人と人

こういう場合 第八話
作者:でらさん












ネルフ本部 発令所・・・


「海上輸送?太平洋艦隊使って?」


「はい。
ドイツ支部からの報告ですと、すでにベルヘウムスハンセン港を出航したそうです」


避難訓練に乗じた本部初の大規模演習も、まあまあの結果を残して終了。
多少のハプニングはあったが、会議でも特に問題とはされなかった。

緊張から解放されたミサトが一息ついていた所にこのニュースだ。
くつろぐミサトに、日向も言いづらそうではあったが。


「何で専用の輸送機使わないのよ。
大体、そんな莫大な経費どこから出るの!
量産型の建造で、どこもヒイヒイ言ってる筈よ」


「経費のほとんどはEUとドイツ政府が出すそうです。
なるべく本部への到着を遅らせようとする嫌がらせじゃないですか?」


「露骨にやってくれるじゃないの・・・」


ドイツ支部は本部へ絶対服従の姿勢を見せたが
EUやドイツ政府までが本部に従う訳ではない。

アメリカ第一支部の二の舞を恐れるドイツ支部とは違い、本部及びゼーレの力を
侮っている節さえある。
今回の弐号機の移送に関しても強引に事を運び、ドイツ支部司令の意見など無視していた。

決まってしまった移送を覆すのは不可能だが、素直に引き渡す事はないと考えたようだ。

ヨーロッパが発祥だというのに、
偏重とも言えるほど日本に・・本部に肩入れするゼーレが疎ましくて仕方ないのだ。
巨費を使った嫌がらせ行為もその意志の表れだろう。


「セカンドチルドレンの優秀さも有名ですからね。
彼女が一緒にここへ来ることも面白くないんでしょう。
人材の流出と考えてるのかも・・」


「エヴァは元々、全て本部の所属なのよ・・それが基本。パイロットも同様。
それに支部が文句言うならまだ分かるけど、
政府まで公然と口出すってのはどういう訳よ。
委員会の締め付けが甘いんじゃないの?」


「か、葛城さん・・今のは、委員会批判と取られかねませんよ。
気を付けたほうがよろしいかと」


「分かってるわ。
でもタガが弛んでるのは確かね。アメリカの動きもそうだったし」


「委員会の予想が・・その、的確さを欠いているのが原因と思いますが」


「とにかく、保安諜報部、特殊監査部とも協力して情報収集に全力を挙げるのよ。
この調子だといつ不測の事態が起きても不思議ではないわ」


「はっ」




ミサトの懸念はすぐに現実となる。
しかしそれは、彼女にとって望ましい事でもあった。


(世の中が動くわ・・・私に都合良く動かせればいいけど・・)










国連軍 太平洋艦隊旗艦 空母オーバーザレインボー艦内・・・


日本の本部へ異動が決まってから、保護者たる加持 リョウジの機嫌が
すこぶる良い事に、アスカは気付いていた。

時たま思い出し笑いなど浮かべる様は、彼に憧れるアスカでも見られた物ではない。

原因などはっきりしている。
以前ドイツ支部に出張で来ていた葛城 ミサトに会えるのが嬉しいのだろう。

過去二人が付き合っていたというのは、何かの拍子で聞いてしまった。
同棲までしていたらしい。
加持が女性にもてる男で、彼自身もそれを自覚し行動しているのはアスカとしても
分かっている。
不潔などと言うつもりはない。

それさえも含めて、自分は加持という男が好きなのだと自覚しているつもりだった。
今はまだ女として扱ってはくれないが、
後数年先には一人の女として見てくれるのではないかと期待し、又その自信もある。

だが、にやける加持を目の前にすると、本当にこの男でいいのかという疑問も
浮かんでくるのだ。


自分にはもっと合う男がいるのではないか・・・


そう、思ったりもする。
すぐに否定するが・・




「これが?
はっ!アタシも安く見られたものね・・こんな冴えないやつ、好みじゃないのに」


本部のチルドレンと対面する時、戸惑わないようにと加持からファーストとサード
のプロフィールを渡されたアスカ。


『もしかして、サードは運命の人かもな』


なんて言葉も一緒に。
ドイツで何かとサードを意識した発言を繰り返したために誤解したらしい。

アスカにとって、サードチルドレン碇 シンジはライバルであっても恋の対象ではない。
同年代の男子など子供としか思えない。

確かにプロフィールを見る限りではそこそこの美形だし、総司令の息子という事でも
条件はいい。

だが、それだけ。
自分を惹きつける物がない・・

そう感じた。


この時は。


「まあ、先輩としての余裕を見せてやろうかな。
エヴァはシンクロ率だけじゃダメって事、教えてやるんだから」


端末に映るシンジの顔を見ながら、いかに自分の実力をアピールするかを
必死で考えるアスカだった。



彼女の人生を変える出会いは、もう少し先・・・








第三新東京市 第壱中学・・・


一日の授業も終わり、ネルフへ行こうと急ぐシンジの前に立ちはだかる女子生徒が一人。

委員長を務める洞木 ヒカリだ。


「碇君・・何を急いでるか知らないけど、当番を忘れないで」


「で、でも僕、用事が・・」


「この間もそう言ってさぼったじゃない。
今日は逃がさないわよ」


「あれはさぼった訳じゃなくて・・・」


まさかネルフへ行くとも言えず、何と言い訳しようか考えているシンジの目に
教室を出ていこうとするレイが映った。
咄嗟に声をかける。


「あ、綾波!」


「なに?」


「・・・・・え〜と」


「・・・・・」


声をかけたはいいが、何とフォローしてもらおうか思いつかない。
ネルフの名は出せないし。

見つめ合ったまま沈黙の時間が過ぎる。

その二人の様子を見て、なぜか不機嫌になっていくヒカリ。
シンジが転校した初日に初めて言葉を交わして以来、彼が気になる存在に
なっていたのは確かだ。
だが、それを自覚したのは今この瞬間。


(ま、まさか・・私が碇君に恋?
嘘よ。私はそんな・・・
でも綾波さんと碇君を見てると気分が悪い・・)


シンジはともかく、レイの顔を見るとほのかに紅が差していたりして彼女の気持ちなど
分かりすぎるくらい分かる。
自分で気付いているかどうか怪しいものだが、シンジに恋しているのは間違いない。

余所から見れば自分もそうなのだろうかと、ヒカリは思わず頬を両手で
押さえてしまった。


「私、先行くから・・」


息の詰まるような緊張状態を終わらせたのはレイの一言。
シンジからの言葉を待ちきれなかったらしい。

フォローを期待していたシンジはがっくり。
反対にヒカリは微笑みを漏らす。

それは、委員長としての責務がそうさせたのか。
それとも・・・


「私も手伝うから、さっさと終わらせましょう!」


「うん・・・」
(訓練終わるの九時過ぎるな、今日は・・)


何でヒカリが嬉しそうにしているのかよく分からないが、とりあえず鞄を元に戻す
シンジだった。

その一連の様子を、教室の扉近くで見ていたトウジとケンスケ。
シンジに助け船を出すタイミングを窺っていたのだが、雰囲気に飲まれてしまい
口を出せなかったのだ。


「い、委員長・・・や、やっぱり・・」


「ありゃ、マジだな・・洞木は諦めろよトウジ。
お前に勝ち目ないぜ」


「せ、せやかて、綾波も碇に惚れてるみたいやないかい。
碇も綾波の方がええに決まっとるわい」


「希望的観測だな」




シンジを巡る女の戦いは、まだまだこれから。
しかも、もう一人の少女が乱入する事により更なる混乱を引き起こす事になる。









ネルフ本部 PM九時過ぎ・・・


予想した通り、当番で到着が遅れたぶん時間が押し、たった今訓練が終了した。
今日はシミュレーションが主だった為それほどの疲労は感じないが、体は重い。

食事は途中の休憩時間に済ませた。早く帰り風呂に入って寝たい。
その前に宿題もやらなければいけないし。


「明日は格闘訓練か・・きついな」


最近ミサトの口からよく出るドイツのセカンドチルドレンは、
もっと激しい訓練を連日こなし、更に合間を縫って大学まで卒業しているという。
ただの中坊であるシンジにしてみれば、雲の上のような存在だ。

