新たなる日常

こういう場合 第十九話
作者:でらさん












西暦2016年 2月 朝 第壱中学・・


バレンタインも近い今日この日、ここ第壱中学は朝からかなりの賑わいを見せていた。
ネルフの都合で長らく休学していた碇 シンジが、暫く振りに登校するためである。
特に女子生徒達が騒いでいるようだ。

これには理由があって・・

ケンスケがある女子生徒に頼まれシンジの生写真を調達したところ、それが評判を呼び
本人の知らぬ間に人気が急上昇していたのである。

訓練によって得た自信と力・・そしてアスカとの満ち足りた生活がシンジをすっかり変えていたのだ。
ただの可愛い少年だった彼は青年へと成長し、誰もが一目置く存在感を放っている。
それが写真からも分かるらしい。


「楽しみよね、碇君早く来ないかな」


「本物はもっと格好良いんだろうな・・」


だが彼女達は知らない。
シンジには最強の恋人が既に存在する事を・・・




通学途中・・


「あんまり腕太くならないのね、アンタって。
あれだけ腕立てとかやってるのに」


「体質かな・・
力は付いてると思うけど」


シンジの腕を軽く掴み共に歩くアスカは、彼の腕が訓練の激しさにもかかわらずそれほど太く
ならない事に疑問を持つ。

ウェートトレーニングなども相当積んでいるはず。
しかも最近はエヴァの新兵器”アクティブソード”を使いこなすために剣術の訓練までして
いるのである。
剣道ではなく剣術・・よって、鍛錬もより過酷。

シンジはまず竹刀を持つことより腕力の強化を申し渡された。
師曰く・・


『まずは腕を作る』


のだそうだ。
戦国の世から続く流派らしく実戦的だ。
確かにまず力を付けなれば話にならない。


「ボディビルダーみたいになったシンジなんか想像したくないからいいけど。
でも無理はダメよ。
今日から学校にも通うんだしさ」


「分かってる、アスカに心配かけるような事はしないよ」


「よ、よろしい」


優しく微笑むシンジの顔は、アスカにとって麻薬のようなもの。
少量ならば薬だが、多量に摂取すると気を失いそうになる。

危険だ。


「それはいいとして・・
アタシとアンタの関係、みんなの前ではっきりさせるわよ。
まだアタシにちょっかいかける連中がいるんだから」


「それは僕も面白くないな。
いいよ、はっきりさせよう」


シンジとしてはただ、みんなの前でアスカは自分の恋人だと言えばそれで済むと思っていた。
だがアスカは違う。

アスカにちょっかいをかけ続けている男子生徒がいるというのは本当だ。
上級生で結構もてるやつらしい。
休み時間や昼休みなどもしつこくアスカを誘ってくる。
当然相手などしてないけども、彼はなかなか諦めない。

いざとなればネルフを使えばいい・・それだけだ。
親を少し脅せば済む事。

が、しかし・・である。


ネルフを使ってもその隠密性の故、事実を知らない他の男達が同じ事を繰り返す可能性が高い。
ならばシンジという絶対的な相手を見せつける事によって、自分に群がる虫たちを一掃しようと
アスカは考えたのだ。

更に、女子生徒達への示威もある。

正月、遊びに来たケンスケが撮ったシンジの写真。
それが女子生徒達の間でかなりの評判を呼んでいる事をアスカは知っている。
無理もないとは思う。
恋人の視点で見ても、今のシンジはため息が出るほどに魅力的だ。

だがシンジはすでに自分のもの。
他の女にまとわりつかれるのは嫌だ。


(見てなさいよ・・ぐうの音も出ないくらいの事してあげるから)


アスカから気迫がほとばしり出るのを、シンジは感じる。
横のアスカを見ると頬も紅潮している・・腕を組んで恥ずかしいとかそういうものではない。

何かが起こる前兆のようだ。


(い、嫌な予感がするな。
もう逃げないと誓った身だけど、逃げたくなってきた・・)


シンジの予感は正しかった。
数時間後彼は、天国と地獄を同時に見るのだ。







同時刻 ネルフ本部 司令室・・


「国連からアフリカの小規模紛争への介入を要請されました。
いかがされます?」


「そのような理由でネルフが動くわけにはいかん。
国連軍で充分だ。
大体、使徒の再来は否定しておらんのだぞ」


早朝にもかかわらずミサトはゲンドウへ報告。
ゼーレという後ろ盾が無くなって以来、国連は何かとネルフに頼ろうとする。
アメリカを始めとする有力各国も、自軍の指揮権を取り戻そうと裏で動いているようだ。

エヴァという超兵器が手に入らないのなら、せめて自前の軍隊くらいは持ちたいというところか。


「一度、事務総長に釘を差さねばならんな。
碇、お前の仕事だぞ」


「分かっている。
冬月こそ、組織改編の方は進んでいるのか?」


「万事ぬかりはない。
分割する保安諜報部からは多少の抵抗はありそうだがな」


二人の会話を端で聞いていたミサトは、表情を崩さないながらも少しの動揺を感じていた。
自分が密かに進めていた保安諜報部と特殊監査部との共同歩調。
はっきりと言葉にはしていないが、それがいずれ上層部への反旗に繋がる事は暗黙の了解であった。
作戦本部を加えたこの三つの部署が連合すれば、実働部隊の全てが掌握できる。

加えて、エヴァを運用するのも作戦本部だ。
パイロットを懐柔すれば、たとえ戦自の全軍が相手でも物の数ではない。

ミサトの現執行部への敵対的行動。
冬月とゲンドウは気付いているのかもしれない・・

情報管理は厳重にしているつもりだが、どこから漏れるかは分からない。
現に加持は何か掴んでいるようだし。


「私は失礼してよろしいでしょうか?」


「ああ、すまん。話に夢中になってしまったな
ご苦労だった、葛城君」


「はっ、失礼します」


以前は何の警戒もしていなかった冬月。
こうして見ると底が知れない男に思える。

ミサトは計画の変更を考える事にした。






第壱中学・・


アスカとシンジが腕を組んで校門に近づいたところから、彼らは注目の的となっている。

あからさまに冷やかす者、遠巻きに見るだけの生徒、普通に挨拶してくるクラスメート・・

アスカはそれぞれに適当と思える態度で対処し、表面上は落ち着いて見える。
シンジが危惧したような突飛な行動はない。
それは彼らが教室に着くまで同様であった。
そして自分の思い過ごしであったのかと、シンジは気を抜いた。


(いくらアスカでも、そう無茶しないよな・・校庭の真ん中でキスでもしてくるかと思ったけど)


数ヶ月ぶりに自分の席に座り、何かと話しかけてくる女子生徒達に戸惑いながらもシンジは
安心し、落ち着いて彼女達に応対している。
その態度は実に大人びていて、他の男子生徒達とは明らかに一線を画する。


「背伸びたのね、碇君。
今アスカより高いんじゃない?」


「そうだね、何だか急に伸びてさ」


「どっちが告白したの?やっぱり碇君?
アスカの方が積極的だったのかしら」


「一応、僕からだね」


話をしながらアスカの方へ視線を向けると、彼女もクラスメート達に囲まれている。
中にはヒカリの姿も。
更にはレイまでもいる・・すっかりクラスに馴染んだようだ。


(綾波が笑ってる・・)


会った当初は表情の乏しかった少女。
それが今では、普通の少女のように笑顔を見せるようになった。
ラブレターなどもちらほらもらうようになったと、アスカから聞いた。

他人とは思えないレイの変化が、シンジには嬉しかった。


「おー、シンジ!やっと復帰かー!!」


大声と共に教室に入ってきたのはケンスケ。
彼とは正月の休みに会ったきりだ。

アスカとの関係を知っても何の変化も示さなかった一人。


『何を今更・・』


これが唯一の反応だった。


「復帰記念に一枚撮らせろよ、惣流も一緒に。
いいだろ?惣流」


「仕方ないわね、今日は特別よ」


ケンスケは既に、女子生徒の生写真販売は特別の事情が無い限り行っていない。
シンジの場合は特別。

アスカはシンジの席へ近づくと、彼を立たせ体をピタリと寄せる。


「これでいいかしら?」


「ちっ、見せつけやがって・・お前らの結婚式にこれを特大のスクリーンで公開してやる」


「ふっ、望むところね、早いとこ撮りなさいよ」


「の、望むところって、アスカ・・」


この時点ですっかり気を抜いていたシンジは、ケンスケとアスカの密謀に気付く事もなかった。
もっとも、この巧妙に仕組まれた作戦に気付くはずもないが。

ケンスケの眼鏡が異様に光り、愛用する高性能カメラがアスカとシンジに対して向けられる。
周囲は静まりかえり、シンジはレンズへ視線を。
そしてアスカは・・


「シンジ、こっち向いて」


「え?むっ・・」


反射的にアスカの方を向いたシンジに、アスカは飛びつきそのまま唇をシンジのそれへ押しつけた。
予定通り、ケンスケはその場面をカメラに収める。
この後すぐに、全校生徒の端末へ向けて発信する予定だ。


う おーーー!!


2−Aの教室から挙がる歓声は、暫く止むことがなかった。




「や、やられた・・」


「何よ、一番効果的な方法を取っただけじゃない。
よくやってくれたわ相田。
はい、これが約束の物」


「ふふふ、こんな事ならいつでも協力するぜ。
そして、こ、これがミサトさんの制服・・・感激だ!!」


「手に入れるの苦労したんだから大事にしなさい」


「当然じゃないか、永久保存だ!!」


ケンスケがアスカの密謀に協力した見返りは、ミサトの使い古した制服。
闇ルートでもネルフの制服は手に入るが、幹部クラスとなると難しい。
しかもカスタマイズされた物など皆無に近い。
ミサトの地位なども考えると、この制服は相当の高値を付けるはずだ。

マニアならば・・・の話。


何はともあれ・・
シンジはこれから先、決定的とも言える場面で幾度もアスカに嵌められる事になる。
いずれも幸せに直結する事であるのは確かだったので、シンジも怒りはしなかったのだが・・





放課後 ネルフ本部 発令所・・


「ファーストを軸としたフォーメーションが一番スムースですね。
現場では彼女に指揮を任せるのが適当かと」


「それが最善と言うならそうするわ日向君。
問題はアスカが納得するか・・よ」


これまでの半年以上に渡る合同訓練で、各パイロット達の適性もはっきりしてきた。

アスカとシンジは前線での戦闘に才能を有し、レイは後方支援・・または指揮に才能を見て
取れる。
アスカも指揮能力が無いというわけではなく、それ以上に戦闘能力が高いのだ。
それはシンジも同様。
ただの平凡な中学生と思われていた彼は、アスカに匹敵する才能の持ち主と分かった。
訓練を始めて以来の急速な進歩は凡才には成しえないものだ。

だが三人がフォーメーションを組んで戦闘を行う場合、レイを中核としたケースが一番効率がよく
また乱れもなく戦闘の進む事が、シミュレーションや演習によって明確になったのである。
これまでパイロットの中心と自他共に認めていたアスカにしてみれば、簡単には受け容れられない
結論だとミサトは思う。

それにレイは、少し前まで恋敵だったのだから。


「私からアスカに言うけど、あまり期待はしないでね」


「分かりました」


はっきり言って、ミサトにアスカを説得する自信はない。
シンジと付き合うようになって多少穏やかになった性格だが、基本的に変わりはない筈だ。

実力に裏付けされた高いプライドと攻撃的な性格。

その彼女が、かつての恋敵の指揮下に入るなど了解するとは思えない。


「気が重いわ・・」




ミサト執務室・・


「納得するも何も、それが事実なら受け容れるしかないじゃない。
人それぞれに適性があることくらいアタシにだって分かるわよ。
残念だけど、アタシは万能じゃなかったって事ね」


「そ、そうね、ははははは・・」


アスカ、シンジ、レイを集めて今後の方針を伝えたミサトはアスカの猛烈な抗議を予想して
いたのだが、意外な反応に拍子抜け。
シンジとの出会いと付き合いは、ミサトの予想以上にアスカを変えていたのだ。

ほっとした反面、また一つ自分の思惑が崩れた事に焦燥感が募る。

アスカを取り込むため、彼女のトラウマを利用し心の隙間に入り込む事も考えていたのだから。
だが今のアスカでは無理だ。
彼女は今、シンジによって満たされている。


「そういうわけで、これからはレイがみんなの指揮を取るのよ。
いいわね?レイ」


「命令ならばそうしま・・ではなくて、了解しました。
葛城一尉」


「シンジ君もいいわね?」


「はい」


シンジは元々、どっちがリーダーでも同じ事。
いずれにせよ自分がリーダーになる事はないのだから。
戦術や戦略の講義を受けていても今一ピンと来ないし、自分は人の上に立つ人間ではないと思う。


「じゃ、これで話は終わりよ。
いつも通り、訓練に入ってちょうだい」





レイの指揮権保持。
これはミサトの将来に重大な意味を持つのだ。
これが原因の一つとなって、予定されていた昇進が見送りになるのだから。

だが、それはまだ先のこと・・






パイロット休憩所・・


「アスカ、喉が渇いたわ。紅茶を持ってきて・・レモンティがいいわ」


「何でアタ シがアンタに紅茶持ってかなきゃならないの!?」


「私は指揮官よ。
あなたは私に従う義務があるわ」


「それはあくまで戦闘時の話!
大体・・公私混同じゃない、そんな命令。
はいシンジ、コーヒー」


「あ、ありがと、アスカ」


「碇君、私は紅茶・・レモンティ」


「自分で 買ってきなさい!!」





まだ指揮権のなんたるかをよく理解していないレイであった。





つづく

次回、「夢の終わりact.3

 でらさんから『こういう場合』第19話をいただきましたです。
 なるほど、アスカは策士ですね(笑)
 ケンスケもいい味を出しているのであります。ぜひ、問題の写真は焼き増しして当サイトにも置いておきたいところであります。

 さて‥‥気になるのがミサトさんの動き。
 なにやら変なことしでかそうとしているようじゃないですか。

 もっとも、アスカとシンジの熱愛カップル(確定)には蚊が刺したほどにも感じないでしょうが‥‥いやたぶんきっと。

 続きも楽しみですね。皆さんも是非感想メールを送ってください。

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