夢の終わり

こういう場合 第十七話
作者:でらさん











ネルフ本部 司令室・・


「ダミープラグの開発は先が見えません。
現状でも使えない事はありませんが、暴走の危険があまりにも高すぎます。
とても実戦で使える代物では・・」


「そうか、それでは仕方ない。
恥ずかしい事に、本部も予算的に余裕があるとは言えん状態だ。
日本政府から援助まで受けている始末だからな。
ダミープラグの開発は当分凍結しよう」


「残念です・・自分の力不足を感じます」


ゲンドウを前にした冬月とリツコの会話。
それは、内部監査の捜査から意図的に外した人物へ向けてのもの。

外部勢力の内通者は徹底的に排除したと幹部会議では報告されていたのだが、その実
数人の内通者は泳がされている。
偽の情報を掴ませ、相手方を混乱させるためだ。

この事を知っているのはゲンドウと冬月、そしてリツコ・・その他特殊監査部の数人だけ。
ミサトすら知らない。

今日のダミープラグ開発凍結の話は瞬く間に世界中に広まるだろう

そして有力各国は思い知るのだ。
量産型エヴァは決して完成する事はないと・・
機関は外部電力を用いる事で代用が可能だが、ダミープラグ はそうはいかない。
パイロットを養成するにしても、選抜の段階で躓く。
選抜のノウハウは全て本部が握っているためだ。
公的なパイロット選抜組織、マルドゥック機関はダミーに過ぎない。

ダミープラグの開発はドイツ支部でも進められているが、本部との情報交換が事実上ストップした
現在、その開発も止まっている。
エヴァの最高権威は赤木 リツコ博士であり、彼女でなければ分からない事も多い。
根本データも本部がほぼ独占している状態。

つまり、本部が作れないとなれば支部でも不可能なのである。
努力すれば何とかなるというレベルの話ではない。


「君を責めているわけではない、赤木博士。
その努力は誰もが認めている」


「ありがとうございます、司令」


「ところで、レイは元気かね?」


「はい、新しい環境にも慣れたようです。
学校で仲の良い友達も何人か出来たようですし」


「そうか・・」


レイの置かれた環境のあまりの酷さを改善しようと、リツコは始めに自分の権限を使い
彼女をネルフの女子寮に越させた。
自分の部屋でもよかったのだが、忙しい身ではろくな世話も出来ないと判断したのだ。

代わりに、マヤの隣の部屋を都合して彼女に色々と面倒を見てくれるよう頼んだ。


「これからもレイをよろしく頼む」


「はい、碇司令」


男女の関係を清算し、上司と部下の関係に戻った二人。
その構図が冬月には堪らなく面白い。

時期が時期なだけに、自分でも不謹慎だとは思うのだが・・


(くくく、碇のあの苦虫を噛みつぶしたような顔・・・永久保存したいくらいだ)






ネルフ本部 職員食堂・・


シンジとは別スケジュールのため休憩時間も重ならず、アスカは一人でリラックスタイム。
近頃はシンクロテストなどが少ないため、シンジと訓練を共にする時間も当然少ない。

個人レッスンもあるし、家に帰れば一緒にいられるのだからあまり贅沢も言えないと
自分でも思う。
けれども、後一息で恋人同士になれると考えるとこんな時間でも惜しい。


「タイミングとか時期とか考えてるのかな、アイツ。
自信がどうのこうの言ってたけど、もう充分だと思うけどな」


シンジへの思いを差し引いても、近頃のシンジの努力とその成長ぶりは目を見張るものがあった。
ミサトが課したノルマ、


『アスカと同程度のレベル』


にはまだまだ及ばないものの、同年代男子の平均を遙かに凌駕する体力と戦闘能力を身に付けつつ
あり、それに満足せず更に努力を重ねている。
あまりやる気の見えなかった数ヶ月前が嘘のようだ。