実戦になった場合、自分の担当する初号機が控えに回されるというのも当然だろう。
これからどんなに訓練を積んでも追いつけるとは思えないし。


「本部に来るそうだけど、恐い人でなきゃいいな・・・
あっ、綾波だ」


珍しくシンジと同じ時間に終えたようだ。
鞄を持って出入り口へ歩いていくのが見えた。

たまには話でもしようと、駆け足で追いかける。
以前見舞いに来てくれた時は気まずい雰囲気で話を終えてしまったため
気になっていたのだ。

せっかく見舞いに来てもらったのに、ついムキになった自分が恥ずかしかった。


「待ってよ、綾波!」


シンジの呼びかけに足を止め振り返る。
相変わらずの無表情だが、リツコによれば最近雰囲気が柔らかくなっているらしい。


「はあ、はあ、はあ・・・たまには、一緒に帰ろうよ」


「どうして?」


「ど、どうしてと言われても・・
そ、そうだ。この前はごめん・・つい、むきになっちゃって。
せっかくお見舞いに来てくれたのに」


「気にしてないから、いいわ」


「そ、そう・・・
とにかく、歩きながら話そうよ」


「うん」


夜勤らしき職員達が数人、出入り口を通ってこちらに向かってきたのが見えたので
慌ててレイを促して外に向かう。

後から考えたら、別に悪いことをしている訳でもないのに変な行動だったのだが。

しかしこのシンジの慌て振りは、彼らとすれ違った職員達にとって格好の
噂のネタとなった。


「サードとファーストじゃないか・・付き合ってるのか?あの二人」


「見かけに寄らず手が早いんだな。サードは」


「蛙の子は蛙ってやつだな」


「何だよそれ」


「知らないのか?お前・・碇司令の噂。
若い女性職員を喰いまくってるって話だぜ」


「ホントかよ。
あの顔で女口説く姿は想像し難いな」


「まっ、あくまで噂だがな」




女に手が早い碇親子・・・


この話は瞬く間にネルフ内に広がるのだった。
アスカ来日後、この話に尾ひれが付くのは間違いないだろう。









帰り道・・・


月の光と街灯で結構明るい夜道。

共に外へ出たはいいが、ただ黙って歩いているだけなので
シンジは何となく間が持たない。

女の子とこういうシチュエーションになったのも初めてだし、
会話のきっかけそのものが掴めないのだ。

無表情なレイの横顔を見ながら何を話そうか話題を探すが、思いつかない。

っと・・


「なに?」


「え?何って?」


「何で私の顔を見てるの?」


「え〜と・・・・・・何か話す事ないかな、なんて。ははははは・・」


「そう」


会話は続かない。
すぐに沈黙が二人の間を支配する。

こんな時シンジは、自分がもっと気の利いた人間であったらと思う。

沈黙に堪えきれず、苦し紛れにエヴァの話を持ち出してみる。
ミサトから、ネルフの外ではなるべく口に出さないよう注意されてはいたのだが
そんな事は忘れていた。


「綾波は初めてエヴァに乗った時って、恐くなかった?
僕なんかびびっちゃってさ。
実を言うとまだ恐いんだ・・情けないな。ははははは・・」


「恐いって、なに?」


「え?」


「恐い、恐怖・・・分からないわ」


「つ、強いんだね。綾波は・・」


自分と違い幼い頃から訓練に馴染んできたレイは、ああいった物を何の抵抗もなく
受け容れる事が出来るのだと、シンジは理解した。

真実は別の所にあるが、今のシンジにそこまで読めと言う方が無理。


「じゃあさ、綾波にとってエヴァって何なの?
小さい頃からあれに乗るためにずっと訓練してきて、嫌になった事ないの?」


「エヴァは私の全て・・それに絆。
司令と私を繋ぐものはエヴァしかないの。
司令は言ったわ。
私はエヴァに乗るために生まれたんだって・・だからエヴァがなければ、私は生きていても
仕方ないの」


「そんな事ないよ。
みんな綾波を見てるよ・・学校のみんなだって、ネルフの人達だって。
父さんだけが綾波を見てるわけじゃない」


「碇君は見てくれないの?」


「え?い、いや・・そ、その・・・」


突然レイに正面から見つめられシンジは焦る。
女の子にこんな至近距離で見つめられたのは初めてだ。


「僕達は同じエヴァのパイロットじゃないか。
いつでも見てるよ。
それに、トウジやケンスケ・・洞木さんだって、いい友達になれるさ」


「友達・・・」


レイの顔に表れる僅かな表情。

困ったような・・それでいて嬉しいような、複雑な表情。
と言うより感情を表現出来ないようにも思える。

そしてそれは正しかった。


「どうしたの?」


「こんな時、何て言ったらいいか分からないの・・」


「普通は嬉しい・・かな」


「嬉しいって何?」


「笑うんだよ」




ぎこちないながらもそっと微笑んだその顔は・・・


月の光に映えて、この世のどんな芸術品よりも美しいと思えた。









つづく


次回 「運命


 でらさんからこういう場合の第八話をいただきました。

 む、シンちゃんもてもてですねぇ‥‥。

 綾波だけかと思ったら、ヒカリまで‥‥でも、それでゲンドウと一緒にされるのってのはないよね(笑)

 鬚と違って○○○だったり×××だったりしないもの<伏字は各自埋めてください<笑

 なかなか良いお話でありました。みなさま読後には是非でらさんへの感想を一筆したためてください〜。

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