なら!
ここであんたを殺して私も死ぬわ。
もう私には生きる希望もない」


「ふっ・・・それもいいか。
だが、一つだけ言わせてくれ」


「何よ」


「お前がどんなに変わろうと、俺はお前を愛していたよ。
お前が俺に別れを告げたあの時、後を追っていればよかった・・」


「・・・・・バカ。
こんな時に、卑怯よ」


拳銃を下ろしたミサトは、その場に座り込んで泣き続ける。
加持はただ、見ている事しか出来なかった。






この時点でミサトが完全にネルフの掌握を断念したのかは定かではない。
なぜなら、これから約十年後・・

彼女はネルフの総司令にまで上り詰めたのだから。







つづく

次回「組織

でらさんから「こういう場合」の第20話目をいただきました。

うむ‥‥ミサトの捨て身?の誘惑もまったくにぶちんシンジとストーカー愛アスカ(ヲヒ)のコンビネーション防衛には通じませんでしたな。

ミサトも第一次乗っ取りは失敗の様子。まぁ無理も無いのでしょうが‥‥

でらさんのお話にしては意外と加持とミサトがいい感じですね。こういう場合もいいですね。

大変良いお話でした。是非でらさんに感想メールを送って続きをせがみましょう!

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