闘争 

こういう場合 第十五話
作者:でらさん













中国政府の失敗は、ネルフ本部を運営する人員のほとんどが日本人だということで、彼らの力量
を甘く見た点にある。

セカンドインパクト前の平和ボケした日本とは違い、それなりの危機意識と軍事的緊張感を持った
今現在の日本は情報戦も重視。
半世紀余りの時を経て復活した内務省の動きも活発だ。

ゲヒルンという研究機関から特務機関のネルフへ組織改編が行われた時、そんな内務省からは幾人
もの優秀な人間が引き抜かれてもいる。
彼らにしてみれば、今回の中国の謀略など児戯にも思えたに違いない。

中国支部司令からの密告がなくとも、すでに内部監査により対外協力者はすべて監視の対象になっていて
アスカを拉致しようとした技術部の研究員もその一人だったのだから。



ネルフ本部 司令室・・・


「総数32名か・・・多いな」


「事務方はすぐに人が集まるでしょうが、技術部とか保安諜報部ともなるとそうは・・」


ゲンドウのGOサインと共に本部内の対外協力者は全員その身柄を拘束され、今は取り調べの最中。
今は総務部長を交えて事後策を協議しているところ。
穴の開いた人事をどうするかが最大の懸案だ。
特に技術部などはかなりの能力を求められるため、人を集めるといっても簡単にはいかない。


「戦自に応援を頼むか?碇」


戦略自衛隊とは国連軍太平洋艦隊との一件もあり、良好な関係を保っている。
相も変わらず事なかれ主義を通す政府の外交姿勢にも不満を持っていて、何かとネルフに協力的だ。
ネルフを国内の異分子として位置づける内務省とは違う。

勿論彼らも情だけで動く生やさしい組織ではない・・ネルフからそれなりの見返りも期待してのこと。
特にエヴァにはかなりの興味を示している。


「仕方ないな、私が直接出向こう」


「・・・珍しい事もあるものだ。
また私に押しつけるかと思ったよ」


「冬月は委員会の方を頼む」


「そういう事か・・」


ただ楽な方を選んだだけのゲンドウであった。





ドイツ支部地下最下層・・・


椅子と机だけが置かれた質素な部屋。
ここにキール ローレンツが住まうようになってから数年が過ぎた。

すでに自力では歩くともままならなくなった彼は体の約半分を機械化し、栄養も直接体に送られるため
食事の必要もない。
大型のサングラスのようなバイザーは視神経と直結され、目の代わりとなっている。

こんな姿になってまでこの老人が生に執着したのは、ある目的のため・・


「我らと袂を分かつのか、碇」


彼の元にさきほど届けられた情報。
それは、ネルフ本部に張り巡らした諜報網が壊滅したという知らせだった。

自分達に対する明確な意思表示。

群体として行き詰まった人類を至高の高みに引き上げる計画・・
人類補完計画を上奏した本人がそれを放棄し、自分達を排除しようとしている。


「このままではまずい・・」


キールは無能な指導者ではない。
常に正確な情報を欲し、俗にイエスマンと呼ばれる側近は置かない。
その彼は、今の状況がゼーレにとって著しく不利なのは理解していた。

有力各国政府はもう、ゼーレへの反感を隠そうともしていない。
量産型建造の為の追加予算の拠出も拒否してきた。
完成の目処も立たない代物にこれ以上金は出せないと突っぱねてきたのだ。
ゼーレが確実に動かせるネルフ支部も、今やキールのいるドイツ支部しかない。

だが彼は諦めない。


「人は・・・いつまでも人であってはいかんのだ」


まだ国連は勢力圏内にある・・

ゼーレの反撃はここから始まる。





ネルフ本部


「なんでアンタまでいるのよ」


「気にしないで」


「シンジはアタシ と訓練するのよ。アンタを呼んだ覚えはないわ!」


「ま、まあアスカ、そんなに怒鳴らなくても・・」


「シンジは黙ってて!」


「は、はい」


通常の訓練が終わり今日もアスカの個人レッスンが始まろうとしていた時、レイが彼らの前に
現れた。
プロテクターのついた格闘訓練専用のトレーニングウエアを身につけている事からして、訓練を
するつもりらしい。

今日はもう上がりだったはず・・
実質彼女の保護者を務めているリツコがそう言ったのだから間違いはない。
と言うことは、自らの意志で来たことになる。

その意味するところなどアスカには分かりすぎるほど分かるだけに反発も強い。


「訓練なら一人でやりなさい、こっちはこっちでやるから」


「そうするわ」


食い下がってくると思ったアスカは拍子抜けするが、レイが邪魔する気はないと判断しシンジとの
訓練に入ることにした。
まずはウォーミングアップからだ。


「いつものようにいくわよ、シンジ。
まずはランニングからね・・アタシについてきなさい!」


「今日は離されないぞ」


「言ったわね!」


実に爽やかな雰囲気で二人はランニングを始める。
先を走るアスカに必死でついていくシンジ。

それは、今の二人の関係をそのまま具象化したような感じさえある。

あらゆる面でシンジの先を行くアスカを、最近シンジは追い始めた。


『追い越せるなんて思ってないけど、一歩でも近づきたいんだよ。
実際に戦いが始まってからじゃ遅いし、僕のレベルが上がればアスカや綾波の負担が少なくなるしさ』


急にやる気を見せ始めたシンジにアスカが問うた答えがこれだった。
その時彼が自分に向けた視線に友人以上の物を感じたのは気のせいではないと、アスカは思う。
ならばシンジが自分の後を追うのも、戦いがどうのという理由ばかりではないだろう。

はっきりと彼の口から聞いたわけではない。

でも、なんとなく分かる・・


(期待していいのよね、シンジ・・)


背後から聞こえるシンジの息づかいと足音が、今まで聞いたことのないリズムとビートでアスカの
心を躍らせ・・高揚させる。


レイはそんな二人をただ見ていた。
走り続ける二人を。


一人でいるより他人と一緒の方が楽しいと感じたのは、いつの頃からだったのか・・
もう忘れてしまった。

ただ命令で通っていた学校。

しかしそれはシンジの出現とともに様変わりし、今は彼女にも友人と呼べる存在さえ在る。
中でもシンジの存在はレイの中で日増しに強く・・大きくなっている。

自分に初めて感情を叩きつけた人間。

気が付けば、いつも彼を目で追うようになっていた。
それが恋というものだと最近リツコから教えられ、それを言葉で表すと

好き

と言うものだとも同様に教えられた。
だから先日、アスカにシンジを好きかと聞かれ好きと応えたのは、彼女にとって恥ずかしくも何とも
ない事。


このところ吹っ切れたように機嫌のいいリツコは、レイに色々とアドバイスしてくれる。
今日予定外にここに来たのも


『好きな人と一緒にいたいというのは自然な事なのよ』


こんなリツコの助言があったためだ。
別にシンジと何かしたいわけではない。

ただ、彼の姿を見ているだけでよかった・・

今はそれだけでいい。


「碇君・・・」







「はぁ、はぁ、はぁ・・・・きょ、今日は・・大分ついていけただろ?」


「はぁ、はぁ・・ま、まあまあじゃない」


シンジの体力は目に見えて向上しているようで、アスカの余裕もあまりなくなってきた。
技の方はともかく、体力面で逆転されるのはそう遠い日ではなさそうだ。

ドイツにいた頃のアスカならば自分を抜き去る存在を許しはしなかっただろう。
例え男女の体力差と頭では理解しても、理性がそれを拒否した筈だ。
精神的に余裕がなく、周りのほとんどを敵として見ていたあの頃・・

しかし今は違う。

事実は事実として受け容れる余裕がアスカにはある。
シンジへの思いが彼女を変えた。


「さ〜て、じゃあ定例の組み手といきますか・・・って、ファーストはどこ行ったのよ」


「綾波なら・・ほら、あそこで寝てるよ」


「は?寝てる?」


シンジの指さした先には、壁を背に座り込み完全に熟睡しているレイの姿があった。


「何しに来たのよ、あの子・・」


「さあ・・」






同時刻 ミサト執務室


「今日は時間あるだろ?飲みに付き合えよ。
内勤は暇でしょうがない」


「加持・・あんた自分の立場分かってんの?
司令のはからいで逮捕されないだけで、あんたは監視の対象なのよ」


「仕事とプライベートは別なんだろ?
飲むくらい、いいじゃないか」


内通者達の厳しい取り調べは今現在も続いている。
特に技術部の内通者達には拷問に近い事まで行われているとミサトは聞いている。

一歩間違えれば・・いや、確実にそうなるはずだった男の吐く台詞とは思えない。


「・・・ったく、あんたには罪悪感てものがないらしいわね。
まあいいわ、付き合ってあげる」


「リッちゃんも誘おうか?」


「あんたと違って忙しい身なのよ、やめときなさい」


「へい、へい」


ミサトの目に先日の厳しさはない。
張りつめたような、余裕のないあの目をしたミサトを加持は嫌いだ。
初めて加持がミサトに会った時、彼女はそんな目をしていた。

表面上の朗らかさとは全く違う彼女の素顔。

そんなミサトの本当の姿を見たくなり、彼女と付き合い始めた。
だがそれを知ったとき、ただの興味本位で彼女に近づいた自分を加持は嫌悪した。
そんな軽い気持ちで触れてはいけないものだと分かったから・・

