希望

こういう場合 第二部 第十六話

作者:でらさん















ミサト執務室・・


このところ度重なるパイロット関連の不祥事に、彼らを監督する立場にあるミサトは対応に苦慮している。

シンジの件が片づいたと思ったら、今度はマナの命令違反。発令所でのやり取りは記録に残ってしまっているし、
多くの職員も聞いているのでとぼけることも出来ない。
ミサトとしては先輩を想うマナの心情は理解するし、結果的にレイはマナに助けられた形になるので処分はしたくないのだが・・・


「悪いけど、今日から三日ほど自宅で謹慎してもらえる?
私も抵抗したんだけど、総務の連中は石頭ばっかで言うこと聞かないのよね。規則は規則って言い張るの」


ミサトは自分の前で直立の姿勢を崩さないマナに処分の内容を説明し、謝罪した。

総務の人事課は、命令違反を犯したマナの厳正な処分をミサトに要求。事務方は、シンジの件を例にしてうやむやに処理しようとした
ミサトに対し先手を打ってきたわけだ。
非常時を理由に内規を無視する事が多い現場に対する見せしめのつもりかもしれない。いや、確実にそうだろう。
終息したかのように見える事務方と現場部署との対立は、未だ燻り続けているから。


「了解しました、三佐殿。ご命令に従います」


「本当に悪いと思ってるわ・・・リツコはどうか分かんないけど」


「うっ、あ、赤木博士・・ですか」


自分の不始末から一八式長距離砲を流れ星にしてしまったマナは、無視という形でリツコから日々責められていた。
彼女が心血注いで開発した大切な兵器であるのは分かるが、あれなら激昂して怒鳴られた方がマシ。ガードの佐藤やアヤも、マナに
代わってリツコに謝罪を繰り返す毎日。
勿論自分も謝罪はしている。でもリツコの反応はない。


「マナは気にしなくていいの。
戦闘に損害は付き物なのに、リツコったら大人げないんだから。大砲なんて、また作ればいいのよ。
あっ!予算が無いか。あははははははははは!」


「そ、そうですね。はははははは・・」


マナをリラックスさせようと懸命な努力を注いでいるつもりのミサトではあるが、どこか外していた。




司令室・・


使徒がパイロットの精神へ攻撃を加えるという予想外の展開に、初号機の封印解除を躊躇った判断ミスを自分で認めたゲンドウは、
自らに10%の減俸三ヶ月を課した。
ミスを犯しても知らぬ顔を決め込む幹部が多い中で、ゲンドウは範を示したと言えるだろう。
命令違反を犯したマナの厳正な処分を主張する人事課へ圧力をかける意味もある。司令がミスを認めたのだから、パイロットの内
規違反など構うなという無言の圧力だ。今回のケースは、シンジのケースと同様には考えられないし。

冬月は、周囲にここまで気を遣うゲンドウなど、見たことがない。

将棋板から少し目を移して見るゲンドウの表情は、相変わらずサングラスの陰に隠れて何を考えているか分からない。
しかし、顎に蓄えた髭と髪の毛に白髪が目立つようになった姿から、彼なりの苦労が伺える。


「今回こそは槍の出番かと思ったが、使わずに済んだな。
どうやらこの先も、使うことは無さそうだ」


「あれは元々、武器として創られた物ではない」


2001年に南極で発見されたアダムの胸に突き刺さっていた巨大な槍状の物体。それは、イエス キリストを刺した伝説の槍に
因んで”ロンギヌスの槍”と呼称されていた。それは現在、ネルフ本部の最深部にリリスと共に保管されている。
形状は槍でも材質は有機質で、MAGIの分析だとあらゆる形に変形が可能であるらしい。この槍の前ではセカンドインパクトで
南極を消滅させたアダムでさえ無力化したことが記録として残っていて、対使徒用の最終兵器と考えてもいい。
これまで使用されなかったのは、単にその必要がなかったから。


