心と心 

こういう場合 第十二話
作者:でらさん












ネルフ本部 リツコ執務室・・・


「最近、シンクロ率が落ちてるわよ」


「済みません」


「・・・どうしたの?訓練に身が入ってないみたいだけど」


「分かりません」


このところレイの調子が良くない。
シンクロ率、ハーモニクス共に僅かづつではあるが、落ち続けている。
元気自体ないとも言える。

反対にアスカとシンジは好調を維持。
体術を始めとする戦技ではとてもアスカ、レイに及ばないシンジも、シンクロ率ではレイを抜き
アスカに迫る勢いで数字を伸ばしているのだ。

追われるアスカもそれに刺激されてか同様に好調。
競争心がいい方向に働いている。


レイについて全権を任されているリツコは彼女の不調の原因を調べようと、本人から事情を
聞こうと思ったのだ。
と言っても、ある程度推測はしていたが・・


「最近サード・・シンジ君と一緒に帰ってないようね」


「碇君はいつも弐号機パイロットと一緒だから・・」


アスカが着任して以来、レイとシンジとの接点は目に見えて少なくなっていた。
時間が合えば一緒だった帰りも、最近ではまったくない。
アスカと並んで帰るシンジを寂しそうに見送るレイを、リツコも何度か見たことがある。


「同居してるんだから仕方ないわよ。
レイから声かけた事あるの?一緒に帰りましょうって」


「ありません」


「じゃあ、明日から声かけてみなさい。
シンジ君・・きっと一緒に帰ってくれるわ」


「はい・・」


薄く頬を染める少女を前にすると、リツコは自分が汚れた存在に思える。

恋煩いで訓練に身の入らない少女。
自分は上司の愛人。

しかもその上司は自分を利用しているだけ。
彼の心はまったく別のところにあると分かっている。
それでも、いつかは自分が彼の全てを手に入れられると思っていた。

しかし、もうそんな関係にも疲れた。
そろそろ潮時かもしれない。


「困ったことがあったら、何でも私に言うのよ。
力になるわ」


「わかりました・・・リツコさん」





初めてレイが口にした名は、リツコの耳にいつまでも残った。








同時刻 出口付近・・・


「よっ、アスカ!久しぶりだな」


「加持さん!どこ行ってたのよ、電話にも出ないで」


「ちょっと、訳ありの仕事でな」


出口へ向かう通路で偶然加持と出くわしたアスカは、花の咲いたような笑顔を見せると
加持の腕にぶら下がるようにしてしがみつき、甘えるような仕草を見せる。
加持も嫌がる風でもなく、彼女のするがままにさせている。

シンジは自分がいては邪魔と思い、黙ってその場を去ろうとした。


「どこ行く のよ、シンジ!」


「アスカは加持さんと話しがあるんだろ?僕は先に帰るよ」


「挨拶しただけよ。
じゃね、加持さん・・後で電話するわ」


「ああ、気をつけろよ・・・・・シンジ君!」


「はい?」


「アスカを頼んだぜ」


「・・・はい」


シンジは加持という男をよく知らない。
ミサトの古い馴染みとは聞いていたし、ドイツでアスカの保護者代わりをしていたとも聞いた。
彼女が憧れる男であることも・・

あらゆる面で自分には絶対及ばない大人の男。
アスカが憧れるのも無理はないと思う。

この男に比べれば自分がいかに子供か、分かりそうな気もする。


「失礼ね、加持さん・・アタシがシンジを守ってやるんじゃない」


「女を守るのは男の義務なんだぜ、アスカ。
さっ、行った行った」


「まっ、いいけどさ・・シンジ、行くわよ!」


「あ、待ってよ!じゃあ加持さん、失礼します」


「おう」


肩を並べて出ていく二人の姿は、加持から見てもお似合いに思える。

ドイツ時代・・
同年代の少年達など相手にせず、精一杯背伸びしていたアスカがまるで別人のようだ。

本人が意識しているかどうはともかく、あれは間違いなく恋。
実の父親よりもなつかれていた身から言わせてもらえば、正直寂しい気もする。
現に彼女は、自分と話をするより少年と帰ることを選んだのだから。


「俺の役目も終わったって事だな・・
仕事に本腰入れられるんだから、良しとするか」


彼の本来の仕事・・
その詳細を知っている人間はほとんどいない。








帰り道・・・


ネルフからの帰りは、余程の事が無い限り二人一緒。
学校に行っていないシンジに、その日あった面白いことなどを話すのがアスカの日課にも
なっていた。
家に帰るとシンジが家事や勉強などで忙しく、あまり話をする時間もないのだ。


「まったく、バカな男共が多いわね。
今日も二人が告白してきたのよ・・”付き合ってくれ”ですって。
冗談じゃないわ」


「無駄な事する連中だね・・」


「でしょ?アタシはお子さまなんかに興味ないの」


「はは・・そうだったね。アスカは加持さんが好きなんだよね」


シンジは気を利かせたつもりだったが、アスカはなぜかご機嫌斜め。
会話が止まってしまった。
いつもの気まぐれが始まったと思い、シンジも放っておくことにする。

こうなると彼女には何を言っても無駄だ。


「加持さんには憧れてるだけよ。
あの人から見れば、アタシなんて子供でしかないんだもん。
それに、加持さんはミサトが好きなんだから」


「・・・そう」


日本に来るまでは、自分が成長すればいつか加持も自分を見てくれる・・・
そう信じていた。
しかし現実は甘くない。

ある日、家の留守電に入っていたミサトへの伝言。
それはデートの約束。
このところミサトの帰りが遅い理由は、仕事だけではないと分かった。

冷静に考えてみれば、加持が自分についた理由なども分かる。
トラウマを抱えた自分への精神安定剤のようなものだったに違いない。

そんな諸々のことを思うと、加持への思いは急速に薄れていった。

更にシンジの存在がある。
一番身近な異性にして同僚・・そして同居人。

最近では、気が付けば彼の姿を追っている。
それは彼のいない学校でも変わらず、何度ため息をついただろう。
この状態を一言で言い表すことも出来るが、まだその勇気はない。
プライドが邪魔をする・・


「そういうアンタはどうなのよ。
ファーストと付き合ってるんじゃないの?」


「はあ?何を勘違いしてるか知らないけど、綾波はそんなんじゃないよ。
友達ではあるけどさ」


「ふ〜ん、そうなんだ・・」


アスカは思わず顔が綻んでしまい、慌てて引き締めようとするがうまくいかない。
鏡で見たら、とてつもなく変な顔だったと思う。


(もしシンジが見てたら・・)


そうっと横を向いて確認すると、彼は前を向いて歩いているだけだった。
聞いてみようと思ったがやめた。
彼は見ていても見てないと言い張るだろうから・・

シンジとはそういう人間だ。


「ファーストってさ、司令のお気に入りなのよね。
息子のアンタから見てどう思う?」


「どうって?」


「だって、司令の年でファーストに入れ込むなんて普通じゃないわよ。
父親のそんな姿見て、どう思うかって事」


「もう父親なんて考えてないよ、あの人のことは。
あの人は僕がどうなろうが関係ないんだ。
ネルフに呼んだのも、エヴァに乗る適性があったからってだけだもの。
だから、あの人が何と言われようと僕には関係ない」


シンジの突き放した態度に自分と似たものを感じ取ったアスカは、なぜ自分がこの少年に
惹かれたのかが、なんとなく分かったような気がした。

似ているのだ・・シンジと自分は。


「アタシも一応ママはいるけど血は繋がってないし、パパはアタシよりママを大事にしてる
もんね・・」


「本当のお母さん、どうしたの?
い、いや、あの、別に詮索するわけじゃなくて、その・・」


母はいるが血は繋がってないというところに疑問を持っただけなのだが
すぐに聞いてはいけない事だったと分かり、訂正しようとする。

しかし・・


「いいわよ。
アタシを産んだママは死んだわ・・
アタシがセカンドチルドレンに選出されたその日に」


「悪い事聞いちゃったね・・ごめん」


「いいってば。
だから、ちょっと複雑なのよね・・アタシの家庭ってさ」


「でも、ご両親がいるだけいいじゃないか」


いるだけいい・・


その言葉にアスカは反発する。

愛情の欠片すら見せない父親や、母親の部分よりも女の部分を見せる義母など
いないほうがいい・・
ずっとそう思っていたから。

自分と同じ物を感じ取ったシンジに裏切られたと思った。


「アンタに 何が分かるのよ!」


「分かるよ・・・僕と同じだから」


「嘘よ、アンタなんかに・・」


「僕の母さんも死んだんだ・・十年くらい前にね。
それに、母さんの持ってた物とか写真とかも全然残ってない。
父さんが何もかも処分しちゃった」


「・・・写真まで?」


アスカの場合、実の母の写真や所持品などは実家に行けば大量にある。
母の面影すら追えないシンジも不幸といえば不幸。
自分も言い過ぎた・・


「アタシもつい興奮しちゃったわ・・ごめん」


「はは、さっきとは逆だね」


「何よ、笑うことないじゃない」


「だって、アスカが謝るなんて・・」


「あ〜!バカにしたわね・・罰として、今夜の当番はアンタがやるのよ!」


「そんな・・」


「いいから、やるの!」






また一歩近づいた二人の関係は・・
深く、強く結びついていく。






同時刻 ネルフ本部 ミサト執務室・・・


加持から仕事の話があるというから彼を自室に招いたものの、なかなか仕事の話を切り出さない
のでミサトも切れそうだ。


「世間話はいいから、本題に入って頂戴。
私も暇じゃないんだから」


「そう怒るな・・綺麗な顔が台無しだぜ」


「仕事とプライベートは分けて。
あんたも、それほど子供じゃないはずよ」


「へいへい」


加持が本部へ赴任してから数度飲みに付き合い、ベッドも共にした。
しかし昔のような甘さなどなく、落ち着いた大人の関係と言えるだろう。

ミサトは自分の欲望に従った結果と割り切っている。
加持のことは嫌いでない。
でも昔のようにはなれない。


「遊んでばかりいて仕事進んでるの?
機密漏洩の内偵はどうなってるのよ」


葛城だって付き 合ってるじゃないか・・
愚痴はともかく、内偵は進んでる。
俺がドイツ支部で集めた情報との摺り合わせも一致した。
近く容疑者の身柄を拘束するつもりだ」


「やることはやってんのね・・」


「俺だって、コネでネルフに入った訳じゃないんだぜ。
やる時はやるさ。
で、どうだ?今夜・・」


「今夜はダメ。
これから司令と一緒にドイツ支部との交渉に入るわ。
やっと上手くいきかけてるんだから、すっぽかすわけにはいかないの」


この時期に来て、やっと事態に収拾の目処が立ってきたところである。
各支部で行われていた量産型エヴァの建造がストップしてしまった影響が大きいだろう。
機関の開発が難航しているのだ。
ダミープラグの開発も先が見えない状態だ。

フランス支部の造反は量産型エヴァの完成、運用を見越してのこと。
これがなければ話にならない。


「これ以上事態を長引かせると、他の支部に波及しかねないわ。
現に中国支部なんかおかしな動きしてるもの」


「いや、分かったよ。
次の機会を待つことにしよう。
それより大丈夫か?アスカとシンジ君・・今日も二人きりなんだろ?」


「まだそこまでいってないわよ・・シンジ君にそんな度胸あるわけないし」


「そうか?結構いい雰囲気だったけどな・・
アスカの方が積極的に見えたが」


「バカなこと言ってないで、用が終わったんなら帰って」


「冷たいな・・」


アスカとシンジの関係を持ちだした時のミサトの反応・・

他人では絶対分からないだろう彼女の変化を加持は見逃さなかった。
シンジとミサトに関係があるとは思えないが、彼女は明らかに反応していた。

嫉妬とは違う何か・・


(自分の持ち物に手を触れられた時の反応か?・・・葛城、何を考えているんだ)




かつての恋人の思惑を、加持はまだ知らない・・・






同時刻 司令室・・・


「何を緊張しとる、碇・・」


「べ、別に緊張などしておらん。
葛城君はまだか」


「予定までにはまだ時間がある。少しは落ち着け」


「落ち着いておるわ!」


ドイツ支部司令及びドイツ政府代表との会談を控え、ゲンドウはかなり緊張している様子。
元々交渉事は苦手の上に、人と会うこともあまり好きではないのだ。
ゼーレとの会合は慣れただけ。


「・・・うむ、分かった。
葛城君もこっちに向かったそうだ。私は帰るぞ」


「何?帰るというのか!」


「葛城君が一緒なら問題はなかろう。
私の年も考えろ。もう無理はきかんのだ」


「そ、そこを何とかお願い出来ませんか、冬月先生」


人数が多ければ多いほど安心するゲンドウは、何とか冬月を引き留めようとするが
彼はうんと言わない。
その内、ミサトが到着してしまった。


「葛城一尉です。失礼します!」


し、しまった・・入りたまえ」


「・・・何かお取り込み中でしたら、外で待機しておりますが」


「その必要はない。
冬月、ご苦労だった・・帰っていい」


「では、失礼するよ」


「ご苦労様です・・副司令」








この後行われた交渉は、ゲンドウの不安にもかかわらず理想的な形で決着がつけられた。

交渉したのはほとんどミサトであったが・・・







つづく


次回 「デート

 でらさんから『こういう場合』の第12話をいただいてしまいました。
 アスカとシンジの仲、急接近の予感‥‥。

 ミサトの目論見とはナンでしょうかな。シンジのデートをとりもってゲンドウに取り入る‥‥?まぁ、次回わかるでしょう(相手も‥‥)

 続きも楽しみですね。ぜひ、でらさんに感想メールを送って続きを催促してください〜。

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