運命

こういう場合 第九話
作者:でらさん












アメリカ海軍伝統の輪型陣をとり洋上を進む国連軍最強の海上戦力。

太平洋艦隊。

そのほぼ中心に位置する旗艦・・空母オーバーザレインボーへ今、一機の輸送ヘリが
着艦しようとしていた。

ネルフの作戦本部長葛城 ミサトと、初号機パイロット碇 シンジの乗るヘリだ。
ミサトの用事は、弐号機の正式な引き渡しをネルフの名の下に行う事。
シンジはその随伴・・セカンドチルドレンとの顔合わせも予定に入っている。


単に弐号機の引き渡しならば港に着いてからで充分。
わざわざ、公海上にミサト自ら出向く事はない。
しかし本部及び委員会の権威が揺らいでいる今、早々に引き渡しを認めさせる事で
本部の権勢を外部に知らしめる必要があるのだ。

今度の行動に関しては、戦自を始めとする関係機関に根回しを周到に行い
協力を取り付けてある。
戦自などは、自らが開発、保有している最新鋭のVTOL攻撃機でミサトを送ると
申し出た程だ。
戦自の前身・・自衛隊時代から米軍に対して複雑な感情を持っていた彼らにしてみれば
凋落したかつての覇者の姿を、直接見てみたいのだろう。

戦自の申し出は丁重に断ったミサトも、攻撃型原子力超伝導潜水艦数隻による偵察は
受け容れた。
と言うより、頼んだと言う方が正しい。
これらは艦隊への牽制に使える。


「さ〜て、いよいよセカンドチルドレンとご対面よ。
準備はいいかしら?シンジ君?」


「は、はい!だ、だ、大丈夫です!」


「何、緊張してるのよ。そんなに恐いの?アスカが・・」


「そ、そんな事・・な、な、ないですよ」


「ダメだこりゃ」


静音性など微塵も考えられていないかのようなローターの音に、ミサトの小声はかき消され
シンジには聞こえない。
彼にアスカのプロフィールを見せた事は失敗だったと、後悔するミサトであった。
見たところ、シンジは完全に萎縮してしまっている。


四歳でセカンドチルドレンに選出。
以来訓練に励む傍ら、私生活では飛び級を繰り返し十一歳で大学に入学。
二年で卒業。
本部へ異動にならなければ、大学院に進み博士号を取得する予定だったという。
しかも、並のモデルなど吹き飛びそうな金髪碧眼の美少女。

シンジにとっては、何もかもが非現実的にしか見えない。
レイを初めて見たときもかなりの衝撃を受けたシンジではあったが、今度は衝撃の
度合いが違う。

今度こそ、まともに相手などしてくれないだろう。
いや、かえってその方がいい。


シンジには猛烈に悪い予感がしていたのだ。

言葉では言い表せないが、プロフィール写真を見たとき背筋を走る物があった。


(僕のこういう勘て当たるんだよな・・・でも、今度だけは外れてくれ)


訳の分からぬ恐怖に襲われるシンジが体の震えさえ感じた時・・
ヘリは着艦した。






オーバーザレインボー甲板上・・・


「予定時刻きっかり・・・時間は守る男のようね」


着艦したヘリを睥睨するかのように仁王立ちするは・・

惣流 アスカ ラングレー
セカンドチルドレンにして完璧天才美少女(自称)

予定していたサードとの挨拶はまだ先だが、まずは実際に会ってみてどんな人間か
肌で感じとってみようと思ったのだ。

まずは、ヘリから降りる人間を一人一人チェックする。


(護衛が多いわね。
しかも何?あの格好・・黒服にサングラス?
いかにも護衛でございますってやつじゃない・・・・・・ドイツでもそうだったか)


今回、保安諜報部の護衛もかなり随行している。
当然と言えば当然。
幹部の一人であるミサトを丸裸に近い状態に置くわけにはいかない。


(あれは、ミサト・・悔しいけどいい女ね。
年取らないの?あの女・・・ドイツに来た時と全然変わってないじゃない)


数年前、ドイツに来たミサトと何ら変わったところのないミサトを見て
ため息が出そうになる。
あれでは加持が喜ぶだけだ。


(で、真打ちね・・・・写真と変わんない・・
やっぱり冴えない奴だわ)


