トロイの木馬

こういう場合 第二部 第十三話

作者:でらさん

















初号機が光の翼を広げた事実には厳重な箝口令が敷かれ、盟友関係にある戦自でも同じ措置が執られた。
それはパイロットや元パイロットも例外ではなく、むやみに話題に乗せる事は禁じられている。
ただし、ここなら話は別。
こことは・・・


「司令室で事情聴取ですか?葛城三佐」


「使える部屋では、ここが一番盗聴されにくいの。ここより安全な場所は、ターミナルドグマしかないわ。
何か不満でも?初号機パイロット、碇シンジ」


「い、いえ、別に」


ミサトの言うことももっともだし、上司の命令とあらばシンジに依存はない。
シンジが気にしているのは、ここが司令室である事実と、この部屋の主。長らく挨拶程度しか言葉を交わさない
実父である。

アスカからも、子供が産まれるまでに何とかしろと言われてはいるのだが、父の姿を間近に見るとどうにも巧い
言葉が出てこない。
その上、父の変わらぬ横柄な態度が癇に障る。
更にシンジを父から遠ざけているのが、噂に聞く若い女性との同居。なんでも、ミサトより若いらしい。
将来的にも父と同居するつもりはないし、父がどんな女性と付き合おうが関心はない。
父も男だし、女性を求めるのは自然な欲求だ。
しかし物には常識というものがあって、世間の目というものもある。
やたら若い女性との同居は、気分の良い物ではない。


「では、初号機の異常発光について事情聴取を始めます。
赤木博士、お願いします」


「分かりました。
では、私から幾つか質問させてもらいます。応えられる限りの答えを返してちょうだい。
いいわね?シンジ君」


「了解です。赤木博士」


この場にいるのは、ミサトとリツコ・・そしてゲンドウと冬月、シンジを交えた五人だけ。他の人間は極力排除している。
初号機の見せた光景は、それだけ異常で特殊なものであったという扱い。

弐号機と零号機も、フルパワーを出せば初号機ほどではないにしても同じような状況になるだろう。
四枚か六枚の光翼を展開するかもしれない。
それはそれで運用上別に構わないのだが、目撃者が変な妄想でもして、ネルフが天使を使役しているなどと吹聴されたら
宗教上の問題にもなりかねない。
フルパワーを絞り出す度にあれでは、何か対策を考えなければならなくなる・・・
と、リツコはミサトに説明した。

とはいえ、この事情聴取は形式だけで茶番でしかない。
E計画の全てを掌握するリツコには、全てが分かっている。初号機とは・・エヴァとは何かという全てを。
この催しは、意味不明の事故であるとの形を作っているだけだ。
それだけに、質問も意味のないものばかり。


「初号機の出力を上げるとき、何をイメージしたの?」


「何と言われましても・・・
体中から力を集めるような、そんな感じですね」


「アスカの顔を思い浮かべなかった?」


「は?アスカですか?」


「ちょっと、赤木博士。その質問に何の意味があるの?」


「葛城三佐は知らなくていい事です。
くだらなく思えるかもしれないけど、この質問には素人には分からない高度な意味が含まれているのよ」


「そ、そう・・」


反射的に突っ込んだミサトだが、リツコに軽くいなされる。
そう言われればそうかと、どこか納得してしまう自分も哀しいが・・

この訳の分からない事情聴取は、約一時間で終了した。





「だ、大丈夫なんですか?お腹の子に何かあったら・・」


「大丈夫よ。
シミュレーションプラグにはLCL使わないし、フィードバックも設定次第で最小限に出来るわ。
それとも、アタシが教官じゃ不足かしら?」


「い、いえ、そんな」


何を思ったのか、少しお腹の膨らんできたアスカがマナを特訓すると言いだし、トレーニングウェアを着て
シミュレーションプラグに乗り込んだ。
仕事を奪われた感じのレイは、どこか不満そうだがアスカの好きにさせている。その場にいる技術部の職員も作戦本部の
職員も、レイと同じにアスカへは不干渉。
アスカ一人の我が儘でネルフの予定が変更される事はあり得ないので、ミサト辺りが承認しているものと思われる。

それはともかく、マナは戸惑い気味。
レイとは訓練を一緒する事が多いので気心も知れてきたが、滅多に会わないアスカとは何となくソリが合わないのだ。


「なら、さっと乗る。
レイと違って、アタシは厳しいわよ」


「は、はい!」


レイとは違う激しい性格のアスカに、マナは少しだけ恐れを抱いた。
そんなマナは、プラグに乗り込む前に助けを求めるようにレイへ視線を向ける。
そしてレイは、マナに慎ましやかな笑みを返すのだった。


(レイさんの顔見たら、なんか元気出ちゃった・・・頑張ろ!)


