学校

こういう場合 第四話
作者:でらさん










照明の消えた、暗い司令室に浮かぶ立体映像。

法衣のような物を着た九人の老人達が、直立した冬月を見下ろしている。

彼らの実体はそれぞれ各ネルフ支部にあって、一つの部屋に集まっている訳ではない。


『初号機シンクロテストの成功に、まずは祝辞を贈っておきますよ・・冬月先生』


『いきなり起動するとは予想外だったがね』


『しかもシンクロ率70%とは驚きだよ』


ネルフのNo.2である冬月に、詰問調の口で語りかけるこの老人達は
ネルフの上部組織、人類補完委員会の構成員達・・・
が、その実体は世界を裏から動かす秘密結社ゼーレ。

狡猾そうな顔をした老人達が皮肉混じりに冬月を見やる。
冬月も、彼らの皮肉・・嫌がらせには慣れているものの、面白くはない。

顔には出さないが。


「ありがとうございます。
これでいつ使徒が来襲しても、万全の態勢で望めますよ」


『皮肉かな?冬月副司令』


「何の事ですかな?」


暗にゼーレの執行部を皮肉った冬月に、幹部達の顔つきが変わる。
彼らにここまで意見する人間など、まずいない。
敢えて上げるとすればゲンドウか。


『裏死海文書の記述によれば、既に第三の使徒は現れていなければならない。
しかしまだ、その兆候すらない』


『さよう、由々しき事態だ』


『これ以上計画の遅延を許す訳にはいかん』


「我々はベストを尽くしています。
しかし、使徒が現れないのではこれ以上どうにも・・」


『我々を批判すると言うのか!』


『やめたまえ』


他の幹部達とは一線を画す威厳と覇気を持つ議長、キール ローレンツがその場を
押さえる。
一応合議制を取っているゼーレではあるが、実際に全てを仕切っているのは彼だ。


『冬月副司令・・諸君らの努力は認める。
だが、状況は日を追う事に悪化しているのだ。
有力各国は資金の供出を渋り始め、ネルフ支部内にも不穏な動きが見られる。
これ以上の計画の遅れは不測の事態を招きかねん』


「私達にどうしろと?」


『参号機、四号機の建造を中止し量産型の建造を急がせるのだ。
予算は何としても確保しよう。
君達にはネルフの綱紀粛正を頼みたい。
意味は分かるな?』


「お話は分かります・・努力しましょう。
しかし、初号機パイロットも必要です。それはご理解いただきたい」


『分かった。話は以上だ。
碇司令によろしくな』


「はい、伝えておきます」


立体映像が消え、照明が戻る。
それと共に、直立していた冬月が腰の抜けたように椅子へへたり込んだ。


「碇め・・私を殺す気か。
生きた心地がしなかったぞ」


強気を通したが、内心冷や汗ものだったらしい。
元々こういった交渉事が苦手な冬月には余計辛い。

ちなみに、その頃ゲンドウは・・・



「リツコ君・・これは新茶かね?」


「あら、お分かりとは意外ですわ」


リツコの部屋でお茶していた。

最低だな、ゲンドウ・・・







夜 葛城邸


シンクロテストが終わり家に帰ったシンジは今、ペンギンと共に夕飯の最中。

帰り際、ミサトに連れ帰って欲しいと頼まれた。
かなり人に慣れているようで抱いてもあばれなかったが、周囲の注意を引き
恥ずかしい思いをしたシンジである。

昨晩掃除した時、何で冷蔵庫が二つあるのか疑問だったのだがこれで納得はいった。

ミサトの話だと、技術部が面白半分で創った新種のペンギンだそうだ。
飼育が面倒になり処分されようとしたところを、ミサトが引き取ったらしい。

と、言ってもミサトもろくに世話をしなかった為栄養失調になり、技術部で治療していたのだ。


「世話出来ないのに何で引き取るんだよ・・・
かえって残酷じゃないか」


美味そうにイワシを丸飲みするペンギンを見ながら愚痴ってみる。
引き取ったのに世話をしないミサトと、呼びだしておきながら口もきこうとしないゲンドウが
シンジには重なって見えた。

ミサトに飼われるという点でも、ペンギンと自分は大した差はない。

アルファベットでPENPENと書かれたプレートが首で揺れている。


「・・・・・・・ばからしい」


一瞬、シンジと書かれたプレートを首から下げた自分を想像し次に否定する。

今日はミサトの二面性をあらためて思い知らされた日でもある。

朝のリビングでの様子から、ネルフに行くまでの車中、シンクロテストの前と後・・・

特にシンクロテストの後、エントリープラグから出たシンジに話しかけてきたミサトの目は
明らかに艶を帯びていた。
シンジにもそれと分かるほどに。


「葛城さんは僕に何を期待しているんだろう・・子供の僕に。
大体、エヴァンゲリオンって何なんだよ。
簡単にレクチャーされたけど、全然分かんないよ。
ロボットじゃなくて人造人間て言ってたよな・・・
とすると、僕はでかい人間の中に入ってた訳か・・変な気分だな。
不思議な感覚はあったけど・・・・・・・」


