夕焼けだけがやたらと眩しい。
眼前に広がるのは半分近く倒壊した第3新東京市の街並と夕日に照らさせて赤く染まった芦ノ湖。
私が護った街、だけど本当は護るつもりなんて無かった街。
ただ、自分の力を見せる為に戦っていた場所。

私はこの街に来て、自分の力を顕示したかった。
色々な人達に認めてもらいたかった。
でも、結果は人に認めてもらうどころか、私はただ落ちぶれただけだった。

戦いを振り返れば、ただ無駄に足掻いてかえってみっともない醜態を曝しただけ。
アイツが完全に伸した使徒の時なんて、私は両腕を切られて悪あがきに突撃して返り討ち。
無様よね…。
そういえばあの時のシンジ。馬鹿みたいに強かったな…。
初号機が暴走する前から完全に使徒を圧していた。
動かなくなった弐号機のエントリープラグから出て見た時には、使徒をめちゃくちゃに殴っていた。
私なんてどれだけ確実に命中した攻撃を加えても、ダメージすら与えられずに負けたのに。
いつも以上に戦いの型がめちゃくちゃなシンジはあっという間に使徒を追い詰めていた。
暴走している時はシンジが戦っているとは思えなかったけど、それを差し引いてもアイツは強かった。
私は自分の力の無さと、シンジの強さを思い知らされた。
つまり、努力でなんとかしてきた私よりも、何もしなくても最初から才能のあったシンジの方が遥かに優れてたんだ。

…馬鹿みたい。

私生活だって自分の無力さを思い知る事ばかりでロクな事が無かった。
私は加持さんを追いかけていた。
男に媚を売らなかった私が加持さんには執拗に付きまとって可愛らしさを振りまいた。
ここの学校とかで外面だけはモテていた私だったから、そんな私が可愛らしさを振りまけば、加持さんだって私を見てくれると思った。
…結局、そんなの全くの無駄だったけど。
加持さんは先にお手つきしていたミサトとすっかり元の鞘に納まってたし。
いや、最初からあの二人はデキてたから、つまり私は相手にもされなかったってことか。
本当、最低。
そういえば、最近加持さんを見なくなったけど、なんだかミサトと確実にデキてるのを知ってから、どうでも良くなっちゃった。もしかして、危ない仕事してい たからどこかでのたれ死にみたいになっているのかもしれないけど、そういう風に思ったりする辺りが本当の意味で好きじゃなかったんじゃないかな、とも思 う。

なんか…イヤだな。物事に対してすっかり醒め切ってるし。
何か、全てに諦めてしまったような感じ。
このまま私、何にもならないまま駄目になっていくのかな…?

…♪…♪

…歌?

