「碇君いってらっしゃい…。今日も、がんばってね♪」

 先週同様、登校するシンジを玄関先まで見送るレイ。

 正に新婚夫婦の如き朗らかな雰囲気を醸し出していたのだが、不意に
シンジの顔つきがくぐもったものになった。訝しげに自分をみている彼に
対し、つられてレイも不思議そうな顔つきになった。

 「…何?…わたしの顔がどうかした?」

 「…。綾波さ……この家に来てから、少し太ったんじゃない?」

 「………(ギクッ)!?」

 「あ、いや…。元々綾波は華奢な感じだったし、今くらいで丁度いい
のかもしれないけどさ…」

 …シンジの言うように、以前の彼女をよく知らないものがみれば、誰も
その様なことは微塵も思わないだろう。寧ろ全く無駄のない、洗礼された
プロポーションを誇る健康的な美少女としての評価を得るはずである。
 しかし。その健康的という点において、シンジは以前の彼女との相違点
に気がついたのである。…今の彼女には、思春期の少女らしく、血色の
良い華やいだ雰囲気がある。ともすれば、類い希な美貌を具えながらも
どこか排他的な不健全さを孕んでいた以前の様相からは完全に一線を
画した感じであった。
 言ってみれば、体格がどうこうというよりも寧ろ雰囲気的に女性らしい
まるびを帯びた感じになったということなのであるが、あいにくこの少年
は重度の朴念仁であるが故、感じたまんまの事象をそのままストレート
に吐いてしまったのである。

 更に、運悪く彼女自身にも何らかの心当たりがあったようである。
 次の瞬間、顔色が急速に悪化したかと思うと、そのままピクリとも
しなくなってしまった。その後彼が何とかして紡ぎだしたフォローの
台詞も、もはや耳には入らなかったようである。

 「…『太ったね』…肥満傾向の体型を指摘するコトバ…初めて言われたコトバ…
未だかつて、誰にも言わせたこと無かったのに……ブツブツ……

 「あ、あのぅ…綾波さん…??」

 「……ブツブツ…………ブツブツ……

 …もはやどっぷりと暗黒の深淵に浸かってしまっているようである。

 「…。そ、それじゃ僕はもう行くから…ネルフの偵察、気をつけてね…」

 後ろめたさを感じつつもどうして良いか解らないシンジは、お得意の念仏
を捉えることもなくそのまま立ち去ろうとした。…しかしその去り際に出た一
言が、彼女の中にある何らかのツボを突いたようである。

 「…!? …今日は偵察には行かないわ…」

 「……へ??」

 「……。行かないって言ったらイカナイノッ

 突如我に返ったレイは、凄絶な目つきでギロリンッと彼を睨みつけながら言った。

 「ヒィッ…そっそうだねそのほうがいいよそれじゃぼくもういくからさいなら〜っ」

 何やら不穏な気配を察知したらしく、シンジは流れるように台詞を紡ぐと、
そのまま脱兎の如く部屋を後にしていった。

 「…。やっぱり、あれの存在がいけなかったのね…」

 そそくさとリビングに戻ったレイは、彼女専用の物置と化している方ウォード
ローブを開いた。そして中から先週彼女がネルフ偵察の際に何故か持ってい
った『厳選!街角グルメ情報』という小冊子を取り出す。
 次いでそれをぱらりと捲り『割引特典』と見出しがついたページをひらく。
 そのページは、掲載された各飲食店ごとに切り込み線がはいっており、それ
ぞれ割引チケットとして利用できるようになっていた。…しかし。何故かページ
の半分は使用済みらしく、既に切り抜かれていたりする。

 「…。早急に処分しなくては……って、こ、これはっ??」

 再びそれを閉じようとするレイだったが、それよりも一瞬早く何かに気がつい
たようである。

 「…。ケーキバイキングお一人1500円の所を900円…期日は…今日まで…
…そう…そういうことなのね…今日使わなくては、このチケットとバイキング
用のケーキ幾つかが、只のゴミになってしまう
んだわ…」

