第十五話  アルカディア

あぐおさん:作

その日シンジはマナを呼んで屋上に来ていた。
「マナ、君の依頼の件だけど、ネルフは動いてはくれないだろう」
「じゃあどうするのよ」
「・・・別の、第三勢力に動いてもらおうと思って今、コンタクトをとっている」
「そんなコネクションがあるの?信じられないわね・・・」
「あそこから離れてそれなりに経てば、コネクションのひとつやふたつできるさ」
「さっすがシンジ君!頼もしいわね!うまくいったらお礼に一回だけなら抱かせてあげるわよ」
マナは舌をペロリと出して誘惑する。シンジは興味がなさそうに顔を背けた。
「・・・興味ないよ」
「体のこと心配してくれるの?大丈夫よ。もう子供じゃないから・・・」
「大人の都合っていうの?相変わらずだね・・・そっちは」
「・・・もう私達の仲間はシンジ君も含めて3人しかいないの。あとはみんな死んだわ。だからシンジ君に頼るしかないの」
「・・・近々連絡が来ると思うから、そのときに伝えるよ。ムサシによろしく言っといて」
「わかったわ」
会話をしているシンジとマナを遠くからみている人物がある。アスカだ。最近クラスではアスカからマナにシンジが乗り換えたのではないかという噂がたっている。おかげでシンジに対する評価は下がりっぱなしで女ったらしのイメージがついてしまったが、シンジもマナも元よりそのつもりはないので相手にもしていない。しかしアスカは別だ。アスカはずっと彼らの動向を気にしている。シンジが他の女と話すことも笑いかけるのも嫌で仕方がない。アスカは奥歯を噛み締めた。



男鹿半島15キロ沖合にあるとある島。そこは日本国領海内にあるにも関わらず日本の地図に載らない島がある。通称アルカディア。そこは前政権時に脱走した科学者や兵士、或いは一般市民が逃げ込んだ正に理想郷というべき島だ。そこは夜警国家体制をしいており、日本国の憲法が及ばない。元々はデザインヒューマンの失敗作「フェンリル」の廃棄処分上だったが、前政権の有力者の気まぐれでそこに人が住むようになり、幾度となく当時の日本と戦争を交えて独立した場所だ。そこではすでに5000人以上の人が住んでおり、埋め立て工事により島は以前の約1.5倍に大きくなっている。そこには世界中から国を追われた、或いは祖国に見切りをつけた科学者や兵士が逃げ込んできている。
そこに一人の男がいる。武骨者を絵に書いたような外見でその体は逞しい。畑仕事に精を出すその男にひとりの男が彼に話しかけてきた。
「長~いい魚が上がったんだ。今夜一杯どうだい?」
「そうですか、それではお邪魔しましょうか」
彼の名は山下マサト、元海軍少佐でミンダリオ海戦の英雄にしてアルカディアのリーダーである。彼の下アルカディアは一枚岩となっている。一度はその島の人達の信頼を失ったが、戦自との戦で最前線に立ち続け信頼を勝ち取った。その功績の影にキョウシロウがいるのはその島に住むものなら誰もが知っている事実である。彼の妻が彼に走りよってきた。
「あなた~」
「おお、メグミか。どうしたんだ?」
「白鳥さんから連絡がきているわ」
「白鳥さんから?なんだ?」
山下は畑仕事を切り上げると家路を急いだ。山下と白鳥はキョウシロウを通じて知り合った親友のひとりである。彼の同期でありライバルというだけでも山下は白鳥に畏怖と敬意を持って接している。
「白鳥さん、お待たせしました」
『久しぶりだね。山下さん、実は頼みたいことがありましてね』
「白鳥さんの頼みならお安い御用ですよ!なんでしょうか?」
『実は2名ほど匿っていただきたい人物がいます。少年と少女で俺達の後輩にあたります』
「なるほど・・・わかりました。ではどのような手筈を取るのですか?」
白鳥は山下に手筈を説明している。
「ネルフの人間も関わるのですか?あそこはいい噂は聞きませんが、大丈夫ですか?」
『ああ、ネルフの加持という男は協力者だ。キョウシロウの話だから大丈夫だろ』
「おお!キョウシロウさんの仲間でしたら問題ないです。では、合図だけお願いします。そうそう白鳥さんもたまには遊びに来てくださいよ!歓迎しますから」



