胎動

こういう場合 第六話
作者:でらさん









アメリカ合衆国 ホワイトハウス・・・


「建造中止だと?」


補佐官から報告を受けた大統領は機嫌が悪い。


前世紀末、空前の好景気に沸いた面影は一辺も見あたらない今のこの国では
景気の話をするのはタブーとまでされている。

かつて市場をほぼ独占していたコンピューターソフト会社は、普通の一企業に成り下がり
半導体メーカー最大手として君臨した企業は今や存在しない。
いずれもMAGIの登場により、時代から取り残されてしまった。

セカンドインパクトがなければ、それらの企業も技術開発競争に遅れを取ることもなく
第一線でやっていけた事だろう。
しかしあの未曾有の災害は、貴重な人的資源を誰彼と選別する事なく奪った。
それは世界をリードする大企業とて例外ではなかったのだ。

あれ以来、アメリカを代表する産業は先端技術産業ではなく農産物を主力とする
第一次産業である。


「はい、委員会からの達しです」


「パラノイアの狂信者共が!
今更、建造中止とはどういう事だ!」


「閣下、お言葉にはお気を付け下さい」


「分かっている。
ご老人達は何をお考えなのだ・・
君には分かるかね?」


「使徒なる敵性体が現れる・・との予言が外れているのが原因かと。
余計な物は作る必要無しとの見解でしょう」


「予言などと・・・馬鹿らしい」




各国ネルフ支部は政府から独立した存在とされており、命令はしても
命令される事はない・・・表向きは。
しかし実情として地元の国民が職員として多数を占めるため、それは徹底されていない。
特に二つの支部を持つアメリカは、実質的に政府機関として利用していたのである。

自国の軍隊の指揮権を国連に委ねてしまった現在、ネルフ支部は貴重な存在なのだ。

アメリカ第一支部、第二支部で建造が進んでいたエヴァンゲリオン参号機、四号機も
完成したら本部に移送するなどとは考えておらず
自国で運用する手筈だった。
その為に軍の指揮権復活などの強硬姿勢までちらつかせて、製造権を手中にしたのだった。

それらの努力が水泡に帰そうとしている。


「補佐官」


「は?」


「建造は予定通り進めたまえ」


「しかし、それでは・・」


「時代は移り変わって行くものだ。
この国を、食い詰めた移民の末裔としか見ておらん老人達に従う義務などない。
建国して250年にもならんのだよ、わが国は。
まだまだこれからだよ」


「お言葉の通りに・・」


「よろしい・・いつまでも東洋人の後背を拝するなど恥辱だからな。
ははははは・・・」


大統領の乾いた笑い声は、補佐官の耳に耐え難い苦痛をもたらしていた。
南部出身である目の前の男は、プライベートの時間になると人種差別的な発言を
隠そうとしない。
幼い頃から異人種の友人が多かった補佐官にとって、許せない言葉ばかりだ。

その彼がこの男の下にいるのは、国家のためと割り切っているから。


(この男はいずれ失脚する・・いや、させる)




補佐官の思いが通じたのか、この日から約一ヶ月後・・
合衆国大統領は規定により、副大統領にその職を譲っている。





ネルフ 中国支部・・・


セカンドインパクト後、ほぼ全土で内戦状態に陥ったこの国だが今はそんな事が嘘のように
落ち着いている。
ここ北京にある支部も、あまり緊張感はない。
が、司令室だけは別のようだ。


「量産型を作れですと?
無理です・・技術的にクリアしていない問題が多すぎる。
それにパイロットがいません。
ダミープラグはまだ目処さえ・・」


「無理か・・・
では今回は静観するしかないのか」


「どういう意味です?」


「アメリカは委員会と事を構えるようだ。
参号機と四号機の製造を続行している・・委員会の命令に反してな」


「バカな事を・・潰されますよ、国ごと」


「そうかな?
ヨーロッパでも不穏な動きはあるそうだ。
いつまで経っても現れない使徒の迎撃準備に、金は出せないとな」


「気持ちは分かりますが、来てからでは遅いのも事実です」


支部司令を務めるこの男も地元中国の出身だ。
北京大学を優秀な成績で出た逸材。
それでもネルフの務めは務め。


「ははは!それはそうだ。
だが万が一の場合、軽はずみな行動は控えてもらいたい」


「例えば?」


「委員会に盲従するなと言う事だ。
まあ、その時になったらこちらからも指示は出すので、間違いはないと思うが。
君はネルフの一員である前に、わが国の国民である事を忘れるな。
我が国の不利益になるような行動は謹んで欲しい。
主席も君には期待している」