 …はふぅ……とアンニュイな溜息を漏らしつつ、複雑な表情になるレイ。

 「……ゴミ。…要らないものがいっぱい…夢の島も、もう満杯…。地球環境の
の悪化を防ぐためには、わたしがなんとかするしかないのね…」

 踏ん切りをつけたのか、パタリと小雨冊子を閉じて言った。

 「…。碇君が頑張ってるのに、わたしだけ家でごろごろしながらポテチ食べてる
わけにはいかないわ。…わたしは、わたしの出来ることをしましょう…」

 結局その後、彼女は先週同様におめかしして部屋を後にしていった。その際、
先程の小冊子を大事そうに持っていったのは、いうまでもない…。


 NEON GENESIS EVANGELION "K≠S"・・・第3話「ナツミ」_B 


 
 「ナ〇タワレナニハズシトンジャボケ〜ッ!!(9/23:PM8:40)」

 先の曲がり角から突如聞こえてきた意味不明の叫び声に、
思わず立ち止まるシンジ。次いで恐る恐る声がした方の角を
覗くと、そこには顔見知りの少女がポツリと佇んでいた。

 「…ほ、洞木さん!?」

 「…。おはよう、相田君…」

 「…いっ…今の野太い声、まさか洞木さんが…??

 「…。ん? あたしがどーかした?」

 相変わらず、朝の陽光がよく似合う爽やかな笑みを称えるヒカリ。その
笑みを見たシンジは、先程の声が自分の幻聴であったと認識した。

 『…こんなに爽やかな女の子が、あんなえげつないダミ声出すわけないよね…
きっと、ぼくの聞き間違いだ…

 「…。さっきから何? あたしの顔じっと見つめちゃって。…何かついてる?」

 「い、いや…そうゆーわけじゃないんだけど…。それより洞木さん、こんな
ところで誰待ってたの?」

 「べっ、別に待ってたってわけじゃないけど…ただ…」

 何下に出たシンジの台詞によって、今度はヒカリの方が少し慌てた風な
様相になった。

 「ただ…何?」

 「…。相田君、何時も鈴原と一緒に登校してたでしょ?…たからその…」

 「…。もしかして、トウジを…?」

 「べっ、別に待ってたわけじゃないったら! あ、あたしはただ委員長
として、クラス全体の出席確認を……」

 その事象はいかんともしがたい彼女のウィークポイントなようである。その、
身も蓋もない彼女の狼狽ぶりに、先週同様思わず吹き出してしまうシンジ。

 「あ、相田君! …何よその笑いはっっ」

 「だって洞木さんが…」

 「あたしが何よっ!?ぎろんっ

 「(あうっ…さすがアスカの親友だ!)い、いや…何でもないよ…」

 「…。まったく…あたしが鈴原のこと、すっ、好きだなんて…一体誰が
言いだしたのかしらっ」

 「………(火のない所に煙は立たないんだよ洞木さん…)。」

 相変わらずなヒカリの態度に溜息を禁じ得ないシンジであったが、
彼女の態度を見ていて何かに気がついたようである。…次の瞬間、
ぱっと顔を上げて彼は言った。

 「…。ところで洞木さん…今日の放課後、ヒマ?」

 「…。どうして?」

 「実はさ…今日の放課後、トウジの所へお見舞いに行こうと思ってる
んだけど…一人で行くのも何だし、洞木さん一緒に行かない?」

 「…えっ?…やっぱり鈴原、こないだの事件でどこか怪我したの!?」

 「イヤ、詳しいことは知らないけど…多分トウジ本人が怪我したわけじゃ
ないと思うよ。本人が怪我してるなら、学校からそう連絡があるはずだし…」

 「…。それもそうね。ってことは、家族の誰かが巻き込まれたのかしら?」

 「あいつの家、大人はみんなネルフの研究所勤めらしいし…そう考えると、
やっぱり妹さんなんじゃないかな。妹さん、まだ小学生らしいし…他に面倒
見てあげられる人がいないのかもしれないね…」