私は唐突に聞こえてきた歌声の方に顔を向ける。
そこには銀色の髪を夕日に照らされた少年が、半分崩れかけた石像の上に座っていた。

「…歌はいいね。」

「…え?」

「"Meines Herzens Trost und Saft," ―"我が心を慰め潤す"
 …そう思わないかい?惣流・アスカ・ラングレーさん?」

Johann Sebastian Bach…そう、バッハ。たしかそうだった思う。
ドイツで聴いた事あるし、ここの学校の音楽の時間でも聴いたような気がする…。

「…何で私の名前を?…アンタ、誰よ?」

「…僕は渚カヲル。君と同じ仕組まれた子供、フィフス・チルドレンさ。」

三人目の彼

- 3rd.Children love me? -

Author: AzusaYumi

渚カヲルは奇妙な男だった。
フィフス・チルドレンと聞いたから、最近顕著にシンクロ率が低下している私の代わりに来た奴かと思っていた。
でも、いざ弐号機とのシンクロテストを行ってみれば私よりもずっと低い。
私自身、最も調子のいい時のシンクロ率の半分も無かったけど、なんとかエヴァを動かす事は出来る。でも、渚カヲル…フィフスの場合は起動指数ギリギリ。辛 うじて動くかどうかの数値だった。そして何度テストをやっても彼の数値は伸びず、ギリギリの数値をやっと保っているような感じだった。
フィフスが言うには自分は予備だから、起動数値まで行けば上出来と言って笑っていたけど、マヤさんや他のネルフスタッフはフィフスのテスト結果を見て顔を 蒼し、ミサトやリツコさんに至っては険しい表情をしていた。そしてシンクロテストが終ってからというもの、ネルフスタッフの誰もがフィフスを避けているよ うな感じで、ネルフ施設の中はフィフスが姿を現す度に不穏な空気が流れた。
私もこんな空気の中で彼らの態度に疑問に思ったので、ミサトやリツコさんに尋ねてみたけど、何も言わずに首を振るばかり。
仕方ないので私はネルフ施設を落ち着き払って歩いているフィフスに直接聞いてみる事にした。

「…アンタ、何モンなのよ?」

「…僕かい?」

「とぼけないでよ!ネルフの職員がみんな避けてるじゃない?!アンタ、どっかのスパイか回しモン?
 それとも…まさか使徒って事はないでしょーね?!」

スパイとか回し者という辺りはありえそうな話だけど、使徒っていうのはさすがに無理があったかなと思った。ただ、コイツが振りまく空気というか気配みたい なものは、ファーストとなんとなく似ている。あの女も人間離れしているような感じがする。人形のように無表情という事じゃなくて、なんとなく感じる。そし て時々使徒か何かじゃないのかって思うことすらある。
そしてこいつからはそのファーストと似たような匂いがプンプンする。
でも、フィフスは訝しげに尋ねる私に笑いながら言う。

「回し者って意味がよくわからないけど、スパイって事はないよ。
 僕は誰かの命令を受けて動いたりはしないからね。
 全ては僕自身の自由意志で動いているから。」

「自由意志?どういう意味よ?」

「自分の意思で決め、自分の意思で行動しているって事さ。
 それが自分の言葉を失った他人の言葉であっても、僕は自分の意思で動いてるんだ。」

「ふーん…。」

私はコイツが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
自分の言葉を失った他人の言葉でも動く?
それってやっぱり誰かの命令を受けて動いているってコト?
言っている意味がちんぷんかんぷんでわけのわからない事だったのでとりあえず私はその話を流した。

しばらく経ったネルフ本部。何日か置き恒例のハーモニクステストが行われた。
結果は相変わらずシンジがシンクロ率断然トップ。フィフスはどん尻。
ファーストは現状維持だったけど私よりはマシ。
そう、私はフィフスよりいい程度なだけでかなり低い。正直、実戦に出るのは怖い数値だ。
とはいえ、テスト結果に不安の残る私よりも成績優秀なシンジの方が戦いに出る事が当分無い。いや、もしかしたらこのまま実戦に出る事は無いのかもしれない。
今、実戦配備されているエヴァは零号機と弐号機のみだけど、初号機は例の戦いで使徒を捕食してS2機関を得てからというもの、無期限凍結されていた。ネル フアメリカ第2支部がエヴァ四号機へのS2機関搭載実験に失敗し、周りの土地ごと消滅したのを目の当たりにすれば当然の選択だと思う。
とにかく、使徒が現れたとしても初号機の実戦配備はまずない。
つまり、シンジと初号機は戦いには出られない。出られないのに、成績だけは優秀。
私はそんなシンジを見ていたら、随分と自分がみすぼらしく見えて、それまで無駄に努力してきた事が馬鹿馬鹿しくなってきた。

ハーモニクステストが終った後、私は嫌な気分を抱えたまま体に纏わりついたL.C.Lを洗い流そうと、更衣室の隣にあるシャワールームへと足を運んだ。
すると、そこにあの男、フィフス・チルドレンこと、渚カヲルが女子用シャワールームへ入ろうとしているじゃない?!

「こ、こ、この、ヘンタイぃぃ〜〜!!」

私は速攻でこの男に向かって大声で叫んだ。
しかし、フィフスの方は全然動揺なんてしないで…それどころか、まるで子供のようにキョトンとして私の方を見る。

「…どうしたんだい?何をそんなに叫んでいるんだい?」

女子用のシャワールームに侵入しようとしていたヘンタイのクセに、この期におよんですっ呆けてんのよ!?この男は?
私は人差し指を突き出して言ってやった。

「アンタ、バカぁ!?女子のシャワールームに入って覗こうとしていたクセに!!
 それでよくもまぁ、イケイケシャーシャーとしていられるわねっ?!」

「シャワーを浴びたかっただけなんだけど、入っちゃ駄目なのかい?」

はぁ??何呆けた反応してんのよ??コイツは??

「入っちゃ駄目に決まってるでしょうがぁ!?まさかそんな事も知らない…」

「…うん、知らないんだ。出来れば教えてくれると嬉しいな。」

そう、屈託無く爽やかそうな笑顔で言うこの男に、私は開いた口が塞がらなかった。

何で私がこんな男の水先案内しなくちゃいけないのよ〜!!
その後、男子は男子用のシャワールームに入るものだとしかと言い聞かせながら、私はこの男の腕を引っつかんで女子更衣室の隣の隣にある男子用シャワールームまで連れてく羽目になった。
ちょうどシャワールームの前まで来たところで、いきなり扉が開いた。
見るとシンジが扉を開けて出てくるところだった。髪は濡れていて、湯気がほこほこと上がっている。どうやらシャワーから上がったばかりみたいだ。
私は即座にシンジから視線を逸らした。

コイツとは最近話なんてしてない。一緒に暮らしてはいるけど、会話は必要最低限。
顔を合わせればまず私の方が口も聞かないでシンジの横を素通りして行ってしまう。
…正直、コイツとは口を利きたくなかった。
私が手も足も出なかった使徒を倒したシンジ。
シンジにあれだけの強さを見せつけられて、私は自分の力の無さを思い知らされた。
なのにシンジは前と変らず、私に対しておどおどとした態度を取る。
何の努力もしないで私よりもいい結果を出しているのに、何でそんな態度を取るのよ?
顔色なんて見る必要無いじゃない、アンタより劣ってるんだから。
顔色見られても…嬉しくない。
それに、落ちぶれていく自分をこれ以上コイツの前に曝すことのはイヤ。
…イヤだ。コイツの側に居たくない。

シンジは私とフィフスを見て、何か言いたげな表情をしたけど、結局はそのまま何も言わずに更衣室の方まで行ってしまった。

私はその後、シンジとは口を利かずに避けるようにして、よくネルフ本部に通った。
そしてネルフに行くと何故かいつもフィフスが居て、会う度に珍問答と珍行動を繰り返していた。
最初の頃なんか、女子トイレに出入りしてネルフの女性職員をビビらせていたし、食堂に行けば左手で箸を使い始め、「アンタは左利き?」と聞けば「右手で使 うものなのかい?」とか言うし、自販機コーナーでポケットに手を突っ込んだまましばらく佇んでいると思えば、「使い方が分からなかったんだ」とか言うし、 なんというか、天然通り越して記念物とすら思えるような事をしでかしていた。
おかげ様でコイツを観察するのも、普通の人なら常識的な事をわざわざ教えたりするのも凄く面白くて可笑しかった。
ある意味、辛気臭いシンジの顔を見るよりはこの男と一緒に居る方がずっと楽しい。

そうしているうちに私のシンクロ率は少しずつではあるけど回復していった。
逆にシンジの方は最近低下傾向、芳しくない。
それでも私は気持ち的にシンジを気遣える程の余裕までは無かった。
それにシンジの場合は元々が高かったから今の私よりも良い成績である事には変わりない。
…でもなんでアイツ、シンクロが落ちてきたんだろ?
まさか…。
私はふと余計な事を考えた。
でもそれはありえない。アイツに限って絶対に。
そう思い直して考えるのを止めた。

何日か経ったネルフ本部でシンクロテストが終った後、そろそろ帰ろうと更衣室を後にしようとする私に、フィフスが相変わらずの屈託の無い笑顔をしながら声をかけてきた。

「やあ、こんにちは。」

…なんだかいつも更衣室の廊下でコイツと出くわす…。
気のせい?

