< 第3新東京市表層 - 小高い丘の中腹 10:19 >

 全身に響き渡る激痛に耐えながらも、状況確認のため周囲に視線を配るレイ。
 …使徒が近接してくる気配は今のところないようであった。しかし代わりに、初
号機が落下した地点の間近で、人影らしきモノを発見する事となった。

 やがて拡大モニターにその人影が映し出されると、彼女はピクリと反応した。
 …そこに映し出されたいた人物は、どうやら彼女がよく知っている人だったら
しい。

 「あの人…」

 何故こんな所にいたのかといぶかって見ているうちに、その人影は
初号機のモニターに自分が映し出されていることに気がついたようで
ある。…まるでエントリープラグ内にいる彼女を見据えているかのよ
うに、畏怖する様子もなくじっと初号機を見上げている彼。

 しかし。その視線を受けたレイは、暫し後にポツリと漏らした。

 「下敷きにならずにすんだのね…。…チッ!


 NEON GENESIS EVANGELION "K≠S"・・・第3話「ナツミ」_e 


 

 < ネルフ本部 - 中央作戦司令室 10:19 >

 中央モニターへ拡大されると同時に、その少年に関する詳細データが
自動表示された。

 「シンジ君のクラスメイト?! 何でこんな所に…」

 思わぬ事態に驚愕するミサト。しかしその理由を詮索する間もなく、使徒
が初号機を急襲しにかかっていた。

 「…レイ?!」

 『…………ッ』

 急襲する使徒の触手攻撃を寸前で辛うじて受け止める初号機。しかし相変わらず
体勢を整え直すだけの余裕は今のレイにはないようだった。しかも間近に民間人が
いるせいで、迂闊に身動きすらとれない状況である。

 刻一刻と過ぎ去っていく時間。そして初号機の活動限界が残り4分を切った所
で、ついにミサトは決断した。

 「…。レイ! そこの彼を操縦席へ収容して!」

 …常軌を逸したその発言は驚愕の視線を集めることとなった。しかし彼女
はお構いなしに、冷静な声色で続けていった。

 「そして回収した後に一時退却…いいわねレイ」

 彼女の発言は明らかに権限を逸脱したものである。それを指摘しようと
リツコが口を開きかけた次の瞬間に、それは起きた。

 『…。イヤです』

 レイから還ってきたその思わぬ通信に、思わず凍り付く司令室の一同。
 しかしその瞬間のレイの口調は、普段の彼女からは到底想像できぬ程
実にキッパリとしたものであった。

 「い、いやって…あの……レイちゃん??」

 『…。許可のない民間人をエントリープラグに入れることは出来ません』

 すっかり困惑した様子で問い返すミサトに対し、逆にレイは冷め切った
口調で冷静に指摘した。

 「で、でもこのままじゃ身動きとれないでしょ?! 私が許可するから
早く回収しなさいっ」

 『…越権行為よ。葛城一尉』

 …冷淡な口調は時として人を小馬鹿にしている印象を与える事がある。
 この時のレイの口調は、正にそれが極まった感じのものであった。そして
その結果…元々狭量なミサトの理性は、一瞬にして圧壊した。

 「ナッ?! なんであんたにそんなこと言われなくちゃならないのよ?! あんた
仮にもあたしの部下でしょっ?! 上官にそんな口聞いていいと思ってんの?!」

 『…問題ないわ』

 「問題大アリだっつーのっっ

 ついに我を忘れ、うがーっとモニターに突っかかりかけるミサト。
 慌てて止めに入る青葉と日向のその脇では、何故かリツコがポ
カンと口を開いたまま凝固していた。

 レイの思わぬ造反(?)により、パニック状態に陥る中央司令室。前線で唯一
まともな精神状態を保っていたマヤは、責務に駆られてたどたちどしくも彼女に
問いかける。

 「あ、あのねレイちゃん…レイちゃんの言うことももっともだけど、今は作戦
行動中なんだし…葛城さんの言うことを聞いた方がいいんじゃないかしら…?」

 『……………。』

 「…。な、なにか従いたくない理由でもあるの?」

 『…。お約束だから…』

 「…えっ??」

 『…。それに…』

 

 < 第3新東京市表層 - 再び小高い丘の中腹 10:20 >

 そこには異形の使徒を間近にしておろおろしながらも、レイの様子を
気遣い逃げ出せずにいる相田ケンスケ(exシンジ)の姿があった。

 「綾波何故戦わないんだ……ってそうかっ、僕がここにいることを気遣って
ヘタに動けないのかっ?! …やっぱり、なんだかんだいっても綾波は優しい
女の子だったんだ! …先週の事は何かの間違いだったんだ! 僕は彼女
嫌われたわけじゃなかったんだ! おめでとう僕! ありがとう綾波っ!」

 先程までの緊張感は何処へやら、自らの妄想で勝手に自己補完されたシンジ
はその場で感動に打ち震えていた。しかし。…次の瞬間、初号機の顔の向きが
突如クルリと反転した。

 初号機にじっと見据えられる体勢になリ、ビクリと反応するシンジ。
 そしてそんな彼を余所に、外部スピーカを通したエントリープラグ内
からの声色が、とてつもない大音響でその場に響きわたった。
 

 『それに…脇役が死んでも代わりはいるものもの…』
 

 「…。え?」

 言われ慣れぬ言葉を受け、思わずその場で凍りつくシンジ。
 しかしそれでも彼は、かつての彼女の面影を追うように、恐る
恐る問い返す。

 「あ、綾波?! 君が何を言ってるのか解らないよ綾波…」

 『この世界の身分制度について言ったのよ…』

 「身分…?」

 『だってあなた脇役でしょ…』

 「ちっ、違うよ! だって僕は………」

 『…。碇君が言ってたのよ、あなたのこと』

 「…嘘?!」

 『…。脇役使い捨てだとか脇役用済みだとか…』

 レイの冷淡な口調から告げられる過酷な現実に、思わず放心状態に陥るシンジ。
 …今、彼の脳裏には、学生服をきた嘗ての自分と綾波レイとが交互にあらわれ、
いつもの電車の中で『使い捨て』だの『用済み』だのと皮肉たっぷりに延々と説教
され続けている光景が浮かんでいた。

 「脇役はイヤ脇役はイヤ脇役はイヤ脇役はイヤ脇役はイヤ脇役はイヤ脇役はイヤ脇役はイヤ…

 …すっかり暗黒の深淵に捕らわれた様相で、呆然と立ち尽くすシンジ。そして
 そんな彼の様子を確認するかのように一瞥を喰らわした後、初号機は不意に
反撃を開始した。

 使徒を触手ごと引きつけると、そのまま巴投げの要領で強引に投げ飛ばそうと
する初号機。対峙する使徒は、もはや虫の息と思われた初号機の突然に反撃を
予測しきれず、結果そのまま遙か後方の兵曹ビルに迄無様に投げ飛ばされた。

 そのままの勢いを駆り、素早く上体を起こす初号機。そして次の瞬間、
未だ間近に生身の人間がいるのにも関わらずプログナイフを取り出す体勢
に入った。…この場でプログナイフを使用した近接戦闘に入れば、間近に
いる生身の人間が巻き沿いを喰らうことは必至である。しかし…。

 

 < 初号機エントリープラグ内 >

 『こんのクソガキィ! …そんな所でプログナイフ使ったらどうなるか
解ってんの?! …退却しろっつってんで…』

 …ブチッ。

 完全にキレた声色になっているミサトからの通信を、何の躊躇い
もなく遮断する綾波レイ。それまで俯き加減だった顔を上げるも、
その表情には、とても彼女の”想い人”には見せられない種の邪笑
が浮かんでいた。

 「第3新東京市在住の中学生K君(仮名)が使徒との戦闘に逃げ遅れ不慮の
事故死を遂げました…ご冥福をお祈りします…チーン

 何やら怪しげな事を呟きつつ、ついにプログナイフへ手を伸ばす初号機。
 …しかし。それよりもほんの一瞬だけ早く…その出来事は起きた。

 

 < 第3新東京市表層 - 小高い丘の中腹 >

 「碇君っ! 惑わされちゃダメッ!!!
 「使い捨てはイヤ使い捨てはイヤ使い捨ては…って、え?!」

 突如その場に起きた声に反応し、ようやく我に返るシンジ。

 「今の声…もしかして…??」

 その声色の主を何と無しに察したシンジは、咄嗟に周囲を見渡した。しかし、
それらしき人影を見定める間もなく、拡声スピーカを通したノイズ混じりの台詞
が更にビリビリと響き渡る。

 「…、あ〜っ?! あんな所に『ニンニクラーメンチャーシュー抜き専門』
のおいしそーな『ラーメン屋台』が営業してるぅ?!

 「…ハ??」

 その台詞のあまりの突飛さに、思わず思考が停止してしまうシンジ。しかし
次の瞬間、あれほど頑なに閉じられていた初号機エントリープラグの収納口
が、今の不可解な台詞に秒速の早さでもって反応した。そして更に続けざま、
半射出されたエントリープラグの先端から、特徴的な蒼色の頭にょきっ
顔を出した。

 「…どこ?! それ、どこっ?!

 プラグから半身を乗り出し、嘗て見せたことないくらい必至の様相で
あたふたと周囲を見渡す綾波レイ。

 

 < 中央作戦司令室 >

 『白い粉から創られた細麺…赤い出汁から創られたスープ…それは何処?! …それは何処?!

 「…。な、何してるのあの娘は…??」

 予想だにしない彼女のその行動に、先程までの事も忘れ思わず呆然
とするミサト。しかし、そんな彼女の目を覚まさせるが如く、オペレータ
から張りつめた声色の報告が入る。

 「左舷10度の方向から未確認高速飛来物接近! こ、このままだと
ファーストチルドレンを直撃します!」

 「…何ですって?! レイ?!」

 咄嗟に彼女へ呼びかけるミサト。しかし、先程より司令室からの
通信は初号機側から何故か突然ロックされてしまったため、全く通
じない状況である。

 「何してるのレイ! さっさと応答しなさいっ!!」

 「ダメです! 回避間に合いません! ……………接触しますっ!!」

 オペレータの切羽詰まった報告に、身を凍らせる司令室の一同。
 次の瞬間、目の前に訪れるであろう惨劇を予想し、彼等の視線
は中央モニター只一点に集中する。…それ迄の喧騒が嘘であるか
のように、シンと静まり返る司令室。そしてその一瞬の静寂の後…
 突如得体の知れぬ円盤形の黒い影が、画面上をフッと横切った。
 そしてそれは一同が声を上げる間もなく、オペレータの予告通り
無防備なレイのおでこ辺りをモロに直撃

 『…あやっ?!

 インパクトに呼応し、大凡彼女らしからぬ奇声を発してしまうレイ。
 どうやら命に関わるほどのモノではなかったようであるが、しかし
そのまま気を失ってしまったようである。
 モニターの向こう側にグルグル目になってノビている無様な表情
を晒しながら、その肢体は慣性の法則に従ってなだれ込むかの様
に、下の雑木林へ落下していった。

 「レイッ?! ……ナニ今のは? ……まさか使徒の新兵器?!」

 「マギの回答が出ました! …パターン…『CHINESE』? ちゅ、『中華鍋』
と判明…??」

 「…ハァ?! 日向君、あんたこの非常時に何言ってんの?!」

 「い、いや…だって…これ見てくださいよ…」

 周囲の白い視線におどおどしながらも、日向は自分の端末に表示された
マギのデータを中央モニターに転送した。…程なくして中央モニターに別の
ウィンドウが開くも、そこには大凡想像し難い以下の如き演算結果が表示
されていた。

 BLOOD TYPE = CHINESE

 しかもヘタクソなドット絵のオマケ付きである。あまりにショボすぎて
初見で何の絵なのか見分けるのはほぼ不可能であった。しかし、よ〜く
目を凝らして見ると、『パンダ中華鍋笹の葉炒めている』光景
を描きたかったらしいことが何と無しに読みとれる。

 「なんなのよこれは………隠れキャラ?

 「…。マ、マギの基礎設計を組んだのは母さんよ?! わ、わたしじゃないわよ…

 …周囲からの冷たい視線に耐えきれず、狼狽え気味に言い訳を試みるリツコ。

 

 < 初号機の直下 - 綾波レイが落下した薄暗い雑木林の中 >

 落下したレイの身を案じ雑木林へ飛び込んだシンジ。しかし、彼女が
落下したはずの辺りに来ても、彼女の姿どころか落下した形跡すらどこ
にも見あたらなかった。

 「何処に落ちたんだ綾波っ…」

 「………。呼んだ? 碇君…

 「…えっ?!」

 咄嗟に振り返るシンジ。…するとそこには、気を失ったネルフのファースト
チルドレン”綾波レイ”を抱えた、彼女と同一の容姿をした少女が佇んでいた。

 「きっ、きみは……」

 『…えぇ。”わたし”よ碇君」

 「…。そっか…今の僕をそうやって呼ぶのは”君”だけだったんだよね…」

 『えぇ。…他の誰が何と言っても、わたしにとっての碇君はあなただけよ」

 「うぅっ…ありがとう綾波…」

 彼とともに転生してきたという自称三人目な綾波レイの言葉を受け、思わず
感涙にむせぶシンジ。…先程までのことが余程ショックだったのであろう。

 「…。そ、それじゃやっぱり、さっきの声とか鍋みたいなのが飛んできた
のも全部君が…?」

 「全てはあなたとの約束のためよ…。…それはともかく、碇君…
もう時間がないわ…」

 それまでの穏やかな笑みを拭い、まじめな顔つきになるレイ。
 次いでそれまで抱えていた『ファーストチルドレン綾波レイ』
を大事そうに足下へ寝かせると、彼女が装備していたヘッドギア
を外し、それをシンジに差し出して見せた。

 咄嗟に彼女の意図を察知し、歩み寄るシンジ。

 しかし次の瞬間、伸びてくる彼の手を、レイは奪うかの様に捕らえた。

 そしてそれをやや強引に自分の胸元に引き寄せると、彼の両手を大切
そうに抱きしめながら、しっとりとした声色で続けて言った。

 「例え何があっても”ここ”へ還ってきてね碇君…」

 「あ、綾波…?」

 「それだけが今のわたしの願い。…あとはどんな結果になっても、
わたしだけは永遠にあなたの味方でいてあげられるわ。だから約束…
必ず守ってね、碇君…」

 その台詞の真意は解りかねたものの、彼女の讃える聖母の如き優しげ
な微笑に絆されてシンジは力強く頷いて見せた。そしてやんわりと彼女の
両手を外すと、珍しくも凛々しい表情を讃え、雑木林を駆け出していった。

 …しかし、その暫く後。

 やがて彼の足音が完全に聞こえなくなると、突如レイの様相が一変した。
 想い人を待つ『いたいけな少女』の様相を拭うように消しさると、代わりに
冷酷さを漂わす目つきで以て足下の少女を見下しぼそりと呟いた。

 「…。碇君を傷つけるモノは例えわたしの分身といえども許してはおけないのよ…

 何処から取り出したのか不意に土木作業用巨大シャベルを構えるレイ。
 次の瞬間、彼女の表情にはとてもシンジには見せられない種のえげつない
邪笑が浮かんでいた。

 「オ・シ・オ・キが必要ね…

 図らずもその表情は『二人目のレイ』がエントリープラグ内で密かに讃えた
モノと酷似していた。

 

 < 中央作戦司令室 >

 「他にも何かあんの? インドカレー喰ってるゾウさんとかさ…」

 「そ、そんなこと知らないわよっ。…だいたいさっきのもわたしじゃ
ないって言ってるでしょっっ?!」

 さっきのパンダをネタに、学生時代のノリで口げんかを始める三十路
女二人。それに対し、マヤは恐る恐る語りかけた。

 「あ、あのぉ…お二人ともそれどころじゃないんですけど…」

 「なによっ?!」×2

 「(あうぅっ) あ、あれを見てください…」

 そこでようやく彼女が指さす中央モニターに目を向ける二人。すると
そこには、なんと無謀にも初号機のエントリープラグによじ登ろうとし
ている、学生服姿の少年が映し出されていた。

 「あの子さっきの…。ま、まさか一人で操縦席に乗り込む気?!」

 ミサトが言い表す間もなく、エントリープラグに辿り着いた少年はそのまま
操縦席に身を躍らせた。…席に着いた彼はLCLに驚く様子も見せず、逆に
驚くべき手際の良さで自らプラグを再エントリーさせてしまった。

 「な、何者なのあの子は…??」

 到底素人とは思えぬ少年の挙動に驚愕する一同。しかし、間もなく使徒が
活動再開の兆しを見せ始めたことにより沈黙は破られた。

 「………、使徒が活動を再開しました!」

 「…。幾らエントリーできてもシンクロして動かなければ使徒の格好の
餌食だわ。…プラグを強制射出した後、通常兵器による足止めを……」

 「…待ちなさいミサト」

 ミサトの台詞を敢えて遮り、不意にリツコは鋭利な声色を発した。
 流石にムッとした様相で振り返るミサトであったが、彼女はそれ
を冷めた物腰で受け流し、続けていった。

 「彼が『シンジ君のクラスメイト』なら、その前に試してみる
価値はあるわよ…」

 「………。それはどういう意味かしら赤木博士?」

 「…。今はそのことについて説明している暇はないわ。あなたが今
選択できるのは、わたしの忠告を信じるか否か…それだけよ」

 「………。」

 「このあと生きて帰れたら、その時は幾らでも説明してあげるわ」

 「………。その言葉忘れないでよ」

 「………。じゃあ早速、あの”臨時パイロット”を対象に第1次接続から
やり直すわよ。…残り2分を切ってるから、測定準備は最低30秒以内で
完了させること! でないとみんな、明日の朝日は拝めなくわよ!」

 リツコの笑えないジョークを皮切りに、再び騒然となる司令室。
 …何時も以上に鬼気迫るシンクロ測定の準備が開始された。

 「エントリープラグ再固定完了!」
 「第1次接続開始!」
 「パルス送信…グラフ正常位置…!」
 「リスト1530までをクリア!」
 「初期コンタクト…問題ありません!」
 「了解。やはりうまくいきそうね…

 …次の瞬間、鋭利な目つきでリツコを睨み付けるミサト。
 それに対しリツコは一瞬だけ彼女に視線を合わせた後、
直ぐに目を逸らし何事もなかったかのように続けて言った。

 「…。作業をフェイズ2に移行」

 「…オールナーブリンク問題なし」
 「リスト2350までをクリア!」
 「ハーモニクス…全て正常位置!」
 「起動指数…絶対境界線をクリア!」
 「シンクロ率…13%! エヴァ初号機再起動します!」

 モニターに逐次表示されるそれらのデータを複雑な眼差しで
見据えていたミサト。しかし再起動したことが告げられた次の
瞬間には、既に作戦士官としての鋭利な目つきに戻っていた。

 「…。日向君…”パイロット”との通信は?」

 「…あ、はい! 操縦席側からのロックは既に”彼”が解除して
くれたようです。…呼びかけますか?」

 「ええ。………………、そこの君、聞こえてる?」

 『…。はい』

 モニターされていることに気づいたのか、正面を向きカメラ目線っぽい
目つきで向き直る少年。…その表情はまるで日常の日課をこなしてい
るが如く、実に落ち着き払ったものであった。

 「…。なかなかいい面構えね…。私は特務機関ネルフ作戦課の
葛城ミサトです。あなたが何者でどんな意図があってそこにいる
のかはともかく…そこに座っている以上、あなたには私の指示に
従う義務が排他的に発生します。…おわかり?」

 『…。はい』

 「物分かりが良くて助かったわ。けど残念ながら訳あってあなた
が今乗っているロボットは残り一分弱で”電池切れ”になります。
 従ってあなたには、こちらの誘導に従い私達の居るネルフ本部に
迄一時退却する事をお願いするわ。…どう? できそうかしら??」

 『…。やってみます』

 「ご協力気感謝するわ。…あの”イカみたいなの”はこちらからの
砲撃で引きつけておくから心配しないで。あなたは路上の点灯ライン
に従って機体を他の収納ポイントまで運んでくれればそれでいいから」

 『…。はい』

 「基本的にそのロボットはあなたの”考え”に従って動く仕組みにな
ってるの。だからまずは焦らず集中して…”歩く”事だけを考えなさい」
 

 『……………』

 ミサトの指示に呼応して、やがてそろりと動き始めた初号機。しかし
かなりおぼつかない足取りである。

 「…。やはりシャキシャキとはいかないわね…

 「あのシンクロ率じゃ無理もないわ。…寧ろ今の彼はシンクロ率の低さを
”手元”のテクニックでカバーしているのよ。大したモノだわ…

 「かえって不気味なくらいだけどね…。これが終わったら即時拘束もやむなしかしら?

 「…当然でしょ。この非常時だもの…コマは幾らあっても足りないわ

 相変わらずなリツコの言い種に思わず視線をやるミサト。しかし
所詮自分も同じ穴の狢であることを悟ると、結局は何も言わず、視
線を元に戻した。

 そしてその視線の先…中央モニターの向こう側でも、司令室の思惑
とは異なる事象が生じていた。使徒を引きつけるために繰り出された
通常兵器の数々は、怒り狂ったかのような使徒の攻撃にあい、役目
を果たすまでもなく一瞬にして壊滅。次いで使徒は次なるターゲット
を”のろのろ”と歩行している初号機に絞り込み驚くべき早さでその
背後に迫りつつあった。

 「…よけてっ?!」

 無防備な初号機の背後を突如急襲する使徒の触手。あまりに突然の
出来事故、それに対し司令室が為し得たのは、辛うじてそれに反応した
ミサトの”無力な一声”のみであった。

 しかし、実際にエヴァを駆る少年だけはその限りでなかった。
 …彼は司令室の中央モニターより遙かに狭い閉鎖空間の中で
瞬時に獣じみた勘を働かせ、事前にその攻撃を読み切ったので
ある。そしてさらに次の瞬間、彼は己の低調なシンクロ率を補って
余りある操作テクニックを駆使し、見事かわして見せたのだった。

 彼のその素人らしからぬ危険察知能力に驚嘆する司令室の一同。
 だが次の瞬間、それは脆くも拭い去られることとなった。

 …やはり低すぎるシンクロ率が仇となったのであろう…その際に
不自然なタイミングでバランスを崩した初号機は、その場に横転
してしまったのである。初号機に残された僅かな稼働時間を考え
ればそれだけでも甚大なロスである。しかし、予想外の出来事は
それだけに留まらなかった。

 その瞬間の出来事を堺に、初号機とパイロットとのシンクロが
突如破綻をきたしだしたのである。

 「…パルス逆流?! と、突然初号機がパイロットとの神経接続を
拒絶し始めました!」

 「何ですって?!」

 …それは彼等が最も恐れていた事態であった。

 「初号機からの浸食により、心理グラフが乱高下しています!」
 「パイロットの脳神経負担がレッドゾーンを突破! こ、このままでは…」

 …精神汚染。という悪夢の単語が彼等の脳裏に過ぎった。
 オペレータの報告を受けるまでもなく、中央モニターには
この世の地獄を讃えるが如くもがき苦しんでいる、少年の凄
惨な様相が刻一刻とモニターされ続けていた。

 「なんてこと………」

 呆然とした表情で呟くリツコ。彼女の忠告は、ここにきて
完全な裏目とでた。そして、その結果…以下の如き悪夢のシ
ナリオが鎌首を擡げ進行していく。

 「初号機活動限界まで残り10秒を切りました!
9…8…7…6…5…4…3…2…1…!」

 …カウントダウンの終了が告げられる次の瞬間、使徒の触手が更に
うねった。既に生命の息吹を失った初号機に、容赦なく迫り来る追撃。
 …その瞬間、司令室全体が破滅の淵に陥ったように身動きを失った。


 <次回予告>

 圧倒的な力を発揮し使徒に圧勝する初号機。
 そしてシンジは微睡む意識の中で母との再会を果たす。
 彼女から事実の一端を知らされたシンジは、それを確か
めんが為敢えて彼の元へと赴く…。

 [EVA K≠S] 次回第壱部最終回…『火蓋』
 この次も、イヤーンな感じ!


 <第4話に続く>

 淡乃祐騎さんからいよいよシンジinケンスケBodyが乗り込むぞ。な話をいただきました。

 うむ。今回もアレなしかけいっぱい、可笑しさ満載の良い話でありました。

 ニンニクラーメンチャーシュー抜きに反応をばしてしまう綾波さんといい、中華鍋といい、MAGIといい‥‥最高ですなぁ

 次号で第壱部完結、そして一区切りがつくようですね。いったい、シンジの知ることになる秘密とは‥‥

 続きも楽しみですね。皆様淡乃祐騎様に感想メールをばお送りください〜。

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