−翌日の朝−

 他に行く宛のない二人は、結局相田宅にて暫く同居する事にしたらしい。
 今二人は、仲良く朝食をとっている最中である。

 「碇君のつくってくれた朝食…とってもおいしいわ♪」

 「綾波に食べてもらえて、僕も嬉しいよ♪」

 「碇君、おかわり…いい?」

 「いいよ♪…たくさんあるから、遠慮なく食べてね♪♪」

 「ありがとう…感謝の言葉♪♪」

 …いろいろあったわりには、結構楽しくやっているようである。


 NEON GENESIS EVANGELION "K≠S"・・・第二話「対峙_A」
 ※このお話は"K"君の新たな魅力を模索するためのものであり、決して彼を奈落の底に突き落とすための
ものではありません。ご了承ください。
 

筆者:淡乃祐騎さん


 
 シンジ:「………♪」

 レ イ:「………♪」

 シンジ:「………。」

 レ イ:「………♪」

 シンジ:「………って、和んでる場合じゃなかったんだっ」

 お茶碗を手にしたまま、突如猛烈な勢いで立ち上がるシンジ(現ケンスケ)。
 一方レイは、そんな彼をチラリと見上げながらも、箸を止めることなく冷淡に言った。

 「…何故?」

 「なっ何故って…そんなの決まってるじゃないかっ」

 フンフンと鼻息を荒げるシンジ。一晩経ち、どうやら立場が逆転したようである。

   「今日からいよいよ相田ケンスケとして学校に行かなくちゃいけないんだよ!?
…そこには僕になりすましたケンスケがいるはずだし、二人目の綾波もいるかも
しれない。…今の僕は、彼らにどーやって接すれば良いのか解らないんだ!!」

 「そう。よかったわね」

 いっこうに取り合わないレイ。ただひたすらシンジの用意した朝食をついばんでいる。
 前世の因縁故か、かなり家庭の味に飢えているらしい。

 「…あ、綾波!…ちょっとは僕の話を聞いてよっ…」

 「きいてるわ…」

 さもめんどくさそうに返すレイ。無論その際も、箸は止まっていない。

 「…。綾波…そんなにぱくぱく食べてると、そのうちミサトさんみたく下腹部がぷっくらと…」

 全く取り合わないレイの気を引こうと、かつての同居人を引き合いに出すシンジ。
 その効果はてきめんで、彼女の名が出た瞬間、高速移動していた彼女の箸がぱたりと
とまった。箸を置き、ゆっくりとシンジを見上げるレイ。ギラリと底光りする彼女のその赤い
瞳を見た瞬間、シンジは己の放った台詞に効果がありすぎたことを察知した。

 「…。碇君…」

 「…は、はいっ」

 「…。ヒトには、言って良い事と悪い事とがあるわ。…今のはどっち?」

 「(ひぃ…)…わっ、悪いことだと思います!」

 「…。そう…。それじゃ、こんな時どうすればいいのか…わかるわね?!」

 「(うぅっ…)…。今日の夕飯もにんにくラーメン(チャーシュー抜き)にするよ…」

 「…。そう…よかったわね♪」

 …余程嬉しいのか、それ迄とは正反対の微笑みを讃え彼女は言った。
 そのあまりの豹変ぶりに、シンジの表情は逆にどんよりと曇ってゆく。

 『うぅっ…僕を守ってくれるっていう昨日の言葉…信じても良いんだよね…』

 思わず縋るような目つきなって彼女をみやるシンジ。しかし彼女の関心
は既に目の前の朝食に移っているようで、彼には目もくれていなかった。

 『うぅっ…。僕は君を信じているよ…』

 ますます悲壮感を醸し出すシンジ。早くも彼は相田
ケンスケという少年を自己流にアレンジし始めたようだ。

 

 

 「大丈夫。問題ないわ…」
 

 …結局彼女がシンジにとりあったのは、シンジが
煎れた食後のお茶を啜り終わってからであった。

 「碇君は何も心配しないで。…わたしのいう通りにすればいいわ」

 優しく諭すように言うレイ。しかし、彼女の一連の挙動をみていて
いまいち信用がおけないと感じているシンジは、不安そうに聞き返す。

 「そ、それで、僕はどうすれば…?」

 「…そうね。…相田君に対しては、まだあなたが碇シンジだということ
を自覚していないと思わせておいた方が得策でしょうね。はっきり言って
彼自身が既に気づいている可能性の方が高いけれど、確実にそうだと
は言い切れないわ。だから極力自分からの接触はさけ、それでも話しか
けられてしまった場合には、探りを入れるためにも気づいていない振りをするのよ」

 「う〜ん…。でも、やっぱり気づいてて、逆に開き直られたらどうするの?」

 「その時はしょうがないから、認めるしかないわね。でも、碇君の方も今の
生活の方が気に入っていると思わせなければならないわ。間違っても、
初号機パイロットの座を奪い取ろうとしているなんて、悟られないようにね」

 「…。でもケンスケのままがいいなんて、なんかウソ臭くないかな…」

 「…。そ、そうかもしれないわね…」

 「………」

 「…………。それじゃこうしましょ」

 気を取り直し、ポンと手をたたいて彼女は言う。

 「前の碇君がエヴァに乗ることを嫌がっていたのは明らかだし、それは彼
も知っていると思うわ。だから、今の生活が気に入った訳じゃなくて、寧ろエヴァ
のパイロットにならなくて済んだって考えていることにすればいいわ。だから、
相田君に何か言われたら、自分はエヴァのパイロットになってしまった彼に同情
している…と、思わせるのよ」

 「なるほど…。それなら、心配している振りをして、
ネルフの事とか詳しいことも聞き出せるかも知れない」

 「…そうね。それで油断しているところを後ろから一突きするのも
良いかも知れないわ」

 「…。ひ、一突きするかどうかはともかく…ありがとう綾波。
何となく、イメージができあがってきた気がするよ」

 「…♪。それと後は二人目のわたしに対してだけど…必要以上に
関わらない方がいいわ」

 「…えっ?…ど、どうしてさ??」

 憤慨したような口調で返すシンジ。彼にしては珍しい事だが、その分、彼が
彼女にどう接しようとしていたのかが端的に現れる挙動であった。
 一連の背景から、彼が二人目の自分にかなり愛着心があることを知っている
彼女は、シンジのその挙動を見た瞬間、あからさまにムッとした表情になった。

 「…何?…碇君。…まさか彼女に、自分のことベラベラと
喋るつもりだったんじゃないでしょうね…?」

 「(うぅっ…こ、こわい…)…そ、そんなことはしないけど…ただ、もう少し仲良くできたらなと…」

 …彼女の冷たい視線に、何故か疚しい気持ちになって更にしどろもどろしだす
シンジ。そんな彼を見ているレイの目つきは、当然の如く更に冷気を増していく。

 「…。その必要はないわ碇君。…ってゆーか、彼女と喋っちゃダメ

 「…えぇっ!?…そ、そんな横暴な…」

 …と、言いかけたモノの、それまでと同様彼女の鋭利なひと睨みにあい、
敢えなく意気消沈に至ってしまう。

 『うぅっ……』

 「…。と・に・か・く。極力彼女とは関わらないこと。…あの娘、ああ見えて
かなり鋭い観察眼を持ってるのよ。…あなたのド下手なイモ芝居なんて、速攻
で怪しまれるにきまってるもの。…って、そう考えれば、単に喋らないだけじゃ不安
だわ…。碇君…やっぱりあなたには、彼女の視界の中に入る事すら許されないわ

 …何故かとんでもなく論理を飛躍させるレイ。不条理きわまりない
言い種だが、これ以上対抗すれば、そのうち同じ空気を吸っちゃダメ
とか言い出しかねないと判断したシンジは、結局何も言わなかった。

 「………」

 「………。碇君…わたし、意地悪でこんな事言ってる訳じゃないわ」

 …シンジが何も言い返そうとしないのを見て彼女は
何かを察知したらしく、逆に沈痛な趣になって言った。

 「彼女を慕う、碇君の気持ちは解る。…でも、現時点に於いて彼女は
ネルフ側の人間だし、逆にわたしたちはネルフを欺こうという立場にあるわ。
彼女に怪しまれれば、碇君が危険な立場に追い込まれてしまうかも知れない。
わたしはただ、碇君が心配なだけ…」

 「あやなみ…」

 沈痛な趣で俯いてしまった彼女を見て、シンジの胸はチクリと痛んだ。
 『僕は何をやっているんだ…』…と、後悔の呪詛を呟く。

 「…。解ったよ綾波…。二人目の君には近づかないようにする」

 「…いいの?…碇君…」

 「いいんだ。…僕は、今ここにいる綾波を信じるって決めたから」

 「イカリクン……ありがとう…

 そこで彼女は、とっておきの健気な微笑みを浮かべてみせる。
 その笑みを垣間見た瞬間、シンジの脳裏から彼女に対する
疑心が雲散霧消したのは、言うまでもない。

 

 「それじゃあ綾波…行ってくるよ」

 制服に着替えたシンジは、玄関まで見送りについてきた彼女に言った。

 「うん。碇君…気をつけてね」

 「…。あ、そうだ…綾波、お昼とかどうするの?…綾波は
目立つから、あんまり出歩かない方がいいと思うけど…」

 「心配してくれてありがとう、碇君…。でも、大丈夫よ。どこか
外で食べてくるから」

 「…ええっ…で、でもネルフの人に見つかったりしたら…」

 「…。大丈夫よ。ちゃんと変装していくから。それに、碇君が
がんばっているのに、わたしだけ家でのんびりしているわけに
はいかないわ。だから碇君が学校に行っているあいだ、わたし
は今のネルフのこととか、いろいろ調べてみるわ……」

 「…そ、そんな…危ないことは止めてよ!」

 「…わたし、碇君の役に立ちたいの。だから解って、碇君…」

 赤い瞳を潤ませ、健気に微笑んでみせるレイ。その微笑みに精神
汚染されてしまった彼は、歓涙に噎びながら相田宅を後にしていった。

 「……。さて、わたしも準備しましょう…」

 シンジが出ていった後、彼女はそれ迄と違う種の妙に楽しげな笑みを浮かべ
リビングに戻っていく。…そして彼女は備え付けのウォードローブをあけ、中に
隠しておいたらしい、某有名デパートの紙袋をとりだした。

 「……♪♪」

 何やら楽しげに包みを解いていく彼女。やがて中から姿を現したのは、
エレガントな白のワンピースと、避暑地でよく見かける、鍔の大きめなリボン
付きの麦藁帽子であった。

 

 …そして数十分後。

 そこには先程の白いワンピースに着替え、すっかりおめかしした彼女がいた。
 彼女はソファの向かいにある全身鏡の前にたち、クルリと一回転してみた後、
満足げな笑みを讃え一人呟いた。

 「…。かんぺき…」

 どうやらそのお洒落な洋服に着替える事=彼女がシンジに言った変装だった
ようである。次いで麦わら帽子をやや深めにかぶると、それで彼女の変装は完璧
に終了したようである。そのまま玄関に向かいかけるが、ややあって何か思いだ
したらしく、再び戻ってきてウォードローブの棚を開いた。彼女はそこから、それ
も隠していたのであろう『厳選!街角グルメ情報』という小冊子を取り出すと、
それを片手に楽しげなハミングを漏らしながら部屋を後にした。
 因みに、ネルフを調査するのに何故街角のグルメ情報が必要なのかは、彼女
にしか知り得ない永遠のである。

 

 …その頃。ケンスケ初心者なシンジは、かつて赤毛の女の子
が同伴していたとき以上にビクビクしながら登校していた。
 おどおどしながらしきりに周囲を気にするその挙動は自ら
疚しさを誇張しているかのようである。
 しかし次の瞬間、そんな彼の背中が突如無遠慮にはたかれた。

 「相田君おはよ!」

 「………っ!?」

 …思わず2、3歩よろめきながら、その無遠慮な相手を見定めようと
背後を振り返るシンジ。そこには、第壱中学の女子制服を身に纏った
かつて見覚えのあるそばかす顔の少女がいた。彼女は朝の日差しが
よく似合う、清々しい笑みを讃えて彼を見据えている。

 「…ほ、洞木さん!?」

 「…あら。珍しいわね…相田君があたしのこと名字で呼ぶなんて」

 「…え!?…あ、あのその……」

 「………、ん〜??」

 咄嗟のことで整理がつかないのか、更にしどろもどろになるシンジ。
 しかしそんな彼の不振な挙動にも気づかず、彼女は怪訝な顔をして彼
の顔を覗き込んできた。…その愛らしい顔が突如間近まで接近したせいで、
彼は顔を真っ赤にして顔を逸らした。

 「…な、なに??」

 「相田君。…眼鏡はどーしたの?」

 その顔を間近に寄せたまま、怪訝そうに問う彼女。

 「あ!?…そ、それはその…心境の変化というやつでその…
そ、そう!…コンタクト!…コンタクトレンズに代えたんだよっ……」

 「……。ふーん。『心境の変化』だなんて、なんか女の子みたいな事いうのね」

 「………ううっ

 懸命に用意していた言い訳を試みるシンジ。その台詞を聞いて彼女は
暫く不審そうな顔をして彼を見据えていたが、やがてにっこりと微笑み
軽くウインクして見せながら言った。

 「…でも、結構良いんじゃないかしら。…暫く続けてみたらどう?」

 「………」

 …その魅力的な笑顔に、図らずもシンジの頬が真っ赤に染まった。

 『洞木さんって、こういう娘だったんだ…』

 その発見は彼にとってかなり意外だったようだ。…以前の彼の周囲
には、標準をかなり上回る美貌の持ち主が多かったせいもあるだろう。
 単に容姿だけで見れば、彼女の魅力はかつて彼の周囲にいた女性達には
適わないかも知れない。けれど、今彼女から感じる魅力は単に容姿だけ
によるものだけでなく、寧ろ内面から醸し出されているところが大きいよう
だった。それが彼にとっては新鮮であり、とても心地よいものに感じられたのだった。

 『前はいろいろあって気づく暇なかったけど…なんか、いい娘だよね…
この顔に接近しても拒絶反応とかないみたいだし…。でも、彼女は確か…』

 「…。ねぇ、相田君……」

 彼がその記憶を取り戻すよりも一瞬早く、彼女は言った。

 「…鈴原も、最近ずっと休んでるんだけど…何か、あったのかな……」

 その言葉と同時に自分が何を忘れていたのかを思い出したシンジは、
思わずまじまじと彼女に見入ってしまった。そんな彼の視線を浴びて、
彼女は自分の意図が察知されたかも知れないと思い至ったようである。
 途端に顔を真っ赤に染めて、彼女は大声で言い訳をはじめた。

 「…べ、別に深い意味はないのよっ!?…あたしはただ、
委員長としての責務で聞いてるだけなんだからっっ」

 「………」

 彼女のその、あまりにも解りやすいリアクションに対し、思わず失笑を漏
らしてしまうシンジ。彼のその態度を見て、彼女の顔には更に濃い朱がさした。

 「あ・い・だ・く〜んっ!…何よその含み笑いはっっ」

 「べつに……意味なんてないよ」

 それでも、どうしても笑みが零れてしまう彼は、
それを見せまいと不意に歩を早める。

 「…あっ…ま、待ちなさいよ相田くんっ」

 何とか誤解を解こうと、彼の後を追い自らも歩を早める彼女。
 しかしその時シンジは、逆に一つの懸念材料を抱くに至っていた。

 『トウジの妹…また大けがしちゃったのかな…』

 

 結局シンジはその後洞木ヒカリに捕まってしまい、『ヘンな勘違いして
妙な噂流し込まないでよっ』と、散々につつかれながら学校に到着した。

 かつて見覚えのある、懐かしい教室の扉を潜るシンジ。…結果的に
前世ではこのクラスともあまり縁がなかった彼であったが、それでも
やはり、見覚えのある顔を見つけると回顧の念に駆られるのであろう。
 彼は、思わずその場に立ちつくしてしまった。

 「…。ずいぶん減ったでしょ…クラスの子」

 そんな彼を見て、やや寂しそうな声で話しかけるヒカリ。彼が
その点で驚いていると勘違いしたようである。

 「相田君も、ここ最近休みだったから知らないでしょうけど…例の
『ロボット事件』のあと、急に疎開する子が増えちゃってね…」

 「…。それって、そんなに被害大きかったのかな…」

 「さぁ…。テレビじゃ死傷者は出なかったって言ってるけど…
なんか、あんまり信用できない気はするわね…。…って、いつもなら
相田君の方がこの手の情報に詳しいのに…?」

 「…えっ!?…あ、ああ…最近ちょっと、遠くの親戚の家に行ってたからさ…」

 …などど、彼が相変わらずのイモ芝居を繰り広げている最中、不意
に背後から声を掛けられ、二人はビクリと反応し声の方向を振り返った。

 「どいてくれる……」

 『……!?(こ、この声はっ)』
 

 …二人が振り返ると、そこには腕と頭に包帯をぐるぐるに巻き、正に満身創痍
といった風貌の少女がいた。…現在、彼が自宅で同居している少女と、全く同一の容姿を
持つ彼女。…それは紛れもなく、彼らが言うところの『現存する綾波レイ』本人であった。

 「お、おはよう、綾波さん…」

 彼女の雰囲気にやや怯みながらも、声を掛けるヒカリ。しかし。それに対し
彼女は、感情の欠落した冷たい目をチラリと二人に向けただけであった。
 二人が道をあけ、自分の通るスペースが確保された次の瞬間…彼女はそのまま
挨拶を返すこともなく、無言のままさっさと自分の席の方へ行ってしまった。

 『綾波………』

 …良くも悪くも、人間らしい感情の起伏を見せるようになったもう一人の彼女。
 それに慣れていたせいではないのだろうが、彼は二人目の彼女が完璧に自分を
無視したことにかなりのショックを受けたようであった。しかし、一方のヒカリはそんな
彼女の態度にも慣れきっているかの様子で、ヤレヤレと溜息を漏らしながら言った。

 「綾波さん、相変わらずね…。やっぱり彼女が
心を開くのは、あの子に対してだけなのかしら…」

 「あの子……??」

 「…あ、そうそう…相田君は知らなくて当然だけど、先週この
クラスに男の子が一人転校してきたのよ。…碇君って言うんだけど…」

 「……!?」

 「…彼、何と例のロボットのパイロットらしいわよ。…しかも
綾波さんも同じパイロットで、今の怪我はそれの訓練してるとき
事故に巻き込まれて受けたらしいわ」

 「…それ、綾波がみんなにそうやっていったの…?」

 「まさか。…彼女はそんなこと言わないわ。教えてくれたのは
みんなその碇君って子よ。自分がパイロットだってことも含めてね。
 綾波さんのことは、その碇君が彼女から聞いた話を、みんなにも教えて
くれたのよ。…普段誰とも口をきかない綾波さんも、やっぱりパイロット
仲間の彼だけは、例外なのかしらね…」

 「………。」

 「相田君、興味があるんだったら直接彼にきいてみたら?…守秘義務とか
で話せないことも多いみたいだけど…彼自身はとても気さくな良い子だから、
邪険にはしないと思うわ…。あ、ほら、もう来てるみたいだし…」

 「…え!?…ど、とこに??」

 急に人格が変わったかの如く目の色を変える彼に対し、ヒカリ
はやや引き気味になりながらも、ある場所を指さした。
 そこは、綾波レイの席の隣。クラスの中で一番大きな人の輪を
形成している席であった。その光景だけで、そこにいる彼が如何
にこのクラスで人望を集めているのかが一目瞭然である。
 しかし、形成された人垣のせいで、そこに座っているのであろう
本人の姿をここから覗くことは出来なかった。
 彼がそこを注視していると、やがてその人垣をよけて綾波レイが
自分の席に腰掛けた。すると次の瞬間、彼は『自分のかつての声色』
が腹話術の如く、その人の輪の中心から漏れてくるのを聞いた。

 「おはよう…綾波」

 『…………!?』

 「おはよう…碇君」

 「…あっ!!」

 先程とは全く異なった、険のない穏やかな表情をして答える彼女のその
様相を見た瞬間、思わず彼は声を上げてしまった。彼自身は自覚してい
なかったが、その声はかなり大きかったようである。その結果彼はクラス
中の視線を浴びる事になってしまうが、その時既に彼はある一点のみに
関心を奪われており、その事実には気づかなかったようである。

 彼が見据える視線の先には、先程までそこにあった人垣の輪が崩れ、
微かな間隙からそこに座っていた一人の少年の姿が垣間見えていた。
 そして、そこにいた少年も、微かな隙間を覗く彼の視線に気がついた
ようである。…少しの間を於き、その少年は彼をじっと見据えながら、
やがて穏やかな微笑みを讃えて、言った。

 「おはよう……」

 その声色と容姿。それは紛れもなく過去の自分、碇シンジそのものであった。


 <Bパートに続く>


 AパートとBパート、まとめて投稿です。つづけてどうぞ‥‥。

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