「努力はします」


「いい言葉だ。では失礼するよ」


党の要職にあり、若いながら将来の幹部候補筆頭に挙げられている男は
慇懃に礼をすると司令室を後にした。

世の中が動き出している。
それも、予定していた人類の敵との戦いではなく人間同士の権力闘争。
学者肌で、そういった事には首を突っ込みたくない中国支部司令は
先のことを考えると気が重い。


「まったく・・・人間同士で争っている場合か・・」






ベルリン ドイツ支部 司令室・・・



ドイツ支部の司令は野心家であった。
今の地位に就くまで常に上を見続け、またそれを手に入れてきた。

その彼が今視野に入れているのが、ネルフ総司令の座。

・・・であった。
つい先ほどまでは。


「アメリカが独自の動きだと?」


「はい、面と向かって反抗しているわけではありませんが
委員会の意向に逆らい、参号機と四号機の製造を続行しているようです」


「本部の動きは?」


「冬月副司令が急遽渡米したようですが、結果は同じでしょう」


委員会・・ゼーレの議長、キール ローレンツの出身地として支部の中でも
特別な地位を有し、今の所本部以外では唯一のエヴァを配備するここドイツ支部。
特に言われているわけではないが、ヨーロッパ各支部を纏める立場にあると
自負してもいた。
そしていずれはネルフ総司令へ・・・

が、アメリカの動きは彼の野心に火を付ける役割を果たした。
ネルフを飛び越えて、ヨーロッパの盟主の座が彼の目に映ったのである。

自分の元にはいつでも実戦に投入できる超兵器があり、しかもそれを運用する権限を持つ
のは自分自身・・更に最高責任者だ。


「くくく・・・小さいな」


「は?」


「ネルフの司令職など小さいと言ったのだ。
エヴァがあれば、ヨーロッパの盟主の座も簡単に手に入る」


「ははは・・面白い冗談ですな。
さすがは司令。このような時にもジョークを忘れないとは」


・・・冗談か・・今はそれでいい。
アメリカ支部から接触があったら、すぐ私に伝えろ。
連中も単独で委員会に刃向かうような事はしないだろう。
多数派工作を展開するはずだ」


「はっ、了解であります」






弐号機 エントリープラグ内・・・


ここの所のシンクロテストは、なぜか頭を圧迫される気がして吐き気さえ催すが
先日、ATフィールドの発生に成功した副作用かと思いアスカはずっと我慢していた。
でもそろそろ限界。


「いい加減気持ち悪いわね・・発令所、聞こえてる?
すごく気持ち悪いんだけど」


<我慢出来ないの?お菓子の食べ過ぎじゃない?>


「冗談言ってないですぐ出して・・今にでも吐きそうよ」


<わ、分かったわ>


応えるオペレーターはかなりくだけた人間のようだが、それ以外の職員達は
にこりともしない。
特に、その場を仕切っているらしい女性の技術者は渋い顔。
どこかに不満があるらしい。


「ダメです。これ以上は脳にかかる負担が大きすぎます」


「別の方法を考えるか・・」




それを更に厳しい顔で見つめる男が一人・・


(考え込む顔もまた美しいな・・今夜、誘ってみるか)




頼むから場を察してくれ、加持。










場所は戻って、ホワイトハウス・・・


アメリカ支部の動きを探るため急遽派遣された冬月であるが、最初に会うはずだった
大統領は多忙を理由に会談を拒否し、代わりに副大統領と会うことになった。


「申し訳ありません、副司令閣下。
何分、大統領は忙しい身でありまして」


会談を拒否した大統領の非礼を詫びる副大統領に、冬月は自分と同じものを感じる。
NO.2の悲哀というものを。


「ははは、面倒を押しつけられるのは同じようですな。
私の上司も逃げ足だけは早くて、閉口しております」


「お気遣い、ありがとうございます。
して、今回の御用向きは?」


「内輪の恥をさらすようで心苦しいのですが、貴国内にある我がネルフの支部
が本部の意向に従わず、思案にくれているところなのです。
このままでは不本意ながら、手荒な手段も考えなくてはならない」


「働いている職員のほとんどは我がアメリカ国民です。
そこの所は慎重にお考えいただきたい」


「我々としてもなるべく音便に済ませたいのです。
合衆国政府のお力添えがあれば、それも可能かと」


大統領と違い、副大統領はあくまで現実にものを考えるリアリストである。
現在のアメリカの国力からして、世界の覇権を握るなど夢物語であると認識している。
例えエヴァンゲリオン二機を手中にしたとしても、
ドイツに一機・・本部に二機存在する以上、圧倒的なアドバンテージとはなり得ない。

かえってへたに動くと、国の存亡に拘わりかねない危険性を孕んでいるのだ。
今の国連を牛耳っているゼーレという組織は、大統領自身も言っている通り
合衆国など食い詰めた移民の末裔との認識しか持っていない。
邪魔になれば、何の躊躇いもなく潰そうとするだろう。

それを避けるために、今は忍従の時なのだ。


「今の我らでは出来ることなどたかがしれています。
手足をもがれたのと同じ状態なのですから。
しかし、努力はしてみましょう。
第一、第二支部司令との会談をセットしてみます」


「ご協力感謝します。
あなたが大統領だったら、この国ももっと発展するでしょうに」


「ははは!それは買いかぶりと言うものです。
私はあくまで予備ですよ」


「可能性がない訳ではない。
その時が来たら、祝電を送らせてもらいましょう」


「その時が来れば・・・ですね」





この後に行われた支部司令との会談では、あくまでとぼけ続ける支部側の姿勢に
変化は見られず、アメリカ支部の離反は決定的となった。








ネルフ本部 司令室・・・


アメリカから帰った冬月が説明を終えると、ゲンドウは深いため息を一つ吐いた。
ゲンドウにしては珍しい。


「どうする?MAGIを使って自爆決議をさせるという手もあるが」


「我々は何もしない」


「何だと?」


「アメリカ第一支部は事故で消滅するからだ」


「まさか・・委員会がすでに」


「バカなやつらだ。
タイミングというものを知らん」


「・・・・・」









某所・・・


いつものように立体映像でバーチャル会議を開く、ゼーレ最高評議会の面々。

今回は誰の顔も厳しい。
いつもは纏め役が多いキール議長でさえも。


「やはり移民の子孫は根性が卑しい。
我らに楯突くとは」


「罰を与えねばならん」


「そうだ・・建国たかだか二百数十年で滅んだ国家など、人類の歴史において
星の数ほどあるわ」


「まあ待て。
いきなり国を滅ぼす事もなかろう。
まずは警告だ」


「そう・・・事故にでもあってもらうか」


「事故か、実験には付き物だな」


「さよう。特にS2機関の事故は規模が大きいだろう」


「これで分からなければ、国ごと消えてもらう」










学校を終えシンジがいつもようにネルフへ着くと、血相を変えて走り回る職員達
が彼を迎えた。
その中に知った顔が一つ。


「日向さん!何の騒ぎなんです!?
まさか例の使徒とかいうのが・・」


「いや、使徒じゃない。
アメリカにある支部の一つがこの世から消え去ったんだ。
数千人の職員と共に・・」


「消えた?」





シンジの穏やかな時間の終わりは唐突に訪れた。

それは、後戻りの出来ない戦いへの道・・・







つづく


次回 「友人

 でらさんから『こういう場合』第6話をいただいたのです。

 どうやら、ゼーレの抑えがだんだん効かなくなっているようですね‥‥。

 ふむ、今回は嵐の前の騒がしさ(爆)みたいなお話でした。

 続きが楽しみになりますね。みなさんもでらさんに感想メールをお願いします〜。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる