戦い

こういう場合 第十一話
作者:でらさん














ドイツ支部とフランス支部の確執は根が深い。
そもそもの始まりはネルフの前身ゲヒルン(人工進化研究所)時代から。

前世紀末・・
EUを通じてヨーロッパの統合を進め、その中心的役割を担い盟主たらんとしたフランス
にしてみれば、何かと優遇されているドイツ支部及びドイツ政府に対しある種の疑念を抱く
のは当然かもしれない。

ドイツがヨーロッパを飲み込むのではないか・・・と。

セカンドインパクトをきっかけとして国連が権力を行使するようになりEUが形骸化した現在
自らの発言力低下と地位の没落は、フランス政府にかなりの危機感をもたらしていた。

そしてアメリカ第一支部の消滅とエヴァ弐号機の本部への移送は、彼らを刺激するのに充分
な威力を持っていたようだ。

この二つの出来事はゼーレなどという秘密結社の影響下からの離脱を決意させ
同時にドイツへの対抗姿勢を鮮明にしたのだ。
フランス支部で建造中のエヴァ量産型が完成すれば、軍事的には何の問題もない。
使徒という敵性体の来襲が否定出来ない以上、ネルフ本部からの直接の干渉は無いと言い切れる。
MAGIクローンのネットワークは物理的に切断してしまえばいいという判断だ。

ドイツもこのフランスの動きには敏感に反応した。


抗争状態に入ったといっても今の所は出向職員の引き上げとかネットワークの断裂
ぐらいなものであるが、いずれ両国の全面的な衝突にまで発展するのではないかとの予測が
大勢を占めている。
両国とも国連に委譲していた自国軍の指揮権を一方的に復活させ、国境付近に展開を始めている
からだ。

この事態に国連事務総長は元アメリカ軍と元ロシア軍・・そして日本の戦略自衛隊からなる国連軍
の派遣を決定。
同時にドイツとフランスに対し自重を呼びかけた。





ネルフ本部 司令室・・・


「慌てているな、国連は・・」


「仕方あるまい。
ドイツは電力の一部をフランスに頼っているし、両国の経済的な結びつきは緊密だ。
それ故、先進国間の戦争はもうあり得ないというのが常識だったからな。
で、どうする?碇・・事務総長からエヴァの出動要請があったのだろう?」


「ふっ、今この瞬間にも使徒が現れるかもしれないというのに、そんな要請には
応えられんよ」


「同感だ。人間同士の争いに加わる必要はない。
キール議長も、ただ事を収めろとおっしゃっただけだしな」


「ゼーレに出来ないものを我々にやれという議長もきつい・・」


「愚痴るな」


今回の騒動は、ゼーレの支配体制に綻びが生じた事を内外に知らしめてしまった。
もうあまり無理な事は出来ないだろう。

だが本部の立場として支部間の抗争は収めなくてはならない。


「派遣はしないが国連へのポーズもある。
サードの訓練・・本格的に始めなくてはな」


エヴァの派遣など考えていない冬月だが、エヴァが実戦態勢にあることを示す事で
ドイツとフランスに圧力をかける事を狙っている。

万が一エヴァを派遣することになった場合の備えもある。

使徒の能力が未知数である以上、最低二機は本部に残しておかなければならないし
そうなれば、控えとして考えていた初号機も主力になってもらわなければならないからだ。


「それは冬月に任せる」


「分かった・・私から葛城君に話そう。
調停は任せたぞ。
たまには司令らしい事をしろ」


「うっ・・」








放課後 ネルフ本部 ミサト執務室・・・


アスカに絡まれたり男子生徒達に絡まれたりで騒がしい学校から解放されたシンジは
ネルフに来てほっとしていたのだが、ミサトの一言を聞いて緊張が高まった。


「学校は当分休みですか・・」


「そうよ・・学校にも慣れたとこなのに悪いけど。
状況が変わっちゃったの」


「元々学校に行けるとは思ってなかったからいいですけど」


一日を訓練で過ごすというのは楽ではないだろうが、エヴァのパイロットになったときから
覚悟もしていた事だし反発はない。
むしろ遅すぎたと思っているくらいだ。

せっかく友人になれたトウジ達と会う時間が少なくなるのは残念だが・・


「今日から少しづつ訓練の内容を濃くしていくわ。
最終的にはアスカのレベルを目指して貰います」


「え〜、レベル高すぎませんか?
あの人十年近く訓練続けてるんでしょ?」


「やる前から諦めてどうするの?
やってみなきゃ分からないじゃない。
現にシンジ君のシンクロ率はアスカと大して変わらないんだから。
初回なんてアスカより上いってんのよ」


「それはそうですが・・」


「相変わらずはっきりしないわね!」


突然会話に割り込んできたのはこの人アスカ。
彼女も呼ばれていたらしい。
シンジより遅れたのは、帰りにヒカリと甘味処に寄っていたため。

委員長のヒカリとアスカは何かと波長が合うらしく、すぐに親しく付き合うようになった。
今日も日本のお菓子を紹介すると言われ、一も二もなくついていったのだ。


「遅いわよアスカ。
それにノックもしないなんて、礼儀はどうしたの?」


「悪かったわよ・・以後気を付けます!
これでいい?」


「まあいいわ、座って」


「は〜い」


こんな時のアスカは無邪気な子供のようだ。
学校などで目にする彼女とは明らかに違う。

ミサトと同じように使い分けているのだろか・・

自分の横に座った彼女がとても掴みきれないシンジだった。


「シンジ君の状況変化に伴って、アスカの方にも少し変えて貰う事があります」


「シンジの状況変化?何よそれ」


「明日から、学校に行かないで一日中訓練する事になったんだ僕」


「ふ〜ん、それが当然よね。
アンタに早くレベルアップしてもらわないと、アタシも安心して後方を任せらんないし」


今朝ニュースで聞いたヨーロッパでの軍事的緊張が関係していると読んだアスカだが
それを表に出すことはない。
ミサトという女はどこか信用出来ないと本能が告げている。


「で、アタシの変化って何よ」


「今住んでるところから引っ越してもらいます・・私の家へ」


「ミサトと同居?堅苦しいわね・・・・・・・・・・・・ん?
ひょっとしてそれって・・」


「ぼ、僕とも同居するんですか?ミサトさん」


「そういうことになるわね」


一瞬顔を見合わせて、次にはミサトに向き直る二人。
動きに乱れはなく完璧に近い。
無意識のうちにやっているのだろうが見事なものだ。


「「冗談じゃない!!」」


これまた一糸乱れぬハーモニー。
見ているミサトは可笑しくて仕方ない。


(ぷぷ、何よこの子達・・)
「これは決定した事よ。拒否は認めませんからね」


「理由は何よ、理由は!年頃の男女を同居させる理由!」


「大体部屋どうするんですか!
物置しか残ってないですよ」


「理由は・・
パイロットの監督を普段から徹底させることと、パイロット同士の関係を密にして
意思疎通を円滑にするため・・
上司であるわたしともね。
部屋は仕方ないわね・・どちらかが物置だわ」


「別に同居しなくても出来ることじゃない」


「そう?
今日、アスカは学校に遅刻したわね?
どうしてかしら?」


「そ、それは・・」


理由は簡単にしてくだらない。
ヒカリと夜更けまで長電話していたのだ。
ドイツでは絶対やらなかった事。

ミサトもその辺の事情は保安部からの情報で知っている。


「もう生活が乱れてるじゃない。
学校に遅刻するくらいならいいけど、緊急の招集に応じられないなんてシャレにならないわ。
て事で、同居は決定よ」


「・・・・・なら、アタシ物置なんて嫌よ!
シンジ!部屋を譲りなさい!」


「なんだよそれ・・無茶苦茶だよ」


「レディーに物置で暮らせって言うの!?
アンタ鬼よ!」


「僕だってやだよ、物置なんて」


「男でしょ、アンタ!」





痴話喧嘩・・もしくは夫婦漫才は、この後しばらく続いた。









一ヶ月後・・・


ゲンドウが先頭に立っての仲裁は思うように進まず、ヨーロッパでは緊張が続いている。
ゼーレとも共同歩調をとっているのだが、ゼーレ内部でも幹部同士に意見の対立があり
なかなか意思統一が出来ないのだ。

これ以上長引いては経済への影響が懸念される。
現に株価はじりじりと下がっているし・・



シンジの訓練は順調・・・
と言ってもまだ一ヶ月足らずなので、それほどの進歩はない。

シンクロ率等はアスカに比肩しうるレベルにあるため、特に力点が置かれているのは
戦闘能力の向上である。
人を傷つけるのが嫌いで喧嘩もしたことのないシンジにすれば苦手な分野だが
今の所はついていっているようだ。

学校を休んでいるとはいえ、トウジとケンスケ・・それにヒカリが代わり番に授業の内容
を記録しメールで送ってくれるので、全く勉強もしていないという訳ではない。
進みが悪いのは致し方ない・・

ようするに本格的な訓練が始まったけれども、シンジの生活そのものは順調であると言える
だろう。
ある一点を除いて・・・


「今日はアスカの当番だろ?なんで何もやってないんだよ!」


「出前取ればいいじゃない。ミサトのインスタントよりましでしょ?」


「僕が出前取ると怒る癖に・・」


「男ならはっきり言いなさいよ!」


「ああ、言ってやるよ!アスカは勝手なんだよ!」


アスカという新しい同居人が増えたことで、家事の分担が新たに決められたが
何だかんだ理由をつけてアスカが家事をやろうとしないのである。
特に料理などは絶対に手を付けない。
ぶっちゃけた話アスカは料理が出来ないのだが、プライドの高さ故かそれを言わないのだ。

だがそんな事情など知らないシンジは、アスカがただ怠けているだけと思い
喧嘩が絶えないのである。

同居を始めてから幾分気心も知れ、彼女を名前で呼ぶようにもなった。
彼女の命令でだが・・


『アスカって呼ぶのよ!いいわね、シンジ!』


『わ、分かったよ・・ア、アスカ』


しかしそれは、互いに遠慮しなくなった証拠でもあったようだ。


「ただいま〜・・また喧嘩なの?
いい加減にしたら?」


このところミサトは家に帰るのが気が重くて仕方ない。
仕事でも支部間の意見調整で神経をすり減らすし、家では同居人達が口喧嘩の毎日。
彼らとの同居を甘く見ていたのかもしれない。


「シンジがつっかかってくるのよ!」


「アスカが当番さぼるからだろ!」


「二人ともその辺にして!晩ご飯にしましょう。
出前取るんでしょ?
私はカツ丼ね・・頼んだわよ」


「・・・シンジ、電話」


「何で僕が・・分かったよ」


この一ヶ月でアスカの性格やら何やらは結構把握してきたシンジである。
日本語を流暢に話す彼女が、まだ字を読む事に難がある事を知っているのは
同年代ではシンジだけだ・・ヒカリもまだ知らない。

転校して初めての定期テストで意外に低得点だった彼女はこう言ったものだ。


『問題に何て書いてあるのか分からなかったのよね』


バツの悪そうな顔でそう言った彼女は、とても悔しそうでもあった。
それを見たシンジは、人に言ってはいけないことだと・・
からかってはいけない事だと悟った。


「アタシ、この前のショウガ焼きってのがいい!」


「はいはい、ショウガ焼きね・・」


受話器を取り、いつもの店へかけようとした時・・


ピンポーン、ピンポーン


「あっ、お客さんだ・・誰だろ」


受話器を元に戻して玄関に向かい、カメラで客を確認する。
そこには見知った顔が三つ。


「トウジ、ケンスケ・・洞木さんまで。
どうしたんだ?」


怪訝に思いつつもドアを開ける。


「いらっしゃい・・どうしたの?三人揃って」


「ほら、シンジがおったやないかい。
委員長もいい加減な事言うなや」


「だって、アスカ今ここに住んでるって・・」


「惣流にからかわれたんだよ」


「あ、あの・・」


自分を蚊帳の外に置いて言い争いを始めた三人に、シンジも何をどうしていいか分からない。
と、そこへアスカが・・


「何やってんのよ玄関で・・お客さんなら上がって・」


ア、アスカ!あなた、何で碇君と・・ま、まさか、ど、ど、ど・・」


「「同棲か〜〜〜!!」」








一時間後・・・


「いや〜、まったく驚いたで。
まさか同居してるなんてな」


「ネルフの命令だから仕方ないわよ」


「そう、命令なら仕方ないわね」


玄関での騒ぎを収めるのに約15分・・

せっかくだからみんなで焼き肉でもしようと材料を買いに行って帰ったのが
それから30分後・・

で、現在ミサトを含めた六人とペンペン一匹で焼き肉を食べているところ。
焼き肉が初めてのアスカは何かとシンジに世話をしてもらっている。

それを見るヒカリは面白くない。
アスカからエヴァやら何やらの事は聞いていて、シンジの事も彼女から聞いた。
学校を休学する理由も。
何か彼のために自分に出来ることはないかと思うが、何もない。

シンジと時間を共有する事の多いアスカがヒカリには羨ましかった。
それにこうしてみると、二人の間には何かがある。
自分には入り込めない何かが・・


「シンジそれ取って、それよ!」


「自分で取れよ」


「届かないもん!」


「もう・・」


文句を言いながらもアスカをあれこれ世話するシンジの姿はなかなか堂に入っている。
恋人だと言われても疑わないだろう。

ヒカリはいたたまれなくなり、その場を逃げ出したくなった。
でも、場の雰囲気を壊すわけにはいかない。


「あー、そろそろ時間だわ。
私、帰らなきゃ」


「なんや、まだ始まったばかりやないかい」


「そうだぜ・・急用なのか?」


「家じゃ色々と忙しいのよ私は。じゃあねアスカ、碇君」


ヒカリと楽しい時間を過ごせると思ったトウジは残念そうに・・
ケンスケはヒカリの様子で分かったようだ。
それならと、トウジに助け船を出す。


「トウジ、洞木を送ってやれよ」


「お、おう・・」


「いいわよ・・悪いわ。鈴原はゆっくりしてて」


「そうもいかないわ。
女の子を一人で帰せないわよ・・鈴原君に送ってもらいなさい。
それとも、シンちゃんの方がいいかな?」


全てを見透かしたようなミサトの言葉には抗しがたい。
当のシンジはアスカにかかりっきりであるし・・


「じゃあ頼むわ鈴原・・」









夜道・・
ヒカリの家へと歩く二人に会話はない。

ヒカリはシンジとアスカの事が気になって仕方ないし、トウジは女の子と楽しく会話する
テクなど持ち合わせていない。

が、トウジなりに言える事はあった。


「なあ、委員長・・」


「何よ・・」


「シンジの事・・好きなんやろ?」


「・・・・・・・うん」


予想通りの言葉・・今更ショックなど受けない。
それを邪魔しようとも思わない。


「ワイには委員長を応援するとは言えん。
せやけど、ワイはいつまでも待ってるで」


「鈴原の気持ちはありがたいわ。
でも私・・・」


「だから、待つ言うとるやんけ。
いつまでもな・・」


「ありがと・・・」







月の光に照らされたトウジの顔はとても男らしくて・・
つい、その場のムードに流されそうになるヒカリだった。

しかしすぐに思い直す。

自分の思い人を・・・







つづく


次回 「心と心

 でらさんから『こういう場合』の第11話をいただいてしまいました。

 使徒が攻めてこないということは、ユニゾン同居もなし‥‥というまさにLAS人にとって致命的な展開になるところ(笑)でしたが‥‥。
 でらさんはこれを人間同士の緊迫情勢で実現してくださるのですね。見事な解決です。紛争万歳(危険)

 さっそく、シンジとアスカで痴話げんかしてるのがよいですね。
 ヒカリが少し寂しいようですが‥‥この際、シンジはアスカに譲ってトウジで妥協しなさい(爆)

 なかなかいい話であったようです。皆様も是非でらさんへの感想をお願いします。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる