友人 

こういう場合 第七話
作者:でらさん











ネルフ本部 発令所・・・


照明が落とされ、中央部に人工衛星からの記録映像が映し出される。

それを見守るのは・・

冬月やリツコ、ミサトを中心とする幹部連。
そして日向などの限られたオペレーター達。


「状況入ります。
3、2、1、コンタクト」


画面に写る支部の施設が一瞬煌めいたかと思うと、その光が瞬く間に周囲へ広がっていき
すぐに衛星も破壊された。

核などの爆発でない事は明らか。
現地からの報告によれば、
支部のあったところには半径八九キロメートルにも及ぶ巨大なクレーターがあるだけだという。


「S機関の暴走ね。ディラックの海に飲み込まれたんだわ」


「あれはまだ実用化の段階じゃないって言ってたじゃない、リツコ」


「だから見た通りの様よ」


「ろくに実験もしないで、いきなり起動させようとするから・・」


ミサトの父、葛城博士の提唱によるS機関(スーパーソレノイドエンジン)はまだ実用の段階には
至っていない。
使徒にも同様の機関が在ると予想されている為に開発は急がれているのだが、まだコントロールに
不安があるのだ。
本部と支部との情報交換である程度の技術情報はアメリカ支部にも公開したが
それだけではとてもエヴァに搭載出来るような代物にはならないはず。


「事故の原因については、材質の強度不足から設計初期段階のミスまで三万二千七百六十八通り
考えられます」


「マヤには悪いけど、技術的な問題ではないわね」


「どういう事?リツコ」


「事故は起こったんじゃなくて、起こされたと考えた方が自然よ。
機関の研究がここより進んでるとは思えないもの。
そうですね?副司令」


静観していた冬月にリツコが話を振る。
が、冬月は真相など話せない。

委員会が事故を仕掛けたなどと話せば、委員会に対する不信が広がる。
事態が更に混乱してしまう。


「赤木君の言う事にも一理あるが、結論を急いではならない。
まずは動揺する各支部の沈静化を図るのだ。
葛城君、君の考えはどうだね?」


「そうですね・・私も副司令の意見に賛成します。
本部も総務部なんかパニックですし。
ドイツ支部なんかかなりびびってるわ。
あそこも近い内にS機関の搭載実験やる予定だったらしいから」


「ドイツ支部が?どういう事?私は知らないわよ」


「少し脅かしたら簡単に吐いたわ。
独自に研究を進めてたなんて言ってたけど、本部から情報が漏れてるわね」


ミサトは、今度の事故が暗に本部の仕掛けだとはったりをかましたのだ。
本部の意に従わない支部は全てアメリカ第一支部のようになると。
保安諜報部からの情報でヨーロッパにも不穏な動きが見られると知ったミサトが
先制攻撃を仕掛けたわけ。

慌てたドイツ支部司令は、アメリカ支部に同調しようしていた姿勢をあらため
本部にすり寄り、弐号機の本部への移送まで申し出たのだった。


「まさか技術部にも協力者が・・」


「特殊監査部との打ち合わせは済んでるわ。
とにかく、今は状況を落ち着かせる事。
いいわね?リツコ」


「分かったわ・・葛城一尉」









司令室・・・


「・・・はい、全ては上手くいっております。
お任せ下さい・・では」


電話を切ったゲンドウはいつもの姿勢に戻る。
冬月は渋い顔。

何か言いたそうだ。


「言いたい事は言ったらどうだ?冬月」


「いくらなんでも、数千人の人間を道連れにする事もなかろうに。
他にも警告の手段はあった筈だ」


「老人達にとっては些細な数だな。
セカンドインパクトでは人類の半数が死んだ」


「人の命に些細も何もないだろう・・・
まあ、支部を煽った大統領まで消えたのは幸運だったがな」


この実験の日が、強きアメリカ復活の日と見た大統領は自ら第一支部へ赴き
四号機の起動実験に立ち会っていたのだ。

当然ながら彼も行方不明。
アメリカ政府は直ちに規定に従い、副大統領を昇格させた。


「今度の大統領なら大丈夫だ。変な動きはすまい。
それより冬月、量産型の生産はどうなっている?」


「素体に問題はないがS機関とダミープラグが問題だな。
完成にはほど遠いよ。
大体、スケジュールをそんなに短縮するなど無茶だ。
金をつぎ込めばいいというものではない」


「老人達は焦っているのだ・・仕方あるまい」


投げやりなゲンドウの言葉に、誠意など感じられない。
先ほどの委員会との電話とは雲泥の差がある。

委員会とは別の計画を密かに進める同志ゲンドウ。
その胸の内は冬月にも窺い知れない事が多い。
思えば彼と初めて会った時からずっとそうだった。


”いけすかない男”


初対面時の印象に変化はない。


(何を考えている、碇・・・)










数日後 ネルフ本部 発令所・・・


各国支部、政府との打ち合わせに忙殺されたここ数日の激務で
ミサトはかなり疲れ気味。

冬月もかなり動いたのだが、彼の年齢からして無理はさせられず
ミサトにかなりの負担がかかった。
ゲンドウが委員会での会議で動けないのが痛いと言えば痛い。


そのミサトは今日、第三新東京市挙げての避難訓練を総指揮する立場にある。
アメリカ第一支部の消失で一時訓練の先延ばしも検討されたが、
訓練を予定通り行う事で、揺るがない本部の姿勢を示そうと考えたのだ。

それに今回の訓練では、初めて初号機を地上に出して動かす予定でもあった。
エヴァを地上に射出するカタパルトなどの調子や、エヴァが使う兵器などを収めた
兵装ビルなどの稼働も確認しておきたい点である。

しかし初号機はまだケージから出た事はない。
歩いた事すらないのだ。

作戦本部、技術部共にかなり緊張している。


「初号機パイロットは?」


「はっ、エントリープラグ内で待機中です」


「零号機はどう?」


「パイロットは同じくプラグ内で待機中」


先ほどから同じ質問を繰り返すミサトに、応える日向もいささか困惑気味。
これほど緊張したミサトは見たことがない。

豪放磊落を地でいく彼女に部下達の信頼は厚い。
日向も、この上司になら命を預けられると思っている。
こんな時、何かの力になりたいと思う。


「シンジ君、地上に出ていきなりこけたら笑っちゃいますね。葛城さん。
ははははは・・」


「こんな時に笑えない冗談やめて、日向君」


「は、はい・・申し訳ありません」


見事外した日向だった。






第三新東京市内 とあるシェルター・・・


「あー!それもらい!」


「またヒカリなの・・」


広いとは言えないシェルター内に響く中学生達の声。
全市一斉の避難訓練とあって、みなそれぞれ娯楽の持ち込みにぬかりはない。
日頃校則で禁止されている物も今日は別。

委員長たるヒカリでさえ、トランプに興じていた。
避難訓練とは言っても、こうなるとちょっとした旅行気分だ。


「おい、ホンマかそれ?」


「間違いないぜ、親父の端末からハッキングしたんだからな。
今日、ネルフの新兵器が地上に出る筈なんだ」


「新兵器言うたら・・いつもケンスケが言うとった・・・」


「そう、巨大ロボット。男の夢さ」


巨大ロボットが一般的に男の夢かどうかはともかく、ケンスケとトウジにとっては
とても魅力的な物らしい。

しかも今日はただの訓練、実戦ではない。
警戒もそれほどきつくないとケンスケは踏んだ。


「トウジ・・そのロボット、見てみないか?」


「抜け出すんか?委員長の目があるで」


「洞木はトランプに夢中さ。今がチャンスだ」


「・・・・・そやな。行くか」


二人して周りを見渡すが、誰もケンスケとトウジに気を払う人間は居ない。
みんな楽しそうに遊んでいる。
訓練だという事を完全に忘れているようだ。

担任の教師でさえ、あるグループに混じって何かゲームをしているようだった。
これなら姿を消しても気付かれないだろう。

何気ない風を装い、トウジがヒカリの背中から声を掛けた。


「委員長、ワイらトイレや」


「早くしなさいよ」


「分かっとるわい」


振り返りもせずにヒカリが応えると、トウジとケンスケはそのままその部屋を出る。
喜び勇んで・・自分達の運命も知らずに。


この日訓練が無事終了した後も、彼らがこの部屋に戻る事はなかった・・・








初号機 エントリープラグ内・・・


シミュレーションはかなりの数こなしたシンジだが、実際にエヴァを動かすのは
今日が初めてのシンジは、緊張というより恐怖の方が大きい。

一回目のシンクロテスト時に腕を動かしたのは無意識だし、
何よりこんな巨大な物体を動かすなど恐くて仕方ない。


「イメージで動くったって、まだよく分かんないよ。
シミュレーション通り動いてくれればいいけど」


<シンジ君、時間よ。シンクロスタートするわ>


「は、はい。了解です」


<何も心配いらないわ。技術部のスタッフ達を信頼しなさい>


「分かってます」



発令所


「可愛くないわね・・まあ、いいか。
じゃあ、始めるわよ。マヤ、シンクロスタート!」


「了解。
今回は緊急時を想定し、手順を三分の一削って作業、各整備班はマニュアルに従い
行動して下さい。
では零号機及び初号機、シンクロスタートします」


ミサトの目前で、幾度と無く繰り返された訓練通りに手順は進んでいく。
一流の軍人とされるミサトの目から見てもその動きは見事だ。
エリート集団たるネルフの名に恥じない。

いつかこれが役立つ日がくるのだろう。
その日のために彼らは連日、訓練に身を置いているのだから。


「両機共シンクロ完了!射出カタパルトはどうか!」


<カタパルト異常ありません!>


「了解。外部電源パージします」


バスッ・・、 ドドンンンン


エヴァの背に取り付けられた外部電源ソケットが、圧縮空気の反作用により外れ
ケージの床に音を立てて落ちる。
落ちる寸前にロケット噴射で衝撃を和らげているとはいえ、その衝撃はかなりのものだ。
一瞬、ケージ全体が震えた。


「零号機から先に出します。エヴァンゲリオン零号機発進!」


「了解、零号機発進」


物の数秒で零号機は地上に射出される。
それを確認したミサトは、続いて初号機に発進の命令を下す。

レイはすでに零号機で実地の訓練をかなりこなしている。
慣れた彼女を先に出して、シンジをサポートさせようというわけだ。


<エヴァンゲリオン初号機、発進!>


ミサトの声が聞こえたと同時に、下から突き上げられるようなGを感じシンジは思わず
左右のレバーを握り締める。
スピード感など分からないが、周囲のモニターに映る景色の流れ方から見て尋常でない
速度と理解した。

その景色が突然止まる。


ガクンッ


「わあぁ!」


エントリープラグのアブソーバーでさえ吸収しきれなかったマイナスのGが
シンジを襲い、シートに背中を痛打する。
それほど深刻なものではない。
シンジの鍛え方が足りないせいだろう。

痛みに顔を歪めながらあらためてモニターを確認すると、そこはシンジが見慣れた
第三新東京市の市街が眼下に広がっていた。
こんな視点で見るのは勿論初めて。


「痛いなもう・・もう少し何とかなんないのかな。
こうして見ると結構狭いんだ・・この街って」


<私語は止めなさいシンジ君。早速訓練に入るわ>


「はい、分かりましたミサトさん」


いつの間にか隣へレイの乗る零号機が接近し、電源ソケットまで付けてくれていた。
事前のミーティングでうち合わせはしている。
何かとフォローしてくれる筈だ。


<まずはB−16兵装ビルに近づくのよ。ゆっくりでいいからね。
レイは初号機についてて。
倒れそうになったら支えてあげて>


<了解>


ミサトに言われたビルの場所は覚えているし、コンピューターがモニターにその場所を
指し示している。迷う事はない。

問題は歩く事。

情けないが、それが今のシンジの現実。


(歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く・・・・・)


シミュレーションでやったように歩く事をイメージすると
初号機は一歩一歩確かめるように歩き出した。





発令所


「歩いた!やったじゃない、リツコ!」


「歩いたぐらいでそんなに感激しないで」


「面白くないわね。少しはノリって物、理解しなさいよ」


「今はそれどころじゃないわ」








数時間後・・・


操作にも大分慣れたシンジは、零号機のサポートから離れて多少複雑な動きも
するようになっていた。
見かけに寄らない意外なシンジの運動神経の良さに、
リツコもつい無茶な注文をしてしまう。

科学者の性か・・


<少し走ってみてくれない?そこなら障害物もないし>


「え?走るんですか?・・・・・やってはみますが」


郊外に移動するついでに、ちょっとだけ走るイメージを浮かべてみる。
が、それは短距離走のイメージだった。
しかも全力でダッシュするイメージ。

その信号が初号機に伝わった瞬間・・・


「わ〜〜〜〜〜!!な、なんだ!!」


初号機は跳んでいた。


シェルターから抜け出した少年達の隠れる山腹目指して。







「ケンスケ・・あれ、こっちに飛んで来とるんやないか?」


「そうだな・・・・・・・なんて落ち着いてる場合か!逃げるぞ!


見る見る間に大きくなる初号機にパニクった二人は、ろくに足が動かない。
シェルターの入り口は間近だというのに全く二人に近づかない。


「ダ、ダメや!」


「ふせろ!」


ドドーーーーン










間違いなく二人は死んだと思った。
外に出るんじゃなかったと後悔もした。

しかし、彼らは生きている。


そして、今ここにいる。
ネルフ本部保安諜報部・・・
取り調べ室に。

ケンスケの持っていたカメラは没収され、中の記録を廃棄した上で本体をも
廃棄処分となった。
父親の端末から情報を引き出した事も白状したので、ケンスケの父親にも
何らかの処分が下されるだろう。


「今回は特別と思え。
通常ならば二、三年ぶち込んでいるところだ。
作戦本部長殿や初号機パイロットからも減刑の嘆願があったのでな。
今度こんなマネしたらただでは済まんぞ」


「「はい」」


一見、その筋の人間にも見えるほど強面の男に凄まれた二人は
ただ体を小さくして震えるばかり。
ネルフという組織を甘く見ていたようだ。


「入るわよ〜」


「こ、これは一尉殿・・何かご用で」


ミサトが入ってきたとたん弾けたように椅子から立ち上がり、直立不動になる男。
トウジとケンスケはその様子に目を丸くする。


「まあ、説教はそのくらいでいいでしょ?学校にも警告はしたし。
もう時間も時間だから、シンジ君と一緒に帰らせるわ」


「はっ、一尉殿がそうおっしゃるのであれば」


「じゃ、いいわね。
さあ二人共私に着いてきて。外まで案内するわ」


「「はい!!」」


ミサトの口からシンジの名が出た事よりも、ミサト自身の容姿に感心がいく
二人である。
スタイル、美貌、地位、非の打ち所がないとはこの女性の事・・・

そんな風に彼らの目には映った。





「実を言うとね、私もあなた達の処分は重くても仕方ないと思ってたのよ。
ネルフの機密保持の観点から見れば、それが当然と思ってた。
でもね、シンジ君がどうしても助けて欲しいって言うの。
根負けしちゃった」


出口へ向かう通路で詳細を聞かされた二人は、
シンジの存在が自分達の間で重くなっている事実に気付き、今までの行動を恥じた。
シンジがまだクラスに馴染んでいないのは、自分達にも責任があると考えたのだ。

彼が近づいてこなければ、こちらから近づけばいいだけなのに。


「シンジ君の事、頼むわ。私からのお願いよ。
それと、シンジ君がネルフでパイロットやってるのもまだ秘密よ。いいわね?」


世の現実とシンジの背負った重荷は、とても自分達には分からないものなのだと
二人の少年は理解した。







帰り道・・・


「ところで碇、葛城さんとはどういう関係なんだ?」


「保護者だよ・・」


「それだけやないやろ。隠し事はいかんで。ん?」


「上司だし・・・そ、その、一緒に暮らしてるんだ」


「「なんだと〜〜〜!!!」」


「そ、そんなに大騒ぎするほどの事じゃないだろ?」


「あんな美人と・・お前って奴は」


「羨ましいやっちゃ・・」


「どこが羨ましいんだよ。
料理なんか一つもやってくれないんだよ、あの人」


「そんな物が何だ!」


「そやそや。美人なら何でもOKやで!」







一気に縮まった三人の距離。

これまでの短いシンジの人生で初めて出来た友人は




そのまま、生涯の友となった。






つづく



次回 「人と人


 でらさんからこういう場合第7話、「友人」をいただきました〜。

 委員会も無茶なことするものですね‥‥あとでこっそりしっぺがえし、なんて目にあいそうですね。

 NERVのほうでは、シンジ、トウジ、ケンスケの三人が友達になれましたな‥‥。
 こういう青春の失敗談を元にした友情はきっと長く続くでしょう‥‥シンジも戦闘の最中に友人を作るような忙しいことにならなくて良かったです(^^)

 続きも楽しみですね。是非、でらさんに感想メールをさしあげてください〜。

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