イレギュラー

こういう場合 第二部 第七話

作者:でらさん
















ネルフ本部 医療部・・


パイロットに義務づけられた定期検査を受けるべく、今日は学校を休んでネルフへ足を運んだ適格者達。

女であるアスカとレイは、当然ながらシンジとは別に検査する。
となれば必然的に二人が一緒になる事が多いわけで、検査服に着替える時なども雑談を交わしたりする。
レイも、すっかりアスカとうち解けたようだ。


「・・・・・胸、大きいのね」


「な、何よ急に。
アンタだって平均以上じゃない。
みんなが羨ましがってるの、知らないの?」


アスカの指摘通り、中学時代に偏食を克服したレイの体はグラマラスに成長している。
高校生の体とは思えないほど官能的でもあるのだ。

しかしそれでも、アスカの体には及ばない。
バスト、そしてヒップのボリュームはレイを上回り、白人種の血を主張している。
ウェストのサイズは変わらないだけに、よりアスカがグラマラスに見えるのだろう。


「よく言われるけど、アスカほど大きくないわ。
やっぱり、碇君のおかげなの?
人に揉まれると大きくなるそうだから」


「だ、誰からそんないい加減なこと教わるのよ!
そんなの俗説に決まってるじゃない!」


「洞木さんが教えてくれたから本当だと思ったんだけど・・
そう、嘘なのね」


「ヒカリのやつ・・」


ヒカリも冗談半分に教えたのだろうが、基本的に人を疑わないレイに対してあまりに無責任。
友人としての配慮に欠けると思う。
彼女もレイと仲の良い友人・・その辺は気を遣って欲しい。


「それはそうと、レイ。
まだ彼氏とか作る気ないの?
みんなも色々と噂してるわよ」


「今のところは考えてないわ。
気の合う人はいないし。
碇君となら、今すぐにでも付き合うけど。
アスカから奪うなんて言わないから、たまに貸してくれない?」


「検討にも値しないわね。
本気で言ってんなら、アンタとの付き合いも考え直さなきゃいけないわ」


「ふふ、冗談よ」


「なら、いいけどさ」


レイが冗談を言う・・
出会った頃なら、想像もできなかった。

無愛想とかそんな物ではなく、彼女に生きるという意思があるのかどうさえ疑わしかった。
友人の一人もいなくて、まともに話をするのは司令のゲンドウかシンジだけ。

だが、レイは変わった。
シンジを好きになり、他人とも関わる事によって彼女は変わったのだ。

戦自に対してミサトを上回る発言力を持ち、隊員から絶大な支持をも受ける。
校内でも、男子生徒はおろか女子生徒達にまで慕われる。
友人として、その変化が自分のことのように嬉しい。


「無駄話はこれくらいにして、さっさと検査しに・・うっ!」


検査服に着替え終えたアスカが更衣室を出ようとドアに向かったところ、突然蹲ってしまった。
口元を抑えていることから、吐き気でもするのか。


「どうしたの?アスカ」


「き、気持ち悪い・・」


「ここじゃダメ。
すぐトイレに行きましょう」




レイに抱えられるようにしてトイレに入ったアスカは、洗面所で数回吐く。
今までに経験のない体の変調であるが、アスカは何となくその原因を理解していた。





浅間山地震研究所・・


セカンドインパクト以前より規模は縮小されたものの、この国の地震研究は休むことなく続けられており
ここ浅間山でも専門の研究員が常駐し、マグマの活動から地殻の動きまで事細かに調査分析を行っている。

中でも、最新装備の耐熱耐圧潜行艇を使用したマグマ内の調査は重要な仕事の一つ。

今まで推測するしかなかった、火山火口内部の映像が生で見られるのである。
高温高圧状況下での対流理論を見直しする必要に迫られるかもしれない。
研究員の志気も、自ずと上がるというものだ。


「何だこれ・・
おい、ちょっと来てくれ」


「何だ、何だ・・人魚でも見つかったか?」


「人魚じゃないが、似たようなもんだ。
これ見ろよ」


「おい、これ・・」


距離が遠いためかなりズームアップしてあるが、形からして岩などではない。
明らかに卵状の形をしている。

しかし、この条件下で有機質が存在できるはずはない・・普通なら。

これは普通ではない。
だとすれば、このような物を扱う組織といって真っ先に思いつくのが・・・


「ネルフに連絡だ!」




約一時間後・・


「もうこれ以上は機械が保ちません。
望遠ではいけないんですか?」


「使徒かどうかを判別するセンサーがまだ効かないのよ。
壊れたら弁償するから、口を出さないで」


「は、はい・・」


戦自の地上部隊を伴って現れたネルフからの使者は何もかも強引で、研究所員の意思など無視して全ての
事を運んでいく。

潜行艇を一旦引き上げ、自分達には分からない装置を取り付けて、すぐにまた潜らせた。
その後のオペレーションも全部、彼女の部下らしいネルフ職員によって進められている。
自分達は、ただ見ているだけ。

