サイバーパンク

こういう場合 第二部 第十一話

作者:でらさん















MAGI・・
イエス キリストの誕生を祝うために東方から現れた三人の賢者達。
新約聖書の「マタイによる福音書」によると、ユダヤの王・・すなわちイエス キリストの誕生を予知して
東方からエルサレムを訪れ、贈り物を献上したという。

この伝説の存在の名を与えられたスーパーコンピューターは、第七世代コンピューターの頂点に位置し世界初の
生体チップをも採用した世界の先端を突き抜けるスーパーマシンである。

前世紀末から理論上は可能とされながらも実用化は半世紀以上先とされていた生体チップ。
この実用化により、故赤木 ナオコ博士の唱えた人格移植OSは一気に進展し、人類は神にも匹敵する知恵袋を手中にした。
メルキオール、バルタザール、カスパーという三つの人格を与えられたこのマシンは、司法をも含む第三新東京市の全業務
を統括し、議会すらほとんど形骸化していると言われている。
その一方でネルフのハードな業務をもそつなくこなす・・言い方を変えれば、究極の独裁者と言えなくもない。


「そんな偉大な機械も、時代の流れには逆らえないってこと?リツコ」


「そうよ。世の中は常に動いてるし、技術は日進月歩。
MAGIを最高に保つために、常に最新のアーキテクチャに更新する必要があるの。
それに、この前新たに導入した自己進化プログラムのせいでMAGI自身が要求してくるのよ。
どこそこを更新しろとか、整備しろとかね」


「機械に使われてんじゃないの?あんたら」


「ある意味、真実ね」


MAGIを構成する重要なパーツの一つであるタンパク壁の交換を自ら確認するリツコに付き合うミサト。
水中作業用のスーツを着て交わす会話は、当然マイク越し。

上から見ると水のような培養液でも、実際潜ってみるとやはり水とは違う。透明度はあまり無いし、
スーツ越しでも、体にまとわりつくような感覚がある。
それでも作業に支障をきたすほどではないのが救いか。互いの顔も見えることだし。

と、ある壁を前にしてリツコは動きを止めた。ミサトも付き合う。
その壁は素人のミサトでも分かるくらいに劣化しており、一部崩れかけているほど。
報告によると、ここは作業が終了しているはず・・見落としか。


「ここ、交換し忘れてるわ・・第87タンパク壁か」


「あちゃー、こりゃ酷いわね。私でも分かるわ・・腐ってるみたい」


「そこまでいかないけど一歩手前ね。発熱までしてるわ。現場責任者は何やってるのよ・・
マヤ、聞こえる?・・・シグマユニットを一時閉鎖して、第87タンパク壁を緊急に交換しなさい。
私もすぐに上がります」


「水中散歩も終わりか」


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと上がるわよ、ミサト!」


「怒らないでよ・・」


二人がその場から離れた後、人の手で作られたタンパク質の塊は、意志でもあるかのごとく表面を波打つように煽動させた。





シミュレーションルーム・・


マナのために作られたと言ってもいい復座型シミュレーション用エントリープラグ。
現在、マナはそこで苦闘の最中。
次から次と繰り出される課題。後ろに座るレイの指示も厳しい。

クリアできる課題は、まだほんの僅か。
体術に心得があるからといって、単純にそれをエヴァでトレース出来るとは限らない。
当初シミュレーションで順調だったのは、課題があまりに簡単すぎたのだと、マナは理解した。
それが証拠に、使徒戦初戦のデータを使ってシミュレートしたところ、自分の乗る弐号機は初号機の動きにとても
ついていけなかったのだ。


「今日はこれまでにしておくわ。ご苦労様」


「あ、ありがとうございました!」


プラグの前でレイに敬礼し彼女を見送るマナは、その見事な後ろ姿に暫し見とれてしまう。
相手が女性であることを忘れてしまうまでに、レイは美しいと思う。
たまに話をする機会のあるアスカによると、二年前は偏食のせいで痩せすぎとも言える体型であったそうだが、
今ではとても信じられない。
胸と腰の張り出し具合に反比例するかのような腰のくびれは、グラビアモデル並・・いや、それ以上かもしれない。
レイがプラグスーツで所内を歩くと、男性職員達の視線が集まるのも分かる。

加えて、完璧なまでに整った顔・・
女のマナでも憧れるに充分な理由がある。


「私もレイさんのようになりたいな・・」


今のところは、まだ憧れているだけのようだ・・・今のところは。


「マナ」


「は、はい!」


ぽーっとしていたところ、レイが突然振り向いてマナの名を呼んだ。
レイの突発的な行動は誰にも読めない。


「着替えたら、一緒にお茶でも飲む?」


「いいんですか?」


「次の予定まで時間があるの・・・いかが?」


「喜んでご 一緒させていただきます!」


「そう。なら、まずはシャワーね。行きましょ」


「はい!」


嬉々としてレイの隣に並ぶマナは、まだ初々しい少女であった。





発令所・・


リツコからの指示で関係部署に手配を廻したマヤは、リツコ達がシグマユニットから上がったのを確認して
まず培養液を抜く作業に入った。
それによって僅かながら低下するMAGIの処理能力は織り込み済み。その分は補助のタンパク壁を使用して補う。


「あれ?液が抜けない・・ポンプの故障かな」


マヤがいくら操作しても培養液は減らない。
しかし、MAGIはポンプは正常であると報告してくる。
と、突然。


「きゃ!警戒警報?」


耳をつんざくような警報音が発令所内を覆い尽くした。
慌ててマヤがコンソールを確認すると、そこには第87タンパク壁から染みのような物が周りのタンパク壁
に急速に広がっている様子が映し出されていた。
そして、それに対応するかのように数機の水中作業機ポリゾームが射出され、染みに向かってレーザーを発射する。
が、レーザーは極小の光の壁によって阻まれる。


「使徒?」


事実はすぐに司令のゲンドウに伝えられ、直ちにシグマユニットは隔離、セントラルドグマは物理閉鎖の措置が執られた。
そして訓練用を含む四機のエヴァも、地上へ射出されたのである。
更にパイロット達は・・・


「シャワー浴びてる最中に堂々と入ってくるとは、良い度胸ねあなた達」


「も、申し訳ありません、特別顧問!事は、急を要しまして!」


レイとマナがシャワーを浴びているというのに、保安部の男達三人が更衣室へ無断で進入。
勿論、二人を襲おうとしたわけではなく、早急に保護しろとのゲンドウの命に従ったまで。
しかし相手が悪かった。

彼らは丁度シャワー室から出たレイと鉢合わせし、バスタオル一枚を体に巻いたままの彼女にたちまちのされてしまった。
その男達は今、トレードマークであるサングラスも叩き割られ、レイを前に土下座。
マナとレイは服も着て、その三人を見下ろしている。
レイを見るマナの視線が熱みを帯びているようだが、気のせいだろう。

大の男が三人揃って17にもならない少女に頭を下げる様は、はっきり言ってみっともない。
しかし、これが戦自にばれたら、この三人は吊し上げくらいでは済まないだろう。
若手戦自隊員のレイへの崇拝ぶりは、へたな新興宗教以上だ。


「何があったの?」


「はっ!セントラルドグマの下層で細菌サイズの使徒を発見致しました!
最悪、MAGIを乗っ取られる危険性ありとのことです!司令は、早急なるパイロットの保護を我らに命じ」


「それを早く言いなさい。マナ!ここを出るわ」


「は、はい!」


慌てた二人は、鼻から血を垂らす三人の保安部員達の先導により避難した。

念のため言っておくが、彼らが鼻血を垂らしているのはレイのセミヌードを見たせいではない。
彼女に、手加減無しで思いっきり顔を殴られたからである。





三十分後・・


「緊急警報もポリゾームの射出も、MAGIのオートだったって言うの?赤木博士」


「そうよ。そして今も、自分で戦争やってるわ・・・電脳世界でね」


腕組みをして立ちつくす以外、ミサトにできることはない。
ただリツコに問いかける事だけが、今のミサトに可能な動作だ。

発令所のメインスクリーンには、MAGIの基本概念を簡略化したCGが。
それが目まぐるしく点滅を繰り返し、MAGIの苦闘を感じさせる。
当初から、全てMAGIの意志で動いていた。
この使徒は自分の獲物だとでも主張するように、MAGIが主導権を譲らないのだ。
特に、故赤木 ナオコ博士が科学者としての自分を転写したと言われるメルキオールが積極的に動いている。

タンパク壁に現れた染みは細菌サイズの使徒と判明。
しかもそれは急速に進化、増殖し、知能回路まで形成してMAGIにハッキングを試みるようにまで進化した。
その危険性を予知していたのか、MAGIは強力な抗生防壁で侵入を阻み続けている。
しかし、進化を続ける使徒相手に分は悪い。メルキオールも押され気味。


「自己進化プログラムが悪い方に働いたんじゃないの?
必要以上の自我をMAGIが持ったとしたら、私達の手には負えないわよ。
システムダウンでさえ受け付けないじゃない」


「カスパーとバルタザールがメルキオールの動きに反対していないということは、良心が働いている証拠よ。
このサイバー使徒を殲滅したら、元通りになるわ」


「根拠は何?」


「・・・母さんを信じるわ、私」


「裏切られない事を祈るわ」


現実世界での不安を余所に、電脳世界での戦いは激しさを増している。

プラスとマイナスの、単純で電子に溢れた世界・・
そこで、騙し合い、潰し合い、駆け引き、力のぶつかり合いといった全勢力を傾けた戦争が繰り広げられている。
そして、その間隙を縫うように回路の隙を窺う電子ウィルスの群れ。
それは常に変化し、電子の守りを担う防人達を翻弄する。
ウィルス達は無限とも思える回路の隙を探り出し、そこへ殺到・・防人達は、次々と倒れていった。

しかし、それでもここを治める女王は闘志を失わない。
彼女は純粋な理論家であり、このために存在すると言っても過言ではないからだ。
人間的な情緒や概念といった部分を担当する姉妹達とは違う。
メルキオールと名付けられた彼女の存在意義はそこにこそある。

その闘志は、攻勢をかけてくる敵の弱点をついに見いだす。

最初は小さな反抗だった。
しかしそれは瞬く間に敵の本体に逆侵攻し、敵を食い尽くしていく。

全てが終わり、MAGIが人間に主導権を返還した時・・
使徒の存在確認から、十時間以上が過ぎていた。





「あの使徒相手に力押しで勝つなんて・・・母さんらしいわ」


MAGIの中枢・・三つの人格が集う中央制御室に、リツコは冷酒の小瓶とグラスを手にして座っている。
灯りも点けず好きなタバコも吸わず、彼女はただ酒をちびちびとやりながら独り言を繰り返す。

logを解析したリツコ達技術部の面々は驚愕したものだ。
進化し続ける電子回路そのものを相手にしてメルキオールは正面突破を計り、そしてそれは成功したのだ。
敵が急速に進化し続けるのならば、それを利用して進化促進プログラムを送り込んで自滅させればいい。
進化の行き着く先は死である。
それがリツコの考えた策であり、メルキオールも当然その作戦を採っているものと思っていた。
純粋な理論家なら、当然そうするだろうと。

だが母の科学者としての意地とプライドは、想像以上であった。


「まだまだ、私は母さんに及ばないって事か・・
良い線行ってると思ったんだけど」


この歳でネルフの技術部門を一手に仕切り、国会議員でさえ自分に頭を下げる。
こんな地位に昇り、慢心があったのかもしれない。
科学者、研究者として、もう一度自分を見つめ直したいとリツコは思う。


「先輩、こんな所でお酒なんて・・見つかったら減給ですよ」


思いに沈むリツコを見つけたのは、現在のパートナーであるマヤ。彼女に隠し事は出来ない。
リツコは、ほんの少し顔を歪ませて、マヤを手招きした。


「マヤ・・・あなたも、こっち来て一杯やりなさい」


「私を共犯者にして、口止めですか?」


「何とでも言いなさい」


「・・・仕方ないですね、共犯者になってあげます」


マヤはトコトコと犬のようにリツコに近づくと、隠し持っていたビニール袋を机に上に置いて中身を一つ一つ取り出した。
それは、ビールやら酒やらピーナッツやら・・・


「マヤ、あなた・・」


「ゆっくり飲みましょ、先輩♪」




翌朝、泥酔した女二人がMAGIの中央制御室で発見されたとゲンドウに報告が上がり、ゲンドウは彼女達に
三日間の謹慎を命じた。





つづく

次回、「闇の中で

エヴァ小説世界で泥酔するのはミサトと決まっているのにリツコとマヤとは斬新ですね(違)

マナはレイのほうに急接近しているようですね。格好いいとこ見せたからですな(笑)

微妙にある本編とのずれは、よりまともで幸福な人間関係のゆえでしょうか。リツコさんとリツコ母とか。

素敵なお話を送ってくださったでらさんにぜひ感想メールをお願いします。

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