<翌朝。AM 8:10>

 登校するシンジをいつものように見送りにきたレイ。彼女はおとつい彼に見せた
例の怪しげなドリンク剤を彼に手渡した。

 「…。頑張ってね」

 「…。解ってるよ。全ては、シナリオ通りに…」

 些か緊張気味なシンジをみて、レイは穏やかな笑みを浮かべ彼の手を握った。

 「二人のシナリオ…でしょ?」

 「そうだったね。…ありがとう、綾波」

 「………



 NEON GENESIS EVANGELION "K≠S"・・・第3話「ナツミ」_C後編 


 
 <通学路。AM 8:15>

 途中同じく通学中のトウジに鉢合わせた彼は、計画通りレイに貰った
ドリンク剤を彼に差し出した。

 「…ん? なんやそれ??」

 「新発売の栄養ドリンクだよ。…結構美味しいから、飲んでみなよ」

 「おぉ、わるいなぁ」

 …何の躊躇もなく、一気にそれを飲み干すトウジ。その中身を知っている
だけに、トウジのその行動に対しシンジは肝を冷やした。しかし、全部を飲み
終えた後も、特に彼の様子に変化は起きなかった。
 …一方そんなことなど知る由もないトウジは、自分をまじまじと見据えている
シンジを見つけると、眉を顰めて言った。

 「な、なんや?」

 「…。い、いやべつに。…それより味はどう?」

 「悪ぅないで? …なんやオロ〇ミンCっぽいんは、関西人として気になるけどな」

 「そう…。」

 

 <2-A教室。AM8:25>

 「そいで、転校生は何処におるんや…」

 「…。あそこだよ」

 シンジは複雑な表情を浮かべながら、教室内で最も人だかりが出来ている
席を指さした。

 「ふん…英雄気取りの人気ものっちゅーわけかい…」

 吐き捨てるように呟くと、トウジはその人だかりに向かいかけた。しかし次の
瞬間、彼の姿を見つけたヒカリが、慌て声を掛けた。

 「あ! 鈴原っ、あんた週番なんだからさっさと花瓶の水かえてきなさいよっっ」

 「な、なんやと?! 何でまたわしが週番なんや!??」

 「しょ、しょうがないでしょっ! また席替えしたんだから…」

 …委員長・ヒカリの策略により一年の2/3を週番として過ごす、
哀れなトウジあった。因みに何故彼女がそうしているのか、気づいて
いないのはトウジ本人だけである。

 

 <一限目。AM9:05>

 トウジは授業そっちのけで女子生徒とのチャットに勤しんでいる碇シンジ
exケンスケ)を、後ろからどう猛な目つきで睨み付けていた。
 一方、『碇シンジ』本人もその視線に気づいているようで、彼に見えないよう
ニヤリとほくそ笑んでいた。

 

 <一限放課。AM9:45>

 「よぉ転校生。…ちらっとツラかせや…

 チャイムと同時に、トウジはさりげなく『碇シンジ』の席に寄った。
 一方の『碇シンジ』も、さりげなさを装いながら呟いて答えた。

 「いいよ。でも、お手洗いに行ってからでいいかな

 「…。逃げへんやろな?

 「…もちろん。逃げる必要なんて無いからね

 「…。わかった。ほなさっさといってこいや…

 含み笑いを浮かべながら、席を立つ『碇シンジ』。それを見送った
トウジは向きを変え、今度は相田ケンスケ(exシンジ)の席に寄った。

 「転校生が戻ってきたら、行くからな…

 「…。わかった

 

 <無人の職員トイレ(男性用)。AM9:46>

 『碇シンジ』は奥から二番目の部屋に入り、洋式便座に腰を下ろした。

 「…そこにいるな? 親衛隊4号…

 彼の呟きに対し、隣りの部屋から…はっ。…という畏まった小声が帰ってきた。
 しかもここは職員用の男子トイレのはずなのに、その声色はどう聞いても女子
生徒のものである。

 「…。本日0950より実施される、『P作戦』の要項について伝える

 「…。どうぞ

 「作戦一分前迄に、『綾波レイ』をAポイントへ誘導。『洞木ヒカリ』をBポイント
へ誘導。『成瀬川ナル』をCポイント、『前原シノブ』をDポイント、『青山モトコ』を
Eポイント、『カオラ・スゥ』をFポイント、『紺野ミツネ』をGポイントへそれぞれ誘導。
親衛隊諸君は、『カミカゼ』を設営の上、Sポイントにて別令あるまで待機…、以上だ

 「…。了解しました

 「よし。では、行け!