レイの笑顔を見て奮起したマナは、アスカの叱咤にもめげず頑張り通す決意を固めた。
それに厳しいというなら、幼年学校での訓練は厳しいのひと言。ネルフでの訓練は戸惑う事は多いにしても
厳しさはそれほどない。
アスカがどれほどの厳しさで臨んでくるか不明だが、戦自に比べれば・・・


「どこ見てんの!?反応が遅い!」


「す、すいません!」


「謝ってる暇があったら対応しなさい!実戦だったら、死んでるわよ!」


「はい!え〜と、武器は・・」


「兵装ビル の位置くらい、いい加減覚えて!!いつまでお客さん気分なの!!」


「は いぃぃぃ!!」


生粋の軍人のようなアスカの訓練ぶりは、幼年学校と何ら変わるところがない。いや、容赦の無さはそれ以上とも言える。
勿論、アスカがマナを虐めているわけではなく、一刻も早くマナを一人前に仕上げてレイとシンジの負担を
軽くしようという意思の表れである。
レイのやり方では時間が掛かりすぎると、アスカは判断したのだ。


「接近戦用意!」


「はい!・・・っと、これね」


「槍か・・アンタ、槍使えたの?」


「いえ、全然。使ったこと無いから、使ってみようかなって」


「アンタ、 バカぁ!?」


マナの性格にも、多少の問題はありそうだ。






翌日 発令所・・


緊急事態と聞き、深夜に突然招集を受けたミサトが受けた報告は、自分の耳を疑いたくなる物だった。
松代のネルフ基地からさほど離れていない山中に、エヴァらしき巨大な人型の物体を発見したというのである。
ミサトも現地から送られてきたその映像を確認したが、全身を白銀に輝かせるそれは、約三年前にアメリカ第一支部と
共に消えたエヴァ四号機に酷似している。


「何で四号機が、今更こんな場所に・・」


「赤木博士は、先日の戦闘が原因と見ておられるようですが。
初号機がディラックの海で放出したエネルギーが、異空間に影響を与えたのではないかと仰っておりました」


非常事態故、夜勤明けでも帰ることを許されない日向が、眠そうな顔でリツコの推測を説明した。
リツコは今、松代の現場で調査中。程なく簡単な報告もあるだろう。


「時間的なズレは、どう説明するわけ?
あれからもう何日も経ってるわよ」


「ディラックの海に時間が無いと考えれば、辻褄は合います。
私も、よく分かりませんが」


「そういう事は、リツコ達に任せましょ。
回収作業の方はどう?」


「零号機と弐号機のサポートにより、順調に進んでいるようです。
フォースには、いい訓練ですね」


「何事も無ければいいけど」


本能的なミサトの不安。
確証が在るわけではないが、胸騒ぎを抑えきれない。
軍人としての本能だろうか・・


「やっぱ、朝からカツ丼はキツイわね・・胸やけするわ」




雰囲気壊さないでくれ、ミサト。





リツコが現地に着いて最初にそれを見たとき、白銀の巨人は半身の大部分が地中に埋もれた状態にあった。
しかし損傷という損傷はなく、検査したところS2機関も無事。
ただ、エントリープラグは消失。戦自が範囲を広げて捜索しているが、未だに発見されていない事からして
S2機関暴走の際に衝撃で抜け落ちたか損壊したと考えた方がいい。
いずれにしろ、パイロットは生きていないだろう。