放課後、シンジは白鳥と待ち合わせをして話を聞いている。
「では・・・追跡を逃れるように“死んだ事”にするんですね?」
「そういうことだな、その工作にはシンジ君も参加してもらう」
「しかし・・・うまくいくのですか?あの戦自がネルフに協力を依頼するとは思えないのですが」
「そこは大丈夫、加持さんに働きかけてもらう。それに・・・エヴァを使わない限りあの陸上巡洋艦は触れることもできないことは戦自のお偉いさんも重々承知さ」
「それで?ムサシ達が脱出したあと、その巡洋艦をオートで動かすプログラムは誰が組むんですか?」
「シノさんだよ。彼女なら一週間もあれば完成する。ぶっつけ本番だけどな」
「わかりました」
「うん?もうこんな時間か、ほら、学生は帰った帰った。アスカちゃんを待たせているだろ?」
「そうですね。お腹を空かせているかと思いますので、これで失礼します」
シンジは白鳥と別れると家路を急いだ。



廃ビルの一室に加持とキョウシロウがいる。
「俺に戦自にネルフに依頼をしろと言うのか。そりゃできなくもないが」
「頼むよ。この作戦のキーだからな。それと、加持さんが欲しがっていた八角博士の日記の一部をコピーしたものだ。原本は流石に無理だったよ」
「コピーだけでもありがたいさ・・・どれどれ?」
(葛城調査隊の目的はS2機関の実験か・・・確かにS2機関が実用化できれば、今のエネルギー問題は一気に解決できる。しかし、真相は・・・セカンドインパクトを起こすことだって!?)
「廻さん!これは!」
「・・・続きを読みなって」
(セカンドインパクトを起こして人類の保管をする予定だったが、失敗に終わる・・・中途半端な結果が今の現状か・・・八角博士は時期尚早としてゼーレに計画の延期を打診、しかしそれが切欠でキール議長と八角博士の蜜月が終わるか・・・この段階で八角博士は仮にサードインパクトを起こしても失敗することを予見している。理由は・・・いくら科学が進歩しても神にはなれないからか)
加持は大きく息を吐いた。
「人は神にはなれないか・・・全くもってその通りだが、人は神に近づこうとして、罰が当たったということか」
「平たく言えばそういうことだな。俺も驚いたよ。既に“人類補完計画”は失敗していたとはいえ、一度アクションを起こしていたとはな」
「だが、ゼーレは諦めていない・・・そこまでこだわる理由はなんだ?」
「それは・・・後ろの方にキール・ローレンツの経歴が書いてある」
「・・・・これは!」
「そう、キールはボスニア内戦の生き残りだ」
「あの地獄の生き残りか・・・」
「あそこを体験してキール・ローレンツは“何故差別が起こるのか”考えたそうだ。理由は山ほどある。経済、身分、人種その他諸々だ。そして、人類補完計画はそれらの問題を一気に解決するリセットボタンみたいなものだな」
「いやはや・・・こんなに根の深い話とは思わなかったよ・・・葛城の敵は・・・ネルフそのものじゃないか」
「気に入ってくれたかい?」
「ああ、大いにな。また頼むよ。廻さん」
「加持さん、アンタ、ゼーレと手を切ったんだろう?それじゃ近いうちに殺し屋が飛んでくるぜ。秘密を知っている人間を生かしておくほど、甘くはないはずだ」
「そうだな・・・気をつけるとしよう。こんな俺のことをずっと待ってくれていた女がいるからな」
「・・・幸せになれよ」
「ああ、ありがとう」
加持は照れるように笑った。まだ死ぬわけにはいかない。加持は心に誓った。必ず生き延びると。



シンジが帰宅すると暗くなっているのに明かりがついていない。
(アスカまだ帰ってきてないのかな?)
シンジがダイニングの明かりをつけるとテーブルにアスカが頬をついて座っていた。
「アスカ!何やってんだよ。電気もつけないで」
アスカは何も言わない。シンジは不機嫌なことを察し、それ以上何も言わずに夕飯の準備を始めた。夕食が並べられるとアスカは何も言わずに黙々と食べる。シンジは夕食を食べながらアスカの不機嫌の原因を探って今日の出来事を思い返してみるが思い浮かばない。重苦しい空気だけが部屋に充満した。夕食が終わると早々にお風呂に入る。シンジは片付けをしている。片付けが終わると後ろから声をかけられた。
「シンジ」
振り返るとアスカがバスタオルを巻いたままの姿で立っている。
「アスカ、そんな格好してたら風邪ひいちゃうよ」
「・・・アンタ・・・霧島さんのこと、好きなの?」
「え?・・・何言っているんだよアスカ。別にどうも思っていないよ。ただのクラスメートさ」
「彼女・・・可愛いものね・・・」
「だから、そんなんじゃないって言ってるだろ?」
「じゃあ何であんな女とベタベタするのよ!」
「アスカ・・・」
「ねえ・・・アタシのこと、可愛いって言ってよ」
「アスカ?」
「ねえ・・・言ってよ。カワイイって・・・」
真っ直ぐにシンジを見つめる青い瞳、バスタオル一枚の彼女の姿に目のやり場に困る。アスカは一歩ずつ近づいてくる。
「ねえ・・・言ってよ・・・言いなさいよ」
「お願いだから服着てよ。目のやり場に困るよ・・・」
「アタシのことカワイイって言ってよ。・・・言ってよ・・・」
アスカはシンジの服を掴み胸にしがみついた。
「言ってよ!アタシのことカワイイって言って!言いなさい!言え!バカシンジ!」
青い瞳に涙を浮かべながら懇願するアスカ、シンジはアスカを抱き寄せて頭を撫でる。
「決まってるじゃないか。アスカはカワイイよ・・・僕が言わなくても・・・わかってるじゃないか」
「・・・言葉にしてよ・・・アタシのことカワイイって・・・アタシが一番だって・・・」
「うん・・・アスカが一番、可愛いよ」
シンジの腕の中ですすり泣くアスカ、シンジは腰を引いて彼女を抱きしめた。
(僕のエントリープラグが暴走している不具合について・・・誰か僕を助けてよ!)



???
『シンジ君がネルフ以外の所と協力してくれるって』
『マナ・・・シンジまで利用したんだな・・・あいつは関係ないだろ!なぜ巻き込む!』
『仕方ないじゃない!私達が幸せになるには、これしか方法がないの!そのためだったらどんな糞みたいな男とも寝るし、何万ガロンの血も油も流すわ!』
『あいつは俺たちの最後の仲間だろ!俺がなんとかする!俺がなんとかするから!もうこんなことは辞めてくれ!』
『もう無理よ・・・もう・・・賽は投げられたのよ・・・・』
『マナ・・・』
『近いうちにシンジ君から連絡があるの。それを聞いたらまた連絡するわ』
「シンジ・・・すまん・・・マナ・・・もうこんなことはさせない!」