「たっだいま〜〜〜!!」


食事の後、ぼーっと考え事していたらミサトのお帰り。
思考を中断し、出迎えに玄関へ。
別に出迎える義務はないが自然に体が動いていた。


「お帰りなさい、葛城さん」


「ただいま・・・う〜ん・・」


「どうしたんですか?」


玄関に入るなり考え込んでしまったミサトにシンジは不思議な顔。
ミサトの行動は読めない。


「その葛城さんての、何か気に入らないのよ・・・・・
決めた!私の事はミサトさんと呼びなさい!」


「え〜?年上の人、名前で呼ぶなんて・・」


「いいから・・私はま〜ったく気にしないから。
これは決定よ!」


「は、はい・・・ミ、ミサトさん」


女の子すら名前で呼んだことのないシンジにするとかなり恥ずかしい。
しかし彼は近い将来、女の子を名前で呼ぶことになる。

蒼い目をした・・綺麗で・・・活発な女の子を。


「よろしい・・ご飯は済ませてきたわ。
シンジ君は?」


「丁度食べ終わった所です。ペンペンも」


「餌あげてくれたのね。ありがと。
これからも世話、頼むわ」


「は、はい」


なし崩し的にペンペンの世話を言いつかり(押しつけられ?)釈然としない気分だが
文句も言えない。
どうせ言っても聞いてくれないだろうし。


「食べたばかりで悪いけど、明日からの事で話があるわ」


「明日から・・ですか」


「とにかく、リビングに行きましょ」





さっさとリビングに行くミサトとは別にダイニングへ行き、簡単に後かたづけをしておく。
食べっぱなしというのも気が引けるし、だらしない気もする。
ペンペンは食べ終わって冷蔵庫に入ったようだ。

ついでにコーヒーを煎れ持っていく事にした。


「あら、気が利くわね。ありがと」


「いえ、自分も飲みたかったんで」


ミサトの目は普通だ。
昼間の艶は消えている。仕事モードに入っているようだ。

その彼女の口から出た言葉はシンジにとって意外だった。



「学校に行くんですか?・・・ずっと訓練するものと思ってました」


「シンジ君を預かる私としてはそうしたいんだけど、上からの指示なのよ。
訓練は学校が終わってからね」


「僕がこんな事言うのも変ですけど、大丈夫なんですか?
学校終わってからじゃ、一日何時間も訓練できませんよ」


シンジの言う事も正論なので、ミサトも返答に困る。

彼女が冬月から受けた説明は
予想される使徒との戦闘は零号機と弐号機で充分・・初号機はあくまで予備として扱い
パイロットの養成も急がないというものだった。
ミサトにも不可解な説明。

初回であれほど高率のシンクロ率を示したのに、本格的な訓練を施さないというのは
理解し難い。
訓練如何によっては主力になる可能性さえあるのにだ。


「そんなに急ぐことないのよ、シンジ君。
本部には零号機とレイがいるし、その内ドイツから弐号機とパイロットも着任する筈よ。
それとも、学校に行くのは嫌?」


「そ、そんな事ないですよ。
ただ、強引に呼び出したにしてはのんびりしてるかなって・・・」


「状況によっては変化があると思うから、それまで学校生活を楽しんでて」


「・・・・・はい、分かりました」


シンジの表情、口振りから気の進まないのは明らか。
彼の身上報告書でも、向こうの学校では友人らしい友人もいないとの記述があった。
他人との付き合いに難があるようだ。


(そこが付け入る隙か・・・・・・まだ当分先の事よね・・)






翌日 第三新東京市立第壱中学・・・


初めて足を踏み入れる校舎は違和感があるし緊張する。

ミサトが一緒に来ると言ったのを断ったのはやはり失敗だったかと、少し後悔もした。
保護者同伴でないと何も出来ない人間と思われたくなかったのだが
知った人間が一人も居ないというのは心細い。