ヘリから降りた時少しよろめいてしまい、ミサトに手助けしてもらっている。
その様子・・そして歩く姿など見ても、大した訓練もしていないようだ。

特に意識する存在でもない・・

そう結論を出そうとした時、シンジの顔が間近に迫ってくるのが見えた。


黒く短い髪の毛。

黒曜石を思わせる澄んだ瞳。

限りない優しさを感じさせる物腰・・表情・・・


憧れる加持とは違う何かを、近づく少年に感じる。

自分にない物を持った存在・・違う、そんな単純な言葉では言い表せない
もっと根本に近い・・・


「久しぶりねアスカ・・背伸びたんじゃない?」


「あんたは変わらないわね、ミサト。
アタシは背も伸びたし、他もちゃんと成長してるわよ。
確認してみる?」


「そっちの趣味はないの。勘弁して」


「あら、それは残念ね」


一瞬でもシンジに見とれた自分を忘れたくて、ミサトとのジョークの応酬を楽しむ。
加持への裏切りに思えたから・・
彼を好きだと公言する自分の心も裏切ったような気もしたし。


「で、アンタがサードチルドレン?冴えないわね」


「よ、よろしくお願いします。そ、惣流さん」


自分を見る目が怯えに変わったのを、アスカが見逃す筈がない。
これに対しアスカは怒りを覚えた。

男が自分を見る目は羨望の視線でなければならないのだ。
例え彼女がそんな男達を相手にしなくても、彼らはいつでもアスカを崇めなければ
ならない。
また、今までは例外なくそうであった。
しかし目の前の少年は、あろう事か恐怖の視線で自分を見る・・

こんな事は初めて・・・許せない。


タイミングとはいいもので、アスカの感情が高ぶった丁度その時
風の悪戯がアスカの短いワンピースの裾をまくり上げた。

航行する空母の甲板上で、そんな服を着る方もどうかしてるが・・・


パン!


「!」


反射的に繰り出したにしては手加減の加わった平手がシンジを襲う。
彼女の手すら見えなかったシンジは、まともに受けてしまう。
思わず左頬を押さえるシンジ・・かなり痛い。

それでも彼は幸運と言っていい。
アスカが本気でぶったら、歯の数本は吹き飛んでいるだろうから。


「何だよ、いきなり!」


「アタシの下着見たでしょ?見物料よ」


アスカにぶたれた瞬間、シンジは彼女に対する恐怖など消えていた。
代わりに芽生えたのは、何の防御もする間もなく殴られた事への屈辱感と
彼女に対する怒りだ。


「見たんじゃない!見えただけだ!」


「見た事に変わりないわ。スケベ!」


「こんなとこで、そんな服来てる方が悪いんだよ!」


「これは、加持さんが良いって言ってくれた服なのよ!」


「そんなの知るかよ!大体誰なんだよ、その加持さんてのは!」


「アンタなんか足下にも及ばない、最高の男性よ!」


ミサトが止めに入る間もなく、二人の口はヒートアップしていく。

アスカのこのような態度はいくらか予想していた事なので、どうとも思わなかった。
しかし初めて感情を爆発させたシンジを見たミサトは、彼にもこんな面があるのだと
正直、驚いた。

世の中をどこか醒めた目で見ている少年・・

という認識でシンジを見、それに対応して彼との接触を図っていた戦術は見直さなければ
ならないようだ。
意外に激情タイプなのかもしれない。


「君が言う最高なんて、当てになるもんか」


「それ以上言ったら殺すわよ」


「やってみろよ!」


「いい加減にしなさい!!」


アスカの目が尋常でない光を帯びたのを見て、ミサトが強引に割り込んだ。
彼女がやると言ったらやるだろう。
そう判断したのだ。

今のアスカとシンジで格闘戦などしたら勝負にならない。
あっという間にシンジは組み伏せられ、本当に死んでしまう。
その為の訓練を、アスカは十年近くも受けているのだから。


「二人とも落ち着いて・・今のは先に手を出したアスカが悪いわ。
シンジ君に謝りなさい」


「嫌よ!なんでアタシが」


「謝るの!
ドイツじゃどうだったか知らないけど、本部ではあなたの我が儘は一切許しませんからね。
最悪、パイロットを解任するわよ」


ビクッと震えるアスカの体。
瞳から闘志が消えていくのが分かる。

パイロットの解任・・それはアスカにとって最大の恐怖・・・


「ご、ごめんなさい・・いきなり殴って悪かったわ」


「シンジ君も言い過ぎよ。
アスカも謝ったんだからシンジ君も謝って・・ほら」


シンジには納得がいかない。
全ては目の前の少女が原因のはず・・・

しかし、ここで自分が謝らなければ更に事態が悪化するのは目に見えている。
好むと好まざるとに拘わらず、これから先セカンドと行動する機会は多くなるのだ。
トラブルは無いに越した事はない。


「僕も言い過ぎました。すみません、惣流さん」





二人にとって最悪の出会い・・・


だが、最高の思い出ともなったのである。











オーバーザレインボー 発令所・・・


総計数十隻からなる大艦隊を率いるのは、かつてアメリカ第七艦隊を指揮した老将。
そろそろ引退も噂される人物である。
世界の海を制覇した過去の栄光にいまだしがみつく人物でもある。

それだけに、アメリカ海軍を消滅させた国連やその組織であるネルフに反感が強い。


「では、どうあっても弐号機の引き渡しには同意出来ないという事ですね?閣下」


「そうは言っていない。
ここはまだ公海上・・我々はまだ任務の途中であると理解している。
軍人として与えられた任務を放棄する事は出来んのだ。
君も軍人の端くれなら分かるだろう、大尉?」


ミサトが発令所に入って約一時間・・

弐号機の引き渡しを証明する書類へのサインを拒む艦隊司令の姿勢は変わらない。
言葉は穏やかだが、態度には不満が充ち満ちている。
口での説得はほぼ不可能だろう。

なるべく穏便な策で済ませたかったミサトだが、これでは仕方ない。


「今、日本の戦略自衛隊には世界でも最新鋭の装備が揃っています。
その一つに超伝導潜水艦というものがあるのですが、ご存じですか?」


「海軍関係者で知らん者はおらんだろう。
それがどうかしたかね?」


「今、この艦隊を偵察している事も?」


「バカな、友軍が・・」


笑い飛ばそうとした司令に、副官が何やら耳打ちをしている。
司令の顔がみるみる内に強ばっていく。

そして、信じられないと言った顔に・・・


「私を脅す気か、大尉。
この艦隊に攻撃など仕掛けたら、国連に対する反逆だぞ!」


「輝かしい経歴に傷を付けたくなければ、お言葉にお気をつけ下さい閣下。
ネルフは国連より超法規的特権を授けられた特務機関です。
反逆などあり得ません。
敢えて言わせていただければ、私の意に従わないあなたが反逆者と言うべきでしょうね」


この老将は肝腎な事を忘れていた。
ネルフは特務機関・・情報操作などお手の物。
この艦隊を葬り去った後で、どこかの国から盗まれたN兵器がテロに使用されたとでも
公式発表があるだろう。

時代遅れになったこの艦隊の装備では、戦自の保有する最新鋭の大型高機動ミサイル群を
阻止する事など不可能だ。
ものの数分でこの艦隊は海の藻屑と消える。

エヴァのパイロットの脱出手順なども当初から考えられている筈。
目の前の女性士官ははなから捨て身・・・

打つ手はない。


「サインしよう・・・書類を出したまえ」


「ご協力、感謝します・・閣下」











艦橋近くのとある場所・・・


「少しは覚悟してたけど、あそこまでとはね・・・」


海を眺め痛む左頬をさすりながら、シンジは思い出したくもない事を思い出していた。

経歴からして、多少プライドが高いのでは・・
と予想はしていたが、それどころではない。
あれではまともに話も出来ない。


「顔と性格がまるで合ってないよ・・」


「誰の?」


「え?」


声のした方を向くのが恐かったが、向かなければ更に恐ろしい事態が自身を襲うだろう。
ゆっくりと首だけを振り向かせるシンジ・・

何事も起こらない事を確認して、体の向きも変える。


「誰の顔と性格が合ってないわけ?」


「ま、また喧嘩になるから言わないよ」


「・・・・・・さっきと全然違うのね、あんた。
アタシに向かってきた時は闘志丸出しだったのに」


「こっちが本当の僕だよ・・あれは僕じゃない」


まるで府抜けたようなシンジの姿に、アスカの気勢が一気に削がれる。
さっきは一瞬、殺したいとまで思った相手が別人のようだ。
いや、自分が彼をぶつまではこんな穏やかな顔をしていた・・