ミサトの影の部分を消し去ってやりたい・・

加持の本意はここにある。


「店はいつもとこでいいか?」


「もうちょっと上等な店に連れて行きなさいよ。
金が無いって訳じゃないんでしょ?」


「余ってる訳でもないんだがな・・」




数時間後 とあるホテル・・・


情事の後の軽い一服。

昔はこんな時でも軽い会話を楽しんでいた二人も、今はあまり喋る事はない。
若さに任せてもう一回という事もほとんどなくなった。


「真面目な話、暫くあんたとは会えないわ」


「仕方ないな、今の俺の立場じゃ何も言えん」


「そういうことじゃないわよ。
私、形成手術受けるのよ・・この傷消そうと思ってね」


毛布の下に隠れたミサトの傷。
セカンドインパクトの際受けた傷・・その痕。
ミサトは父の遺産みたいなものだと言っていた。

それを消す。

加持には信じられない。


「どうしたんだ?今更」


「別に・・
あんたも綺麗な体の方がいいでしょ?」


「そんな事ないって」


「私が気にするのよ。
大袈裟な手術じゃないけど、一応アルコールも抜かないといけないしね。
あんたも他の女、相手してていいわよ」


「冗談はよせ、葛城。俺は浮気なんて・・」


「あんたの身辺調査報告、私全部読んだのよ。
高校生にまで手を出してるそうね」


「・・・・」


否定しようにも、全てを知っているミサトを前にしては無意味。
無言で事実を認めるしかない。

加持の場合、ミサトへの思いと体の欲求は全くの別物。


「アスカも危なかったわね・・」


「いくらなんでもそこまで俺は」


「全部読んだって言ったでしょ?」


「・・・・」


身辺調査報告には何が書いてあったのか・・
非常に興味のあるところだ。







翌日 司令室 


「兵糧責めか・・古典的な手を使う」


「だが効果的でもある。
どうする?碇」


ゼーレの反撃の狼煙はまず、国連を通じての予算の圧縮という形になって現れた。
国連自体の財政逼迫を理由に、ネルフへ配分される予定だった資金の一部を凍結。

組織の運営自体に支障はないものの、シンクロテストなどエヴァを使った訓練の回数などは
減らすしかないとの経理の主張である。
エヴァを動かすには膨大な電力を消費する。

安全保障の観点から自家発電システムも所有するネルフだがあくまで非常用で、エヴァを動かす
には少々物足りない。
そのためネルフが電力会社に支払う電気代は莫大なものだ。
ネルフで一番金のかかる存在と言えるだろう。


「経理の言うことももっともだ。
エヴァを使った訓練は減らそう・・その代わりにS
機関の完成を急ぐのだ。
パイロットの訓練はシミュレーションや格闘訓練に重点を移せ」


「摂生も必要だな。
無駄はなるべくなくすことにしよう。我々上層部も範を示さねぱならん」


「元より覚悟の上だ」


「よし、決まりだ。
しかし腹が減っては戦が出来ん。丁度昼だし、飯にしよう。
今日は何にするんだ?碇は」


「もり蕎麦」


「小食だな・・
ああ私だ。もり蕎麦一つと天ざる一つを司令室まで頼む」


秘書へ連絡した後、冬月とゲンドウの間には微妙な間が。
心なしかゲンドウの頬が引きつっているような・・


「冬月、摂生するのではないのか」


「自分のポケットマネーで何を食べようが自由だろう。
別にネルフの経費を使っているわけではない。
お前も遠慮しないで別の物にしたらどうだ?」


「私はもり蕎麦が食べたいのだ」


「ならば、いいではないか」


リツコと別れるにあたって預金のほぼ全額を取られたゲンドウは、次の給料日まで苦しい生活を
強いられている。
もり蕎麦を頼んだのも一番安いメニューだからだ。
それを知っている冬月がゲンドウをからかって遊んでいるわけ。


「身から出た錆だよ」


冬月の言葉が空きっ腹に響くゲンドウであった。











つづく

次回 「進展



 でらさんから『こういう場合』第15話をいただきました。

 ゼーレとキールローレンツもただではやられませんですね。
 予算から攻めるとはなかなか‥‥本編のように力づくだけではない、世界を裏で支配してきた秘密結社らしきところを見せてくれました。

 さて‥‥風雲急を告げるネルフを描くでらさんに、ぜひ感想メールのほうお願いします。

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