次の日、学校の屋上でシンジはマナに作戦内容を説明した。
「本当に存在したのね。“アルカディア”、国を追われた人達の最後の理想郷が・・・私たちにピッタリじゃない」
「うん、ただ、今のままだといずれ追跡がそこに感づく。そうなると厄介なことになりそうだからね。霧島さんとムサシは戸籍上死んでもらうことになるよ」
「・・・そう言って、私達を殺すつもりなんでしょ・・・」
「そのつもりなら、もう君は生きていないよ・・・」
「さすが“亡霊”、言うことが違うわ・・・信じていいのね?」
「仲間たちに誓って」
シンジはそう言うと手を軽く上げて宣誓のようなポーズをする。マナはニコリと笑った。
「なあ・・・霧島さん、なんでムサシはこんなことしたんだ?」
「・・・聞きたい?」
「ああ、試作機とはいえ陸上巡洋艦を奪って逃走するなんて・・・ムサシがなんの理由もなくやることじゃない。もしかして・・・僕たちをこんなふうにした社会に対しての復讐?」
マナは手すりに手をかけると遠くの景色を眺める。
「違うわ。シンジ君ならわかるでしょ?ムサシはそこまでバカじゃないわ。ムサシは・・・私のために戦自と戦争をやろうとしているのよ。震電は今の戦自の通常兵器では手も足もでないわ。有効な手段としてN2地雷くらいでしょうね。そこまでの火力がないとまともに傷一つもつきはしないの。しかも動力は熱核型原子炉でほぼ無制限。この機体はハイスペックすぎてムサシ以外の人は乗れないわ。もちろん私達の仲間も何人も候補にあげられた。でもみんな壊れた。壊された仲間は生きているのかすらわからない。私も・・・パイロット候補だったけど、体を壊して候補から下ろされた。そして私は・・・スパイとして養成されたのよ。無理矢理女にさせられてね。それがムサシは許せなかった。ムサシと私は付き合ってるの。ムサシは私をこの呪縛から解き放つために・・・」
「そういうこと・・・か・・・ミリヲタのケンスケが聞いたら卒倒しそうな内容だね」
力なく笑うシンジ、そこへ緊急警報の合図が鳴った。
「これは・・・まさか使徒?」
「シンジ!」
アスカが屋上に飛び込んできた。マナの姿を見てムッとしたが構っている余裕がなさそうだ。
「どうしたの?アスカ」
「今ネルフから連絡が入って出撃よ!」
「使徒!?」
「それが・・・違うのよ・・・戦自からの要請で・・・巨大ロボットの捕獲、もしくは破壊だって」
「なんだって!?」
シンジに戦慄が走る。まだ計画の準備段階にも関わらずムサシが動いた。マナはいてもたっても居られず走り出した。
「霧島さん!クソッ、行こう!アスカ!」
「・・・・・」
アスカは動かない。
「何やってるのさ!」
「シンジ・・・あとで全部話してくれるわよね?」
「・・・・・・」
「アンタと霧島さんが何か企んでいるのは気づいてた。でもそれがなんなのかようやく分かった気がするわ。終わったら全部話をしてよね。アタシの知らないところでアンタが動いてるのが気に入らないの」
「わかったよ・・・アスカ」
シンジとアスカはすぐにネルフへと向かった。



「くっ!俺が橋渡しするまえに事態が動くとはな・・・」
加持が苦虫を潰したような顔をしている。加持、キョウシロウの思惑通りに戦自はネルフに協力を依頼してきた。だがそれがシナリオとは実質大きく離れたものだ。戦自の新型をエヴァが捕獲するというシナリオは一緒だが、最終的には八百長を仕掛けてあたかも震電が自爆、もしくは破壊するのが彼らの描いたシナリオ。この場合パイロットの安全は確保されたものだが、今回はそうではない。パイロットの安全の確保どころか八百長も仕掛けられない。戦自としては倒せれば新型が暴走した、或いは戦自内部にテロリストがいて新型を奪ったということにしてトライデントそのものの隠蔽を計る。もしエヴァが倒されればネルフは無能と酷評し、散々ネルフに流れた資金を取り戻すことをするだろう。どちらに転がっても旨みのある話だ。
(最悪は・・・シンジ君たちに汚れてもらうしかないか・・・)
加持は冷静に分析をした。



『目標、芦ノ湖より箱根新道をつたって真っ直ぐ小田原へ進行中!』
『戦自、湯本にて2個師団を展開!迎撃体制に入りました!』
「エヴァのパイロットは?」
『まもなく着きます』
続々と入る震電の情報と戦自の情報、先日の爆発事件の首謀者は今追っている戦自の機体であろうとミサトは睨む。最近ではミサトが積極的に戦自、及び国連軍とコンタクトを取り前のような険悪ムードはいくらかは払拭できている。しかし、未だ将校の間ではネルフに対する対抗意識や嫌悪感が強いのが現状だ。そこにきてこの騒動だ。ミサトは何か裏があると睨んでいる。
「戦自はこの機体の破壊を求めているわ。パイロットの生死は問わないそうよ」
リツコがミサトに戦自の要望を伝える。新型を隠れて制作していたのも気に入らないが、清々しいほど割り切った対応が頭では理解しているが、心情的に気に入らない。ミサトにゲンドウが話しかける。
「葛城三佐」
「はっ!」
「なんとしてもネルフであの新型を叩き潰すんだ。これ以上奴らの好きにさせるな」
「はっ!」
(所詮は政治の駆け引きの延長戦か・・・今は協力して使徒を倒さなきゃいけないのに、人間同士でなにやってるのよ!人の敵は人・・・か・・・)