 「………。」

 「どうする? 洞木さん。…一緒に行く?」

 「…、いくわ。そう言う状況なら、委員長としてほっておけないもの…」

 仄かに頬を染めつつも、ヒカリは力強い口調で言った。流石にここで茶化す
のはまずいと思ったらしく、シンジの彼女の様相の変化を見て見ぬ振りをする
ことにした。
 

 「…。ところで相田君?」

 「…なに?」

 「ナ〇タが外して負けたんだから、もうこれはしょうがないと思うしか
ないのかもしれないわね
(9/23:PM8:45)」

 「………。」

 

 

 「…え〜、その時私は目薬コーラを飲んで身体の自由を失った彼女に襲いかかり…」

 …生徒達が殆ど自分の話を聞いていないのを良いことに、何やらとんでもない
事を告白し始めた老教師。しかしあいにくそこで終業のチャイムか鳴り、彼に
秘められた衝撃の過去が晒されるのは、次回以降に持ち越しとなった。

 「それじゃ洞木さん…」

 「しょっ、しょうがないわねっ。あんな奴別に気にならない
けど、委員長の責務上、仕方なしにつき合ってあげるわっ」

 「……(伊達にアスカの親友だったわけじゃないんだね洞木さん…)。」

 …二人目のレイ及びエセシンジ(exケンスケ)がともにネルフ関連の
所用で休んでいたせいもあってか、二人は予定通り教室をあとにした。

 

 

 …念のため確認してみたところ、やはりトウジ本人から担任教師の所
へ連絡があったようである。シンジの予想(過去の事象)通り、トウジ本
人ではなく彼の親族が事故に巻き込まれてしまったということであった。
 家庭の事情により他に面倒を見てあげられる人間がいないため、否
応なく彼が休校して付き添っている…と、いうことなのらしい。
 因みに、クラスの生徒達にそれが伝わっていなかった理由は、言う
までもなく担任である老教師がど忘れしていたためである。

 …老教師から彼の親族が入院しているという市立病院の住所を聞き出
した二人は、行きがけに定番のフルーツバスケットを購入しその部屋の
前にまで来ていた。

 「鈴原…ナツミ…。やっぱり妹さんかな?」

 「…入れば解るわ。…サッ、早く早くっ」

 …テレ故かここに来るまでは散々ぶーたれていたヒカリであったが、
流石にここまで来ると気持ちが高ぶってきたようである。入室者名が
記された表札を見て何やら考え出したシンジに対し、彼の背中をぐい
っと押して、盛んに入室を促し始めた。どうやら自分から先に入る気
はないのらしい。

 彼女に後押しされ、控えめなノックの後先に入室したシンジ。すると
その個室部屋にいたのは、ベッドで静かに眠っている、彼が見たこと
もない少女であった。…しかも室内にはその少女しかおらず、トウジ本
人はたまたま席を外しているようである。

 艶やかなストレートの黒髪がかなり印象的な娘であった。白人系の肌
とは異なる純粋な肌の白さを誇っており、小造りで端正なその顔つきと
相重なって、その様は正に博多人形のようですらある。
 一片の曇りすらない完璧な美少女といえたが、しかし一目見た感じで
は彼らよりも少しばかり大人びた感じに見えた。

 「…。綺麗な人ね…」

 「うん…。この娘が、トウジの妹なのかな…」

 「まさか。…鈴原の妹って、まだ小学生なんでしょ? どうみたって
そんな風には見えないじゃない。少なくともあたし達と同い年か、高
校生くらいだと思うけど…」

 「じゃあ、この人誰?」

 「あたしに聞かれても……って、相田君、この人なんかヘンじゃない?」

 不意に何かに気づいたヒカリが、些か声を震わせて言った。

 「何が?」

 「…。この人…息、してないみたい…」

 「…えっ!?」

 「だってほら…幾ら寝てるってったって…さっきからこの人ビクリ
とも動かないし…」

 彼女の指摘通り、普通幾ら寝ていても内臓器官が働いていれば何処
かしらに生命活動を知らせる動きがあるはずである。しかし、その少女
にはそれらが全く感じられず、正に人形かのよう微動だにしていなかっ
たのである。

 それを悟ってか、シンジの顔色もヒカリ同様にすっと青ざめていった。

 「…ま、まさか…」

 「あ、相田君…み、脈の確認、してみたほうがいいんじゃないかしら…」

 「そ、そうだね…そ、そうしよう…」

 ヒカリに言われるまま、些か放心気味のシンジは掛け毛布の一部を捲り
寝ている少女の右手首を掴んだ。体毛の陰りすらない、柔らかくすべすべ
した肌触りに一瞬ドキリとしつつも、その手が驚くほど冷たかたったこともあ
り、彼は慌てて保健体育で習った風に脈をとってみた。

 「…。どう?」

 「…。脈、全くないっス…」

 「………。」

 「………。」

 「あっ相田君っ! なーすコールナースこーるっ!!!

 「あわわわわわ…

 …堪らず腰を抜かしそうになりながら、とりあえずあたふたと
ナースコール用のリモコンボタンを探し始める二人。すっかり動揺
していたせいか、そこに他の足音が近づきつつあることには気が
ついていないようである。

 「なんやさわがしぃなぁ…誰か来とるんか?

 その独特なイントネーションの台詞と同時に、部屋の扉が開いた。
 ハッとして二人が振り返ると、そこには二人の姿を見てキョトンと
なっている、馴染みの顔があった。

 「おおっ、イインチョにケンスケやないかぁ。…見舞いに来てくれたんか?」

 相変わらず黒ジャージな少年、鈴原トウジはのほほんとした顔で言った。

 「…トウジッ!」
 「…スズハラ!」

 久々の再会であるのにも関わらず、切羽詰まったぎりぎりの表情で彼の名を
呼び捨てる二人。状況を考えれば無理もない話なのだが、そんなことなど知る
由もないトウジにとって、その迫力はあまりに唐突であった。

 「なっ、なんやぁ??」

 「このヒトもう息してないよっ」
 「この人呼吸停止してるわよっ」

 …シリアスな劇画風の顔つきで凄絶に告げる二人。その二人の様相をみて
トウジの顔も一瞬だけシリアスモードになったが、次の瞬間には元ののほほん
とした状態に戻ってしまった。

 「なんやそんなことかいな。…いつものことや。心配あらへん」

 「い、いつものことって…」

 彼のその脳天気な言い種に思わず困惑する二人。するとその時、
不意にトウジの背後から、何か別の人影がふっと現れた。

 デニムのオーバーオールを着た9〜10歳くらいの子供であった。
阪○タイ○ースの帽子を深めにかぶっており、俯き加減でいる事
から顔がよく見えないが、恐らく男の子であろう。暫くするとその子
は俯いたまま部屋の中に入ってきた。そして何故か、シンジの目
の前でピタリと立ち止まった。

 「………。」

 「………。」

 「あ、あの…。トウジ、この子は?」

 …なにゆーとんのや…と、彼が返しかけた次の瞬間であった。
 なんと、その子が突如放繰り出してきた情け容赦ないトウキック
が、見事シンジの股間クリティカルヒットしたのである!

 一瞬、何が起きたのか理解できなくなってしまったシンジは、
暫しその体勢のまま身動きを失っていた。しかし、徐々に鳩尾
の辺りからこみ上げてくるファンタスティックな感覚を察知する
と、彼の顔色も見る見るうちに悪化していった。

 「………。おえっ

 …ついに耐えきれず、生まれたての子馬みたいな体勢になって
油汗をしたたらせるシンジ。

 「ふっ、不潔よ相田くんっ!

 「な、何故…???!

 何故か顔を真っ赤にしてイヤンイヤンするヒカリに対し、涙をチョチョ切ら
せながらもあらゆる意味を込めて訴えるシンジ。しかし、それを見ていた
オーバーオールの子が、シンジの台詞を聞いた瞬間、ついにその顔を上
げて言った。

 「バカケンスケ!…テメーこの顔を忘れたってーのかよ!」

 そう言って阪○タイ○ースの帽子をとるその子。するとそこから零れた
のは、ベッドの上の少女に勝るとも劣らない、艶やかに伸びた黒髪であった。
 その瞬間になるまで全く気づかせなかったが、どうやらその子は女の子
だったようである。…整った顔立ちをした美人タイプの少女であったが、
そのボーイッシュな口調と服装が相重なって、ある種の中性的な魅力を
醸し出している。

 「…。ワシの妹、『アキナ』や…。ケンスケはともかく、イインチョには
『はじめまして』やったな?」

 トウジに促されると、少女はチラリとヒカリの方を見やった。
 次いで少しだけ頭を下げて見せるも、直ぐにぷいっとそっぽを
向いてしまった。

 「…。すまんなイインチョ…。こいつ、こーみえてごっつ人見知り
しよんねん。…まぁそのうち慣れるやろから、堪忍したってや」

 「い、いーのよそんな事。でも、相田君にはそうじゃないみたいね」

 …久々に彼と会話を交わしたせいか、仄かに頬を染めて苦笑するヒカリ。
 それに対し彼も同じ様な笑みを称えながら、苦悶しているシンジの近くに
歩み寄った。

 「…。ったくしゃーないやっちゃなぁ…ほれ、落ちたか?落ちたか?

 四つん這いになってファンタスティックな感覚を懸命に堪えている
シンジに対し、彼の腰の辺りを軽いげんこつでトントンと叩くトウジ。
 これは実際にキ○タマ攻撃を受けた男にしか解らないのだが、こう
されると何故か少しだけ楽になるのである。自らを男の中の男と豪語
するだけあって、さすがに彼はそれを心得ていたようだ。

 「もっ…もうすこし…あっ、少しだけ落ちてきたよ…」

 「ホレホレ…ええか?ええのんか?

 「あっ…だ、だいぶさがってきた…もうちょっとで落ちそうだ…」

 『…。な、なんかフケツだわあの二人っ。…で、でも落ちるって何かしら…やっぱり
アレぶるんと……って、あ、あたしってば何考えてるの!? …フケツよぉっ!?

 そんな二人の様子を見て、何故か顔を真っ赤にしているのはヒカリである。
 形だけ顔を背けている振りをしているが、その瞳は執拗に二人の様子を
捉えていたりする。恋する乙女の深層心理は、なかなか複雑なようである。

 「…ふんっ。ふざけた事ぬかすそいつが悪いんだっ」

 一方、ケリを喰らわした女の子…アキナだけは、相変わらずその可愛い
顔をしかめっ面に歪めていた。その頑な態度を見て、トウジはヤレヤレと
深い溜息を漏らした。

 「…。庇うわけやあらへんけど、ケンスケも悪いで? あれだけおまえに
なついとったアキに、『この子誰だれ』呼ばわりしたんやからなぁ」

 「あっ、あたしは別にこんな奴っ…」

 トウジの台詞に反応し、顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になって
しまうアキナ。躍起になって否定するも、そんなアキナをジト目で見据
えていたトウジは、更に言った。

 「…。何時も家で『バカケンスケ』があーだこーだとぬかしとるんは、何処
の誰やったかのう。…ここでその一部始終、晒したってもえーんやで?」

 「………うぅ

 顔を真っ赤に染めたまま、心底悔しそうな顔つきになるアキナ。
 反論したくて堪らない様子だが、これ以上何か言うと墓穴を掘る
事になると解っているのだろう。ただ、余程今の顔を見られたくな
いようで、帽子をかぶり直すと再びそっぽを向いてしまった。

 その様子を見ていて大凡の事情を察知したシンジは、トウジの視線
に対して頷いて見せた。

 「………。と、突然だったからさ…。ごめんね、アキナちゃん」

 幾ら本人ではないとはいえ、その事情を知って罪悪感を感じたのであろう。
 ようやく持ち直してきたシンジは、辛うじて笑みを浮かべて言った。
 …するとその笑みを向けられた瞬間、アキナの顔に別の種の赤みが差した。

 「…。べっ、別に…バカケンスケの事なんか気にしてねーよ!」

 チラリと彼の顔を窺った後、そう吐き捨てると再びプイッとそっぽを向いて
しまった。
 彼女のその愛らしい仕草に思わず和む一同であったが、不意に何か
を思いだしたらしいシンジが突如声を上げた。

 「…って、そ、そういえばあの娘はっ!?」
 「…、そうよっ!…いっ、息していないのがいつもの事ってどーゆーこと!?」

 それに呼応してトウジに詰め寄るヒカリ。いろいろあってつい忘れ去られて
いたが、彼女等のいる部屋には、現に相変わらず呼吸停止したままの少女
がベッドに横たわっているのである。彼女らが慌て出すのも無理はない話
なのだが、しかしそれでもやはり、トウジの反応は鈍かった。

 「だから、こないなこと何時ものことやて…」

 「だから、何でいつものことなの(よ)っ!?」

 思わず綺麗にユニゾンして返す二人。そんな二人を見て、一方のトウジは
逆に困惑気味な顔になって言った。

 「…。イインチョだけならまだしも、なんでケンスケまで焦っとんのや?」

 「…え??」

 「ホンマ、今日のケンスケおかしぃで…。ナツネェのこと、忘れてしもたんか?」

 「…あっ!? い、いやそれは…」

 彼のその口振りからして、この少女もやはり鈴原家の人間だったようだ。
 しかしそれにしても、『あのケンスケ』がここ迄深く鈴原家に関わっていた
という事実は、シンジにとって完全に予想外な事象であった。

 思いもよらなかった状況に、あられもなく狼狽してしまうシンジ。一方その
挙動をやや不審そうに見据えながらも、トウジはベッドの脇に移動した。
 そして次の瞬間、何を思ったのか彼は少女の額あたりを突如『ペシッ』
とはたき、そしてぶっきらぼうに言った。

 「ナツネェ! …いつまで寝とるんやさっさと起きんかいっ」

 「…トウジッ!?」
 「スズハラッ!? あ、あんた何してんのよっ?!」

 彼のあまりに不可解な行動に、思わず声を上げて驚愕する二人。
 しかしその次の瞬間、それまでピクリともしなかった少女の肢体
が、その衝撃に呼応するかのよう微かに反応を起こしたのである!

 「……ん…んん……??

 微かな反応とともに、くぐもった声色を発す少女。その様相を見て
先程既に脈が無いのを確認していた二人は、顔色を失って更に驚
愕せねばならなかった。

 「…ウソッ!?」
 「そんなばかなっ!?」

 …せやからなぁ…と彼が言いかけたのとほぼ同時であった。
 まさしく唐突に、少女の上半身がビクッと起きあがったのである。

 「…ヒッ!?」
 「あわわわ…」

 彼らにしてみれば、その光景は死人が突如蘇った風にしか見えなかった
のであろう。しかしそんな彼らの様相を余所に、その少女は突如ぱっちり
と目を開け、そして気持ちよさそうに背伸びして言った。

 「…ん、ん〜っと…。…あれ? もう朝かしら♪

 「…。あんた寝とったんかーいっ
 「…。確かに脈、なかったのに…」

 そのあまりに緊張感のない第一声に対し、思わず絶妙のタイミング
でツッコむヒカリ。一方、実際に脈をとったシンジは未だ信じられない
といった様相で、呆然として呟いた。

 するとその声色を聞いて、ベッドの上の少女がシンジを振り返った。

 「…。あら? あなたは………」

 シンジを見据え、にっこりと微笑む少女。穏やかな、溢れんばかりの
母性を讃えたその微笑みに捕らわれた瞬間、シンジの顔はかつて無
いほど真っ赤に上気してしまった。

 その複雑な生い立ち故に些かマザコンの気があるシンジにとって、
彼女の微笑みはグサリと『ツボ』に突き刺さってしまったようである。


 <Cパート(地獄のパチキ編)に続く>


 淡乃祐騎さんから投稿作品の続きをいただきました。
 今回から収納部屋を変えてみましたが‥‥似つかわしくないくらいシンジにとっていい話でしたねぇ‥‥

 ツボなキャラクタも出てきたし‥‥案外、シンジはケンスケでいるほうがいいんじゃないか?なんて思ってしまいそう‥‥(笑)

 続きも楽しみです。ぜひ、読後には山下さんへの感想をお願いします。

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