そう、彼女。
三佐の階級章をつけた使者は女性。
それもかなりの美人。
しかし、性格はきつそうだ。


「どう?日向君」


「まだです。
ですが船体が」


「ぎりぎりまで潜らせて。
せめて使徒の反応を掴まえないと」


「分かりました」


訓練とかは別にして使徒の反応が無い事には、基本的にエヴァは動かせない。
それは、ネルフにある内規に決められている。
国連が一般の紛争にエヴァの出動を要請してくるのを拒否するために作られた内規だ。

建前の内規とはいえ、決まりは決まり。
出来るだけ守らなくてはならない。

非常時には、訓練と称して出動させるつもりではあるのだが。


「船体が潰れ始めました。
後、いくらも保ちません!」


「まだよ!
まだ反応が無いわ!」


「出た!
パターン青、使徒です!」


ザー・・


日向の報告と共に潜行艇のモニターが消える。
圧壊したようだ。
部屋の隅で状況を見守っていた研究員達の顔に複雑な表情が浮かぶ。

ネルフが弁償してくれるとはいえ、あの特殊な潜行艇は製造に時間が掛かる。
今すぐメーカーに発注したとしても、納入されるまで一年ほどかかるだろう。
当然、その間の研究は進まなくなる。

だが、政府さえ黙らせるネルフに文句など言えない。


「現時刻を持って当研究所はネルフが接収。
職員は持ち場にて待機、外部との連絡も禁じます。
命令に従わない場合は強硬措置もあり得ますから、そのつもりで」


武装した戦自の隊員が部屋に数人入り、警戒態勢をとる。
所内の要所でも同じような状況になっている事だろう。


「私は指揮所に戻ります。
失礼しました」




数人の部下を従えて部屋を出るミサトを、研究員達はただ黙って見送るしかなかった。





ネルフ本部 医療部 第二処置室・・


使徒発見の報にもかかわらず、ここ医療部は何とも言えない微妙な空気に包まれていた。

緊張したくてもできない。
いや、緊張はしているのだがその方向が違う。
微妙な空気の原因が原因であるだけに、この場のみんなもどう反応していいか分からないのだ。


「こんな時に・・」


「ア、アタシ達は悪くないわよ。
薬はちゃんと飲んでたしさ、薬だってリツコから貰ってただけだもん」


「スキンと併用しろって、いつも言ってたじゃない!
それをあなた達は・・」


「だ、だ、だって」


「だっても 何もないの!
こんな時に妊娠するなんて、何考えてるのよ〜〜〜!!」



「アタシだって、好きで妊娠したわけじゃないわよ!
完全なイレギュラーなんだから!」


アスカの体調不良の原因は妊娠。
シンジと付き合い始めた頃からアスカにピルを飲ませていたリツコが最も恐れていた事態。

彼女に支給していたピルは特別製で、理論的に妊娠はあり得ないはずだった。
それが・・


「と、とにかく、出来てしまったものは仕方ないわ。
一応アスカの意思を確認するけど、産むの?」


「当然よ!
望まない妊娠だけど、せっかく授かった命を殺すわけにはいかないわ」


「・・・それがあなたの意思なら、私は反対しないわ。
だとすれば、アスカにはまずやる事があります」


「な、何よ」


「赤ちゃんの父親への報告」




倒れたアスカを心配し部屋の外で待つシンジは、まだ何も知らない。




数分後・・


何かがおかしいとは感じていた。
人払いまでさせてアスカが自分に話があるなどと。
出て行く女性看護士達は自分の方を見て何やら笑っているし、リツコの表情は険しかった。

しかも倒れた後だ、何かある。

まだ考えたくない現実。
今の自分にとって望まない現実が訪れる予感がする。

全く望んでいないわけではない。
アスカとの関係を考えれば、将来的には当然予定されている事。
しかし、まだ早い。
自分はまだ高校生でしかない。


(で、でもアスカのこの様子は・・)
「ど、どうしたの?アスカ、折り入って話なんて」


「ちょっと、恥ずかしいんだけど・・」


「言わなくちゃ分からないよ。
言ってごらん」


「アタシね・・・・・・・・
できちゃったの


「・・・・・・・・・・・・・え?」




覚悟していたとはいえ、実際に台詞を聞いたシンジのショックは大きい。
彼の意識は、暫くの停滞を余儀なくされた。




発令所・・


浅間山近郊の指揮所で事の顛末を聞いたミサトは、A−17の発令をゲンドウに上奏する必要もあり本部に
とって返した。
念のためレイを先行して出撃させ、火口付近で待機させている。

そしてゲンドウへ上奏したミサトは、その場でA−17の発令を確認。
すぐ発令所に向かい、そこでアスカとシンジに対峙する。

A−17は使徒の捕獲を目的とした特殊な権限で、万が一のために現有資産の凍結も含まれている。
よって、その影響力の大きさから無線通信による傍受の危険を避け口頭による要請となった。

しかし、今のミサトにとってはアスカの妊娠の方が一大事。

捕獲が失敗したとしても使徒は殲滅すればいい。
今までの経験から、それは問題ないだろう。
だがパイロットの妊娠は、エヴァが一機使用不能になる恐れさえあるのだ。
妊娠したパイロットのシンクロなど想定していない。


「よりによってこんな時に・・」


「リツコと同じこと言わないでよ」


「言いたくもなるわよ。
自分達の立場分かってるの?」


「アタシ達だって予定外なのよ!
こんな時期に、子供産むつもりなんてなかったわ!」


「だから避妊はきっちりしろって」


「そのくらいにしなさい、ミサト。
いくら愚痴言っても、現実は変わらないわ」


「リツコ・・
何で、そう落ち着いてられるの、あんたは!」


「もう、充分取り乱したわ」


A−17の発令はリツコにも伝えられており、その準備は技術部で進められている。

そしてあまり時間が無いことも、MAGIの測定により明らか。
使徒のサナギとも言えるマグマの中の物体は活動中で、早ければ数時間・・遅くとも数日以内に孵化するの
は確実とMAGIは結論を出した。
更にA−17が発令され、経済への影響もある。
このような不毛な議論をやり取りしている暇はないのだ。


「とにかく、今はアレを何とかしなくちゃね。
捕獲するにしても殲滅するにしても、早ければ早いほうがいいわ。
技術部の準備も、そろそろ終わるはずよ」


「分かったわ。
でも今回は、アスカの出撃は無しよ。
産むって決めたんなら、危険はなるべく」


「弐号機以外無理ね、今回の作戦は」


「何ですって?」


「耐圧、耐熱、耐核のD装備は、ATフィールド以上の効果が認められないとしてプロトタイプ以外生産
されてないわ。
それも、プロダクションモデルたる弐号機専用。
初号機や零号機では使えないのよ。
改造するにしても、時間がかかりすぎるの」


ほとんど全ての物理的干渉を受け付けないATフィールドの存在はエヴァの絶対防御神話を生み、防御装備
の開発生産はストップ。
D装備もその一つ。
N2の破壊力さえ跳ね返す場面を見せつけられれば、仕方のないところかもしれない。


「そんな装備いらないじゃない。
ATフィールドがあれば・・
N2の熱放射でも突破不可能だったのよ。
マグマくらい、どうってことないわよ」


「ガスバーナーで鉄を焼き切るより、溶鉱炉で溶かす方が遙かに早いわ。
その違いが分かる?
マグマの中でATフィールドがどれくらい有効か、全く分からないの。
何より、エヴァに乗って戦うのはアスカやシンジ君・・レイなのよ。
少しは慎重に考えて」


「だからって・・」


望まなかった妊娠とはいえ、トラブルで流産してしまう悲劇は見たくない。
ショックアブソーバーとLCLに守られていても、戦闘による体への負担はかなりあるはず。
同じ女として、ミサトはそれを心配するのだ。


「E計画責任者、技術部統轄責任者として、弐号機以外の使用は認められません」


「リツコ正気なの?アスカ、妊娠してるのよ!」


「人類が生き延びるかどうかって時よ、躊躇してる暇はないわ」


「リツ コ!!」


「ミサト」


激昂しつつあったミサトを止めたのはアスカ。
二人のやり取りをシンジと共に聞いていた彼女は、何かを悟ったような微笑みをたたえていた。

そんな彼女の腕をとり隣でしっかりと支えるシンジも、すでに吹っ切れたようだ。
一時でも動揺した自分が恥ずかしいと思うほどに、今の彼は落ち着いている。


「アタシしかできないなら、アタシが行くわ。
レイもシンジも、弐号機とはシンクロできないんだし」


「でもアスカ」


「アタシは、使徒と戦うために十年以上も訓練を続けてきたわ。
それなりの覚悟もしてたつもり。
正直、今はちょっと迷いがあるけどね」


「ごめんなさい、アスカ。
技術部の失態だわ」


「いいのよ、リツコ。
予算やら何やら事情もあったんでしょ?
お腹の子なら大丈夫。
アタシとシンジの子よ・・多少の事なんて、跳ね返してくれるわよ。
ね?シンジ」


自分とシンジの間に授かった子供が、ひ弱であるはずがない。
アスカには絶対の自信がある。

それはシンジも同様。


「そうだね。
僕達の子供は、どんな事だって乗り越えられる。
この程度でどうにかなるはずないよ」


「ほら、シンジだってこう言ってるわ。
だから気にしないで、二人とも」


「強いわね、あなた達は」




これほどまでに成長した二人が、ミサトには眩しい。
そしてその二人の結びつきが、羨ましくもあった。





同時刻 浅間山火口・・


「・・・来るわ」


火口付近で待機していたレイは、火口内部から何物かが浮上してくるのを本能で察知。

指揮所からは何の報告もないし、零号機のセンサーにも反応はない。
しかし、レイには分かる。

彼女に組み込まれたリリスの遺伝情報が使徒と反応するのかもしれない。
ある意味同種といえる使徒。
その心までは分からないが。


「周回待機 の攻撃機は火口付近に集結しなさい!
急いで!!」



常に解放してある戦自部隊との回線を通じ、レイは付近に展開し待機している攻撃機を呼び寄せる。
彼女にしては珍しく切迫し、大声まで・・

そのレイに、戦自は即応で応えた。
常日頃からレイに憧憬を抱いている多くの戦自隊員としては、こういう時こそが彼女に対するアピールの
チャンス。
上の許可も待たずに、待機していた攻撃機の全てが火口に殺到する。

集まりすぎて危険なくらいだ。


<全機集結完了、ご指示を>


「後数分で目標が浮上します。
私が接近してATフィールドを中和する間に、ミサイルを撃ち込んで」


<はっ!し、しかしそれでは零号機に当たる可能性も>


「あなた達を信頼します。
これでは不満かしら?」


<い、い え!光栄であります!!>




数分後・・
孵化し、灼熱のマグマから浮上しようとした使徒は、レイの言葉に志気倍増した戦自の猛攻により殲滅された。
マグマの中で産まれた使徒も、ATフィールドを中和されてはひとたまりもない。

カンブリア紀に棲息したアノマロカリスに酷似したその使徒は、僅かな生を愉しむ余裕も無かった。





司令室・・


「捕獲失敗は研究者として残念だが、ネルフ副司令としては満足できる結果だ。
惣流君も出撃する事はなかったし。
万事塞翁が馬とは、この事か・・・ん?何をしとる、碇」


「こ、こっちを見るな!」


「何だ、この本の山は。
姓名判断・・新時代の名付け方?
もう、孫の名前が気になるのか?」


「う、うるさい!お前には関係なかろう!」


「その前にやることがあるだろう。
息子との関係をなんとかしろ。
それにな・・」


「何だ」


「贖罪を忘れてはならん。
生への執着は捨てろ・・我々はそれだけのことをしてきた」


「・・・承知しております、冬月先生」




全てが終わった後の贖罪。
それは自らの命でしか贖えない物であると、二人の男は分かっていた。




つづく

次回、「決意

でらさんから「こういう場合」、アスカ妊娠話の一話目をいただきました。

リツコさんのクスリを使っていたのに妊娠したなんて‥‥。
‥‥よほどシンジとアスカは激しくシテいたんでしょうか。それともリツコさんの薬が低容量すぎたとか。

大抵のリツコさんは強すぎる薬とか機械とか作ってますけど、このリツコさんは副作用を抑えることに熱心なあまり威力が足りないものを作ってしまった んでしょうかねえ

それはともかく、NERVにとってはイレギュラー、LAS人にとってはお約束(笑)なお話をいただきました。なかなかナイスでしたね。最後の髭達な ど特に(笑)

みなさまも是非読後の感想をでらさんに寄せてください。

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