津軽・秋田 海を見た旅 (上)

(1999年)  

(1) 函館滞在92分 (4) リゾートしらかみ
(2) 風の町蟹田 (5) 日本海の夕陽
(3) 終着駅三厩へ (6) 鳥海山麓を行く
(7) 酒田滞在59分

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(1) 函館滞在92分

 休日の4月29日,木更津でちょっと寒い潮干狩りをして東京湾アクアライン経由で帰った後,夜ひとりで上野駅へ急ぐ。乗るのは19時03分発の「北斗星5号」である。
 というと北海道へ行くように見えるが,目指すのは青森県を走る津軽線の末端部分の中小国(なかおぐに)・三厩(みんまや)間である。せめて関東・東北の鉄道は完乗したいと思うようになった私にとって,ここは残るもっともやっかいな課題となっている。海峡線から取り残されたこの線区は1日上下各5本で,首都圏からの日帰りはできない。1番列車は青森に泊まって早朝に出ないと間に合わないし,2番目の列車だと夜行で行って青森でかなり時間をつぶさないといけない。いろいろ検討の末,ちょっとばかばかしいけれど,「北斗星」で函館まで行って引き返すことにした。

 「北斗星」を予約したのは3日前,禁煙車を希望したが満席で,喫煙車しかとれなかった。食堂車の夕食も予約しようとしたが,洋食・和食とも満席で,「北斗星」を選択した理由のひとつがなくなってしまった。「北斗星5号」は夕食の設定が1回しかないから,このへんは状況がきびしい。代りに,駅弁よりやや高級な弁当をデパートで買って上野駅にかけつけた。

 19時03分,定刻に発車。喫煙のB寝台はかなり空いている。途中で埋まるのだろうか。
 検札がすんでから隣のロビーカーに行き,そこで弁当を広げた。窓の向こうには明るい月が出ている。
 北海道へ行くのは5回目,「北斗星」に乗るのは3回目で,いつもあわただしい旅だったが,函館滞在1時間半で本州へ引き返すのはさすがに初めてである。この「北斗星」,車両自体はだいぶ前のものなので,よく見るとけっこうくたびれている。「カシオペア」の登場が待ち遠しい。

 6時前に目が覚めると,朝の光がまぶしい。もう青函トンネルを抜けて北海道を走っていた。雲ひとつない快晴で,右手には津軽海峡の海がきらめいている。前日見た木更津の海よりよほど春らしい。雪の残る下北半島の山がすぐ向こうに見える。
 6時32分,函館着。気温は9度,ちょっとひんやりという感じで,海の香りがすがすがしい。さっそく朝食を食べに朝市へ。迷った末,娘の名前と同じ名の店があったので入り,うに・いくら・甘エビの丼を食べた。おいしかったけれど,東京でも探せばたいして違わない値段で食べられそうな感じで,海峡ラーメンの方がよかったかも,と思ったりもした。
 あとは市電の発着をながめたりしてから駅へ戻る。


(2) 風の町蟹田

ドラえもん列車

 8時04分発の快速「海峡2号」は「ドラえもん海底列車」だった。外も中もドラえもん一色の客車12両の長大編成で,カーペット自由席車やカラオケ車もあり,前の2両は海底駅見学者専用になっている。自由席は,階段から近いところはほぼ満員だったが,指定席車を挟んで前の方はがらがらだった。ホームにドラえもんのテーマソングが流れ,定刻に発車した。車内でもドラえもんの声で案内があった。
 先ほどと同じ海を眺めながら,同じ線路を引き返す。日差しが強くなって,窓際は暑いくらいである。木古内で本来の江差線が分かれていくと,堂々たる複線の海峡線部分になる。9時10分過ぎに青函トンネルに入り,トンネルの断面図に列車の位置を示す赤いランプが着いた。吉岡海底駅・竜飛海底駅停車は初体験である。
 青函トンネルを出てもまだいくつもトンネルが続く。トンネルの合間の春の光はますます暖かくなった。津軽今別で津軽二股駅を見下ろし,中小国の手前の信号所で津軽線と合流して,10時17分,蟹田(かにた)に到着した。

 蟹田では1時間40分余り時間がある。出発前にインターネットで見たところによれば,海のそばに景色の良い塔があるという。しかし,それは新しいものと見えて,駅前の観光案内地図には出ていない。とりあえず,駅からまっすぐの道を歩き,国道につきあたってややにぎやかそうな左の方へ向かう。12,3分歩いて橋を渡ったところで,それらしい建物が見えてきた。観瀾山公園という海沿いの公園の一角に,町の施設を兼ねたトップマストという建物があり,中から塔へ登るようになっている。  ちょっと汗ばみながら108段の階段を上がって出たところは,そう高いわけではないけれど,陸奥湾を一望し,その向こうには下北半島が見え,さらに向こうには北海道も見える展望台である。海は一見穏やかだが,「風の町」というキャッチフレーズのとおり,かなり風が強い。  コーヒーを飲んでから駅へ引き返す。途中に「○○鋸店」「○○鳥獣剥製・ヤクルト・小鳥のエサ店」などという珍しいジャンル(?)の店があった。
 駅の近くに食堂らしいところは3軒あったが,やっていたのは1軒だけだったので,その店に入る。「12時の列車に乗りたいんだけど」と言ったら「じゃ,ラーメンかカレーにしてください」という。あとはどれも「ちょっと時間がかかりますから」という。30分ぐらいはあるのだが,まあここはお言葉に従ってラーメンを食べる。メンマとチャーシュー1枚だけのあっさりした醤油味のラーメンで,なかなかの味だったが,せっかくの旅の昼食がこれで終わりというのはちょっと物足りない。

(3) 終着駅三厩へ

 蟹田駅のホームの跨線橋は,改札の外の歩道橋と一体になったおもしろい作りで,階段上の通路部分は金網で内外が仕切られていた。津軽線下りの出るホームには,太宰治の「蟹田ってのは風の町だね」という言葉を刻んだ木の碑があった。
中小国 分岐直後 12時01分,白地に赤の帯に塗り直されたキハ40が2両で出発した。中小国を過ぎて,新中小国信号所で海峡線を右に分ける。津軽線は,こちらが本家だぞ,とでもいうようにまっすぐ進むが,たちまち線路は細くなる。少しの間,両方とも複線で4線状態で進む。大平(おおだい)を過ぎて少しすると森の中に分け入っていく。何度も川と交差する。ところどころ雪が残っているが,きっとあと数日で消えるのだろう。
 11.6kmという長い駅間を走って津軽二股に着く。すぐ上は海峡線の津軽今別駅で,間は屋根付きのイモムシのような通路でつながっている。海峡線の立派な高架をくぐるとすぐの大川平(おおかわだい)駅は桜が三分咲きだった。次の今別では桜に加えて黄色のスイセンが鮮やかである。
 今別を過ぎると,右に海が見えてきた。時刻表の地図からは,三厩(みんまや)までのルートがこれほど海に近いとは想像できなかったので,一人で驚いてしまった。やはり「写実的」な地図も持ってこなくてはなるまい。終着の三厩の手前で左にカーブして少し海から離れるが,それでも歩いて5分で海に出られる。
 津軽側の北端の駅,三厩には12時41分に到着した。二十数人の客が降りた。竜飛の方へ行くバスが駅前に止まっていた。

 13時08分発で引き返す。途中,津軽二股―大平間の森の中に,ミズバショウがたくさん咲いているのを見つけた。尾瀬のように一生懸命保護されているところと違って,なにげなく,しかも元気に咲いていた。13時49分,蟹田着。

 14時12分の普通を見送って,14時22分の快速「海峡6号」に乗る。今朝と同じ12両のドラえもん列車である。反対側のホームに先に着いていた下り「海峡85号」は,12分も止まって,同じく14時22分に出発していった。
 「海峡6号」は青森までノンストップで走る。蟹田を出て間もなく,左手にまたしても海が広がる。「北斗星」もいいが,この景色を見られないのはもったいない。14時47分,青森着。朝と同じドラえもん列車,頭端のホーム,向こうに海……一瞬,函館へ戻ったような気がした。


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