冷めた子供だったと思う。
敢えて言うならば狂っていたとまで言えるかも知れない。
周りの大人たちは僕に恐怖していたんだ。
どんなに残酷なことも平気でした。
クラスメートを植物人間にしたときですら僕は笑ってたんだ。
『そうしなければ僕がやられてたんです。だから不可抗力なんです』
そう言った僕を刺し殺そうとした彼の母親も、僕は躊躇なく殺したんだ。
だって仕方ないじゃないか。
これは正当防衛なんだから。
実際に僕には何の法的措置も取られなかった。
だから僕は悪くない。
何もしてないのに僕を苛める奴が悪いんだ。
ボクハワルクナイ。
僕の母さんは精神に異常をきたしてたんだ。
父さんは僕が生まれてすぐに居なくなった。
顔も知らないし、名前すら知らない。
今では知りたいとは全く思わない。
いや、正直なところ知る術もないといったほうが正しいかもしれない。
僕が3歳になったときに生まれた妹。
彼女が望まれない子供だったことに気がついたのは多分僕が11歳になった時のことだったと思う。
知るはずもない。
僕が物心ついたときには母さんはもうまともに話も出来なくなっていたし、何より妹が僕と父親を異にしているのを理解するにはそれなりの知識が必要だったのだから。
愛なんてなくても男と女が一人ずついれば子供が作れるなんてことは知らなかったから。
大人たちの言う言葉の意味も知らなかったから。
ああ、母さんは犯されたんだね。
そして僕は理解した。
母さんの僕への異常な愛情と固執、そして妹への憎悪と恐怖の意味を。
だったら産まなくてもいいのに。
何故産んだのかは今でもよく分からない。
母さんはいつも言っていたのに。
『シンちゃん…あの子は悪魔の子なの。だから好きになっちゃダメ』
ダッタラノロエバイイ?
コワスタメニ、ケガスタメニアルノ?
楽しそうに笑うんだ。
母さんは妹を──レイをゴミのように扱っていたし、僕も『それ』をゴミだと思っていた。
母さんは『それ』に餌を与えなかったし、機嫌の悪いときには蹴りつけて憂さを晴らしていたから。
僕も『それ』で遊んだんだ。
殴りつけると泣き喚くんだ。
僕よりも弱いし、僕を苛めないから楽しいんだ。
母さんもいいって言ってたから。
だから僕は悪くない。
僕は『それ』を玩具にしてもいいんだ。
そして楽しそうに笑うんだ。
だから。
時々様子を身に来る近所の人がレイに餌を与えるのを、僕は不思議そうに見ていた。
死なない程度に調整してるのに。
そんなことしても特にもならないよ。
どうしてレイを抱きすくめて泣いてるの?
可哀想に?何が?それが?
分からないから僕はそんな風に声に出して呟いていた。
『ねぇ、勿体無いよ…ご飯』
『え?』
驚いた風に僕を見る。
まるで人形がしゃべったかのように、意外そうに。
いや、僕なんて人形と同じなのかな?
そうかもしれない。
何をしても笑わない子供だったんだ。
いやらしい嗜虐の笑みだけが張り付いていたんだ。
それしか知らなかったんだ。
でも。
僕はこの時、不思議なことに純粋に、本当に純粋に問い掛けていた。
『だってそれにやると母さんが怒るんだ。どうしてそれなのに餌をやるの?殺しちゃえばいいのに…』
遊べなくなるなら殺しちゃえばいい。
いつかそれが強くなって、僕に仕返しするかも知れない。
そう言って僕は『それ』に蹴り付けようとした。
でも、それは寸前で阻まれる。
見上げれば。
とても哀しそうに見ていた。
彼女は──惣流キョウコは、僕を哀れむように見ていたんだ。
その眼が気に入らなかった。
僕は可哀想な子なんかじゃない。
けれど、何も言わずに抱きしめられた僕は。
異常性のないただ暖かい愛というものに、生まれてはじめて涙を流して泣いていた。
デモ、シラナケレバヨカッタ、アイナンテ。
地獄だった。
それからは毎日が地獄だった。
僕が12歳になった時、僕は僕がレイにして来たことの罪を知った。
憎しみと恐怖だけが僕に向けられるんだ。
怯えた目で僕を見ている。
振り上げた腕にがくがくと振るえている。
地獄だった。
僕が妹に優しくするだけで、妹は理不尽な暴力を受けていた。
そして僕の方を見ていたのだ。
憎々しげな眼で!
呪うような眼差しで!!
だから僕は…もう。
耐えられなくなって、気がついたら。
包丁を握り締めて。
殺した。
僕は母さんを殺していた。
怨(えん)。
僕の怨んだのは何か。
分からない。
知るはずなんてなかったんだ…。
ちらり…ちらりと。
雪が降る。
僕の夏は死んでしまった。
この心も腐れ落ちてしまった。
家を飛び出した僕はただ町を漂うんだ。
レイは惣流の家に引き取られていった。
僕はずっと捨て犬のように彷徨うんだ。
ねぇ、誰か教えてよ…。
僕は何を怨み、何を信じればいいの?
そして、それから五年の歳月が流れて…。
僕は再びこの町に戻ってきた
一度引き裂いた後テープでつなぎ合わせた跡の残る封筒を握り締めて。
僕は差出人の名前を震える声で呟いた。
『惣流レイ』
震えそうになる。吐きそうになる。
でも僕はもう逃げられない。
償うことも出来ない僕は、ただ呪われるしかないんだ。
いっそ、彼女に殺されれば楽になるかも知れない。
ゆっくりと僕は歩き出す。
風のない町を。
澱んだこの灰色の空の下へ…。
|