シンクロ

こういう場合 第三話
作者:でらさん








葛城邸 朝・・・


眠りについたのが午前一時を過ぎた事もあり、シンジの目の覚めたのが八時近くになってから。

時計を見て慌てて身支度をする。
そして、洗面所へ。

ミサトはまだ起きていないのかと思ったら、リビングからはテレビの音声が聞こえる。
意外に思って顔を出してみると・・


「起きたようね。顔洗ったらすぐ出るわよ。
朝ご飯はネルフで頼むわ」


「は、はい」


既に制服にも着替えていて、メイクも終えている。
かなり早く起きたようだ。

かといって、寝不足の様子はない。
そのしゃんとした姿は、昨日初めて会ったときの姿を思い出させる。

あの時は正に軍人という気がした。
それが今の姿とだぶる。


これで朝食の用意までしてあったのなら、シンジもミサトを完全に見直した筈なのだが
ミサトはコーヒーを飲んでいるだけ。


(仕事とプライベートは全く別なんだな)


朝食くらいはミサトが作ってくれるのではないか、と淡い期待も抱いていたが
それも諦めた。
明日からの早起きを覚悟したシンジである。




「きょ、今日は普通なんですね。運転・・」


「何、言ってるの?この前も普通だったでしょ?
シンジ君は何か騒いでたけど」


ネルフへと向かう車の中。
前日の騒ぎが嘘のように静かだ。

耳に入ってくるのは、軽いモーター音とカーステレオから流れてくる音楽だけ。
うなるモーター音やタイヤのスキール音などは聞こえない。


(本当に分からない人だな・・・わざとやってんのかな・・・・・)


料理と車の運転はミサトの地。
彼女にとって時速40キロも時速100キロも同じ感覚なのだ。

料理も覚える気があればそれなりに出来るのだろうが、覚える気がまるでないのでそのまま。
ミサトが料理を勉強する決心をするのは、後数年の後。

こんな彼女でも、シンジに対しては多少の引け目はあるらしい。
御年29歳の女性が14歳の男子に料理を任せなければならないというのは、恥ずかしい事ではあるから。




ネルフに着いて、シンジがまずしたことは腹ごしらえ。
朝食はきちんと取る人間だし、何より育ち盛り。
一食でも抜くのは辛い。

自分の執務室に向かったミサトと分かれ、食堂で一人食事を取る。

周りは当たり前ながら大人ばかり。
その中にいると、あからさまな視線を感じる。
あまり気持ちのいい物ではない。
動物園の檻の中にいる気分といっていい。


(緊張するなあ・・・・ん?あれは綾波さん・・・彼女もここで朝ご飯か。
あの人の保護者も、料理ダメな人なんだな・・かわいそうに・・・)


レイが少し離れたテーブルにいるのを見て、しばらく観察するシンジ。
彼女が自分と同じ環境に置かれていると思い、同情する。

職員達の態度から見て、自分以上に重要人物らしい綾波 レイ。
その彼女が壊れかけたマンションに一人で住んでいるとは想像し難いだろう。


(声かけようかな・・やっぱりやめよう。どうせ相手にしてくれないや)


シンジ得意の自己完結が完了した頃、ミサトがサンドイッチを頬張りながらシンジのテーブルに座った。
トレイに乗っているサンドイッチは、もういくらもない。
ここに来るまでに大半を食べてしまったようだ。


「ま〜た、考え事?
若い内からそんなことばかりしてると、頭禿げちゃうわよ」


「そうなんですか?」


「ウソよ、ウソ。
少しは人の言うこと疑いなさい。」


「人を騙すより、騙された方がいいです」


「・・・・・若いのね」


人を傷つけるより自分が傷ついた方がいい、などと理想を口にする少年がこれから戦場に駆り出される。
この少年がこれからどう変わるのか。
自分と同じように汚れ、堕ちていくのか・・・

だとしたら、彼を汚し堕とすのは恐らく・・・・自分・・


「人の生き方について口出すつもりないからいいわ。
その内、現実も見えてくるだろうし。
それはそうと今日の予定なんだけど、午前中は本部施設の見学・・午後から最初のシンクロテストを行います」


「シンクロ・・テスト・・・ですか」


「そうよ。エヴァ初号機のシンクロテスト。
レイも零号機でテストするから、ついでらしいわ。その方が経費節約になるんだってさ」


「そうですか・・」


ここに来てから、まだ自分が何に乗って戦うのか知らないシンジは不安の塊。
冬月に言われた、自分にしか出来ないパイロットとは・・・

またも不安げな様子に落ち込んだシンジ。
ミサトは少々うんざりしてきた。
顔には出さないが。


(ホントに司令の血引いてるの?・・これから苦労しそうだわ)
「何も心配する事はないのよ。
女の子のレイがちゃんと出来るんだから、シンジ君なら軽いって」


「はあ・・まあ、頑張ります」


数時間後のシンクロテストで
ミサトのシンジに対する認識は一変する。



施設の案内はシンジの使いそうな所を見せられただけ。

トレーニングルーム、更衣室、パイロット待機室、ケージ等々・・・
変わった所では銭湯など。

シンジの持つIDカードではそのくらいが限度らしい。
それ以上必要ないのも事実だが。
それでも、本部の大きさと内部の複雑さから半日みっちりかかり、簡単に昼食を済ませた後、
指定された更衣室へ入った。

広いとは言えない殺風景な室内。
その、端に置かれた小さなテーブルの上に置かれたウェットスーツのような質感を持った物体。
レイが着ていた物と同じ物らしい。
色は違うようだ。

更にその上に取扱説明書と書かれた、マニュアルらしき紙が乗っていた。

手に取り、読んでみる。


「・・・・・・・裸になるんだ・・・って事は、綾波さんも・・・・・・・・・・・・・
何、考えてるんだ僕は」


男なら無理のない事かもしれない。




発令所・・・


レイのシンクロテストは無事終わっている。
数値的にも問題はない。リツコも満足気だ。

発令所の司令席で見守っていたゲンドウと冬月も。


「零号機はすぐにでも実戦に投入出来るな。
ドイツの弐号機も順調のようだし・・後は初号機か」


「・・・・」


「心配か、碇?お前に息子はいなかったのではないか?」


「サードが使えなければ、また適格者を捜さねばならん。
その手間が惜しいだけだ」


「無理しおって・・・
MAGIの予測によれば、シンクロは限りなく不可能に近いそうだが心配あるまい。
ユイ君がなんとかしてくれる筈だ」


「・・・・」


「また、だんまりか」




零号機のデータを簡単に整理し保存し終わると、今度は初号機の準備に入るリツコを始めとする
技術部のスタッフ達。
そして、現場での作業も慎重を極めている。

新たな適格者の初めてのシンクロテスト。
しかもセカンドチルドレンが選出されて以来、ほぼ十年ぶりに選出されたチルドレン。
更に彼の乗る初号機は、どういう訳かレイでは起動しなかった代物。
MAGIでさえ、初号機の起動する確率は限りなくゼロに近いと算出している。


「シンジ君、気分はどう?」


<何か、落ち着きません。座り心地悪いし>


「ははは、そんな事気にするようなら大丈夫よ」


<ホントなんですって>


エントリープラグ内を写したモニターに、かなり緊張した顔のシンジが映っている。
彼の心音などを表すデータは、実際彼が相当の緊張状態にあることを示していた。


「上手くいくかしら・・・あんなに緊張して」


「MAGIの予測では失敗に終わるはずよ」


「責任者が最初から諦めてどうすんのよ」


「私は事実を言っただけ。MAGIがそう言ってるわ」


「あんたね・・・」


ミサトの無駄口に付き合いながらもリツコの手は休まない。
シンジのあらゆるデータをシンクロしやすいように調整していく。

限りなくゼロに近いとは言っても完全にゼロではない。
故に出来ることは全てやっておく・・
リツコの科学者としての・・E計画責任者としてのプライドが彼女を動かしている。


しかしそれとは別に、頭の片隅では問題なくシンクロするだろうとの予測もしていた。
エヴァの全てを知るリツコにとっては予想の範囲内の事・・・


「では、第一回初号機シンクロテストを行います。
第一次接続開始」


「了解。第一次接続開始」


ネルフ全体を震撼させ、世界を変えるきっかけにもなったシンジにとって初のシンクロテストは
こうして、静かに始まった。





シンジが整備担当職員に案内されたのは、機械の塊が空間を支配する場だった。
何か巨大な紫色の機械に挿入されると思われる、円筒形の構造物。
彼を案内してきた職員は指さし、それに乗るよう指示した。

指示されるままに乗り込み、シートに座ってみる。
中もよく分からない構造。
今までの自分の常識が通用しない世界に入った事を実感する。


落ち着かない・・・

シートの座り心地が悪い事に気づき、通信を入れてきたミサトに言ったら笑われた。

操縦桿のような物が二本。
それを握ると不思議に腰が落ち着く。

ちょっと安心したところで、テストが始まった・・・・・・


<第一次接続開始!>


発令所からの声が聞こえる。
しかし、まだ何の変化もない。


<エントリープラグ注水!>


注水って何だ?と思う間もなく、足下から赤茶けた水がかなりの勢いで上昇してくる。


「な、なんだこれ!」


<心配しないで。
肺がLCLで満たされれば直接酸素を取り込んでくれます>


落ち着いたリツコの声がシンジの神経を逆なでする。
初めて会った印象そのままの、冷たいその声が。


「うわっ!・・ぷっ・・・・」
(くそっ・・・このまま、死んじゃいそうじゃないか)


口を通る水は・・・血の味がした。


「気持ち悪い・・」


<男の子でしょ!我慢しなさい!>


今度はミサトの声。
やはりいい気分ではない。
大人の都合で態度をころころと変える信用ならない人間・・・


負の感情がシンジを覆っていく。


父への憎悪。

リツコへの反感。

ミサトへの反感・・・


が、それは突然しぼみ始める。
代わりにシンジを覆ったのは、優しく暖かい温もり。

懐かしい温もり・・・




主電源接続、全回路動力伝達!


起動スタート!


手順の進行を伝えるマヤの声が興奮の度を上げていく。
見守るリツコとミサトも興奮を隠せない。


「すごいわ・・」


「誰よ、オーナインシステムなんて言ったの」


ある程度予想していたリツコでさえ、これほど順調にいくとは思ってもいなかった。
せいぜい、ぎりぎり起動レベルに達する程度と考えていたのだ。


A10神経接続異状なし!初期コンタクトすべて問題なし!


双方向回線、開きます!


「シンクロ誤差、0.3%以内です!」


「シンクロ率上昇・・10・・・20・・・30・・・40%突破まだ伸びます!


興奮の度合いを上げていた発令所が今度は静まりかえる。
シンクロ率の上がり方が尋常でないことに気が付いたのだ。

このままでは最悪・・・


「だ、大丈夫なの、リツコ」


「まだ初号機はコントロール下にあるわ。心配しないで」


「シンクロ率70%突破!・・・・72.4%で安定しました」


この時点でレイの最高記録は41%・・・
ドイツのパイロットの記録は82%だが、彼女が初めて起動に成功した時は20%にも満たなかった事
を考えると、この数値は驚異と言うしかない。

しかも、レイは七ヶ月・・アスカは三ヶ月シンクロに時間をかけた事からしても、初回でシンクロした
シンジの才能は突出していると見ていい。

少なくともごく一部の人間以外は、そう理解した。
ミサトとて例外ではない。


「エヴァに乗るために生まれてきたような子ね。シンジ君は・・」
(使えるわ、この子・・・・この子がいれば、全てを手に入れるのも夢じゃない)


「本人はどう思ってるのかしらね・・・」


「どういう意味よ、リツコ」


「戦いが好きな子に見えないわ」


「好き嫌いの問題じゃないのよ。やってもらわないと困るの・・
人類の為には」


ミサトの言葉の裏にある真意を、リツコは知っている。
彼女の真の目的と・・・・野望を。


(あなたが困るんでしょ・・・変わったわ、あなた・・私もか)





司令席の二人も、予想以上の結果に普段の冷静さを失っているようだ。
彼らのシナリオを進めるためには、ネルフの上位組織”人類補完委員会”の目を必要以上に集める訳
にはいかない。


「初号機が使えるようになったのはいいが、これでは老人達がうるさいぞ。
パイロットの尋問を要求してくるかもしれん」


「死海文書の予言が外れている所を突けば切り抜けられる。
問題ない」


「また、私にやらせるつもりか?」


「冬月先生は、老人達に人気がありますから」


「こんな時ばかり先生か・・・・・」





エントリープラグ内・・・


心が癒されるような温かいLCLの中
発令所のやり取りを聞いていたシンジは、全てが上手くいった事を理解した。

体には不思議な感覚がまとわりついている。
押さえつけられているような、身動き出来ないような不快な感覚。
それに耐えられなくなり、左手をレバーから離してぐるぐる回してみる。

同時に頭の中でもイメージしていたらしい。
高率でシンクロしていた初号機の左腕が、拘束具を引きちぎり突然動き出した。


ドガァァァン!!!


ケージの天井を構成する構造物に穴を穿つ初号機の左腕・・・
その感覚もシンジにフィードバックされている。


「何だ?何かぶつかったような気がしたけど・・・」


シンジのボケぶりとは対照的に発令所は大騒ぎ。
気の早い職員は暴走とか何とか口走っている。


「マヤ!シンクロカット!」


「はい!」


リツコの手早い判断でそれ以上の被害はなかったが、ケージの修理にかかる費用のことで総務部から
技術部へ苦情がきたのは言うまでもない。







ネルフ ドイツ支部・・・


既に何回目かも忘れたシンクロテストに挑むべく待機しているアスカは、彼女の保護者役
加持 リョウジの突然の訪問を受けた。
彼にほのかな恋心を抱く彼女は、勿論歓迎する。


「加持さん!」


「よう、アスカ。日本の本部からのビッグニュースだ」


「加持さんがそう言うって事は、よっぽどの事ね。どうしたの?」


「本部で最初に行われたサードチルドレンのシンクロテストなんだが・・」


「どうせ、初回にしては上手くいったって程度の事でしょ。
そんな事別にニュースでも何でもないじゃない」


天才と常日頃から賞賛される自分でさえ、シンクロするまでに三ヶ月かかったのだ。
選出されたばかりの人間がそう簡単に・・


「それがな、初めてのテストで起動に成功したどころかシンクロ率72.4%を記録したんだ」


「・・・・うそ」


「信じられないのも無理はないが本当だ。
今、こっちの幹部連中も大騒ぎさ」


「ふん、上等じゃない。
いくらシンクロ率が高いからって、実際の戦闘能力はアタシが数段上に決まってんだから。
本部に派遣されたら、即証明してやるわよ!」


「おいおい、敵は使徒だぜ」


「No.1はアタシ!
その・・何て言ったかしら、サードチルドレンの名前」


「ああ、碇 シンジだが・・」


覚えてなさい、碇 シンジ!





この瞬間から・・セカンドチルドレン、惣流 アスカ ラングレーは碇 シンジの存在を
その頭に刻み込んだ。

そしてそれは、一生忘れられる事はなかった。




次回 「学校


 でらさんから『こういう場合』第三話をいただきました。

 シンジ、なかなか好調なスタート‥‥って言っていいのでしょうかな‥‥。
 TV本編を上回るシンクロ率。まぁこちらのほうが好条件ですからねぇ。

 おかげでアスカを必要以上に?刺激してしまったようで‥‥

 これからどういうふうに事態は転がっていくのか‥‥続きも楽しみですね。

 でらさんに感想メールを送って続きをせがみましょう〜。

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