「まあ、制御装置と考えた方がいい代物だからな、あれは。
それはそうと、後二体だ」


「何が言いたい?冬月」


「そろそろ身辺を整理しておけ。時間はないぞ」


「彼女は実家に帰しました。相応の資産も付けてあります。生活に困ることはないでしょう」


「・・・それでいい」


先日の戦闘と事後処理を終えた後、ゲンドウは同居していた元戦自士官だった女性を彼女自身の実家に帰している。
預金などは戦死者への見舞金に全て使ってしまい手切れ金は用意出来なかったが、ユイと結婚した折りに碇家から譲渡された資産の
三分の一を彼女名義に変えた。政府にも手を回してあるので、当分の間は税金面も心配はない。
出来ることなら彼女と人生をやり直したいし、シンジにも正式に紹介したかった。だが迫り来る時間は、それを赦してくれない。


「準備は、ほぼ終わっております。この世に未練などありませんよ。
どうです?久しぶりにローレンツ卿と話でもしますか?先生」




数分後・・
久々にホログラフィで二人の前に姿を現したキール ローレンツ卿は、三人の孫に囲まれだらしなく頬を緩ませる普通の好々爺然と
した老人に変わっていた。
その姿を見た二人が複雑な感情を抱いたのも、無理はないだろう。





夜 碇、惣流宅・・


「丁度良い息抜きだったじゃない。それとも、そんなに戦闘がしたいの?」


浮かない表情で夕食を進めるシンジに、アスカが思いあまって声をかける。
先日の戦闘では、結局待機しているだけでシンジの出撃はなかった。それが彼には不満らしい。
近頃のシンジは戦闘意欲が高いというより戦闘を望んでいるようなところもある。アスカは、そんなシンジに危険な物を見るのだ。
戦いから逃げるよりはいいが、好戦的な人間になってもらっても困る。


「そ、そんな事はないよ」


「どうかしら?最近のアンタ、ちょっと恐いとこがあるわ。
暗黒面に引き込まれかけてるんじゃない?」


「暗黒面?・・・またアレ観たんだ。好きだね、君も」


前世紀に公開されたSF映画の続編が最近公開された事もあって、休学中で暇なアスカは、その映画をレンタル店から借りてきてよ
く観ている。
超常的な力を持った騎士が活躍する話で、正義と悪の対決がテーマにもなっている映画。正義の騎士でも心に弱さがあると、悪の道
に引きずり込まれるらしい。


「茶化さないで。
暗黒面は冗談だけど、アンタに戦闘にのめり込む兆候があるのは事実よ。
前からタガが外れやすい性格ではあったけど、最近のはそれじゃ済まなくなってるわ」


「そうかなあ・・」


「アンタを一番よく知るアタシが言うんだから、間違いは無いの。
この間も言ったように、もっと感情を抑制して」


「努力は」


「努力じゃダメ!いい?アタシ達の未来がかかってるのよ!
アンタが暴走すると、未来が台無しなの!」


「何だよ、それ。全然意味が分かんないよ」


「意味なんか必要無し!アタシの言うことに従いなさい!」


「はいはい」


アスカが何を言おうとしているのかシンジには分からないが、とにかく次の戦闘では冷静さを保とうと思うのだった。
確かに最近の自分は冷静さに欠けると反省していたところではあるし。何より、身重のアスカに心配をかけるのは悪い。






月明かりに照らされるベッドで、レイは寝る前の思索に耽る。月の光は人工の照明よりも心が落ち着き、考えもより深くなる気がする。


好きなんでしょ?彼女が


使徒の見せた幻が自分に問いかけた言葉。その言葉自体に嘘はない。自分の深層意識に潜り込んだ使徒が目の前に現実を広げただけ。
マナに心惹かれるこの気持ちはどうしようもない。まさか同性を好きになるとは思わなかった。
だが現実を見たところで、どうなると言うのだろうか・・・

マナは自分を慕ってくれてはいるが、先輩として尊敬の眼差しで自分を見るだけ。告白などして彼女の信頼を裏切るようなマネはでき
ない。
更に彼女がそのことで精神的不安定に陥ったら、パイロットとして役に立たなくなるかもしれない。そうなったら、自分が責任を負う
事になるだろう。いや責任云々よりも、マナの経歴に傷を付けてしまう。それでは戦自のキャリアを目指す彼女に迷惑かけるだけだ。


「今まで通りに接するしかないわね。それしかない」


リツコやマヤのように堂々と自分の嗜好を表に出せる人間が、レイには羨ましい。でも自分は同性愛者ではないと断言できる。相手が
マナだから好きなのだ・・押し倒したいと思うほどに。


「また諦めるわけね、私・・・碇君の時と同じように」


考えるのをやめ、レイは目を閉じて寝ることにした。
目の端から一粒こぼれ落ちた水滴を、弱い月の光が僅かに照らし出す。
それは、レイの哀しみを拾うかのような優しい光でもあった。





最初にそれを目撃した人間は、新手のアトラクションかと思った。
DNAの構造を模したかのような二重螺旋の円環。それが白く光り輝いている。いくら使徒のような非常識に慣れている第三新東京市
市民でも、これが使徒だと即断できる人間は少ない。

暫くしてネルフもこの物体を捕捉、分析にかけたが、反応は青からオレンジ、オレンジから青へと周期的に変化させる前例のない存在
である事が判明。
とにかく使徒の証明である青が一瞬でも出るのだから使徒扱いするとしたミサトの判断で、全市に特別警戒警報が発令され、パイロッ
トはマナの謹慎も解除して全員招集・・後は出撃を待つばかり。
正式に使徒の認定が出ないため、戦自の部隊も周辺に展開はしたものの攻撃を手控えている。


発令所・・


「リツコはどう見る?あれ」


「あくまであれが使徒と過程してだけど、あれは特定の形を持たない不定形の使徒ね。
特定の形を持たない故、使徒であったり無かったり、反応もバラバラになると考えられるわ」


「アメーバみたいな?」


「そんな単純じゃないわよ。分子配列から変えられるんじゃないかしら?
完璧な擬態能力ね」


「じゃあ、使徒って事で決定していいわね?」


「え?ちょっと待ってミサト、まだ検証してみないと」


「悠長な事言ってると、攻撃のタイミングが取れないじゃない!
司令と副司令が第二に出張だから、今日は私が全権預かってんのよ。私がやると言ったらやるわ!
戦自も焦れてんだから!」


「だって攻撃手段も分からないし」


「初号機の封印は私の権限で解いたし、エヴァ三機と戦自の集中攻撃なら一瞬で片が付くわ。
あんたは引っ込んでなさい!
大涌谷上空の物体を司令権限で使徒と認定。エヴァ全機発進!戦自部隊はエヴァに先行して攻撃開始せよ!」


勇ましく号令をかけたミサトではあるが、実際に動いたのは発令所の職員達とエヴァのみ。戦自の部隊に動きはない。
変に思ったミサトが、命令を戦自に伝えたであろう日向に確認を取る。
その間にも発進したエヴァは使徒に接近中。このままではいつものパターンに・・・


「ちょっと日向君、戦自は何で動かないの?私の命令はちゃんと伝えたんでしょうね?」


「え、ええ、それが・・」


「どうしたのよ、一体」


問いただされた日向はバツの悪そうな顔をして隣の青葉に目配せして助けを求めようとするが、青葉は自分の仕事に没入しているの
かふりなのか、それを無視。その向こうに座るマヤも同様にせわしない様子。
ミサトは何となく嫌な予感。
そして日向が、自棄になったように説明を始めた。


「綾波特別顧問から、戦自の先制攻撃はかえって邪魔になると止められておりまして。
戦自もそれは了解してます。ATフィールドを中和し接近戦である程度のダメージを与えるから、その後に戦自の攻撃でとどめを刺せ
との指示です。
敵は不定形の使徒と推測されるのでエヴァが物理的な侵食を受ける可能性が高く、接近戦だけで殲滅するのは危険と特別顧問は判断さ
れたわけです」


「・・・その打ち合わせ、いつやったの?」


「先ほどまでの待機中に特別顧問が秘密回線を通じて戦自や我々と、
あっ!!


「ふ〜ん、私はまた蚊帳の外ってわけ・・・うう、悲しいわ」


「か、葛城さん」


やはりというか何というか・・
自分が指示を出すまでもなく、いやリツコの分析すら必要としないままにレイが全てを動かしていた。
しかも自分の知らない秘密回線まで存在するとは。
ミサトは顔を覆って、自分の不甲斐なさに涙するような仕草を見せた。その姿を見た日向も、流石にミサトに隠れて全てを動かして
いた事に罪悪感を覚える。
女性を泣かせたとあっては、心も痛むだろう。


「なんて、 私が泣くような女か!私を舐めない事ね!覚悟なさい、日向君!」


態度を豹変させたミサトは日向を組み伏せると、彼の両足を抱えて股間に自分のヒールを当てて固定する。
電気あんまと呼ばれる実に古典的なお仕置き方。ミサトがなぜこんな事を知っているのかは謎だ。


「わ〜!勘弁して下さい!葛城さん!」


「ちょっとミサト」


「何よ、リツコ。これから日向君に電気あんまを」


「戦闘、終わってるわよ」


「へ?」


リツコに促されてメインモニターに目を移したミサトが見たのは、零号機の足下に群れ集い歓声を挙げる戦自隊員達と、
その中心で笑顔を振りまくレイの姿だった。
今回は誰も傷つく事なく、暴走もなく、戦いはつつがなく終了していた。
ミサトがふと日向のコンソールに映すと、そこにもエントリープラグの中で屈託無く笑うシンジとマナが・・
それらが伝染したのか、ミサトの顔にも笑顔が浮かんでくる。彼らの笑顔を見たとき、名誉と意地にこだわった自分が
馬鹿に思えたのだ。


「まっ、いっか・・・
みんな!早く事後処理終わらせて、パーッと騒ぎましょ!
今日は私が奢っちゃう!」


「か、葛城さん、どうでもいいですけど、足をどけてください」


「それとこれとは別よ!くらえ〜!」


「ひぃ〜〜〜!」





先の見えた戦いに希望を見出す人間達。
残る使徒は、後一体。





ネルフ ドイツ支部・・


ドイツ支部地下最深部の一室で厳重に保管されている高さ三メートルほどの円筒形した物体。強化ガラスで覆われ、LCLを満たさ
れたその中には、少年と思われる細身で白髪の人間が一人。
彼は眠っているかのように目を閉じ直立して、ただ時の流れに身を任せているかのように存在していた。
が、突然、円筒を管理していたコンピューターに異変が。常駐していた警備員の一人が管理室で異常に気づき、部屋に入って円筒を
自らの目で確認する。

すると、すでに円筒の各所にはヒビが入りLCLが漏れだしている。強化ガラスが割れるとは尋常な事態ではない。


「何だ?これは・・・バカな、ナギサが目覚めるぞ!警戒警報を発令しろ!S級の緊急事態だ!」


警備員は部屋の外に待機する同僚に叫ぶと、小銃の安全装置を外して身構えた。そしてジリジリと後ずさりして出口に向かう。
そして出口に到達した警備員は、同僚と一緒に分厚い耐爆ドアを閉めて完全にロックした。所内には警戒警報が鳴り響き、空気が
緊張していくのを肌で感じる。


「だから処分してしまえばよかったんだ。こんな危険な物を後生大事にとっておくから。
上層部は何で」


「愚痴はいい!それよりも上に上がって防備を固めるんだ!死にたいのか!」


「誰が死ぬんだい?」


耳で聞くと言うより、頭に直接響く声。
その不思議な感覚と目に映る信じられない光景が、後ろを振り向いた二人の男達の全身に汗を噴き出させる。
二人の前に立つのは。LCLを全身から滴らせる、白髪で赤い目をした細身の少年。鍛えられ、筋肉の鎧で覆われる二人に比べれば
あまりにひ弱に見える少年が、彼らに恐怖を与えている。


「・・・貴様、いつの間に」


「死とは何か、考えたことがあるかい?」


「!」





つづく

次回、「終結