「簡単な検疫は済んだけど、第十一使徒の例もあるし・・楽観は禁物ね」


本部から連れてきた数人の職員がデータを分析し続ける中央管制室で、初号機から角を取り去ったような
形の頭部を持つ四号機をモニター内に見てリツコは、少し前にMAGIと戦いを演じた細菌サイズの使徒を
思い出す。

零号機と弐号機に抱えられて松代の基地に運ばれた四号機は、とりあえずLCLで洗浄。その後、BC戦装備に
身を固めた技術部職員によって簡単な検疫が行われた。
検疫と言っても外部装甲を検査したに過ぎず、これからケージで装甲を外し、素体そのものを検査する予定。
念のため、施設の外に零号機と弐号機を待機させている。
マナの実戦配備は初めてだが、レイも一緒だし・・いざともなれば、本部からシンジが数分で飛んでくる。
準備に抜かりはない。

深夜に招集されたシンジは、本部の初号機内で待機態勢にある。
ミサトの話だと、招集された本人よりパートナーのアスカの方がお冠だとか。
どうやら、濃厚なスキンシップの最中だったらしい。


「そう言えば、マヤも愚図ったわね」


万が一四号機が暴走しこの施設が吹き飛ばされ自分が死んでも、本部には公私ともに信頼するマヤがいる。
彼女なら、自分の穴を埋めてくれるだろう。
同行を願った彼女を置いてきたのは、それが理由。人的資源の補充は、機械のようにはいかないから。


「戦争なのよね、これは」


「四号機内でエネルギー反応!S2機関が解放されます!」


リツコが戦争という現実を再確認したとき、職員の一人が悲鳴を上げるように報告。四号機が突如活動を
開始したのだ。
しかしケージでは、装甲版を外す作業が行われている最中・・整備員達が危ない。
リツコの頭が瞬時に沸騰した。


「いけない わ!整備員は退避!制御抗体注入!!」


「ダメで す!間に合いません!」


「全員!床 に伏せて!」


リツコの指示で床に伏せた人間達が聞いたのは、先日に初号機が挙げた咆吼と似た獣の声。
そして、堅牢な構造物が破壊されていく轟音だった。




外で待機していた零号機に乗るレイは、四号機の収容された建物が内部から破裂するように破壊されると
直ちに本部に連絡。
エヴァ二機を一時上空に退避させ、爆発後の煙が収まるのを待った。
建物内にいたリツコ達職員の安否が気になるが、今はそれよりも状況を把握して何が起こったのかを見極める事と
レイは判断した。
何らかの理由で四号機が暴走したのならば、怪我人の救出より四号機の捕獲、又は殲滅を優先しなければならない。
冷たいと非難されようと、それが更なる被害者を出さないために必要なことなのだ。


「あれは、四号機・・やっぱり、暴走し」


<レイさん!何でエヴァが!>


「違う。あれは使徒だわ」


<使徒?・・・だってアレは>


初めての実戦を間近にした緊張と興奮で声が裏返りそうになっているマナを、更に混乱させるような事実。
外見はエヴァなのに使徒とは・・
レイの見込み違いだと思いたい。
しかし・・・


「私には分かるわ。四号機は使徒に乗っ取られたのよ。おそらく、細菌サイズの使徒ね。
それにしても」




ネルフ本部 発令所・・


「それにしても、考えるわね使徒も。
四号機使って敵の懐に飛び込もうなんて・・・トロイの木馬みたいじゃない」


松代の異変を察知した時点ですでに特別警戒警報が発令され、本部内も戦闘態勢に入った。
レイから送られてきたデータを分析した結果、四号機は細菌サイズの使徒に侵食され乗っ取られたと判断。
四号機は第十三使徒と認定され、待機していた初号機は直ちに発進。その到着を待って、零号機、弐号機
と共に殲滅戦に入る。

ミサトも、リツコを始めとする職員の多くが無事と聞き、いくらかの余裕がある。
それでも助かった職員達の多くは重傷を負い、リツコも頭部打撲と右腕の骨折。
四号機から装甲を外す作業をしていた整備担当の職員達は全滅したし、人的被害が皆無というわけではない。
今までにない戦闘損失に、ミサトの心が痛む。


