綾波 レイ 

こういう場合 第五話
作者:でらさん










ネルフでの訓練は、今までありふれた日常の中しか知らなかったシンジにとって
戸惑いと困惑の連続だった。

基本的な戦技から始まり本物の銃器を使っての射撃訓練など、中学生の彼にとっては非日常の毎日。

別メニューで訓練を続けているらしいレイとはあまり顔を合わせる事もなく、
学校も休む事が多い彼女と話す事もあまりない。
シンクロテストの時、ほんの少しその機会があるくらいだ。

更衣室からエヴァのケージへ移動する僅かの時間・・
それもテストの時間がかぶった時だけ。


そんな時声を掛けてもレイは相変わらず無愛想だ。
挨拶しても一言返事が返ってくるだけ。

当初、その容姿と態度からお高い女の子との印象だったが
今それは変わり、

“少し変な女の子”

となっている。

ここまで無愛想だと、お高いとかそんな問題ではないとシンジにも分かった。


「学校でも友達いないみたいだもんな・・・
僕も同じか」


訓練を終えて帰宅し風呂にも入って、今はベッドの上で自分宛に届いたダイレクトメール
を物色している。
たまにツボに嵌ったような面白いものがあったりするのだ。
食事はネルフの食堂で済ませた。
ミサトは出張。


「友達なんて煩わしいだけだよな・・欲しいなんて思わないよ」


誰が聞いている訳でもないのに、声を潜めて呟いてみる。

転校以来、気軽に話しかけられるようにはなったが友人と言えるような人間はいない。
例の鈴原 トウジや相田 ケンスケも、それほど親しくしてくるわけではなかった。

なぜか、女子生徒達が優しくしてくれるような気はするのだが・・

自分がエヴァのパイロットだとみんなが知ったら、どんな反応するかと考えた事もあるが
エヴァの存在自体が秘匿されている現実を考えれば、
妄想癖の持ち主と思われるだけだ。


「あれ?叔父さんからだ・・何だろう」


ダイレクトメールとは明らかに違う封筒を確認すると
それは叔父からのものだった。

長年、親代わりに育ててくれた親戚。

でも、どこか打ち解けられなかった大人。


「・・・・・・・元気そうで良かった・・写真?・・これか」


手紙の内容は、シンジがいなくなって寂しいだのこちらは元気でやっているだの
ありふれた内容。
元気な証拠に写真を同封したと書いてあった。

その写真を手にとって見る・・・・・・が


「庭で撮ったんだ・・・・ん?・・そういう事か」


馴染めなかった人間からの手紙とはいえどことなく嬉しく、顔を少しほころばせて
手紙を読んでいたシンジ。
しかし写真を見たとたん、顔からは笑顔が消え怒りの表情さえ浮かんだ。


「くそ!」


手紙と写真を丸めてゴミ箱に放り込むと、ベッドへ大の字に寝そべる。

捨てられた写真に写っていたのは、優しそうな笑みを浮かべた叔父夫婦。
それだけ。

だが、写っていた場所がシンジにとって問題だった。

そこは・・シンジにあてがわれた離れのあった場所だったのだ。
それがきれいに無くなっていた。


「もう、帰ってくるなって事か・・」


特に愛着があったわけではない。

楽しい思い出など数える程しかない。


でも自分の・・・数年間の生活全てが否定された気がする。


「みんなが僕を拒否する・・・」







ネルフ本部 赤木 リツコ執務室 PM.11時過ぎ・・・


「今日はこれで終わりよ・・上がっていいわ。ご苦労様」


「はい、失礼します。赤木博士」


シンジとは違うスケジュールを消化するレイは、今日も夜遅くまで各種実験とテストに
参加していた。

それが終わった後、リツコ自らの手により簡単なメディカルチェックを受けたのだ。
この後レイは食堂で食事を済まし、自宅に帰る予定。
寝るのは午前一時近くになるだろう。

学校はまた休む事になりそうだ。
朝の弱いレイに早起きは無理。
普段でも遅刻はしょっちゅうだし。

レイにすれば学校など命令で行っているに過ぎず、面倒事でしかない。
友人の一人もいなければ、クラスメート達と言葉を交わすこともない。

それを彼女は当然な事として受け容れ、疑問にも思っていなかった。


”自分の存在はネルフの為だけにある”


そう考えていたから。

しかし・・


(今日はサードチルドレンあまり話さなかった・・・・・なぜ?)


ゲンドウ一人だけに信頼を寄せていたレイの心に入り込んだシンジの存在。


ろくに話もしない。

会うことさえ多くない。


それでもレイは、いつの間にかシンジの姿を追っていた。

ゲンドウの息子にして第三の適格者。
しかも、初回のシンクロテストで70%を超えるシンクロ率を示した優秀なパイロット。

でもそれだけじゃない。

彼に惹かれる何かが自分の中にある。
それはゲンドウに対する信頼の感情とはまた違うものだった。


「明日はもっとお話出来るかしら・・・」


帰り道・・満月の浮かぶ夜空を見上げるとなぜか落ち着くレイ。


月はただ静かに蒼銀の少女を見下ろしている。




最近のレイの変化を敏感に感じ取っていたリツコではあるが、ゲンドウには報告していない。
彼女の変化が喜ばしいものかどうかまだ確信が持てないし、
ゲンドウのレイに対する接し方に、女として嫌悪を感じていた事もある。

あれでは本人がどう説明しようと、ロリコンと言われても仕方ない。
ゲンドウの地位が地位なだけに、皆言えないだけだ。


「あの何分の一かでもシンジ君に分けてあげたら、上手くいくのにね。
不器用って言うか・・バカだわ」


息子との接し方に四苦八苦しているゲンドウの姿を想像し、思わず頬が弛む。

レイにそれらしい愛情は示せるのに、シンジには出来ない。
それが無性におかしい。


「レイも恋するのね・・」


最近の彼女を一言で表すとすればそれしかない。
それをゲンドウが知ったらどんな反応を示すだろうか・・・


「ふふふふふ・・・」


リツコの含み笑いを理解出来るのは誰もいない。





翌日 ネルフ本部・・・


慣れたとはいえやはり気持ちの良い物ではないLCLの中・・
次のテストに移るまで待機していたシンジの目には、零号機と今それに乗り込もうとしている
レイの姿が映っていた。

彼女の姿は嫌でも目立つ。
つい、視線が向いてしまう。

と、そこにゲンドウが歩み寄っていく。

すると表情を見せたことのないレイの顔に笑みが浮かび、ゲンドウに向かう。
心なしかゲンドウの顔も綻んでいるように見える。


(父さん・・・・・ロリコン?
まさかね・・でも、綾波さんにはあんな顔するんだ。
僕を捨てたくせに・・・)


何やら話をするレイは、普通の少女と変わらない豊かな表情を見せていた。
普段の無表情など忘れたかのように。
ゲンドウもシンジに相対した時の厳しい顔ではなくどこか余裕があるし、時折笑顔も見せる。

それが、自分に対する当てこすりに思えた。


(父さん・・あなたはそこまで僕が嫌いなのか)


怒りが理性を凌牙し感情を高ぶらせていく。

この時ネルフにとって不運だったのは、初号機の外部電源が繋がれたままだったということ。
起動していないエヴァは絶対安全だという認識のためだ。




発令所


初号機、起動します!


誰が起動させたの!


「分かりません!勝手に起動したとしか・・」


「緊急停止信号送って!」


「ダメです!受け付けません!」


パニックになる発令所のオペレーター達とリツコ。

ケージの職員達とゲンドウは既に待避している。
レイはそのまま零号機に乗り込んだ。

エヴァがコントロール不能になる事態は初めて。
誰もが緊張している。


「エントリープラグ、強制射出!」


「これもダメです!」


「パイロットは?」


「モニター出来ませんが、データを見る限り気を失っているものと」


初号機はまだ指一本動かしていない。
しかし、動き出したら止めるのは至難の業だ。
零号機で止めるしかない。


「外部電源パージ!様子を見るわ。
零号機、緊急起動。
レイ・・初号機が動き出したら、何としても止めなさい」


<了解>


手順からすれば外部電源の切り離しが先だった筈。
緊急時のマニュアルにもある。
しかし、そんなことには誰も気付かないほどに混乱しきっていた。



「こ、これは・・・ATフィールド・・間違いない。
ATフィールドの発生確認!


「なんて事・・」


使徒がATフィールドを持つ事は予見されていた。
ほとんどの物理攻撃を無効化する位相空間の展開。

理論上エヴァにも能力として存在する事は分かっていたが、実際にATフィールドを発生させた
事実はない。
零号機はもとより、ドイツの弐号機も。

が、フィールドの発生と同時に稼働時間が見る間に減少・・

二分も経つ頃にはついに電力切れで稼働を停止した。


「初号機のパイロットを救助。
医療部の特別病棟に運んで・・」








医療部 特別病棟 303病室


シンジが目覚めたのは気を失ってから三時間ほど経った頃。

ゲンドウへの怒りで頭が真っ白になって以降の事は、まるで覚えていない。

リツコを頭にした技術部の尋問や、出張先から飛んで帰ってきたミサトの見舞いなど
目が覚めてからは病室だというのに騒がしい時間だった。

そんな嵐のような時間が過ぎると、今度は寂しいほどの静けさが病室を支配した。

そこへ、意外な客が・・・


「綾波・・さん・・・」


「赤木博士がお見舞いに行けと言うから来たわ」


「そ、そう・・」


どこで買ってきたのかは知らないが、リツコに持たされた見舞いの品をベッドの側にある
棚に置くと、椅子を引いて座った。





「あ、あの・・」


「何?」


「何してるの?」


「お見舞い」


椅子に座ってただじっと自分を見つめるレイ。
彼女の美しい瞳に見つめられるのは嫌ではないが、緊張してしまう。
それに照れくさいし。

緊張をほぐすため、自分から話しかける事にした。


「綾波さんは恐くないの?エヴァに載って戦うのが」


「別に・・」


「僕は恐い・・死ぬかもしれないんだよ」


「碇司令がいるわ。
あの人がいれば、死ぬなんて絶対無い」


「父さんが?
はは、あんな奴頼りになるもんか。
ああいう人間に限って肝心な時、何も出来ないんだ」


シンジの言葉を聞いたレイの顔が一瞬で歪み、シンジの顔めがけて平手一発。


パン!


骨張った彼女の手。
その平手はかなり痛い。


「何するんだ!」


「司令を悪く言わないで」


「実の息子を捨てるような人間なんだよ。
それに、都合のいいように利用しようとしてる」
信頼出来るような人間じゃない」


「私がこの世で信頼してるのは碇司令だけ。
あなたは知らないだけだわ・・司令の優しさを」


「君は父さんのお気に入りだから・・優しくしてもらってるから
そんな事が言えるんだよ!」


父の優しい一面を知っていると言う目の前の少女が
羨ましく、妬ましい。

それでは血の繋がった自分は何なのか・・

父にとって自分は・・

単なる道具。


「やってらんないよ、こんな事・・」


「そんないい加減な気持ちなら、今すぐ帰ったら?」


「・・・・・僕にはもう、帰るところがないんだ」


「そう・・なら、司令を信頼するしかないわね」


「僕は綾波とは違う。
あんな奴、絶対信頼なんかしない」


「いつかあなたにも分かる日が来る・・」


喧嘩別れのように病室を出ていくレイ。
どことなく寂しげ・・




初めて交わした熱い言葉は、お互いの立場の違いを浮き彫りにしただけ。

しかし、レイの心にはシンジの存在が確固たるものとして根を下ろしつつあった。





ネルフ ドイツ支部・・・


「ようアスカ、また衝撃のニュースだ」


「嫌な予感するわね・・」


このところはドイツ支部も本部のサードの話で持ちきり。
天才の名を欲しいままにしてきたアスカも何かと影が薄い。

そうなると機嫌が悪くなる。
加持の持ってきたニュースは、そんな彼女の機嫌を更に悪くする絶好の材料だった。


「本部のサードがな」


「またサードなの!」


「まあ、落ち着けアスカ。
本部の初号機がATフィールドの展開に成功したそうだ。
パイロットは当然、サードの碇 シンジ」


「ふふふふふふ、やってくれるじゃない碇 シンジ!
こうなったら、アタシもATフィールド発生させるまで訓練やめないわよ!」


「これからショッピングじゃなかったのか?」


「キャンセルよ!」


天才にして努力の人、惣流 アスカ ラングレー・・

君は強い。






つづく


次回 「胎動

 でらさんから『こういう場合』の第5話をいただきました。

 うむ、シンジは結構ストレス溜め易いんですね〜そんなんじゃ健康にも悪いよシンちゃん(^^;;
 おかげで初のATフィールド展開となりましたが‥‥。怪我の功名ですね(^^;;

 それはそうとして、シンジとレイの間にも感情の交流が早速あったようで‥‥。
 ただなかなか、うまく心を合わせていくことが出来ないようです。まぁ、アスカ登場前に仲良くなられても困りますが(爆)

 いいお話でした。みなさんもでらさんに感想メールのほうをお願いします。

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