騒動 

こういう場合 第十話
作者:でらさん












いつものように起きたシンジは、いつものように朝の通学路を歩く。

が、その歩みにいつものような軽さはない。
一昨日、空母の甲板上をランニングさせられたり、受け身の特訓をさせられたりで
まだ体中の筋肉が痛い・・だるい。


「酷い目にあったな、もう。
でもネルフじゃ、そう勝手は出来ないだろうから一安心かな」


いかに傍若無人な少女とはいえ、ネルフで無茶な事はしないだろうというシンジの読み。
それ自体は間違っていないだろう。
しかし彼はアスカの優秀さを忘れているし、相手によって自在に態度を変えられるという
特技を知らない。


「大学出てるんだから学校でも顔合わせる事はないんだし、会うのはネルフだけか。
それだけなら我慢できるな・・うん、我慢しよう」


彼の憶測は全て外れ、四六時中アスカと顔をつきあわせて生活する事になるのだが・・


「あっ、綾波だ・・今日は早いんだな。
綾波!おはよう!」


「おはよう、碇君・・」


「早いんだね、今日は。どうしたの?」


「赤木博士が、寝不足は美容の大敵と言ったから昨日は早く寝たの」


「そ、そう・・・び、美容ね。
綾波も女の子だもんね、ははははは・・
何時頃寝たの?」


「六時かしら・・」


「・・・・・」


程度というものを知らないレイであった。








第壱中学2−A教室・・・


「ホントだって・・俺の情報に間違いはないぜ。
今日、転校生が来るんだ。
しかも目もくらむような美形なんだぜ」


シンジがレイを伴って教室に入った時、まず耳にしたのがケンスケのこの台詞。

一瞬アスカのことかと思ったが、それは無いと即座に否定する。
美形は当たっているけども、大卒の人間が中学になど通うはずがない。


(転校生か・・美形って言っても僕には関係ないや。
どうせ相手にしてくれないし)


男子生徒達に囲まれ、あれこれ質問されているケンスケを横目にシンジは自分の席に着く。
レイも自分の席に向かったようだ。

最近ヒカリとよく話すようになったせいか、レイにも友人と言えるような存在が数人出来た。
その一人と親しそうに話す姿は、もう普通の少女だ。
僅かではあるが、微笑みを漏らしたりすることもあるし。


「せ〜んせ、聞いたかいな・・転校生の話」


始業までまだ時間があるので、昨晩やった宿題のチェックをしようと端末を取り出した
ところ、トウジの登場。
彼も美形の転校生には興味があるようだ。
ヒカリへの思いとは別物らしい。


「ああ、何かケンスケが言ってるね」


「言ってるね・・て、何や無関心かい」


「だって僕には関係ないじゃないか。付き合える訳でも無いし」


「会いもしない内に諦めてどないすんねん・・・
ほうか、碇には綾波がおったな。
すまん・・気が回らなんだわ」


「勝手に誤解しないでよ」


何かとレイと自分をくっつけたがるトウジの考えはシンジでも何となく分かる。
レイと自分をくっつけて、ヒカリの目を自分に向けさせようというのだろう。


(何もかも誤解なのにな・・
洞木さんも綾波も、僕のこと友達としか思ってないのに)


鈍感もここまでくると罪に等しい。
彼女達の思いに気付いていないのはシンジだけと言っていいだろう。
日頃の態度から、ヒカリとレイの気持ちは、このクラスにおいて暗黙の了解事項と
言えるのだ。

みんな、おもんばかって口に出さないだけ。


「誤解て、せんせ・」


キンコ〜ン


「話は後や・・席に着かんと委員長がうるさいさかいな」


「鈴原!いつまでも碇君構ってないで、さっさと席に着きなさい!」


「わーっとるわい!ほんまにもう、碇、碇て・・・



トウジの思惑は、かなりの修正を経て見事達成されている。
シンジの相手はレイではなく・・

しかしそれは半年の後のこと。




始業の鐘から暫くして担任が教室に入ってくる。
美形の転校生を後ろに従えて。

歓声は起こらない。
ただ・・彼女の美しさに皆が見とれる。
男子も女子も関係ない。

それほど、転校生は綺麗だった。


まずシンジの目に入ったのは、一昨日見たのと同じような金髪。
ご丁寧にヘアスタイルまで同じ。


(転校生も金髪か・・・最近縁があるな金髪と。
しかもヘッドセットまで着けて・・・・・・・ヘッドセット?)


興味が無かった筈の転校生をまじまじと見る・・・




ふと、触れ合う視線・・・




「「あ〜〜〜〜〜!!!」」




学校ではお嬢様でいようとしたアスカの思惑は、僅か数秒で崩れ去った。
いきなり出る本性。


「何でアンタがこの学校にいるのよ!
同じ学校なんて聞いてないわよ!」


「それはこっちの台詞だよ!
大学出てるのに、何で中学に通うんだ!」


「アタシにだって分かんないわよ!
ミサトの命令なんだから!」


「しかも同じクラスなんて最悪だ・・」


「最悪とは何よ、最悪とは!
アタシとクラスメートになるってのが最悪だって言うの!?」


展開にクラスメート達が着いていけない。
顔見知りとは分かるが、親しそうではない雰囲気。

それに、外見とかけ離れたアスカの本性は男子生徒達の幻滅を誘った。


(あ〜、最高だ・・あんな子に怒られてみたい)


一部、方向性の違う人がいるようだが気にしないで欲しい。


「この天才完璧美少女のアスカ様を掴まえて・・って、何よ!
気安く触らないで!」


「君と碇君が知り合いなのは分かったから、自己紹介してくれないか?惣流君」


「え?せ、先生・・」


ここで初めて自分の置かれた状況を正しく理解したアスカは、当初の目的が水泡に帰した
ことを知る。
それでも彼女は挫けずに・・


「ちょっと取り乱したみたいね。
私は惣流 アスカ ラングレー・・ドイツから来たわ!」





仁王立ちになり胸を張って自らを誇示するその姿に、これからの波乱を予想する
シンジだった。


(僕の安息場所がまた一つ減った・・・ミサトさん、恨みますよ・・)







同日 放課後 ネルフ本部・・・


「とんでもない日だったな」


訓練が始まるまでのひととき・・
自動販売機脇の長椅子に座って暫しの休憩。

学校では一日中質問攻めにあった。
特に男子生徒達は執拗で、アスカとの関係を根ほり葉ほり聞いてくる。

ネルフ絡みなので当然何も言えるはずが無く、シンジはだんまりを決め込んだ。
それが男子生徒達の神経を逆なでしたらしく吊し上げられそうにもなったのだが
トウジとケンスケ・・そしてヒカリにも助けられ、事なきを得ている。

トウジとケンスケはともかく、ヒカリにまで助けられたというのはシンジのプライドを
かなり傷つけたようだ。
先日の空母での一件もあるし。


「一人じゃ何も出来ないのか、僕は・・」


「こら!黄昏れてんじゃないわよ、こんなとこで!」


「そ、惣流さん・・何時の間に」


耳慣れてしまった声につられて顔を向けると、そこにはやはり見慣れた顔が。

確かに美形ではある。
大人しくしていれば・・・


「学校でのこと気にしてんの?さっさと忘れなさいよ」


「責任の半分は君にあるんだけどな」


「まっ、認めないこともないけど、アンタももっとシャキッとした方がいいわ。
はっきりしないからつけ込まれるの!」


「それが出来れば苦労しないって・・
君とは違うよ」


シンジの後ろ向きで厭世的な態度がアスカの感に障る。
感情を爆発させた時は瞬発力を見せるものの、普段はまるで腑抜けだ。
少なくともアスカは、そうシンジを見る。

彼女にとっては一番嫌いなタイプの人間。
でもなぜか、放ってはおけない。


「出来ないなら出来るように努力する・・それが人間というものよ。
だ・か・ら・・」


「な、何だよ」


顔を至近距離まで寄せてシンジの黒い瞳を覗くと、そこには自分がいる。

不思議な感じだ・・
自分がシンジに囚われたようで。


「通常の訓練の後、アタシがじ〜〜〜っくり鍛えてあげるわ」


「じょ、冗談だろ。
そんなこと勝手に出来るわけないじゃないか。
ミサトさんが許してくれるはずないよ」


「ミサト、ミサトって・・アンタ、ミサトに惚れてんの?
それともマザコン?シスコンかしら?」


「どれでもないよ。そんなベタベタした関係じゃない」


アスカにとっては意外なシンジの反応。

どういった経緯か知らないが、シンジがミサトと同居している事は知っていた。
同居していれば気心も知れ、情も移ったのではないか・・と考えていたのだ。
中身はどうあれ、外見はかなりの美人といえるミサトでもあるし。


(コイツ、意外に食わせ物なのかしら・・・そっちの経験、豊富だったりして)
「アンタとミサトの関係なんてアタシにはどうでもいいけど・・
このあと正式に挨拶するんだから、シャンとすんのよ」


「何で君にそんなこと・・」


「何か言った!?」


「い、いや、べ、別に・・」









発令所・・・


完全に猫を被った澄まし顔のアスカがシンジとレイの前に立つ。
第壱中の制服で。
アスカの正式な着任の挨拶。

ミサトも形式張った儀式はあまり好きではないが、これも組織を運営していく上で必要な事。
この後、アスカを伴って各部署に挨拶回りだ。


「シンジ君とレイはもう知ってるんだけど、一応形式でね。
はい、アスカ・・挨拶」


「セカンドチルドレンの惣流 アスカ ラングレーです。
ドイツ支部から着任致しました。
以後、よろしくお願いします」


「サードチルドレン、碇 シンジです。よろしく」


「ファーストチルドレン、綾波 レイ・・・・・よろしく」


学校で顔を合わせていたレイであるが、学校では他の生徒達に囲まれてレイとは挨拶も
出来なかったアスカだ。
自分より先に選出されたチルドレンとして、以前からかなり意識していた対象・・

シンジとの関係も気になる。
嫉妬ではないと言い切れるが、三人いる適格者の中で孤立したくはない。
媚び売るつもりもないが。


「よろしく、シンジ・・よろしく、ファースト」


「あら・・シンジ君は名前でレイには随分じゃない。
差を付け過ぎよ、アスカ」


「別に差を付けたつもりないわ。
呼びやすいから、そう呼んだだけよ」


「それだけ?・・・・まあ、いいけど」


意味深な視線でアスカとレイを見るミサトは、何となくシンジを含めたこの三人の未来が
見えるような気がした。

何もかもが対照的なアスカとレイ。
動のアスカに対し、静のレイ・・・

レイがシンジに惹かれているのはすでに誰もが知っている事実。
知らないのは、当のシンジとゲンドウくらいなものだろう。

アスカもまだ明確な好意とは言えないようだが、シンジを気にしているようだ。

この先シンジを巡って女の戦いが勃発するのは確実・・とミサトは読む。
自分の邪魔にならなければ別段気にしない・・放っておく。
子供同志のラブゲームになど興味はない。

しかし、それによって何らかの障害が発生した場合はミサトにも考えがある。


「じゃあ、アスカは私と一緒に来て。
これから挨拶回りよ。
レイとシンジ君はスケジュールに従って訓練に入って頂戴・・いいわね?」


「分かりました、ミサトさん」


「了解です、葛城一尉・・」


ミサトに先導されたアスカが発令所を出ていく。
が、ドアを出る前に振り返り、顔を思いっきり歪めて・・


「べーーーっだ!」


シンジに向けられたものか、レイに向けられたものかは分からないが、シンジは
自分に向けられたものと解釈した。

どうしてあんなに突っかかるのか、全く理解出来ないシンジである。


「訳、分かんないよ・・
これからうまくやっていけるのかな・・・」


「仲良くしろって命令があれば、そうするわ」


「ミサトさんなら、そういった命令出すと思うよ」


「・・・・・命令拒否しようかしら」


「・・・・・」


訳、分からないのはレイも一緒だった・・・







司令室・・・


「失礼しました!」


よく訓練されたと一目で分かる敬礼で司令室を去るアスカ。
ゲンドウは相変わらず無表情だが、冬月は何か嬉しそうだ。


「噂通りの優秀さだな、セカンドは。
礼儀も知っている。
これでいつ使徒が来ても・・・どうした?碇」


他人には無表情に見えても、冬月にはなにがしかの意味が汲み取れるらしい。
付き合いの長さ故か。


「必要以上にレイとサードに干渉しなければいいのだが・・」


「・・・まったく、お前の愛情表現は分からん。
必要以上の干渉とは何だ?ん?」


「そ、それは・・・ですな・・」


<司令、委員会からの緊急通信です>


言葉に詰まったゲンドウを助けるかのように呼び出しが。
委員会の緊急通信とはただ事ではない。


「分かった、繋げ」


部屋の照明が一気に落ちて、中央にホログラムが浮かび上がる。
今日は一つ・・
しかし、それは最高責任者のキール ローレンツだった。


「忙しいところを済まない、碇司令。
だが、こちらにも余裕がなくてな」


「お戯れを、議長。
委員会・・いや、ゼーレに余裕がないなどと・・」


「世辞はいい・・本題に入る。
我らが手足と言えるネルフの支部同士が本格的な抗争状態に陥った。
ドイツ支部とフランス支部だ」


「そんなバカな・・」







冬月の呟きは、暗闇にとけるかのようにか細い・・・
世界を変えた第一歩は、この呟きから始まったと言っても過言ではない。

シンジの生活は翌日から一変する・・





つづく


次回「戦い







 でらさんから「こういう場合」の、転回点にあたる話‥‥?を、いただいたのです。

 なんといっても、アスカの学校への出現がポイント高い(笑)

 そして‥‥ネルフ内部でも騒乱が起きてますねぇ。本部建屋内で起きて無くってなによりですが(^^;;

 次からシンジの生活が変わる‥‥同じ人間同士の戦いに、シンジくんが借り出されてしまうのでしょうか。うーむ(汗)

 ‥‥まったく、続きが楽しみになって気にし出したらとまりません!<変な日本語

 みなさんもでらさんに是非感想メールをさしあげてください。

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