職員室の場所も分からないシンジは行き交う生徒達に声も掛けられず、下駄箱の近くで
立ち往生してしまった。

すると、そんな彼を見かねたように一人の女子生徒が声を掛けてきた。
髪の毛を二つにまとめ、少しそばかすのあるなかなか可愛い子。


「どうしたの?見ない人ね、転校生?」


「うん、今日転校してきたんだけど、職員室どこか分からなくて」


「ああ、職員室なら・・・・」






「丁寧にありがとう。え〜と・・・」


「私は洞木 ヒカリよ。よろしく」


「ありがとう、洞木さん」


「困った時はお互い様。私のクラスになるといいわね、じゃ」


この街に来て初めて人間らしい人間に会ったような気のするシンジだった。

この学校なら上手くやっていける・・・・
そんな気がした。

そしてそれは間違いではなかった。






担任の後ろについて2−Aの教室に入ったシンジがまず気付いたのは、先ほどの女子生徒。
向こうも気付いたようで、軽く笑みを交わした。

それを見て心穏やかでない男子生徒が一人。


(何や、アイツ・・・いきなり委員長に色目使いおって・・)


そして、それを面白そうに眺める彼の友人。


(ほほう、トウジに強力なライバル出現か・・・トウジに勝ち目はないな、ありゃ)


女子生徒達がシンジを見る視線は熱い。
線が細く、女性的な雰囲気のある美少年と言っていい彼はこのクラス・・いや、第壱中学では
今までいなかったタイプだ。

反対に男子生徒達には受けは悪そうだ。
少なくともトウジの第一印象は悪い。


「碇 シンジです。よろしくお願いします」





後に第壱中学の顔の一人となる少年の第一声は、実に簡素で味気ないものだった。




放課後


「転校生、きさんに話があるんや。顔貸さんかい」


帰りのHRが終わり、ネルフへ向かおうとしたシンジを呼び止めたのは鈴原 トウジ。
何かとシンジを気に掛けるヒカリの姿が余程面白くなかったらしい。


「僕が何したんだよ」


「いいから、来い言うとんのや」


「話ならここでいいだろ?」


「なんやと?」
(こいつ、単なる軟派やなかったんかい・・ふん、おもろいわ)

気が弱そうだと判断し、強気に出ればシンジが臆すると考えたトウジだが
意外と骨がありそうな感じに少し驚く。
様子を見守っていたクラスメート達の反応も同じ。
ヒカリは用事で職員室へ行っており、ここにはいない。


「まあまあ、二人共・・とにかく落ち着く所に行こうぜ。
ここじゃ人目もあるし」


間に入ったケンスケが二人を屋上に連れて行く。
こういった事は得意とする彼だ。




「転校して早々、委員長に手出すとはいい度胸やないかい」


「何言ってるんだよ・・」


「ちいとばかし顔がええから言うて、いい気になっとんなよ」


「何のことか全然分かんないよ」


「ワイだってな、ワイだってな、委員長と気軽に話がしたいんや。
けどワイは硬派で通ってるさかい、そないな事でけへんのや。
きさんに分かるか?ワイの辛い心の内」


「今日転校してきたばかりの僕に分かる筈ないだろ?」


意気込んだはいいが泣き落としになってきたトウジに呆れ、ケンスケが助け船を出す。
放っておくと徹夜でぼやきそうだ。


「要するにこいつは、洞木がお前の事構うのが面白くないんだよ。
簡単に言うと、す・・」


「や、やめんかい!」


「ああ、そういうことか・・はは、安心してよ。
僕は女の子に全然もてないんだから」


「「・・・・・・・・・・」」


「じゃあ、話は終わりだね。
僕、用事あるからこれで。さよなら」


男の彼らが見ても一瞬ときめいてしまうような笑顔を残して、シンジは去っていった。
残された二人は余りの彼のボケぶりに呆れる事も出来ない。


「なあ、ケンスケ・・・あいつアホちゃうか?」


「顔は良いけど、中身は俺達と変わんないな・・・」




三バカトリオ結成の日は近い・・・・・







次回 「綾波 レイ

 でらさんから『こういう場合』の第4話をいただきましたのです。
 さっそく‥‥上層部では使徒不在の影響が出てるようですね。

 使徒が来なくてハッピーなのに困る‥‥使徒が来てアンハッピーでないと困るゼーレ。
 なるほど!ゼーレは他人の不幸を餌にして肥え太る、ダニのような連中だったというわけですな。

 一方、シンジ達に目をやるとさっそく友達の輪が出来かけているようです。
 大きな事件も起こらないことであるしなかなか強い友情ってのは唐突に出来ないかなぁって思ってたですが、まぁゆっくり友達になればいいですか ねぇ〜‥‥ってなんかうまくいきそうですね(笑)

 なかなか、物事の進展の度合いが快適なのです。でらさんに感想メールを書き送って、この調子でどんどんいってもらいましょう〜。

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