 「はっ。

 次の瞬間、微風の残響だけを残して隣の部屋から人の気配が消えた。

 「…。クックックッ…

 次いで怪しげな笑みを漏らしながら、『碇シンジ』も部屋を出ていった。
 因みにレイとヒカリのあとに出てきた名前は全て『第壱中屈指の美少
女』と称される女子生徒達のものであり、同じく彼が狙いを付けている
ターゲットであったりする。

 「…。我ながら完璧なシナリオだぜ…超絶イヤーンなカンジ♪

 

 <人影のない校舎裏。AM9:48>

 「おや? 相田君も同席するんだ…」

 『碇シンジ』は彼に意味深な視線を当てつけながら言った。

 「………。」
 「何や転校生…ケンスケの事知っとるんか?」

 「クックックッ…。当たり前じゃないか…ねえ? 相田君…」

 「………。」
 「…。そんな事はどーでもええ! それよりも転校生…おまえがあの
ロボットの操縦しとったっちゅーのは、ホンマなんやろな?!」

 「…あぁ。エヴァ初号機を操縦していたのは、間違いなくこの僕だよ」

 「…。そーか…。エヴァだかエガシラだかしらんが、あれを動かしとったのが
おまえなら、ワシはおまえは殴らなあかん。殴っとかな…気がすまへんのや!」

 次の瞬間、ついに殴りかかろうとしたトウジに対し、『碇シンジ』は絶妙なタ
イミングで制止ポーズを取った。それがあまりにもタイミング良く決まったの
で、思わずトウジも反射的に留まってしまった様だった。

 「…なっ、なんやっ?!」

 「その前に一つ聞いておきたいんだけど…どうして君はそんなに僕の事が
許せないんだい?」

 「…。えーかよーきけやっ?! …貴様のロボットがメチャメチャ暴れまわった
せいで、ワシの妹が怪我してもーたからやっ! しかも顔にっ! …せっかくべ
っぴんに生まれとんのに、傷でも残ったらどないしてくれるんやっ?!!」

 「…。なるほど…。しかし、本当にそれだけが理由なのかな…?」

 「なっ!? …ど、どーゆー意味やっ」

 …『碇シンジ』のその台詞に、何故か必要以上に反応するトウジ。そんな彼を
見て『碇シンジ』は何かを確信した様に、ニヤリとあからさまな嘲笑を浮かべた。

 「僕が調べたところによると、君の妹…鈴原アキナちゃんは市内の病院に
入院したそうだけど…?」

 「…。そうや。…何で貴様がワシの妹の事知っとるんや?!」

 「僕も一応、ネルフに所属している身なんでね。あそこで解らないことは何も
ないさ。…それに、パイロットとして自分が関係した損害について知るのは、権利
であると同時に義務でもある。…そこで解ったんだけど、どうやら君の妹の怪我は
全治1週間の軽傷だったそうじゃないか。…にもかかわらず、君はかかりつけの
医者と共謀して診断書を偽造し、保険会社から多額の保険金をだまし取った。
 …これは、立派な保険金詐欺なんじゃないのかい?」

 「…でっ、でたらめやっ! そ、そんな事実あらへんっ!」

 「…ふっ。まぁいいさ。幾ら軽傷とはいえ、戦闘に巻き込まれて怪我を負った
のは事実のようだしね。しかし、考えてみてくれよ…僕たちネルフは君ら市民
の為に、身を挺してあの得体の知れない化け物と戦ったんだよ? 発表では
死傷者ゼロだなんて言ってるけど、それはあくまでも一般市民の話だ。ネルフ
内部ではどれだけの被害が出たのか…守秘義務があるから正確なことは言
えないけど、君らの想像以上であることは間違いない。……それに、同じパイ
ロットで君らのクラスメイトでもある、綾波レイの今の風貌を見てどう思った?
 あの大怪我は、エヴァの実験中に、原因不明の事故に巻き込まれて負った
ものなんだ。僕らパイロットは、常にああなる危険を背負いながら、ぎりぎりの
環境で訓練を積んでいる。君たち、市民を守り抜くためにね…。…勿論、だから
といって一般市民への被害を正当化したいわけじゃないんだ。寧ろ責任を完璧に
果たせなかったことに対し、僕らは謙虚に反省し償なっていかなければならないと
思っている。でも…ただ僕は…命がけで戦っている、僕らの気持ちも、少しは理解
して欲しいって、そう言いたいだけなんだ…。…これって、贅沢な要求かな…?」
 

