夢の終わりact2

こういう場合 第十八話
作者:でらさん













第三新東京市 とある繁華街・・


「シンジ!これ買おう」


「ちょっと高いよ」


「アタシ、これがいい〜」


「よ、予算が・・」


西暦2015年も終わろうとする年末の休日。
クリスマスパーティの夜、自分達の思いを打ち明け無事恋人同士となったアスカとシンジは
一緒に買い物に繰り出した。


機関の完成が公式に発表されてから、本部内の空気も幾分軽 くなったように思える。
職員達の表情もどことなく明るくなったようだ。

まだ警戒態勢は続いているようだが、シンジ達パイロットに完全休暇が与えられた事からして
事態は良い方向へ向かっていると考えていいだろう。
少なくともアスカはそう考えている。

ミサトに聞いても機密を理由に何も教えてはくれなかったが


『もう少しで山を越えるわ』


その言葉に嘘はないと思う。
絶対的に信頼出来る人間ではないが、そういった事で嘘を付ける人間ではない。

あくまで、アスカの主観ではあるが・・


「同居する 恋人の言うことが聞けないっていうの!?」


「ア、アスカ!声が大きいよ」


「聞いた?奥さん、 あの子達あの歳で・・」


「乱れてるわね、親 は何してるのかしら」


「可愛い顔し て・・・嫌らしい」


「家の子も心配だ わ・・」


年末の買い物客で賑わう繁華街。
その中でもアスカの容姿は飛び抜けて目立つ・・しかもこの台詞。
年齢的にどう見ても釣り合わない台詞に周囲の反応は冷たい。

シンジにすると針のむしろのようだ。


「へへ〜・・じゃ、買って♪」


「・・・君にはかなわないよ」


アスカにいいように操られる自分が情けない。
しかし彼女の無邪気な笑顔をみると、そんな事は些細な問題でしかないと思える。

何より、彼女は自分の恋人なのだ。


「これこれ・・この数の子ってやつ、一度食べてみたかったのよね」


「だからって、一番良いやつ買うことないじゃないか。
値段が全然違うんだよ」


「貧乏性ねシンジは。
こういうのは最高級品を食べてこそ、粋ってもんなのよ」


「どこで覚えたんだよ、そんな事・・」


ふと、アスカとの将来に経済的な不安を覚えたシンジである。








ネルフ本部 ミサト執務室・・


「年末の休日だってのに仕事か?葛城」


「総務の嫌がらせよ。
決裁書類明日までに全部出せなんて、ふざけてるわ」


「俺に出来ることがあれば手伝うぜ」


「言われなくても頼んだわ。
そっちの一山お願い」


デートにでも誘おうと思いミサトに電話したところ、ネルフにいるというので顔を出した加持。
そこでミサトは、書類の山に囲まれ悪戦苦闘していた。

それを見てデートは諦め彼女の手伝いをする事にする。
ほされて以来暇な身なので、仕事だろうが何だろうが別に構わない。
ミサトと二人っきりという状況には変わりないのだし。


「しっかし、何でこんなに書類が必要なのよ!
全部MAGIに任せればいいのに。
その方がよっぽど効率的だわ」


「そうはいかんだろう。
書類は役人の存在意義みたいなものだからな。
減りはするだろうが無くなることはない・・ネルフも一応お役所みたいなもんだし」


「付き合わされるこっちはたまったもんじゃないわ。
シンジ君とアスカはデートだっていうのに、もう」


「うまくいって良かったじゃないか、あの二人。
こっちも気を遣った甲斐があったてもんだ」


クリスマスイブの夜、知り合いを集めて開かれたパーティ。
それは若い恋人達が誕生した夜。

この日ばかりは、ミサトも同居する子供達の背をそっと押すように気を利かせたのだった。


「あんたはアスカを逃がして悔しいだろうけど・・」


「だから何回も・・・もういい、話はこいつを片付けてからだ」


「頼むわ、ご飯ぐらい奢るからさ」






夜 葛城宅・・


「ミサトさんも忙しいんだな」


ミサトのいない夜は別に珍しい事ではないが、恋人同士となってからは二人ともどことなく
緊張する。

彼らにとって、キスはもはや日常。

特に構える事もなく挨拶と同じような気軽さで唇を合わせるのだ。
しかしそれまで。
それ以上の行為はまだ自分達には早いと、二人とも自制している。

その自制が二人きりになると少し揺らいでくる。

特にオスに目覚めたばかりのシンジにとっては辛いだろう。
充分魅力的な女の子と同居、しかもその子とは相思相愛。
更に二人きりとなれば・・


(好きな子と同居は嬉しいけど、これは拷問に近いな・・)


アスカの使ったシャンプーの残り香が薫る風呂場。
その湯船の中でシンジは、新たに発生した問題について悩んでいた。

自分が望めばアスカはいつでも応じてくれるとは思う。
だが自分はまだ、何の責任も取れない子供だ。


「我慢してみせるさ・・・出来るよ・・・・・多分」


アスカの残り香に反応している自分の分身を見ると、自信がなくなるシンジであった。








二人が書類の山を全て片付けたのは、もう日も傾こうかという時間。
禄に昼食も食べていない彼らはまずは腹ごしらえと、行きつけの焼き肉屋に繰り出す。

ミサトはあまり格式張った店とかは好きではないので、加持とのデートでも自然とこのような
店が多くなるのだ。
加持としても学生に戻ったようで新鮮な気分に浸れる。
金は無くいつもピーピー言っていたが、何もかもが楽しかったあの頃。

思えば、今とは逆・・


「食った食った・・こんなに食ったのは久しぶりだぜ。
緊張が解けたせいかもしれんが」


「とことんお気楽ね、あんたも。
監視されてるのにいい気なもんだわ」


「別に何もしなきゃ緊張する事もない。
それに、今の俺に何が出来ると言うんだ?
自家菜園の手入れぐらいしかやることのない今の俺に・・」


「生きて普通に生活していられるだけ幸せよ、あんたは。
他の連中がどうなったか知ってる?」


加持以外の内通者達は、人によりその処分に落差はあるものの大概が10年以上の禁固刑を
受けている。
密かに処分された者も数人・・
アスカを拉致しようとした技術部の職員もその一人。

加持のした事を考えれば彼も処分されて当然なのだが、ドイツ支部から持ち出したアダムの幼生
と引き替えに処分は免れ・・命も助けられている。
加持が生きていられるのは取引の結果に過ぎない。


「俺だってバカじゃない、そのくらい分かってる。
葛城、お前の方こそ何を考えてる。
保安諜報部や特殊監査部の幹部達との会合がかなり頻繁じゃないか」


ほとんど仕事のない加持であるが彼なりに横の繋がりはあり、本部内の人間関係の噂話は
よく耳に入る。
上層部の派閥争いなどは下の人間にとって格好の話題。


「委員会との抗争が大詰めを迎えてるところよ。
作戦本部長としての仕事をしてるだけだわ、余計な詮索はしない事ね。
でなければ、今度は本当に死ぬわよ」


「シンジ君やアスカも巻き込むつもりか?
使徒が憎かったんじゃないのか・・君の親父さんを殺した使徒が」


「使徒が来ないんだから、今はまず目先の敵を排除する事を優先してるのよ。
あんたみたいに畑で現実逃避してる暇なんかないの。
少しはシンジ君を見習ったらどう?
夢を一つ潰されたくらいで人生投げてどうするのよ」


「俺は別に現実逃避なんてしてない。
ただやる事がないだけだ」


「やる事は自分で見つけるものよ。
少なくとも昔のあんたはそうだったわ・・
あんたとの付き合いはやめないけど結婚なんて考えないから、その辺は釘を差しておくわよ。
普通の家庭が欲しいなら私は止めないわ、誰とでも結婚しなさい」


「おい、何もそこまで・・」


「今日はありがと、もう帰るわ。
お礼はまた別にするから」


有無を言わさず席を立つミサトを、加持は引き留める事も出来ず見送る。
彼女の言うことは一々最も・・自分でも分かっていた事だ。

しかし今何をしていいか、何をやればいいのか方向すら見えない。

日々鍛錬を続け肉体的にも精神的にも逞しくなっていくシンジと、彼に応えるように日ごと
女らしさを増していくアスカ。
そんな彼らが眩しく見える。


「俺に何やれってんだよ・・」


新たな夢を見つけられない男がここに一人いる。
目的を見失った男が・・







ネルフ ドイツ支部 最下層・・


「私の命令が聞けんと?」


<その命令は聞けません。
いま本部に対し敵対行動を取るのは自殺行為です。
閣下こそ総司令と話し合われたらいかがでしょうか、このままではお命も危険かと>


「私を脅迫するつもりか、ゼーレを代表する私を」


<ご忠告申し上げたまでです。
私はドイツ支部を預かる者として最善の努力をしております。
ダミープラグは開発不能、S2機関は本部が独占、更に諜報組織まで抑えられては手の打ちようが
ありません。
本部との和解を再度、進言致します>


「碇の軍門に下れと言うのか」


<身の安全をお考えになるならば、他に選択肢はありません>


「今更、命など惜しくはない」


<お好きなように。
私はゼーレの歴史が終わる瞬間を見届ける事にします>


ドイツ支部司令との会談はキールにとって最後通牒にしかならなかった。

最後の駒であった国連も離反。
時勢に敏感な下部組織も次々とゼーレを見限っていく。
補完計画は完全に破綻した。

キールに残された道は少ない。


「私利私欲のために動いた事などない。
全ては人類のためと思い、ここまで来たものを・・
予言は所詮予言・・・そんなものに夢を託した私が愚かだったのか」


民族、宗教、イデオロギーの相違で争い戦争の絶えない人類の歴史。
そんな人間の理性に限界を感じたキール。

だから彼は神への道を目指したのだ。

人類全てを神の位階に引き上げれば争いなど無くなると・・

だが、全ては終わった。


「命が惜しいのではない、無駄な戦いを終わらせるだけだ」


キールはコンソールを操作すると、ネルフ本部へのホットラインを開く。
ゼーレの敗北をゲンドウへ通告するために。







ネルフ本部 司令室・・


<そういう事だ。
ゼーレは全てから手を引く、補完計画も破棄・・ネルフは自由だ>


「ご英断、痛み入ります議長。
後の事は我々にお任せください」


<世界をより良き方向へ導いてくれたまえ、碇司令>


「努力致します」


ホログラフィは消え、室内に明かりが戻る。

ネルフ本部は世界を手に入れた。
だが責任を負った瞬間でもある。

冬月はそれを充分理解している。


「これで世界は我が手に・・・・・か?」


「ふっ、歴史上誰にも成しえなかった偉業ですな」


「我々は覇王ではない・・・それを忘れるな」


「甘いですな。
使徒を撃退するまでは、覇王でいなくては都合の悪い事もあるというのに」


使徒の再来は否定しない二人。
それはいつか必ず来ると信じている。
神の使いを撃退、あるいは殲滅するためには手段など選んでいられないというのがゲンドウの
持論だ。
その為の権力掌握でもある。

だが、冬月は少し考え方が違うようだ。


「とにかく敵を作らないことに越したことはない。
使徒には一枚岩でぶつからなければな。
それに、いつ我々が寝首をかかれるか分からん」


「内部の事はお前に任せる、冬月。
私は対外折衝に回る」


戦自との交渉以来、なぜか積極的に対外交渉を受け持つようになったゲンドウ。
人付き合いが苦手だった彼の変貌ぶりに驚かされる冬月だった。

司令としての自覚に目覚めたのかと思う・・

が、引っかかる事もある。


「ところで碇、戦自の接待はどうだったのだ?」


「うっ、べ、別にやましい事などないぞ。
接待係の女性士官はかなりの美形だったがな」


「ほ〜〜〜、女をあてがわれた訳か。
リツコ君とあっさり別れた理由がこれで分かったよ」


「あ、あてがわれたなどと失礼な。
私と彼女は完全に合意の上で・・
しまった!


「節操のないやつめ・・」








ゲンドウの節操の無さはともかく、本部は全てを手に入れた。
後は使徒の脅威を待ち受けるだけ。

それまでは平穏な日々が続く・・・かもしれない。








つづく

次回、「新たなる日常

 でらさんから『こういう場合』の第18話をいただきました。

 それにしても加持情けないですな‥‥本編でゼーレとくっついていたような輩ですから仕方ないと言えば仕方ないですが。

 意外にいい目にあっているのがゲンドウですね。髭の分際で美人士官と‥‥ひょっとしてこれがマナとか(ぎゃふん)
 いえ、マナでは年が全然いってないので違いますよね。

 それにしても男の幸せ満喫してますねぇ‥‥髭なのに‥‥まぁ、シンジ君とアスカちゃんが幸せだからいいですね(笑)

 なかなかいいお話だったのです。ぜひ、読後にでらさんのお話への感想をお願いします。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる