決意 

こういう場合 第二部 第八話

作者:でらさん
















戦略自衛隊幼年学校・・


セカンドインパクト後の孤児収容施設。
それが、戦略自衛隊幼年学校の前身である。

同じような施設は全国にかなりの数が作られたが、現在形を変えてでも残っているのはごく少数。
大方は、社会の安定と共に閉鎖されていった。
子供達は里親の元に引き取られ・・あるいは自立して、存在する理由がなくなったのだ。
それは平和と安定の証拠であり、喜ばしい事とも言える。

しかし子供を養える里親の数には限りがあり、自立するにはまだ早い子供達もいる。
ここに集まる少年少女達も、そういった境遇にある者達だ。


「霧島、追い込め!
記録を狙えるぞ!」


「はい!」


グランドを駆ける少女は、指導者の声に反応しペースを上げていく。
その速さは、同じくグランドを駆ける他の少年少女達とは一線を画する。

顔は紅潮し、息も荒い。
赤みがかった髪の毛が風に靡く。
苦しいのだろう・・可愛いと形容出来る顔が歪んでいく。

しかし、彼女はペースを落とさない。


「ようし、いいぞ・・
そのまま来い!そのままだ!
・・・そら来た!!



全ての者に先行した少女・・霧島 マナは、指導者の声に引かれるように己の全力を出し切り、この学校
始まって以来破られたことの無かった記録を更新した。

ゴールした彼女を待っていたのは、指導者の崩れた笑顔と友人達の熱い祝福。

親のいない彼らにとって、指導者は親代わり。
友人達は兄弟のようなもの。
彼らは今・・幸せだった。


「ははは は!やったじゃないか、霧島!
だから俺が言ったろ?お前なら、できると!」



「はい!ありがとうございます、先生!」


「お、おいムサシ、まずいよ」


「バカ野郎・・こういうどさくさに、普段出来ない事をやっておくんだよ。
霧島のやつ、性格は悪いが体は一級品だからな。
おい、お前も触っとけ!ケイタ!」


「誰よ!私 の体触ってんのは!?
ムサシでしょ!!」



ぐふぅ!・・き、効いたぜ、今のは」


「だから言ったじゃないか・・」




まるでドラマのようなそんな一場面を、校長は自分の執務室から複雑な表情で見ていた。
傍らには、戦自から派遣されてきた将校が直立している。


「あの子を戦場へ送ると?」


「まだ正式な話ではありません。
ネルフからの内々のオファーです」


「特殊パイロットの補充という話は分かるが、なぜそれを子供達に・・
ネルフでは、子供に戦いをさせているというのか」


「先生はご存じないでしょうが、それは事実です。
しかし、彼らにしか動かせない兵器であるのもまた事実。
哀しいことではありますが」


「ここに居る以上、いつかは戦場へ行くかもしれん。
だが、まだ彼らには早い。
やりたい事とてあるだろうに」




グランドに弾ける笑顔の数々が、校長には眩しかった。





ネルフ本部 リツコ執務室・・


とりあえず使徒は殲滅したものの、ここ本部では深刻な問題に直面していた。
妊娠したアスカの、弐号機とのシンクロがうまくいかないのだ。
起動は何とかできるものの、それ以上ではない。
戦闘は厳しいだろう。

更に問題なのは、アスカの体がLCLを受け付けなくなってきている事。
起動試験の後は必ず嘔吐を繰り返す。
このままでは胎児に影響が出そうだと、担当医師からも警告された。

事ここに至り、ミサトとリツコはある決心をしてアスカと話をする事にしたのだ。
彼女への引退勧告である。

司令のゲンドウへはすでに報告済み。
ゲンドウはアスカの引退を了承し、パイロットの補充を関係機関に指示した。
戦自への内密の要請は、その一環。
エヴァパイロット候補者は、現在戦自にまで拡大されている。


「なに緊張してるのよ、二人とも。
客はアタシなのに」


呼ばれたはいいが、呼ばれた本人よりもミサトとリツコの方が緊張しているようにアスカには見える。

ミサトは落ち着かないのか、座った椅子で何度も足を組み替えしているし・・
リツコはリツコで、ひっきりなしにタバコに火を付けては幾らも吸わない内に揉み消す。
そんな様子を見ているアスカも苛ついてきそうだ。


「べ、別に緊張してるわけじゃないわ。
そうよね?リツコ」


「え?ま、まあね」


「どうでもいいけど、シンジが待ってるんだから早くしてよ」


学校からの帰りにここへ寄ったアスカは制服姿。
今日は体調不良で訓練を休んだので、汗もかいていないしシャワーも浴びていない。
なのに、彼女の肌が上気しているようにミサトには感じられる。

妊娠した女の色気とでもいうように。


「アスカ・・最近、あなたのシンクロ率が落ちてきているのは知ってるわね?」


「起動ギリギリよね。
妊娠のせいだってのは、分かるわ」


「それに、LCLも受け付けなくなってる」


「だから何よ、はっきり言って。
アンタらしくないわよ、ミサト」


自分の立場は、分かりすぎるほど分かっているアスカである。
妊娠のごく初期でここまでシンクロ率が下がるのならば、いずれシンクロ自体できなくなるのは明白。
そうなれば、自分はパイロットとしての資格を失う。

目の前に座るミサトとリツコは、自分に引退を勧告するつもりなのだろう。

こうなるのは、シンクロ率が急降下しだした時点で予想していた事。
心の整理は、すでにつけている。


「詳しい事は、リツコから説明してもらうわ。
リツコ・・」


「結論から先に言えば、アスカがシンクロ出来なくなる事は理論的にあり得ないわ
お腹の赤ちゃんがいくら育とうと、シンクロは可能です。
現在の不調は、精神的なものね」


「じゃあ」


アスカの顔は一瞬輝くが、リツコの続けた台詞はすぐにそれを打ち消してしまった。


「でも、エヴァからのフィードバックとLCLが胎児にどんな影響を及ぼすか・・
今の時点では何も言えないの。
MAGIでも明確な答えを出せない。
言ってる意味・・分かるわね?」


「・・・・」


「まさか、あなたで臨床試験するわけにもいかないし。
妊婦がシンクロするなんて、想定してなかったのよ」


エヴァに10年以上情熱を捧げたアスカに、パイロットを辞めろとははっきり言えない。
リツコも・・ミサトも。

シンジとの出会い、そして幸せな生活が母のトラウマを払拭したようではあるが、エヴァがアスカの人生の
一部であるのは確かなのだ。
いくら妊娠とはいえ、そんな簡単にアスカがエヴァから降りるとは・・


「・・・仕方ないわね。
お腹の子堕ろすくらいなら、エヴァを降りるわ」


「アスカ、いいの?
あなたは今まで、エヴァに人生を捧げてきたじゃない。
それが突然・・」


意外にもサバサバした表情のアスカが、ミサトには信じられない。
荒れる事も予想し、そうなった場合の対処も考えていた。

それは、リツコとて同じ。
万が一のために、麻酔薬も用意していたほどだ。


「いいのよ、シンジとも話し合った事だし。
正直言って悔しいけど、この命には替えられないわ」


アスカは自分の下腹を両手で押さえ、優しい笑顔を漏らす。
その顔が、ミサトには女神にも例えられるほど美しく見えた。


「せっかく授かったこの子を母親の都合で殺すなんて、アタシにはできない。
この子を産むのは、アタシの義務よ。
大丈夫!シンジだって、助けてくれるもの」


「強いのね・・あなた達」


「この歳で同棲してれば、嫌でも強く・・図太くなるわよ。
あ〜あ、本格的な花嫁修業はまだ先にしように思ってたけど、すぐ始めなきゃ」


「家庭に入るのも、いいものよ。
・・・ちょっと、早いけど」


「ほんの少しよ。
それに、子供産んだらアタシはすぐに社会復帰するんだから。
シンジをいつまでも野放しにはできないわ」


「の、野放し?」


「加持さんは自覚のある浮気魔だけど、シンジは自覚ないのよね。
女が勝手についてくるっていうかさ。
あくまで精神的なものだけど、本当に浮気したら殺してやるわ!」




アスカとミサトのやり取りを聞いていたリツコは、シンジが浮気などしない事を切に願うのだった。
痴話喧嘩でシンジが殺されてしまったら、本当にシャレにならない・・・





翌日 第壱高校 昼休み 職員室・・


アスカが生徒だと分かっているはいるが、まだ独身であるこの担任教師にアスカの美貌と色香は魅力的。
目の前に立つこの少女と、個人的に付き合いたいとも思う。
しかし、それが適わぬ思いである事も知っている。

彼女には、あの碇 シンジがいる。


「何か用か?惣流」


「休学を申請したいので、用紙をいただきたいのですが」


「休学?ネルフで何かあったのか?」


「いえ、その・・・個人的な理由なんですけど」


「そうか。
担任として、一応理由だけでも聞いておこうか」


ネルフ関係者であるアスカの事。
公務ならば、事前にネルフから通告がある・・今まではそうだった。

それが無いとなれば、彼女の言う通り個人的な理由なのだろう。
ならば、担任として知るのは当然の権利だ。
しかし彼女の口から出た台詞は、この教師の理解を超えるものであった。


「妊娠したので、産休取りたいんです」


瞬間、時間が凍り付いたように物音一つしなくなる職員室。
部屋の一角にあるテレビから排出される音・・屋外から聞こえる蝉の鳴き声が、やけに大きく聞こえる。

数分続いたその沈黙は、担任の大声で終わりを告げた。


「妊娠だ と〜〜〜!!」




第壱高校は創立以来最大の問題を抱え、午後の授業は全て中止。
全校生徒は、直ちに帰宅を命じられた。





夜 碇、惣流宅・・


「暫く自宅待機だってさ。
暫くって、いつまでよ・・」


「多分、出産を終えるまでだね」


自宅でくつろぐアスカは、少し前に自分の端末に届いたメールを読んで学校の対応を知った。
どんな議論が交わされたのかは知らないが、暫く自宅で待機していてくれというもの。
期限も示されていない事から、シンジの言うように出産までとぼけるつもりだろう。


「いかにも官僚的ね。
問題を棚上げするっていうのはさ」


「普通なら退学は確実。
でも僕達がネルフの関係者だから、それは出来ない。
あの人達なりに考えた結論なんだろ?」


「頭の固い連中ね・・ネルフの方がよっぽどリベラルだわ。
同棲まで認めてくれたのよ」


「それには、感謝だね」


現実問題、この二人の歳で普通は同棲など考えられない。
ないこともないだろが、かなりの少数だろう。
それが共に高校へ通う身ともなれば、この二人くらいなものだ。

シンジもアスカも、そんな特権的な立場にいるという事を忘れてはいない。


「洞木さん、何だって?
話したんだろ?妊娠のこと」


「知ってたわよ、ヒカリ。
レイから伝わったみたい」


「・・・え?」


「女の友情なんて、そんなものね。
絶対喋らないでって、あれほど念を押したのに。
ヒカリも、何かさっぱりしてたからいいけど」


「あ、綾波が・・」


ヒカリの反応はともかく、レイの口の軽さはシンジにとって意外。
元は、かなり軽い性格なのかもしれない。
育った環境のせいで、今はまだ本性が現れてないとか・・・


「ま、まあ、そういった反応ならいいじゃないか。
トウジやケンスケは驚いたけどね」


「そっちこそ大丈夫?
二人とも口が軽そうよ」


「大丈夫だよ。
ああ見えて、二人は口が堅いんだ」


リビングで横になるアスカの脇に座り、シンジは屈み込んで彼女の頬にキス。
それでも、アスカはどこかに不安がある。


「今頃、みんな知ってたりしてさ」


「まさか・・」




アスカの勘は鋭く・・翌日、第壱高校は朝からアスカの妊娠で大騒ぎ状態。
どこから情報が漏れたのかは、言うまでもないだろう。


「ケ、ケンスケ・・お前が悪いんやぞ。
あちこちにメールしまくりよって」


「そ、そういうトウジこそ、大声で喋りまくってたじゃないか!」


後に・・
この二人がアスカからキツイお仕置きを受けたのは、更に言うまでもない。





数日後 ネルフ本部 発令所・・


今日は、戦自からアスカの代替パイロットが着任する日。
ゲンドウが急がせた事もあり、選抜は早かった。

パイロットを選抜するのは、表向きネルフとは関係ない第三者機関であるマルドゥック機関。
しかし、その実体はネルフそのもの。
故に、動きは早い。


「フォースチルドレンてわけね。
霧島 マナ・・・また女の子か」


「女の子だと問題があるの?ミサト」


「アスカよ。
プロフィールじゃ、かなりの美形だしさ。
シンジ君の浮気を心配するんじゃない?」


「候補には数人挙がったんだけど、彼女が即戦力に一番近いわ。
それなりの訓練も受けてるしね。
他の子じゃ、戦力として考えられない。
妥当な判断だと思うけど」


「それは分かるわ。
私だって、戦自幼年学校で鍛えられた実力を見てみたい気がするもの」


「それは、アスカも同じなんじゃない?
ある意味同類だし・・自分の後継者は気になると思うわよ」


リツコの向ける視線の先には、出入り口付近でシンジの腕をとり新パイロットを待つアスカの姿が在る。
その表情は安堵か緊張か・・ここからでは分からない。


「私達も行きましょう、ミサト。
新人さんを出迎えに」




ネルフ本部 正面ゲート・・


「いいか?霧島。
何も緊張する事はない、普段通りでいいんだ」


「佐藤三尉の方が緊張しておられるようですが。
そう、思いませんか?緑川三尉」


「的確な判断ね、マナ」


戦自から派遣されたのは、マナだけではない。
護衛の名目で二人の将校が付けられている。
佐藤 ケンジ三尉と、緑川 アヤ三尉である。

佐藤は40半ば過ぎ・・アヤは20代後半で年の差はあるが、密かに付き合っている仲でもある。

その佐藤は、かなりの緊張気味・・汗が酷い。
戦場では鬼神に例えられる男も、こういう仕事は苦手とする。
アヤの落ち着きが、マナにとっての幸いだろう。


「わ、私は緊張などしておらん!
少し暑いだけだ!」


「はいはい、三尉らしいですわ。
行くわよ、マナ・・今日からあなたは、ネルフの一員になるの。
とても名誉な事よ、誇っていいわ」


「承知しております!緑川三尉殿!」


「あっ、こら待たんか!
私を置いていくな!」





新しい出会いは、一体何をシンジ達にもたらすのか・・
それはまだ、誰にも分からない。





つづく

次回、「新たなる因子


でらさんから『こういう場合』第二部第八話をいただきました。

マナっち登場ですね。ムサシもちと顔出してますけど(手も)

いよいよ騒々しい三角関係の始まりですね。アスカが怖いけど(^^;;;

続きも楽しみですね。

みなさんにも是非、でらさんへの読後の感想メールをお願いします。

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