 「…そんなことないっ」
 「…碇君は全然悪くないわっっ」
 

 …その台詞を言ったのは、無論トウジとケンスケ(exシンジ)ではない。
 無人だったはずのそこには、いつの間にか数十人ほどのギャラリーが
集まって来ていたのである。しかもそれは全て女子生徒であり、尚かつ
校内における『美少女ランキング』上位入賞者ばかりであった。…因みに
言うまでもないことなのだが、『第壱中美少女ランキング』なるものを制作
し発表したのは、『魂の入れ替え』が起きる以前の相田ケンスケ…即ち、
現在の『碇シンジ』本人である。

 一方、トウジはいつの間にか自分が悪役として舞台に立たされていた
ことに気づき、困惑に陥っていた。

 それに対し、当の『碇シンジ』はやや俯き加減に顔を伏せていた。僅か
ながらに肩を振るわせていることから、周囲のギャラリーは、彼が悔し涙を
懸命に堪えているのだと思い至り、その健気さに深く感動していた。
 しかし。シンジだけは、彼がただ単に嘲笑を我慢しているに過ぎないこと
を知っていた。何故なら、彼が時折シンジにしか解らないような角度で顔を
上げて見せているからである。…その行為は明らかに、彼に対する嫌がら
に他ならなかった。

 そしてそうしている内にようやく我慢が効くようになってきたのであろう。
 『碇シンジ』は顔をあげ、やや潤いさえ讃えた表情で言った

 「それにね…。僕は知ってるんだよ? 君が僕を許せない、本当の理由を」

 「…ほっ、他に理由なんぞあるかいっ! わしは純粋に妹が不憫でやな…」

 「ふーん…。そこまで言うならしかたがない…。…確か、君の住んでるマン
ションの3軒右隣には、数週間前に引っ越した空き家があったよね…?」

 「あっ!? …ああ、あるで? そ、それがどないしたんやっ?!」

 「…しかしそこはこないだの戦闘中、戦自のヘリが落下してきて瓦礫
の山と化してしまった」

 「そ、そうや! …おまえのヘナチョコロボがさっさっと出てこーへんから
あないなことになったんや!」

 「…。ヘナチョコかどうかはともかく、出撃が遅れた事は認めるよ。だから、
君もちゃんと本当のことを言って欲しいな。…君は数日前より、その空き家
に何かとても大事なモノを隠していたんじゃないのか?」

 「ナッ!? な、な、なななななっ…」

 その瞬間、トウジの焦りは最高潮に達したようだった。思わず絶句してしまい、
顔を引きつらせたままダラダラと滝のように発汗し始めた。もはや誰が見ても、
彼に何か心当たりがあることは疑いようもない様相である。そしてそのあまりの
狼狽ぶりは、隣りにいるシンジにとっても予想外のものであった。それまでは二
人の様相を静観していたが、ここに来て彼も動揺を隠せなくなってきていた。
 

 『トウジの奴…一体何隠してるんだよ……??』
 

 「…。おやおや…。どーしたんだい? 急にそんな汗を流して…」

 「う、うるさいわい! わしは人一倍チンチン大蛇が激しいだけやっ」

 「…。そ、それを言うなら新陳代謝だろ? まぁ、それはさておき…それじゃ
君は、あくまでも疚しい事は何もないと言い張るわけだね?」

 「あっ、当たり前やっ!」

 「ふっ…。それなら…その空き屋の瓦礫から見つかった、これは一体何なのかな?」

 そう言って『碇シンジ』が懐から取り出したのは、一枚の写真であった。
 普通サイズのものだったので、遠くから見る限りそこに何が写っている
のかは判別しがたかった。…しかし、それを見た瞬間、トウジにはそこに
何が写っているのかが解ったらしく、顔色が劇的に悪化した。

 「…っ!? そっ、それはっ?!!」

 「ふふっ。まだまだあるよ? ホラホラホラホラ…」

 そう言いながら『碇シンジ』は懐から次々と別の写真を取り出し、それら
を地面へ適当に投げ捨てていく。

 「わあぁぁぁっ!? なっ、なにさらすんじゃぼけぇ〜っっ」

 …彼のその行為にみっともないくらい動揺し、慌ててそれらを拾い集めよう
とするトウジ。…しかし、彼がそれを拾い上げようとした次の瞬間、何故かそ
こに突如突風が生じ
、それらの写真はギャラリー達がいる方へヒラヒラと舞
い上がっていった。

 あまりに突然なその出来事に、思わず呆然と見送ってしまうトウジ。
 そんな彼を余所に、ギャラリーの女の子達は自分たちの所に流されてきた
写真をそれぞれ拾い上げていた。…そして彼女らが、そこに写っていたモノ
を垣間見た次の瞬間! …女の子達の顔が、皆一様にひきつり上がった。
 

 「あ〜っっ! これあたしの着替え中の写真じゃないっっ」
 「なっ、何でわたしの水着写真が?!」
 「やだ〜っ これ学祭の時に着た、○×△のコスプレじゃん?!」
 「いやぁっっ あたしのブルマー姿が、異様なくらいローアングルから盗撮されてるぅ」
 etcetc・・・・
 

 「ふふっ…僕の調べによると、君はそこにいる相田君からこの手の写真
大量入手していたようだね。…君は最初自室の洋服タンスの下から2番目
の引き出し
にそれを隠していたが、ある日、たまたま君の家に遊びに来てい
親戚の女性に見つかったため、他に隠そうと試みた。しかし何処に隠して
もその親戚の娘が来る度、何故か彼女に必ず発見されてしまうので、やが
て君は隠し場所を苦慮しなければならなくなった。そして更に、その親戚の娘
が第2東京の大学に通うため、自宅に下宿する事が決まると、君は自宅にそ
れらを隠しておくことが、いよいよ困難になってきたと判断した。だが、これとい
って他に良い隠し場所を知らない君は、ひとまず緊急避難として、数日前に引
っ越して空き家になっている近所の一軒家にそれらを保管しておく事にした。
 …しかし。前回の戦闘において、運悪くそこに戦自のヘリが落下してしまい、
その空き家は瓦礫の山と化してしまった。君がとても大事にしていた、いくつ
かの秘蔵コレクションと一緒に…。
 つまり君は、自分のお宝が瓦礫の塵となってしまった事に腹を立て、行き
場のない怒りのベクトルを、エヴァのパイロットたるこの僕にぶつけようとした
わけだ。…逆恨みという、卑劣な手段においてね…」

 その、あまりに具体的な論拠に対し、正にぐうの音も出ない状態となってしまった
トウジ。その言い種が彼の心情全てを言い当てていたわけではないが、ここまで
具体的に状況をあげられてしまうと、もはや押し黙るしかなかったようである。
 一方シンジは、またしてもあらぬ濡れ衣を被せられ、純粋な怒りに打ち震えていた。
 しかし本当の事情を知らない周囲の女の子達にしてみれば、彼のその態度
はいわゆる『逆ギレ』にしか見えなかったようである。
 

 「自分の事棚に上げて、碇君を逆恨みするなんてサイッテーねっっ」(成瀬川ナル)
 「酷いです…なんでこんなコト…」(前原シノブ)
 「許せん…たたっ斬ってくれる!」(青山モトコ)
 「トーサツゥ? ソレッテウマイー??」(カオラ・スゥ)
 「タダ見は許さへんで! 一枚1,000円や!」(紺野ミツネ)
 etcetc・・・・
 

 鬼気迫る彼女らのその様相を見て、思わず先週の惨劇を思い出してしまった
シンジ。…彼もまた、問答無用なこの状況を前に、言葉を失うより他無かった。
 そしてそんな彼らを見て『碇シンジ』は自らの作戦が完璧に填ったことを確信
したのであろう。…もはや隠し様もない嘲笑を浮かべながら、彼は更に言った。

 「これらのブツは、ネルフの戦後処理班が復元可能なモノだけ回収してきたものだ。
つまりここにあるのは、氷山の上の、ほんの一角に過ぎないって事だよね。そして
更に………極めつけはこの写真だよ」

 意味深な視線を傾けながら、一枚の写真を妙にもったいぶった動作で取り出す
碇シンジ。…それ迄と同様、標準サイズのものだったので、ギャラリー達は無論
の事、シンジの所からも、そこに写っているのが何なのかは伺い知れなかった。
 …しかし。先程同様トウジにだけは、そこに何が写っているのかが解ったよう
である。そしてそれを見た瞬間の彼の反応は、先程までと明らかに異なっていた。

 「あ゛〜〜〜〜〜〜〜っ!!!?

 ひっくり返った声色をあげ反応するトウジ。そのあまりの驚愕ぶりに、
シンジを始めギャラリーの女の子達も思わず引いた。…しかし、『碇シンジ』
だけは彼のその反応を予想していた様である。彼はしたり顔をして更に言った。

 「おやおや、どーしたんだい? 突然そんな声を出して………って、そうだ、
これは当事者である彼女に聞いてみよう」

 何か妙なくらいの説明口調でそう言うと、彼は不意にあらぬ方向へ向き直った。
 …彼の動作に吊られ、トウジとシンジ、そしてギャラリーの女の子達ももそちら
を振り返った。…するとそこに現れたのは、彼らのクラスの委員長、洞木ヒカリで
あった。どうやら彼女は誰かに呼び出されてここに来た様なのだが、まさかそこに
このような人だかりが出来ているとは思いもよらなかったのであろう。しかも次の
瞬間にはそこにいた連中に一斉に振り返られ、その視線に圧倒された彼女は困
惑気味に声をあげた。

 「なっ、何?? …あたしが何かした?!」

 「ふふっ。…洞木さん、ちょっとこれを見てくれないかな」

 「…あ、碇君…。それ、何?」

 「君が写ってる写真だよ。…これを、そこにいる鈴原君が持って
いたんだけど…これを見てどう思うか、聞かせてくれないかな」

 「えっ?! …鈴原があたしの写真を??」

 その台詞に吊られ彼の者と歩み寄ろうとするヒカリ。しかしそれと
同時に、人の垣根の向こう側から、良く知った声色が聞こえてきた。

 「あ、あかんイインチョ!」

 「すっ、鈴原?? …それに相田君も? あんた達こんな所で何してるのよ?!」

 その人だかりの中心にいたメンツを知って更に驚愕するヒカリ。
 そして彼女がそこに現れたことにより、トウジの狼狽ぶりが更に
際だったものになった。

 「そっ、そんなことはどーでもえーんやっっ…それより、転校生が
もっとる写真は見たらあかん! 絶対あかんで?!」

 「なっ、なんでよ? あたしが写ってるんでしょ?」

 トウジのかつて見たこともない狼狽ぶりに困惑しつつも、その台詞に
違和感を感じて彼女は言った。それに対し、トウジは駄々っ子のように
地団駄を踏みながら叫んだ。…何が何でも彼女には見られたくないのらしい。

 「あっ、あかんゆーたらあかんのやっ!! …そんなんイインチョに見ら
れたらワシは…ワシは…もうイインチョに顔向けでけへんのやっっ!!」

 「…。どーしてあたしに顔向け出来なくなるわけ?」

 「そっ。それは………」
 「ふっ。それは、これを見れば一目瞭然だよ」

 そう言って、自らヒカリの方へ歩み始める『碇シンジ』。
 そしてそれを見たトウジは瞬時に反応した。その瞬発力は正に獲物
を視野に入れた(黒)豹の如きであった。

 「てんこうせ〜〜〜っ!! それだけはゆるさ〜〜〜〜〜〜んっっ!!!

 ドップラー効果を纏わせて『碇シンジ』に突進するトウジ。彼が『碇シンジ』
を突き飛ばそうとしているのは明白だが、『碇シンジ』はそこで立ち止まった。
 そして、寧ろ彼のその突進を迎えるような体勢になり、彼は言った。

 「やはりそうくるか…ふふっ…殴りたければ殴ればいいさ…それで君の気が
済むのならね………」

 …目を瞑り、すっかり陶酔した様子で言う『碇シンジ』。どうやらここで敢えて
殴られてやろうと言うつもりなのらしい。…しかし。この時せめて目を開けてい
れば、目の前に迫り来るトウジのダッシュ力が完全に人間バナレしていた事
に気づいたのであろうが…哀れにも彼は、最後の最後で積めを誤ったのである。

 「例えそれが卑劣な逆恨みだったとしても僕は敢えてそれを受けよう…何故なら僕
こそが全人類の希望の星、エヴァ初号機パイロット碇シンっ………………………」

 彼が台詞を完結させるよりほんの一瞬早く、トウジの右ストレートが彼の顔面を
完璧に捉えた。しかしその場にいた人間の中で、彼のそのパンチを肉眼で捉えら
れたものは皆無
であった。しかもそれは実際にパンチを喰らった『碇シンジ』当人
でさえも同じであったようである。…次の瞬間、彼は爽やかな笑みを讃えたまま
凄まじい勢いで真後ろ吹っ飛んでいったのである!

 唖然とする周囲を余所に謎の高速移動物体と化した彼は、その際背後にあった
巨大な植木なぎ倒しキリモミ飛行状態に陥った。しかし、それでもその勢いは
微塵も衰える事無く、最後には勢いを保ったままコンクリートの塀へ凄絶に激突!
 …派手な破壊音を響かせながら、彼は崩れ落ちるコンクリの下敷きとなっていった。

 「…え? …え??」

 幾ら本気で行ったとはいえ、明らかに常軌を逸した自分のパンチ力に思わず
茫然自失となるトウジ。そしてそのショッキングな惨劇をリアルタイムで目の当
たりにし、同じく言葉を失うその他一同。因みにその他一同の中には、事を仕掛
けた張本人、シンジも含まれていた。

 『あのクスリがこんなに超ヤバなモノだったなんて…聞いてないよ綾波ぃ…!

 人知れず焦りまくるシンジ。しかしその危惧を裏切るかの如く、突如瓦礫の中
から『碇シンジ』のモノと思われる、血塗れの掌が這い出してきた。…彼のその
底知れぬ生命力に、他の一同同様思わずぞっとするシンジ。もし彼が無事そこ
から出てくれば、今の一件がシンジの企みであったことがその場で露見するの
は間違いのない所である。先程の危惧から一変、霰もなく慌て始めるシンジ。
 だがしかし。その掌は、暫くプルプルと震えていたが、やがて動かなくなり、そ
して次の瞬間には、パタリと力無く伏せてしまった。…どうやら最後の執念も果て、
完全に力尽きたようである。

 …そして、一瞬の静寂の後…それは起きたのであった。

 「…ひっ…ひとごろし………

 「…えっ??」

 聞き慣れぬ台詞が聞こえ、思わずトウジは声のした方を振り返った。
 しかし次の瞬間、彼と目のあった女の子達は突如スイッチが入れ替
わったかのように金切り声をあげ始めた。
 

 「いっ、いやあぁぁっ!!!!!
 「ひっ、ひとごろしよおぉぉっ!!!
 「たったすけてぇ! だれかぁぁぁぁっ?!!!!
 

 発作的な恐怖に駆られ、金切り声をあげながら逃げまどう女の子達。
 周囲は一瞬にして阿鼻叫喚の坩堝と化した。

 「…え? …え?? …え???」

 かつて経験するはずもないその状況に、困惑しきりなトウジ。しかし彼が呆け
ているうちに、あれ程いたギャラリーの女の子達は誰一人いなくなっていた。

 「…ワッ、ワシは…ワシは…ワシはっ???!」

 周囲が静かになるにつれ、徐々に彼は自分のしでかしたことに恐怖し始めていた。
 言われもない恐怖と孤独に震えだしたその時、そんな彼に問いかける声が起きた。

 「鈴原君…。あなた、碇君に何をしたの?」

 振り返るトウジ。するとそこにいたのは、神秘的な美貌を具えた、痛々しい包帯巻き
姿の少女、綾波レイであった。彼女は声色こそ普段通りだが、いつもより若干眉を潜
ませ彼を見据えていた。…彼女が唯一、心を開き掛けていた存在…『碇シンジ』を傷
つけられたせいであろう。

 「ちっ、違うんや綾波! これはなんかの間違いで…」

 己の不安からか、取りあえず話を聞いて貰おうと彼女に手を伸ばすトウジ。
 しかし、トウジのその掌を見た瞬間、彼女の様相が一変した。…何故なら、
彼のその掌には、生々しい鮮血ねっとりとまとわりついていたからである!

 「…ヒッ!?

