デート

こういう場合 第十三話
作者:でらさん












ネルフ本部司令室・・・


「今回の件、ご苦労だった碇司令。
委員会・・そしてゼーレの代表として礼を言っておくぞ」


「身に余るお言葉です。キール議長」


「イレギュラーにより計画は遅延しておるが、我らの大儀に変化はない。
分かるな?同志碇」


「承知しております。全てはシナリオのままに」


「それでいい」


真っ暗な部屋に浮かんでいたキールのホログラフィが消え、部屋に照明が戻る。
その場にいるのはいつも通りゲンドウ・・そして冬月だけ。


「最近は一人が多いな、会議もあまり開かれておらんようだ」


「ゼーレも混乱している証拠ですよ」


「あの程度の紛争を抑えられないくらいだからな。
しかし、このまま黙っている連中ではあるまい・・揺り戻しがあるぞ」


「ふっ」


ドイツとフランスの紛争はひとまず収まった。
ネルフフランス支部も本部の指揮下に復帰し、両国の国軍も国連軍に復帰・・
ヨーロッパは平穏を取り戻したのである。

だが今回の紛争は世界各国に委員会の力の翳りと、新たな力の台頭を意識させた。

この紛争を直接処理したのはネルフ本部であって委員会ではない。
超兵器エヴァを所有、運用出来るのも本部だけだ。
となれば、何もいかがわしい秘密結社に頭を垂れる事はない。
それならばネルフに付いた方が・・

こう考えたのであった。

非公開ではあるが国連の公的機関であるネルフと、口にする事すら憚れる秘密結社とではイメージ
がまったく違ってくる。
それに万が一ゼーレとの関係が自国の国民に知られた場合、ただでは済まない。
ネルフの方がまだましだ。


これらの動きはアメリカ支部を通じ、ゲンドウにも伝わっていた。
アメリカ支部はあれ以来、本部にかなり友好的だ。


「お手並み拝見といきましょう・・冬月先生」








第壱中学 昼休み・・・


食事の後・・
机に突っ伏して考え事のアスカ。
一緒に食事したヒカリは職員室に呼び出されて、今はいない。

シンジのいない学校もそろそろ飽きてきたアスカは、自分もシンジに付き合って一日中訓練しよう
かと本気で考えていた。
訓練自体嫌いではないし、中学生に付き合うのも疲れた。
シンジがいればそうでもないのだが・・


「アスカ、ちょっといい?」


「あらヒカリ、用事は済んだの?」


「うん、大した用事じゃなかったから。
それより頼み事があるんだけど・・・」


「何かしら?」


ヒカリにしては珍しい。
勉強とかで分からない事があってもアスカにはあまり聞いてこないのに。


「今度の休み、ネルフの訓練もないって言ってたじゃない?
それでもし何も予定ないなら、男の人と会ってほしいの」


「はあ?いつからデートの斡旋するようになったのよ、ヒカリは」


「コダマお姉ちゃんの友達が、どうしてもって聞かないのよ」


「あのね・・」


実際アスカにしては良い迷惑。
今度の休みは、シンジが行くという母の墓参りに付き合うつもりであったのだ。
まだシンジに言ってはいないが。

この場でそれを言おうかどうか迷う。
言えばデートは断れるが、自分の気持ちを晒してしまうようなもの。
まだ自分でもはっきり認められないのに・・


「どうせ義理なんだから一回くらいいいじゃない、ね?」


ヒカリは、アスカを親友として大事に思う気持ちに嘘偽りはない。
こんな気の合う友人には二度と会えないだろうと思う。

しかし、シンジの事については別・・そう簡単に諦められない。

今回話を持ちかけてきた人物はそこそこの美形だし、案外アスカと気が合うかもしれないのだ。
そのまま付き合う事になるかもしれない。
いや、是非そうなって欲しい。


「義理って言ってもさ、向こうが図に乗ったらどうすんのよ。
彼氏面されたらたまんないわ」


「そんな事ないと思うけど・・」


ドイツにいた頃は加持を誘って何回かデートもしたが、今思うとそれはデートなどというものではなく
ただ二人ででかけただけ。
本当のデートというのは経験がない。

初めてのデートくらいは好きな人としたい・・・


「あ〜〜〜!! 忘れてた!!」


「ど、どうしたの?いきなり」


「アタシ、予定入ってたわ」


「え?訓練でもあるの?」


「そ、そうじゃないんだけど・・シンジと、ちょっとね」


ザワ


アスカの言葉に敏感に反応するクラスメート達。
自分達の知らない間、密かに何か進展があったのかと考えたのだ。
ヒカリも同様に考えた。


「い、碇君と何の予定なの?」


「シンジのお母さんのお墓参り・・一緒に行くって約束してたんだ」


ザワワ


アスカが転校してきて以来シンジとのことは度々噂になっていたが、これでそれは確定されたと
言っていいだろう。
母の墓参りに誘われそれをOKしたということは、それなりの関係にあると認めたようなものだ。


「そ、そ、そう、それなら仕方ないわね・・ごめんなさい、余計な事言っちゃって」


「いいわ、アタシもど忘れしてたから」


はっきり動揺したと分かるヒカリの態度に怪訝な目を向けながらも、アスカ自身かなり動揺
している。
クラスの反応からして自分の気持ちは知れ渡ってしまっただろう。

恥ずかしい。

しかしもう後戻りは出来ない。
こうなったら開き直るしかない。
それにシンジ自身の気持ちを確かめたわけではないのだ。

彼が登校するようになるまでには本当に恋人同士にならねばならない。
ならなければ恥だ。


(何としても手に入れるわよ、碇 シンジを!)


アスカの女の意地を掛けた戦いは、この日から始まった。

ちなみに、アスカはヒカリの気持ちには気付いていない。
気付いていれば今回の話もかなり違っていただろう。


更にレイは・・・


「碇く・・ん」


熟睡していた。







同日 ネルフ本部・・・


今日の訓練も終わり、シンジは疲れ切った体を出口へと向かわせている。
隣には当然のようにアスカが。

通常の訓練の後、アスカ自身が教官となってシンジへの訓練が施されている。
彼女なりに考えていて、戦闘訓練が主だった日には戦術などの勉強。
シンクロテストなどの日には戦闘訓練と使い分けている。

その甲斐もあって、シンジの戦闘能力は急激にレベルアップしている。
と言っても、アスカやレイのレベルにはまだほど遠いが・・


「疲れた・・
アスカって、こんな事10年近くも続けたんだ・・尊敬するよ」


「アタシは更に大学まで出たのよ、このくらいまだ甘いわ」


「ぼ、僕には大学なんて無理だからね」


「バッカね〜、誰もアンタに大学へ行けなんて言ってないわよ」


「や、やっぱり?はははははは・・」


そんな楽しそうに会話する二人を物陰から見るレイ。
リツコに言われたように声を掛けてみようと思ったのだが、タイミングが掴めない。

どうしようかと考えていると・・


「シンジ君」


「リツコさん・・なんですか?」


「悪いけど、レイ送って行ってくれない?
一人じゃ物騒だわ」


「え、ええまあ、いいですけど」


シンジとしては断る理由もないし、このところレイと話もしてないので快く承諾した。
しかし、アスカが面白かろうはずがない。
あからさまに不満の表情をリツコにぶつける。

物陰から二人を窺うレイを見て思わずサポートしたリツコなのだが・・


(恨まれたかな・・)
「レイ!いらっしゃい」


「はい」


物陰からとことこと駆け寄る姿はどことなく可愛い・・シンジにすり寄ってくるかのようだ。
アスカの目が光る。


(そうだわ、この女がいたのよね・・危険なやつ)


ヒカリに対しては無警戒だが、レイに対しては過剰に反応するアスカ。
本能が危険信号でも発するのかもしれない。


「じゃ、頼んだわよシンジ君」


「はい、では失礼しますリツコさん」


この後、この三人は家に着くまで一言も言葉を発しなかった・・





葛城宅・・・


「あ〜、息が詰まると思ったわ」


家に着くなりアスカの口から出た台詞がこれ。
シンジも重苦しい雰囲気を何とかしようと思ったのだが、上手い台詞が出てこなかったのだ。

大体、何でアスカとレイがぎくしゃくしているのか彼にはよく分からない。


「綾波苦手なの?アスカは」


「別にそういう訳じゃないけど・・アンタ分かってないの?」


「な、何をさ・・」


自分の部屋に入る前、シンジに顔を寄せて聞いてみる。
しばらく見つめ合う二人・・

自分もシンジも目を逸らさない。


「・・・ほんっとに分かんないみたいね。
まあいいわ、いずれ分かるから。
ほら、アタシこれから着替えるんだから!さっさと行った」


「何だよ、もう・・」


アスカの気持ちには何となく気付いているシンジである。
さっきのように見つめ合うことも珍しい事ではなくなったし、他の人間に彼女が同じような事を
するのを見たことがない。

いずれは付き合う事になるのかもしれない。
自分もアスカに惹かれているのは自覚しているから・・

しかし、レイについては分からない。
彼女の示す行動が自分に対する好意なのか、友人に対するそれなのか判断が付かないのだ。
それ以上に、彼女をそういう対象に見られない気持ちもある。

レイには、誰かを重ね合わせているような気がするのだ。


「お腹減ったな・・ご飯ご飯」


今は体の欲求を満たす事にする・・考えるのはそれから。



アスカがお墓参りに同行したいと言ったのは、これから約一時間後の事だった。








墓参り前夜・・・


今日は珍しくミサトも早い帰り。
明日は友人の結婚式とあって、少々はしゃいでもいるようだ。
アスカとたわいのない話に興じている。

シンジは洗い物で忙しい。


「ねえ、ミサトの香水貸してよ・・あのラベンダーのやつ」


「お墓参りにそんなもの必要ないじゃない。
大体、あなたには早いわよ」


「お、お墓参りったって、シンジと出かけるには変わりないんだし・・」


「あら、デート気分て事?何時の間にそういう関係になったの?あんた達」


「まだ違うわよ!」


「まだ・・ね」


台所で洗い物を続けるシンジにちらと視線を向け、すぐにアスカへ向き直るミサト。
顔はからかいモードに入っている。


「シンちゃんのどこが気に入ったのよ、白状なさい」


「ミ、ミサトに言う義務はないわ。
それより、アンタも早く結婚しなさいよ。
加持さんからプロポーズされてるんでしょ?」


「残念ながら一っ言もないわよ、そんな話」


デートを重ねはするが、そんな話は全くない。
ミサトもそんな気はないし。
結婚願望などない。

今のミサトにはそれよりも大事な事がある。


「余裕こいてるのは今の内よ。
アタシが先に結婚したら、そんな余裕無くなるんだから」


「あなた幾つで結婚するつもりよ」


「ひ・み・ つ」


汚れを知らないかのように恋する乙女になったアスカは、同性のミサトから見ても可愛いし
羨ましいとも思う。
自分にはそんな時代は無かった。

そういう事を経験する前にあれがあったから・・


「ごちそうさま・・式には呼んでちょうだい。
じゃ、私は寝るから」


「あ、逃げたわね。いいわよ、シンジと話するから。
おやすみ!」


アスカから離れたミサトは台所のシンジの側へ。
おやすみの挨拶と、家事の礼を言うつもり・・


「いつもご苦労様、悪いわねシンジ君」


「いえ、もう慣れましたよ。
たまにアスカも手伝ってくれるし」


シンジの肩に手を置き、彼の背中に体を密着させるミサト。
豊かな胸がシンジの背中に押しつけられる。
ブラもつけていないタンクトップ一枚のため、乳首の感触がシンジへもろに伝わっていた。


「ミ、ミサトさん、まだ洗い物あるから危ないですよ」


「ごめん、ごめん、つい親愛の情をね」


「加持さんに怒られますよ」


「ははは!それもそうね、おやすみシンジ君」


「おやすみなさい、ミサトさん」


自分の部屋へ戻ったミサトは、シンジの肩へ置いた手を見つめて考える。

シンジがアスカと良い雰囲気なのは確かのようだ。
近い内に付き合いが始まるだろう。

例えそうなっても慌てない自信がミサトにはあった。

自分は大人の女。
男も知らない小娘など眼中にない。
性に強い興味を持つ少年など体を与えれば何とでもなる・・

シンジを自分の駒にするためには、体くらいなんとも思わない。
そんな事をしなくても済むならばそれに越した事はないが。

アスカとシンジがうまくいって、二人とも自分の傘下に入ってくれれば言うことはない。


「楽観は禁物ね・・やっぱりこれは消さなくちゃ」


手を自分の腹に当てる。
そこには忌まわしい傷・・忘れてはいけない傷がある。
消そうと思えばいつでも消せた傷跡。
セカンドインパクトを生き抜いた証拠、父との絆。

だが、目的のためには邪魔。
こんな物見せたら、シンジは気後れしてしまうだろう。


「さよなら・・・お父さん」




もう枯れてしまったと思っていた涙が、頬を伝ってシーツを濡らした。








翌日・・・


どう見てもお墓参りというよりデートの出で立ちのアスカ。
薄化粧までして、気合いの入れ方ははんぱではない。

ジーンズにTシャツのシンジが恥ずかしく思えるくらいだ。


「ず、随分とおしゃれなんだね、アスカ」


「そう?普通よ、これくらい・・早く行きましょ」


「うん」


手を引かれるシンジ。
訓練の時は幾度と無く触れたアスカの手だが、こういう時はまったく違う感触に思える。
いつまでも離したくないと思う。


「こっちだよ、アスカ」


「あん」


肩を並べ手を繋いで歩く姿は、れっきとした恋人同士のデートであった。







果てしなく続く墓標・・
それはセカンドインパクトの犠牲になった人々の物。
遺体の眠っている墓の方が少ない。

そこの一つに、シンジの母ユイの墓はあった。


「ここにシンジのママが?」


「ここに遺体はないんだよ。これは記念碑みたいなものかな」


「そう・・・」


途中の花屋で買った花を墓前に添えると、アスカはシンジ共々手を合わせる。

どんな女性だったのだろうか・・

写真もないのでは想像するしかない。
思いは募る。


「父さん・・」


「司令?」


いつの間にかゲンドウが彼らの後ろに立っていた。
手には花の束。


「来ていたか」


「母さんの全ては処分しても、お墓には来るんだね」


「お前には分からん事だ」


「父さんは いい!母さんの顔も声もしっかり覚えてる!
僕は何も覚えてないんだ!」


「前にも言ったはずだ、いい加減親離れしろ。
いつまでも母さん、母さんなどと・・」


「貴様!」


「シンジ、ダメ!」


バキッ!


アスカが止める間もなく、シンジの右拳がゲンドウの顎を捉えていた。
思わず膝を落とすゲンドウ。
訓練の成果をこんなところで試すとは思わなかったシンジだが、殴らずにはいられなかった。

勝手な事ばかり言う父が許せなかった・・


「ふっ、少しは男らしくなったようだな・・今回は不問にしてやる」


口から血を滲ませながらゲンドウは立ち上がり、待機している公用車に向かう。
ガードから何か言われているようだが、ゲンドウは無視して車に乗り込んだ。

そして車はそのまま去る。


「シンジ、アンタ時たま暴走するわね・・司令殴るなんて。
仮にも父親でしょ?」


「あんな奴、親じゃない」


ここまで親に拒絶されれば、シンジの行動も仕方ないとは思う。
アスカはそんな彼を何とか慰めてやりたいと考えた。


「いつまでもくよくよしないで、気分転換しよ!」


「な、何するんだよ・・」


「デートよ、デート!」


「デートって、一体・・」


「ぐだぐだ 言わないで、アタシに付いて来なさい!!」







この日・・
第三新東京市内では初々しいカップルが所構わずはしゃぎまわり、周囲の失笑を買ったという
話である。

そんな姿を、通りかかったどこぞのカメラオタクがしっかり記録していたのは言うまでもない。










つづく

次回 「転換点

 でらさんからこういう場合の第13話をいただきました〜。
 うむ、なかなか良い展開ですね。

 アスカの敵はレイだけでなく、
 友達の姉の級友<赤の他人じゃねぇか
 破廉恥なミサト<年増じゃねぇか
 とか、色々いるのですねぇ〜。

 それでも、シンジ君に一番近いとこにいるのはアスカですよね(^^)

 敵か味方かわからないちらちらする変態カメラ男‥‥のことは、どうでもいいですね(笑)

 なかなかいい話でありました。LAS人にとって最高の展開でありましょう。

 皆様も是非でらさんに感想を送ってくださいな。

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