転換点

こういう場合 第十四話
作者:でらさん











ネルフ 中国支部 司令室・・・


「本部と敵対しろと言うのか」


「そうは言っていない。
本部とはより友好を深めてもらいたいというのが、党・・そして政府の意向だ」


「スパイ行為は友好と相反するとしか思えないが」


「支部が本部の情報を知って何が悪いのかね?
それに今まで我々の元に送られてきた情報は、彼の国のシンパによる好意の証だ。
スパイなどという違法行為の結果ではない」


「そんな、国を売り渡すような連中の情報を信用するのか」


「量産型は完成間近と聞いている。
信用に足る情報との証拠だろ?」


ヨーロッパの情勢が落ち着きほっと一息ついていた中国支部司令は、政府からの使者との会談で
また騒動に巻き込まれるのかと思い、今の立場に嫌気が差してきた。

政府は自分の知らないところで本部から情報を得ていたらしい。
しかもそれを独自に技術部へ流している。
これでは自分は飾りだ。


「完成したとして、パイロットはどうしようもないぞ。
ダミープラグは本部でさえ行き詰まっているんだからな」


「それも心配はない。
近日中、本部からパイロットが一人、我が国に亡命する予定だ」


「亡命する予定?さらうんだろ?
バカな事はやめろ!この国が潰されるぞ」


「口には気を付けたまえ。
あくまで政治亡命だ。
それに我が国が潰されるなどあり得ん・・最後に世界を制するのは我々なのだからな」


「この国に亡命などと、誰が信用する・・」


前世紀末、経済の発展途上にあったこの国はセカンドインパクト後の混乱が長引いた事もあり
その回復が遅れている。
失業者も相当数にのぼるし、犯罪も多い。
いち早く復興し、世界の経済をリードする日本とは雲泥の差がある。

日本からの亡命など、普通は考えられない。


「我が国が亡命と認めればそれが事実だ。
で、君には抗議が予想される本部との折衝に当たって欲しいのだ。
向こうの政府と国連にはすでに根回しが終わっているからな」


「本部が納得する訳ないだろう!」


「それをさせるのが君の仕事なのだよ。
では、近日中の朗報を待ちたまえ」


「勝手にしろ・・」


とんでもない事に巻き込まれた不安が自分を押しつぶしそうだ。
事が彼らの計った通りにいった場合、本部は猛烈な抗議とともにここを自爆させるかもしれない。
現にアメリカ第一支部は消えてしまった。
彼らならそのくらいの事は平気でやるだろう。

これから逃れる術は・・・


「私はまだ死にたくない」


自分の端末からホットラインを使い本部宛に通常の業務報告を送るこの男は、その報告の中に
ある項目を付け加えていた。

その内容は誰も知らない。






ネルフ本部


気がつけばこの男は左翼思想に染まっていた。
それが世の真理、正義と信じてこれまで生きてきた。
だから、今まで自分がやってきた事・・これから自分がやろうとしている事に何の罪悪感もない。

自分が信奉する国が正義だと言うのだから、これは正義なのだ。


(セカンドの訓練は終わった、もう少しでここを通る)


物陰から様子を窺う彼に注意を払う人間はいない。
この時間、ここに人が来ないのは分かっている。
それに自分はれっきとした技術部の研究員、言い訳などいくらでも出来る。


(来た・・・早くこっちに来い、早く)


麻酔剤の入った注射器を持つ手が震える。
彼女を眠らせてからの手順は何度もシミュレートした・・失敗はあり得ない。


(よし!)


アスカの体に手を伸ばそうとしたその瞬間・・
この男の意識は途絶え、アスカは何事もなかったように更衣室へ歩いていく。




ミサト 執務室


「で、そいつが吐いた内容って何なの?」


「ろくな事は知らなかったな。
やつは、単にアスカを眠らせて指示のあった場所へ運ぶだけの役割だったんだ」


「今度は中国支部ってわけ・・
技術部のダミー情報だけじゃ満足しなくなったのね」


先のアメリカ第一支部消滅事件の際、秘密裏に徹底的な内部監査を行った結果、本部内には様々な
国からの諜報組織がその根を張っていた事が判明した。
漏れた情報も結構ある。

大概は重要度の低いどうでもいい情報だったのだが、中にはS2機関に関するものも含まれており
ミサト達上層部はスパイ活動をしている連中にはダミー情報を流しつつ、摘発の機会を窺って
いたのである。
こういうものはタイミングが大事。


「ここらが潮時ね。
監視してた連中の身柄を拘束してちょうだい。
作戦本部から特殊監査部に正式に要請するわ」


「俺に言うな・・部長に直接言ってくれ」


「あんたに言った意味、分かってないようね加持」


「さっぱりだが」


「内務省、それにゼーレとも手を切りなさい。
全部知ってんだからね。
これ以上接触を続けるようなら死ぬわよ」


内部監査はそれを行っている職員自身にも行われている。
本人の知らぬ間に。

その過程で加持の正体は明らかになった。
日本政府の内務省、そしてゼーレとも関係があり幾つかの重要な情報が流されていた。
本部施設の詳細な設計図までもが彼らの手に渡っていたのだ。


「バカな事したわね、三重スパイなんて・・いずれ行き詰まるのは目に見えてるのに」


「俺は全ての真実を知りたいだけだ。
セカンドインパクト、エヴァ、使徒・・」


「あははははは!ホントにバカね、あんたって。
30にもなって何青臭い事言ってんのよ。それよりも現実を見なさい。
真理や真実なんて後からついてくるわ」


「お前こそ何を考えてる。
シンジ君に対する態度はなんだ?子供に興味持つなんて普通じゃないぞ」


「あら、妬いてんの?
いいじゃない、若い子飼ったって・・あんたにもそろそろ飽きてきたしね」


ミサトの本心がそんな物ではない事など、加持には分かっている。
もっと違う目的があるはず。

真実の追究も、元はと言えば父の幻影に囚われているミサトを救いたいと思ってのものだ。


「三重スパイやってた人間に、これ以上余計な事喋れないわ。
それで後の事なんだけど・・
司令がこれまでの事は不問にしてくれるそうよ・・ある物と引き替えにね」


「ゼーレの情報か」


「私はそれが欲しいわね。
でも碇司令は別の物・・アダムはどこにあるの?
あんたがドイツ支部から異動する時に持ち出したやつよ」


「・・・・・」


「死にたいのなら言わなくていいわ。
言っとくけど、私も庇う気ないからね」


「分かった、何もかも話す」





転換点の第一歩は、ある男の夢の終わりでもあった・・






第壱中学


先日の休日以来、アスカは誰が見ても機嫌がいい。
花の咲いたような笑顔に、あらためて彼女に魅了された男子は多いようだ。

しかしシンジとの関係が知れ渡ったため、彼女に告白する輩は激減した。
ラブレターも同じように・・

そしてなぜかこの少女も機嫌が良かったりする。


「ちょっとファースト、何にやにやしてるのよ」


「ネルフで碇君に会うのが楽しみなの」


ザワ


レイのシンジに対する思いは皆の了解事項ではあったが、こうはっきり口に出されたのは初めて。
しかもシンジとかなりの進展が見られるアスカの目の前で言ったのだ。

女の戦いが表面化するかもしれない・・

クラスメート達の危惧がざわめきとなって現れる。
レイはともかく、アスカの性格からしてただで済むとは思えない。


「はっきり聞くわよ。
アンタ、シンジの事好きなの?」


「好きよ」


ザワザワザワザワ


レイのこの台詞で、二人は完全に闘争状態に入ったとクラスメート達は確信した。
この後の展開に不安と期待が交錯する。


レイまでもがはっきり意思表示した以上、アスカは自分自身もはっきり言っておこうと思う。
もう誤魔化すのは嫌だし、隠すこともない。


「アタシもシンジが好き。
でも遅かったわね、シンジはもうアタシの物なんだから」


「関係ない・・私の気持ちは変えようがないもの」


「諦めないって言うの?
いい度胸ね、受けてたってやるわよ!」


超のつく美少女二人が一人の少年を巡って争っている。

そんな場面をヒカリは複雑な思いで見ていた。
本当ならば、自分もシンジへの思いをさらけだしてあの場に加わりたい。
堂々とシンジを好きと言い、彼と結ばれる可能性に賭けてみたい・・

しかし、あの美少女達と自分は比べるまでもないほどに差がある。

恐らくアスカもレイも、普段学校では見せない態度でシンジと接しているに違いない。
そして自分の知らないシンジを彼女達は見ているのだ。
何もかもが不利・・容姿がどうこういう問題でもない。

いくら内面を磨こうと、彼に尽くそうと・・自分の思いが叶うことはないだろう。


(失恋しちゃったな)