 只でさえ白い顔色を更に青ざめてながら、思わず身を引くレイ。
 一件怖いモノなしに見える彼女であるが、実は肉の触感を想起
させる血液そのものが大の苦手だったのである。

 「こっ、これは違うんや! わっ、ワシは…」

 「ひっ、ひひっ、非常召集っ! わたし先行くからっ…って、
碇君に宜しく伝えておいてっっ」

 それだけ言うと、凄まじいダッシュ力で砂塵を巻き上げながら逃げていく
綾波レイ。

 「…っ!? まっ、待ってくれ綾波っ、…これは違うんや!
なんかの間違いなんやぁぁぁっ!!」

 一方、彼女のその態度に言われもない不安に駆られたトウジは反射的に
彼女を追いかけようとした。
 しかし。次の瞬間、彼は何者かによって背後から羽交い締めされてしまい、
後を追うことが出来なかった。

 「なっ、なんや?!」

 「鈴原トウジっ! キサマをサードチルドレン殺害容疑で強制連行する!!

 何処からともなく現れた屈強なブラックメンたちによって、羽交い締めされたまま
ズルズルと校舎の影に引きずられていくトウジ。

 「ちっ、違うっ! これは何かの間違いなんやっ!! ワシは無実やあああぁぁぁっ!!!」

 「やかましいっ! 申し開きはネルフの取調室でするんだな!!!」

 「いっ、いややぁあああああっ! くさい飯はいややぁぁ!

 抵抗空しく、彼の声色は徐々に遠ざかっていった。どうやら既にクスリの効き目
は切れてしまっていたようである。

 『うぅっ…ゴメンよトウジ! 僕が初号機パイロットに返り咲いたあかつきには
きっと助け出してあげるからねっ…』

 彼への謝罪もそこそこに、次の瞬間慌てて駆け出していくシンジ。彼と3人目の
レイが企てた作戦は、これからがいよいよ本番である。
 

 <再び人影のない校舎裏。AM9:55>  

 

 「もう…一体何だったのよ…」
 

 一人ゴチながら、そこに現れたのは洞木ヒカリであった。彼女は先程の騒ぎで
他の女子生徒達に巻き込まれ一緒に逃げてしまっていたのだが、やはり彼の事
が心配だったのであろう。こうして再び様子を見に戻ったのである。
 しかし。もはやその場に人影はなく、またコンクリの瓦礫から何かを引っぱ
り出した跡がある事から、どうやら『碇シンジ』も無事救出され、既にどこかへ
運び出されているようである。

 「い、碇君…大丈夫だったのかしら……って、あら? 何かしら…??」

 その時、突如ふわりと微風がそよぎ、何かが彼女の足下に舞い降りてきた。
 ふと気づき彼女がそれを拾い上げてみると、それは一枚の写真であった。

 「…こ、これはっ?!」

 そこに写っていたモノを見て、ボッと火がついたように顔を赤らめる彼女。

 …それは、去年の体育祭でのワンシーン。
 一組のカップルが、互いにはにかみあいながらも仲良く手を取り合い、フォーク
ダンスに興じている貴重なツーショットの瞬間を捉えたモノであった。

 「もしかして…さっき鈴原が言ってた写真って、コレのこと……?!」

 はやる動悸に耐えようと、胸に掌を当てながらも写真を目が逸らせなく
なってしまうヒカリ。
 しかし次の瞬間、そんな彼女の目を強制的に覚まさせるが如く、突如
けたたましい警報が鳴り渡った。
 

 只今東海地方を中心とした関東・中部全域に、特別非常事態宣言が
発令されました………住民のみなさんは速やかに所定のシェルターへ避
難してください………繰り返します………住民のみなさんは速やかに…
 


 <Dパートに続く>


 淡乃祐騎さんからいただいた第3話Cパートの後編です。

 元ケンスケ、主役になったことをいいことに悪のしほうだいでしたが(第壱中の美少女を総ナメにするとか)、ついに途方も無い大怪我に発展してしまいましたな‥‥。

 まぁここまでついてこられた読者の方で同情される方も皆無と思いますが(笑)
 それにどうせすぐ復活してくるに相違ないのです(爆)

 さて‥‥次回、元シンジは首尾よくエヴァに乗り込むことが出来るのか!?

 続きも楽しみですね。

インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる