枝垂れ梅と落ち椿 城南宮


PAX M4  Nikons2


note 2023/05/25

フイルムカメラに魅せられて

 昨今カメラフイルムの値段が高騰しています。フイルムの値上がりはメーカーの出荷が終了しはじめた2009年頃から徐々にはじまり、カラーネガフイルムの出荷が終了した2018年以降は急騰に転じました。調べてみると1962年日本初の完全自動「フジカAUTO-M」(私も所有)が16000円で発売されたとき、35mmモノクロフイルムの値段は173円だったという記録があります。現在の35mmモノクロフイルムの値段は売れ筋のもので36枚撮りが1本約1500円、カラーネガフイルムだと約2000円、モノクロでほぼ9倍に上がっている計算になります。
 中学生の頃から私は父親や兄からの影響を受けてカメラに興味を持ち、モノクロフイルムの現像やプリントの引き伸ばしを自分で行っていました。カメラ関連の趣味は行員時代も退職後も続き、最近では主要カメラメーカーのデジタルカメラ(以降デジカメと表記)はほぼ知り尽くすまでになりました。著しい進歩の一方で技術の進歩にも「詰んだ」感があり、製品の供給不足や販売価格の上昇ばかりが目立つようになってデジカメへの熱は次第に薄れていくようになりました。
 そんな中、私の中にフイルムカメラ熱が再燃し、日本の機械式フイルムカメラをネットオークションで集めてほぼジャンク扱いの古くて安いカメラのボディやレンズを分解清掃して復活させる「レストア」を行い、最終的にはどのような写りになるのかを愉しむようになりました。更に趣味が高じるとやがて戦後間もない1950年代から一眼レフが登場する1960年代初めまでに製造されたレンジファインダーカメラ(距離計連動カメラ)に魅了されるようになっていきました。その訳は当時の日本の生産技術水準の高さに驚き、機械式カメラの良さを再認識するようになったからです。レストアしているとそのことが良く分かり、特にカメラメーカー別の「造りの善し悪し」がはっきりと分かるようになりました。
 「安くて壊れないカメラを造る」ドイツ人を驚かせたのがこの日本人のモノ造りの思想。
ドイツ人にとってのカメラは貴族的なモノであり、価格は二の次にして技術水準をとことん追求するモノ造りだったのではないかと私は思っています。ライカやツァイスがその典型で、今でもとても高価で庶民には手が届きません。一方日本ではカメラは高級品には違いありませんでしたが、ドイツと同等の製品を何十分の一かの安い値段で普及させました。安い大衆機と言われるカメラでも良く写り、なかなか壊れませんでした。現に60年以上経った今でも当時の機械式カメラは難無く動きます。メンテナンスしてやれば更に快調に動きます。このフイルムカメラは私にとって「モノ造り日本」を彷彿とさせてくれる愛おしい存在となったのです。
 フイルムの値段が高騰することによって暫く眠っていたフイルムカメラファンを目覚めさせるという皮肉な現象が今起きています。冒頭にも書きましたように、値上がりによってフイルムカメラを愉しむ環境は決して良好とは言えませんが、「三つ子の魂百まで」と言われるように、幼い頃から培ってきた私のカメラライフは死ぬまで続くものと思い、今日もレストアに勤しんでいます。