思い返すと、やはり自分が悪いと思える。


「さ、さ、さっきは・・・本当に悪かったわよ。
ミサトに言われたんじゃないからね、今度は」


「・・・・・・・は、はい」


アスカの感情の起伏に圧倒されるシンジだった。
ほとんど感情を見せないレイとは逆に、感情をストレート・・いや、それ以上に表現
するのがアスカという少女らしい。

さきほどの怒りはその最たるものだったと理解する。
そして今、彼女が目の前で見せるしおらしさは別人ではないかと思う程だ。


「このアタシが謝ってんのよ!もっと感謝しなさいよ!」


「そ、そんな事言ったって・・」


「はっきりしないわね・・しゃんとしないさいよ、もう」


「ミサトさんみたいな事言うなよ」


「へ〜、口うるさいんだ、ミサトって」


「たまにね・・」


打ち解けた・・・

とまでいかないが、かなりくだけた会話は出来るようになった二人である。

同年代の友人など皆無だったアスカは、シンジとの会話が何もかも新鮮に思え
アスカのような気の強い女の子は苦手だったシンジも、彼女とはあまり気張らずに
話す事が出来た。
身構えていた自分が恥ずかしいくらいに・・

アスカの経歴は確かに現実離れしているが、こうして話してみると普通の少女にしか
見えない。
彼女の本質を垣間見た気さえする。


「話は変わるけど・・
アンタ、シンクロ率が随分いいじゃない。コツでもあるの?」


「僕には全然分かんないよ。
それにシンクロ率がいいって言ったって、他はさっぱりだし。
初めて初号機動かした時なんて、恐くて仕方なかったよ」


何かヒントでもと思ったアスカは拍子抜け。
自分の実力を見せつけ、立場の違いをはっきりさせておこうなんて考えもバカらしい事
だと分かった。
シンジは本当に素人なのだ。
たまたまエヴァに乗る適性があったに過ぎない。

となれば、先輩として鍛えてやるのが本筋・・・


アスカの目が妖しさを帯びていく。
小動物を痛ぶる猫・・または、興味深い研究対象を手に入れた科学者・・・
そんな目だ。


「ふ〜ん・・じゃあ、訓練とか大分厳しいんじゃない?
使徒はもういつ来てもおかしくないって、加持さん言ってたもん」


「それがそうでもないんだ。
学校終わってからだから、一日何時間でもないよ」


「何それ・・」


アスカから見てもシンジの状況は理解出来ない。
自分の弐号機と本部の零号機を主力に使うとしても、戦力は多いに越したことはない。
敵の情報はかなり限定されているのだから。

ひょっとしてシンジの冗談?・・・

アスカは試してみる事にした。


「ちょっと・・」


「なに?」


「はっ!」


「うわ!」


シンジの腕を取り、そのまま柔道の一本背追いに持っていく。
本気ではない。
受け身を取れば何のダメージも受けないはず。

しかし・・


「あたたたたた・・またかよ、今度は何!?」


「受け身も取れないの?アンタ」


投げられるまま甲板に転がるシンジはかなり痛そうだ。
受け身などまったく見せない。


「僕を試したのか、酷いな・・受け身なんて習ってないよ」


「呆れた・・こんな事も出来ないの?基本中の基本よ」


「君と違って、ついこの間選出ばかりなんだ。一緒にしないでよ」


「む・・それは甘えってものよ。
いいわ、アタシが先輩として厳しく鍛えてあげる。覚悟なさい!!


「い、いいよ。ぼ、僕にだってちゃんとスケジュールってものが・・」


「問答無用!早速始めるわよ!まずは甲板上をランニング。ほら、走る!」


「な、なんでこんなとこで・・」


「走れー!!」


「はいー!」





艦隊司令との会見を終え、途中で加持を拾ってきたミサトがシンジの待つ艦上で見た物は
汗だくで甲板上をランニングするシンジと、それを厳しい目で見守るアスカの姿だった。


「ほう、サードもやる気じゃじゃないか。
こんなとこまで来てもトレーニングを欠かさないなんて」


「私はどこか違うと思うわ・・」











つづく


次回 「騒動

 でらさんから、「こういう場合」第9話をいただきました。いよいよアスカの登場ですね。

 さっそくらぶらぶ‥‥とまではいかなくても、お互いに強烈な印象を与え合ったようですね。

 なかなか良かったであります。特に、これからの関係の期待できるところが‥‥アスカ、さっそく本音で対応を余儀なくされたようでありますし。

 みなさんも、是非でらさんに感想メールをお願いします。

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