シンジ達はネルフに着くとすぐに着替えて風祭にて待機している。
『いい?みんな、今回の作戦は戦自の新型“震電”の破壊よ』
「破壊って・・・パイロットはどうなるのよ!」
『・・・生死は問わないそうよ』
「やっぱりね・・・」
シンジはため息をついた。
「目標、肉眼で確認」
レイの言葉に緊張が走る。
『いい?ひとりでなんとかしようなんて思わないで、1対3よ。できるだけ・・・殺さないで・・・』
エヴァ3機はフォーメーションを組んで迎撃体制を取る。相手もスピードを緩めて様子を見ている。ジリジリとお互いが距離を詰める。
互いの射程距離に入ったその瞬間、震電がバック走行に切り替わり距離を取った。予想外の動きにアスカが前に出る。
「待ちなさいよ!」
アスカが手を伸ばして走り出したその時、方向転換をしてバックのまま弐号機に体当たりした。
『弐号機!右前腕負傷!』
次に震電はまた方向転換し初号機へと向かう。
「ムサシィィィィ!」
シンジが叫ぶ。シンジはATフィールドを展開し衝撃に備える。震電はそのまま初号機に体当たりをした。ATフィールドに阻まれ体当たりは届かない。
「ムサシ!僕だよ!シンジだよ!」
シンジはムサシに通信で呼び掛ける。
『シンジ?シンジなのか!』
「そうだよ!碇シンジだよ!ムサシもうやめてよ!その機体から降りてよ!」
『それはできない!俺にはやならきゃいけないことがあるんだ!』
「霧島を助けたいんだろ!?彼女から聞いたよ。今その算段をやっているから!投降してよ!ネルフがムサシを保護するから!」
『それだけじゃない!俺は!奴らに復讐してやるんだ!俺たちがどんな苦しい目にあってきたのか思い知らせてやる!シンジ!邪魔をするな!』
シンジとムサシが膠着状態の中零号機がプログナイフを装備して震電を攻撃するが、逆にナイフがかけてしまった。
『プログナイフ破壊されました!』
『なんて装甲なの!?』
これで現状ではエヴァでは震電に傷ひとつつけることができない。
震電はターンすると初号機を振り切り逃げた。それを追う初号機、距離はどんどん離されていった。



ムサシが目指しているのは厚木にある基地である。そこは戦自の中核を担う重要な施設だ。ムサシはそこを完全に破壊しようと企んでいる。国道に沿って北上する震電、すると見慣れた人物が道路の真ん中で立っている。マナだ。マナはムサシの通るであろう道に先回りしていたのだ。
「マナ!」
ムサシはコックピットを開けるとマナを迎え入れる。
「ダメじゃないか!こんなところにいちゃ!」
「私も一緒に行く!ムサシだけ行かせない!」
「ダメだ!帰れ!マナはここにいちゃいけない!」
「死ぬつもりなんでしょ?厚木で自爆するつもりなんでしょ!?わかってるわよ!ムサシのことだからわかるわよ!私も連れていって!もう・・・ひとりは嫌なの・・・」
ムサシはマナを強く抱きしめる。二人はそのままコックピットの中へと消えた。



震電を追いかける初号機、もう肉眼では確認できないほど遠くに行っている。ミサトから通信が入る。
『シンジ君!引き返して!その先には戦自が仕掛けたN2地雷があるの!爆発したら一溜りもないわ!』
「でも!」
『これは命令よ!』
「出来ません!追跡を続行します!」
シンジは通信を切った。ミサトの通信が終わるのと同時に別の通信が入る。ムサシからだ。
「シンジ・・・」
「ダメだ!ムサシ!その先にはN2地雷がある!行っちゃだめだ!」
「シンジ・・・最後まで迷惑をかけてすまない・・・俺は・・・いや、俺達とはここでお別れだ」
「ムサシ!」
「シンジ君」
「霧島!」
「ありがとう。私達のこと、こんなにも心配してくれて・・・でももう大丈夫、私にはムサシがいるから・・・だから・・・シンジ君は・・・最後まで生きて。私達の・・・仲間たちの分まで生きて」
「待ってよ!そんな簡単に死を選ぶなよ!行くんだろ?“アルカディア”に!諦めるなよ!」
「・・・もういいの・・・私達が幸せになるには、こうするしかないの・・・ごめんね・・・ありがとう」
「霧島あああああああああああああ!」



通信が途絶える。そして遠くには巨大に火柱が上がった。シンジは呆然とその炎を眺めていた。



夜葛城家
アスカがお風呂から上がるとバビンスキーがリビングで調べ物をしている。
「シンジは?」
バビンスキーは首を横に振る。アスカはシンジの部屋を開けた。中には電気もつけずに壁にもたれかかり座ったシンジがいた。アスカは何も言わずにシンジの隣に座る。どれほどの時間がたったのだろう。シンジがポツリポツリ話し始めた。
「仲間だったんだ・・・昔の・・・昔の辛い時代を一緒に過ごした・・・仲間だったんだ・・・」
「そう・・・」
「ムサシは・・・最初にできた初めての友達なんだ。霧島は・・・当時は男だと僕は思ってた。転校してきたときに、初めて女の子って知ったよ」
「そう・・・だったの・・・」
「みんな・・・いい奴でさ・・・でも、いい奴ほど・・・早く死んでさ・・・みんな・・・死んで・・・死んじゃって・・・・」
アスカはそっとシンジの頭を自分の胸に抱き寄せた。
「シンジ、泣きたいなら泣きなさい。胸、貸してあげるから。今日はアタシがアンタのこと守ってあげるから・・・今夜は・・・思い切り泣きなさい」
アスカの言葉を合図にシンジは泣いた。思い切り泣いた。枯れたと思っていた涙は止まることなく溢れ出た。アスカは優しくシンジの頭を撫でた。



二日後、学校では突然消えたマナのことで話がもちきりだった。スパイ説やテロリスト説など話題は尽きない。当然シンジの所にも真相を話してもらおうとこぞって人が押し寄せたがアスカがそれをシャットアウトしていた。シンジの耳には入れるべきものじゃない、そう判断したからだ。休み時間、シンジの携帯に電話が鳴った。シンジはその電話を驚きをもって聞いていた。電話が終わるとシンジはアスカのところへ向かう。
「アスカ、早退しよう」
「・・・・え?」
「いいから、行くよ」
「ちょっ!どこ行くのよ!」
シンジとアスカが校門に出ると一台の車が彼らの前に止まった。
「シンジ、久しぶりだな。元気だったか?」
「キョウシロウさん!」
「え?この人が育ての親?」
「ああ、惣流アスカ・ラングレーさんだろ?シンジから話は聞いていたが、確かに可愛い子だな」
「な!・・・あ・・・」
キョウシロウの言葉に思わず顔を赤らめる。二人はキョウシロウに言われるがまま車に乗った。
「それで、どこ行くのよシンジ」
「おいおい、シンジ話してなかったのかよ」
「あははは・・・忘れてた」
「今回の騒動の首謀者、ムサシ・リー・ストラスバーグと霧島マナが生きているんだ」
「ええええええ!?」
「それで、二人の希望で君達に会いたいということさ」
3人は山中湖に来た。待ち合わせ場所にはワンボックスカーが止まっており、そこに山下マサトとムサシ、マナの3人がいた。ムサシとマナが近づいてくる。
「シンジ君、惣流さん・・・ごめんね・・・」
「よかった・・・生きていて・・・本当に良かった」
シンジは涙を流しながら再会を喜ぶ。マナがアスカを見る。
「惣流さん、シンジ君と話をさせてもらえますか?」
「・・・なんなら、持って帰れば?」
アスカはそう言うと俯いてその場から離れた。
「シンジ!今回はお前に迷惑をかけて本当にすまない!」
ムサシは深々と頭を下げた。
「いいよ。こうやって再会できたんだから」
「シンジ君、本当に色々ありがとう。私達、アルカディアに行ってやり直すわ。もう今の名前は使えないけど、ムサシがいれば私は幸せだから・・・彼と行くわ」
「うん」
「なあ!シンジ!お前も一緒に来ないか?俺たちと3人で暮らそう!な!?」
シンジは首を横に振る。
「僕は一緒に行けないよ」
「なんで!あそこにいけばもう戦わなくて済む!一緒に行こう!な!?」
「ムサシ、僕にはまだやらなきゃいけないことがあるんだ。彼女を・・・アスカを守りたいんだ。彼女が本当に寄り添える人が見つかる日まで」
「シンジ・・・」
「シンジ君、彼女は・・・」
「なんとなく分かってる。でも僕じゃダメなんだ。僕の手は血で汚れているから。僕みたいな人間が触れていい人じゃないんだよ」
「シンジ君・・・」
「アスカとも話をしたいだろ?呼んでくるよ」
シンジはそう言ってアスカの元へと走っていった。



アスカはシンジから離れたあと彼らが話をしている様子をじっと眺めている。どす黒い感情が湧き出る。彼女は嫉妬している。自分が知らないシンジを知っている彼らに嫉妬しているのだ。自分が入り込めない絆がそこにはある。ひょっとしたらシンジは彼らと一緒にどこか遠くへと行ってしまうのではないかと不安が過ぎる。もしそうなったら泣いて縋ってでも止めに入りたい。できなければ自分も一緒に行きたいと思う。しかし彼女はそれができない。今更素直になんかなれない。強がることで手一杯なのだ。
(シンジが全部アタシのものにならなきゃ、アタシ、何も要らない)
心の中で呟くアスカ、シンジがアスカの前に戻ってきた。
「・・・何しに来たのよ・・・」
「アスカ、ムサシ達がアスカと話をしたいって」
シンジはそう言ってアスカの背中を押した。トボトボと歩くアスカ、ムサシが話しかけた。
「ムサシです。この度は多大なご迷惑をおかけしました!」
「ごめんなさい。惣流さん・・・あなたまで巻き込んじゃって」
「・・・知らないわよ・・・そんなの・・・」
「さっき、シンジ君に一緒に来ないかって誘ったんですけど、振られちゃいました」
「シンジが言ってたんだ。君を守りたいって・・・・」
「・・・え?」
「シンジのこと、よろしくお願いします」
ムサシは深々と頭を下げた。
「惣流さん、シンジ君はみんなを守るために戦うことを躊躇うことはないわ。でも、その“守るもの”の中に自分の命は入ってないの・・・シンジ君は未だに“亡霊”から抜ききれてないの。このままじゃ、いつか必ず彼は死ぬわ」
「・・・・・」
「そうなって欲しくないから、あなたに彼を託します。シンジ君を支えてあげて」
「・・・アンタがやればいいじゃない・・・」
「私じゃダメなの。シンジ君が一番大切に思うあなたじゃないとダメなの。彼をお願いします」
「・・・アタシにくれるなら・・・もう・・・あげないからね」



ムサシとマナは山下に連れられてアルカディアへと向かっていった。その姿を見えなくなるまでシンジとアスカは眺めていた。
「行っちゃったね」
「うん」
「・・・良かったの?行かなくて」
「いいさ、いつかは・・・また会えるからね」
「ねえ・・・シンジ・・・」
「うん?」
「・・・・なんでもない!帰ろ!」
「うん!あ、アスカ!お願いあるんだけど・・・」
「なによ」
「アスカの作ったカレー食べたいな~~~なんて・・・・」
「・・・・バカ」
「ごめん」
「いいわよ!作ってあげるわよ!感謝しなさい!」
そのとき見せたアスカの笑顔は本当に美しかった。その笑顔を守ろうと強く心にシンジは誓った。たとえ、その先に自分の未来がなくても・・・



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あとがき
如何だったでしょうか?EVA2015は話の展開上どうしても戦自と深く関わりをもっています。そのために“こりゃ鋼鉄のガールフレンドの話を書かないと今後の展開が苦しくなるかな?”と思い書いていこうと思いました。
キース議長の生い立ちでボスニア内戦のことに触れましたが、これは個人的な考えで恐縮ですが“これだけのことをしようと思うから、それなりの体験をしているだろう”という独断と偏見です。大目に見てください。特に起こった年に関して。そこはツッコミはなしでお願いします。本当にごめんなさい。
なぜボスニア内戦を選んだというと「ヨーロッパ史上最も愚かな戦争」と呼ばれているその所以からです。怪作様のHPを御覧になられている方々の中には学生の方もいらっしゃると思います。気になった方はご自身でお調べください。
但し私としましては「あくまでも物語の設定」として使っただけです。そこになんのメッセージは御座いませんので予めご了承ください。


あぐおさんからの連載いただきもの鋼鉄編後編です。
フィクションということで一つよろしく……。
次回からの本編もたのしみにしてまちましょう。

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