キンコ〜ン


「綾波さん!アスカ!授業始まるわよ、席について!
ほら、みんなも何やってるの。先生来ちゃうじゃない!」


午後の授業の始まりを告げるチャイムが、ヒカリには自分の思いにケジメを付ける鐘の音に
聞こえた・・・








ネルフ本部 司令室


ゲンドウの頬には湿布が貼ってあり、彼は時折痛そうにそこをさすっている。
それを面白そうに見る冬月。


「お前の息子も結構やるようになったではないか」


「皮肉か?」


「そう聞こえたか?ならばその通りだ」


ゲンドウは特殊監査部と作戦本部からの報告書に目を通している。
本部内における敵対勢力の諜報活動の様子と、協力者の一斉摘発による各方面への影響が事細かに
書かれていた。


「中国支部もやってくれたな。
海底資源開発の利権で手を打とうとした日本政府も日本政府だが・・」


「外交ルートを通じて警告は発した。
これ以上おかしな真似はすまい・・すれば、また消えてもらうまでだ」


「しかし、ゼーレまで本部にスパイ網を持っていたとはな。
保安諜報部にまで協力者がいるぞ。
どうする、碇。
ゼーレのスパイは泳がせるか?」


「例外なく摘発する」


意外なゲンドウの台詞に冬月は正直恐怖した。
ゼーレのスパイを摘発するということは、彼らを敵に回すという事だ。
いくらゼーレの力が落ちているとは言えそれは無謀と思える。

適当に泳がせておけばそれで済む問題だ。

ゲンドウに何があったのか・・


「息子に殴られて頭がどうかしたようだな・・
ゼーレを排除するというのか、碇」


「もう老人達の時代ではありませんよ、冬月先生。
切り札はこちらにあります」


「補完計画はどうする・・
ユイ君は!


「ユイは・・・・・・私の中に生きている・・それでいい」


ゲンドウにとっても冬月にとっても、補完計画の遂行はユイとの再会が目的だったのだ。
そのために、悪魔に魂を売り飛ばしたがごとき行為を繰り返してきた。

徐々に黒い物に覆われていく自分を自覚していた冬月は、その度にユイの面影を思い出し
自分自身を奮い立たせていた。
ここで補完計画を放棄したら、ここまでした自分の行為が全て無意味な物になってしまう。


「自分の言っている事が分かっているのか!
私まで引きずり込んで、何の責任も取らないつもりか!」


「シンジが・・やつが幸せそうに子供を抱いている姿が見えるんですよ。
その姿がユイにダブるんです。
このまま補完計画を続行すれば、私はシンジのそんな将来をも奪うことになる。
幸せとは何気ない日常の中にこそあり、死んだ人間は帰ってこないと分かりましたよ」


「・・・・・お前はいつでも卑怯だ。
私が絶対反論できない言葉を使う・・よかろう、ゼーレを排除しようじゃないか」


「全てが終わった後の覚悟は出来ています。
その後のことは冬月先生にお任せします」


「ふっ、一人では寂しかろう・・・私も地獄に付き合ってやる。
地獄をリポートするのも面白いかもしれん」


「ありがとうございます・・冬月先生」


ゼーレを排除し使徒を全て殲滅した後、この二人は自ら命を絶つ覚悟を決めた。
それまでは全力を尽くして、敵との戦いに勝利する事だけを考えるのだ。

それが自分達の罪を少しでも償うための義務だと思う。


「ところで碇・・リツコ君にはいくら取られたんだ?
手を切ったのだろう?」


「・・・預金全て」


「同情はせんぞ・・」












つづく

次回「闘争

 でらさんから『こういう場合』第14話をいただきました。

 アスカとレイの紛争勃発とかヒカリの碇ハーレムからの離脱とか、今回はいろいろ転換点になるお話でしたね。ああ、そういえば変質者がアスカを狙う という事態も起きていたような。未然に防がれましたが‥‥。

 加持も三重スパイをやめてくれるようだし。ゲンドウ達も孫の顔が見たさに改心してくれたことがはっきりしたし。ネルフ内の主要な大人はシンジ君の 将来のためになる方向へ動いてくれるようですね。良かった良かった。

 さて‥‥いよいよ戦いの始まる(いろいろな意味で)ネルフの今後を描くでらさんに、ぜひ感想メールのほうお願いします。

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