「アタシの誕生日も近いし、誕生日で告白かも・・
ふふふふふ、それもいいけど、クリスマスってのもいいわね」


「アスカちゃん、ちょっといいかしら?」


「マ、マ、マ、マヤ!何よ、いきなり!」


恥ずかしい独り言を聞かれたと思い、焦るアスカ。
対して、声を掛けたマヤは何か楽しそう。

本当に聞かれていたのかもしれない。


「最近アスカちゃん綺麗になったって評判よ。
そりゃ前から綺麗だったんだけど、今は何て言うか・・幸せが滲み出てるって感じかな」


「な、何が言いたいのよ」


マヤは一呼吸置き、アスカを悪戯っぽい視線で見つめると・・・


「シンジ君と出来ちゃったって噂・・本当みたいね」


「な!」


自分とシンジ、そしてレイの三人が微妙な三角関係にあるとの噂はアスカも聞いた事がある。
若い職員も多いことだし、そういった話には敏感に反応するのだ。

しかも自分とシンジは同居もしている。

年頃の男女が一つ屋根の下に暮らして何も無いのが異常と取られても仕方ない。
実際これまでは何もない・・
将来的にはどうか分からないが。

だが、レイを決定的にシンジから引き離すにはいいチャンスとも言える。
事実はどうにしても周囲がそう認識すればいい。
外堀から埋める訳だ。


「な、何で知ってる のよ・・まだ誰にも言ってないのに」


「やっぱり!」


「声が大きいわよ!
ミサトにも言ってないんだから、秘密にしといてよね!
まだ照れくさいのよ」


「ふふ・・天才でも一人の女の子に変わりないのね。
いいわ、秘密にしてあげる。
でもその年で同棲状態?羨ましいわ・・」


「ど、ど、ど、同棲ってね・・」





噂話大好きのマヤに秘密が保てる筈もなく、一週間もした頃にはシンジとアスカの関係は
公然の秘密状態になっていた。

アスカの目論見通りに・・・





一週間後 ネルフ本部 リツコ執務室・・


「最近の落ち込みようは普通じゃないわよ。
一体どうしたっていうの?
シンジ君とはたまに帰ってるんでしょ?」


「・・・碇君と弐号機パイロットが付き合ってるって噂、本当ですか?」


一時の落ち込みから回復したレイのシンクロ率が、また下がり始めた。
今度は落ち込み方が酷い。
このままでは起動もおぼつかなくなりそうだ。

機関の開発が大詰めを迎えている事もあって暫くエヴァから 離れていたリツコは
マヤからの報告に驚き、急遽レイを自分の部屋へ呼んだのだ。
が、当然そんな噂など知らない。
今は生活のほとんどを実験などに費やしている生活なのだから。


「単なる噂に決まってるわ。
大体、そんな事になればミサトが第一に大騒ぎしてるわよ。
一応保護者なんだし」


「でもみんなが言ってる。
それに・・」


「それに・・・何?」


リツコが初めて見るレイの表情。
不安と焦燥に囚われた顔。
彼女自身の出生の秘密について、何か感づいているのかもしれない。

レイにとっては知らない方がいい真実・・


「碇君が私を見る時は別の人を見てるよう。
私を通して全く別の人を見てる。
司令と同じに・・」


「気のせいよ、レイ。
シンジ君を意識しすぎてるだけよ」


「碇君だけなら、私もそう思う。
でも司令と同じだわ、あの目。
まるで・・・・・母親を見るような」


「レイ!」


レイの正体。
それは、シンジの母ユイと人類の始祖たるリリスの遺伝情報を掛け合わされて生まれた
人工生命。

補完計画の要となるべくして生み出された道具。

だからゲンドウはレイにユイの面影を見て・・
シンジは本能で母を追った。

その真相を知るリツコが、レイに対しそんな事を言えるはずもない。
ゲンドウにのぼせていた頃ならば当てつけに言ったかもしれない。
でも今は違う。
レイを本当の家族のように思っている今は・・


「少し落ち着いてレイ。
あなたは綾波 レイという一人の人間・」


「なら、両親はどこの誰?
死んでるならそれでもいい・・私が親から生まれた証拠を見せて。
私は気付いたらここにいた。
このネルフ本部の下層に・・・多くの私と一緒に」


「覚えていたの・・・記憶は消したはずなのに」


ダミープラグ用、あるいは緊急時のパーツ用としてレイには数十体のクローンが存在する。
が、自我を持つのは唯一人・・ここにいるレイだけだ。
今でも本部の下層では彼女達が培養槽で漂っている。

そこでの記憶はレイから消した筈。


「そこまで知ってるのなら、隠し事はもう無駄ね。
でも辛い事実よ」


「私に失う物はありません」


「・・・あなたに親はいない。
シンジ君のお母さん・・ユイという女性とリリスの遺伝子から生み出された人工生命。
でも人間には変わりないわ」


「そうですか・・
だから碇君は私ではなく弐号機パイロットを選んだ。
母親に恋するなんて出来ないもの。
司令が見ていたのも私ではなくて、ユイという人」


「シンジ君を諦める必要はないのよレイ。
あなたは確かにユイさんの遺伝情報を受け継いでいるけど、まったくのクローンじゃないの。
別人と言っていいのよ。結婚だって・・」


「いえ、いいんです。私の夢は終わりました。
私にも聞く耳があって、見る目があります。
碇君と弐号機パイロットの間に私の入る余地はありません。
私は別の幸せを探してみます」


大人の勝手な都合で生み出され、利用されようとしていた少女。

場合によってはリツコも利用する側の人間になっていた。
いや・・
少し前まではそうだったのだ。

非人道的なダミープラグの研究までしていたのだから。


この償いは生半可な物では追いつかない。
残りの人生全てを彼女のために費やしても足りないだろう。

だがやらなければならない。

それが自分の義務だと、リツコは思う。


「私に出来る事があったら何でも言ってちょうだい。
あなたを幸せにするためなら、私は何でもするから・・私をお母さんだと思っていいの。
出来の悪い母親だけど」


「ありがとうございます・・・リツコさん」







司令室・・


「S
機関、ほぼ完成したようだな。
実験プラントの稼働状況は順調のようだし。
これで電気代の請求書に頭を悩ませる必要もなくなるというものだ」


「日本政府からの寄付はどうするのだ?冬月。
まだかなりあると聞いているが」


半ば脅しのような手を使って日本政府から財政支援を受けたのだが、S2機関の発電プラント
完成で電気代が大幅に浮くので財政的な余裕が出来てしまった。
実験的な意味合いの強いプロトタイプとはいえ、この発電プラントは本部の需要を賄って
余りある発電量を誇る。

問題は、まだ使い切っていない日本政府からの援助金をどうするかだ。


「ここは太っ腹なところを見せてやろうではないか。
利子を付けて返す事にするよ。
経理はぐずるだろうが、将来の事を考えれば連中を敵に回すのは避けたい」


「そうだな・・
戦自は技術情報で丸め込んだが、政府の方はまだ敵対意識が強い。
縄張り意識とでも言おうか。
この国に自分の権力が及ばない組織が存在するのが面白くないようだな」


「官僚とはそういうものだ。
かと言って、ろくに責任も取らん連中だがな」


「所詮は日和見に過ぎんよ・・ゼーレの動きはどうだ?」


「変わらずに傍観・・・ではないな。
何も出来ないままだ。
手足が麻痺した状態では影響力の行使すら不可能だろう」


「ふっ、老人達の夢も終わる時が来たようだな」






狂信者達の夢の終わり・・

それが破滅からの救済であるのか、それとも単なる進化の拒絶なのか・・
立場によってその答えは異なるだろう。

しかし、ただ一つ言えることがある。

大多数の人間は、神への道など望んでいないということだ。


この少年少女達のように・・・


「ほら、ちゃんとエスコートしなさいよ。
アタシが暴漢に襲われたらどうするのよ!」


「だ、だからって腕を組むことないじゃないか。
綾波だって笑ってるよ」


「ちょ、ちょっと アンタ失礼じゃない!
人を見て笑うなんて!」



「面白いから笑っただけよ」


「前には全然笑わなかった癖に・・」


「あなたを見てると退屈しないわ」


「アタシに喧嘩売ってんの、アンタ」







彼らが平穏な生活を手に入れるのは、もう少し先・・





つづく

次回、「夢の終わり act2


 でらさんから『こういう場合』第17話をいただきました。

 夢の終わり‥‥レイの夢の終わり、そしてネルフ支部の連中の夢の終わり。
 あとゼーレの夢の終わりでしょうか‥‥。

 夢はいつか終わるもの‥‥とくに間違った夢は。

 レイは可哀想でしたが‥‥アスカとシンジは相思相愛になるのがこの世界の宿命なので仕方ないですね(^^;;

 タイトル予告からすると前後編構成になっているのでしょうか、次回も楽しみですね。

 みなさんも是非でらさんに感想メールを送ってください。

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