「なーにが、コンニチハよ!いっつも更衣室の辺りをウロウロして。
 アンタいつになったらここの内部構造覚えるのよ?」

そしたらフィフスはまったく気にもしてないとばかりに笑う。

「知らない事が多いんだ。だから覚えなきゃいけない事も多くてね。
 それよりさ、僕の住んでいる宿舎なんだけど、炊事場の使い方が判らなくてね。
 一緒に使い方とか、作ったりするの、教えてくれないかな?」

教えてくれってねぇ…。
私は料理なんてロクにしたことがなかった。家に居る時はほとんどシンジが作っていたし、最近アイツの事を避けるようになってからは外食ばかりになってい た。自分で料理を作ろうという気は毛頭ない。ドイツにいた頃だってネルフ施設と学校、自宅を行き来してその中で勉強と訓練だけに勤しんでいたものだから、 何も作った事が無い。
その為か、自分で作れるものといえば目玉焼きとか、ゆで卵とか、スクランブルエッグとかそんなくらい。作った内に入るのかすら判らないようなものばっかり。
…どうしたものかな。

「…私、作れるものなんて無いわよ?」

一応、正直に言っておいた。
どうせ強がって大口を叩いても、一緒に作ればボロが出るだろうし、それに普段やってない事をいきなり『出来る』と豪語するほどバカじゃない。

「一緒に作った方が楽しいだろ?一人じゃ寂しいからね。」

この男、何を考えているのか、満面の笑みを浮かべてそう言ってきた。
まぁ、確かに。一人よりは二人の方が良いかも知れないけど…。
って、なんだかこれって誘われているような気がするけど…気のせいかしら?

私がしばらくの間悩んでいると、間の悪い事にシンジが男子更衣室からひょっこり出てきた。
うわ、今一番会いたくないヤツ!!
私はそう思ったのだけど、シンジの方が私とフィフスを見るなり、眉を顰め、身を翻すようにその場を立ち去ろうとする。

「あ、シンジ君。ちょっと待って。」

呼び止めなくてもいいのに、フィフスがシンジに声をかける。
呼び止められたシンジはゆっくりと振り向き、ファースト張りの無表情とそっけない口調でフィフスに応える。

「…何?」

「今、一緒に食事を作らないかってセカンドを誘ったんだけど、シンジ君もどう?」

これを聞いたシンジは、視線をフィフスから剃らしながら私の方をチラチラと見る。
私とフィフスを見た瞬間はいかにも嫌そうにしていたのに、いざ改めて私の顔を見たら途端に顔色を見ようとする。しかも、何か言いたげな様子でだ。
人の顔色なんて見なくていいから言いたい事があるなら言えっていうのよ!
私の顔色を伺おうとしているシンジを、鋭く睨みつけた。
するとシンジは私を見るのを止めて視線を斜め横に逸らしながらぶっきらぼうに答える。

「…僕は…いいよ。ミサトさんの分の夕飯、作らなきゃいけないし…。」

「…ミサトなら今日は夜勤。アンタ、聞かなかったの?」

私は可笑しくもない笑みを浮かべてシンジに意地悪く言ってやった。
今日は夜勤…。シンクロテスト前にミサトがシンジと私に向かって直々に言っていた。
まさかそれを即忘れるほど物覚えが悪くなった、なんて事はないはず。

「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ!
 わざわざ見え透いたウソなんてつくんじゃないわよ!」

私がどなりつけてやったらシンジは視線を剃らしたまま少しの間黙っていたけど、唐突に口を開いた。

「…誰とも一緒に居たくないんだ。悪いけど僕、帰るよ。」

そういってシンジは鞄を両手に抱え、踵を返してそのまま走り出した。
バカシンジ!とことんムカツク奴…!
私は走り去っていくシンジの後ろ姿を見ながら行き場の無い苛立ちに、唇を噛み締めた。
そんな私達の様子を黙って見ていたフィフスがいきなり私に話しかけてきた。

「…ねぇ。君達はどうしてそんなに互いを避けあうんだい?」

しばらくシンジの去って行った後を見ていた私はいきなり振られた話に、少し驚いた。
避けあう?そりゃあ、私がシンジの事を気に入らないから…。
だけど、何?この、含みたっぷりな物言いは?

「…どういう意味?」

「見たままさ。 でも、君達は互いをいつも目で追うようにしている。
 本当は君やシンジ君は互いに寄り添いたいんじゃないのかい?」

「な、何言ってのよ?!んなハズないじゃない!!アンタ、バッカじゃないの?!」

「違うのかい?」

「違うわよ!!バカ!!」

私はそうフィフスに怒鳴りつけ、シンジと同じように鞄を抱え込んで走り出した。
私やシンジが側に寄り添いたい?
そんな筈はない。少なくともシンジの事が嫌いな私は違う。
…嫌い?
…本当に嫌い?
…何が嫌い?何処が嫌い?
違う。アイツは嫌い。大っ嫌い!!
私よりずっと活躍していて、何もしなくても皆に認められて、私より…。
なのに、なんで私の顔色ばかり伺うのよ!
私は嫌い。アイツの全てが嫌い!ムカツクのよ!!アイツの言葉が、態度が、心が!!
アイツの何もかもが!!

私は懸命にシンジへの憎悪を思い起こしながらネルフを後に、家路に向かって…。
…いや、本当は何処だって構わない。
私はただ、闇雲に何処かを走りたい、そんな気分だった。

結局、あのまま電車でぐるぐると第3新東京市の中を何周かしてからコンフォート17まで帰ってきたのが午後十時過ぎ。シンジは多分、とっくの昔に帰ってきているな。それどころかもう寝てるかも?とか思いながらも玄関を開けた。
玄関のドアを開けるとダイニングから光が洩れているのが見えた。
…アイツ、まだ起きてるの?

私は『ただいま』の挨拶もしないでダイニングに入っていくと、シンジがダイニングテーブルで手を前に組んで顔を伏せながら座っているのが見えた。
私がすぐ近くまで来ると、シンジはゆっくりと顔を上げた。
何か、暗くて重苦しい表情。
何でそんな顔すんのよ?何でそんな風な顔をするのよ?
シンジの暗い表情に、私の心は何か揺れ動かされたような気になった。
…違う。本当は、コイツは…。

顔を上げたシンジは私の顔を見た途端に無理やり笑顔を作って見せた。
いつもそうだ。私がどれだけ無視しても、顔や目を合わせたらコイツは笑顔を見せる。
何でよ?何でそんな顔するのよ?
コイツの笑顔を見たら気持ちが揺れる。
…違う。本当は、コイツは…。

私はなるべく冷たく突き放すようにシンジに向かって言った。

「…何よ?」

「…ご飯…もう済ませた?」

「…食べてないわ。」

「カヲル君と一緒に食べてきたんじゃないんだ。」

この一言を聞いて、何だか今日のシンクロテスト後の事を蒸し返されたような気になって私は眉を顰めた。

「…何よ。フィフスと一緒にご飯食べてこなかったのがそんなに嬉しいの?」

「そういうわけじゃ…。あ、アスカの分の夕飯、一応作っておいたんだ。」

そう言ってシンジは冷蔵庫の方に向かっていそいそと歩き始める。
せっせと冷蔵庫から私の分の夕飯を取り出すシンジを見ていたら無性に哀れっぽく見えた。
私よりも強くて私よりも優秀な無敵のシンジ様なんだかそんな情けない姿を見せないでよ!
私はそう言いたくなった。
でも…言えない。言いたいのに言えない。こんな姿を見たら余計に。

「…いい、要らない。明日の朝にでも食べるからそのまま冷蔵庫に入れといて。」

「…そう。」

私の言葉に、シンジは少し寂しそうにしながらテーブルの上に置いた食事をそのまま冷蔵庫へ戻して行く。
そんな顔しないで欲しい。
そんな顔…見たくない!

「…辛気臭いからそんな顔、しないでよ!」

シンジの寂しげな顔を見ていたら私はうっかり口を滑らせた。
私は言ってから後悔したけどもう遅い。それを聞いたシンジが顔を上げて一瞬縋るような哀しげな表情をしてから、視線を下に落とす。

「…ごめん。」

「あ、謝らなくてもいいわよ!」

「…ごめん…。」

「あ〜もう!謝らなくてもいいって言ってるじゃないのっ!」

「…うん…。」

シンジはしばらく考え込むような素振りをした。
そして何かを思い立ったのか、おもむろに口を開く。

「…アスカは、僕の事が嫌い?」

「はぁ?」

「…やっぱり、嫌い?」

何を言い出すかと思えば、嫌い?
それが分かれば苦労しない。
大体、今日意味も無く第3新東京市中を徘徊する羽目になったのは誰のせいだと思ってるのよ。
それにその陰鬱そうな顔つき、それで顔色見られた日には私の方が憂鬱になる。
私の顔色を伺っている今のコイツは嫌いだ。

「…嫌い。今のアンタは大っ嫌いよ!」

これを聞いたシンジは、また寂しげな顔をしてさっきよりももっと深刻そうに再び考え込み始めた。
頼むからそんな顔して悩まないで欲しい。ここに居づらくなる。
何を考えていたのかシンジは再び口を開く。

「……じゃあ、カヲル君は好きなの?」

はあ? 何言ってんのよコイツ? 私がアイツの事を好きだぁ?!
そりゃあ天然ボケっぷりは面白いけど。でもだからって好きって程でも無い。
って、コイツ、もしかして…?

「…アンタ、焼いてんの?」

「…違うよ…。」

気力無さそうにしてはいたけど、シンジはすぐに応えた。
いつもなら私の言っている事が図星ならたじろぐシンジなのに…何なのよ?
つまり、焼いてはいないって事?
嫉妬しているんじゃないのなら、何で好きとか嫌いとか聞くのよ?
それに何か諦めきったような言い方だ。

「じゃあ、何だっていうのよ?!」

「…あ、いや、ごめん。何でも無いんだ。」

「何でもないって、何かあるんでしょ?」

「いや、本当何でも無いんだ。
 変な事言っちゃって、ごめんね。僕、もう寝るよ…。」

「…って、ちょっと…!」

呼び止めようとする私の手を振り切ってシンジは自分の部屋に戻って行った。
私はシンジを問い詰めてやろうかと思ったけど、うな垂れたような、疲れたような様子で自分の部屋に戻っていくシンジを見ていたら、私は何かを聞きだす気になれなくなった。

明け方近く、第一種警戒態勢と使徒襲来を知らせる警報が鳴り響いた。
ベッドの上で夢現、浅い睡眠を取っていた私の目が一気に醒める。
…使徒?!まだ来るの?
私は飛び起きてシンジの部屋の襖を勢いよく開ける。

「バカシンジ!!使徒よっ!!」

そう言ったものの、シンジの部屋のベッドはもぬけの殻になっていた。
先に起きた…?
…いや、違う。アイツは私なんかよりも有事の際の反応が遅い。前ほど鈍くは無くなったけど、私ほど即行動には移せない。

「ちょっと!シンジ!!何処よ?!」

私はマンションの部屋中に響くような大声を張り上げて名前を呼ぶ。
でも、返事が返って来ない。

「バカシンジ!何やってんのよ?!」

私は大声を張り上げながらマンションの部屋中を探し回った。
…居ない。何処かに出かけて行った?
私は慌てて携帯を取り出してシンジの電話への短縮ダイヤルを押した。
途端にシンジの部屋の中から着信音が鳴り響いた。
…あんのバカ!!携帯置いてどっかに行った?!

私はシンジを探そうと思って外に出かかった。
でも、マンションの外では警報が鳴り響いている。
ダメだ。アイツを探している時間は無い…!
私は慌てて準備をすると、そのままネルフに向かってマンションを飛び出した。

続く???

初稿: 2005/08/28 AzusaYumi


AzusaYumiさんからカヲル接触なお話をいただきました。

このカヲルはアスカに接触しようというのでしょうか……まさに人類の敵ですね(笑)

シンジ君が逆襲してアスカを奪回して欲しいところでありますが、そのへんは後編に期待でしょうか。

AzusaYumiさんに感想メールを送って、すてきな後編も是非執筆していただきましょう〜。

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