「不謹慎ですが、松代でよかったと思います。
ここであんな爆発があったら・・・」


「今ここに私達はいないわね、日向君」


「・・・はい」


「楽な戦闘が続いて、少し舐めてたかもしれないわ・・使徒を」


「恥ずかしながら、そう思います。
シンジ君に状況を教えたのは、拙かったでしょうか?
動揺が見られるようでしたが」


出撃前のシンジには、松代での状況を全て説明した。犠牲者も出たと。
その時彼の顔に一瞬動揺がはしったように、日向には見えたのだ。


「あれは動揺じゃないわ。怒りよ・・・使徒に対する怒り」


「凄惨な戦いになりそうですね。シンジ君が切れたら、加減が効かない」


「戦自の細菌戦部隊に応援要請してくれる?多分、ネルフだけじゃ後始末しきれないわ」


感情を爆発させたシンジの豹変ぶりは、ミサトもアスカから聞いてよく知っているつもり。
アスカに絡んだ男を手加減せずに殴り倒し、警察に手を回して何回か揉み消してもいるし。
止めに入った保安部の介入が無ければ、恐らく殺していただろう。
それを考えれば、今回の戦闘は今までのように急所に一撃を加えて終わるとは考えにくい。使徒をバラバラに引き
ちぎるくらいの事はやりそうだ。
その後始末は、かなり手間取ると考えた方がいい。


「了解です。直ちに」


日向が戦自に連絡を取った時、すでに戦自の細菌戦部隊は松代の戦場へと移動を開始していた・・・レイの要請
によって。




敵とはいえ、レイが慈悲を掛けたくなるほどの悲鳴・・・いや、絶叫か。
マナなどは、正視できずに顔を覆って泣き出してしまった。

装甲のほとんどがはぎ取られて素体が露出し、目は二つとも潰されて、内蔵もほとんど腹から引きづり出されている。
両腕はすでに無く、ちぎられた腕の一本は遙かな山中に突き刺さり・・もう一本は形も残らないほどに粉砕され、肉片
となって飛び散った。足は形が残っているだけで、もはや足の役目は果たさないだろう。
辺り一面は、赤い血と薄肉色した肉片が至る所に転がる地獄。
田も畑も電柱も・・・建てて間もないと思われる民家までもが、全て赤に染められてしまった。

戦いは戦いではなく、当初から一方的な殺戮でしかなかった。
飛来した初号機は他の二機に手を出させる事はなく、嬲るように四号機の体を破壊していく。
早期に戦闘意欲を喪失した敵は逃げようとしたのだが、それも適わない。
四号機は苦しみにのたうち回りながら悲鳴を上げ続け、血を撒き散らす。
なまじ再生能力を有していた事が苦痛を増幅したはず。
再生する端から引きちぎられては、たまったものではない。その内エネルギーも使い切ったのか、再生されなくなった。

それでも四号機はまだ活動を止めない。
まだ僅かに動く足で地を蹴り、少しでも初号機から逃げようと臓物の飛び出た体を引きずる。
そんな四号機の頭を初号機は血で染まった腕一本で鷲掴みにし、己の前に引き上げた。
もはや抵抗する力もないのか、四号機はダランとしたまま。


<碇君、もう終わりにして。使徒も充分苦しんだわ>


「綾波、こいつは人を殺した・・・何人も」


<周りの被害も考えて。ここは民間の土地よ>


「・・・仕方ない」


鷲掴みにしたまま背後から四号機の胸部に手刀を突き入れた初号機は、そのままコアを掴み・・・潰した。
二、三度痙攣した四号機の体は、それで活動を停止・・戦闘は終了。
そして、すでに着き待機していた戦自とネルフの合同部隊が洗浄を開始する。

血と生肉が強烈な匂いを放つ中、作業は淡々と進められていった。
しかし、全ての作業が終わり住民が帰還を許されるまで、約一ヶ月の時間を要したという。




つづく

次回、「力と力






でらさんの『こういう場合』第二部第十三話、掲載です。

バルディエルの憑依もこういう事態になるのですなぁ。

名も無いキャラクターではありますが犠牲は少しは出てしまったですね。

シンジ君もしっかり仇をとったようですが・・・。(ちょっとグロい光景かも)

みなさん読後にでらさんへの感想をお願いします。

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