ACT.102 フィットネスクラブに行こう (2001.06.20)

 去年、私が上京するにあたり、3つの事を目標としました。
 1つは転職をすること。1つは英会話を始めること。そしてもう1つは、トレーニングジムに通うこと。
 1つめは無事果たしましたが、2つめと3つめは仕事の忙しさもあってか、まだ果たしていません。
 どちらも自分に力をつけたいという思いからの目標でしたが、中でも体力に関する思いはこの半年ほどで強くなる一方です。
 というのも、今やっている仕事は基本的にデスクワーク。気をつけるようにしなければ、運動不足になるのは自明の理。
 私はそれを分かっていながらも、特に何もしなかったので、筋力は下がる一方、そしてそれに反比例するように体重が増えていく。気がついたときには、生まれてこの方最悪の状況にまで進んでいたのであります。ちなみに私の過去最悪の状況は高校卒業時の80キロ。ちなみに今の体重は……モゴモゴモゴ。
 てなわけで、運動不足を解消しなければいけないという思いが強くなるのでありました。しかし、私は基本的に自分に甘い人間。自宅でのトレーニングで長続きをしたことが全くありません。また私はダイエットに一番効くというランニングが大嫌いであります。こんなことを明言している辺りで私の甘さがご理解いただけることでしょう。
 しかも土日ともなれば、ゲーセンかパチスロで遊ぶだけ。まあ、楽しいからやってるんですけど、ふと我に返ったときにこれでいいのかと自問するときがなかったわけではありません。また、仕事が忙しいというのも逃げ道でした。だから休日は体を休める日なんだと、自分で決めつけていた感があります。そんなことないんですよ。休日だからこそ体を動かすべきなんだよ! と頭の中でほえる天使に、そんなことあるわけねぇだろ、と30人がかりぐらいで悪魔が袋叩きにしていたのであります。
 しかし、毎日大きくなっているのではないかと思うほどの腹の膨らみに、さすがに悪魔の攻勢も弱まってきました。私も今年で29。もういい加減、何かを始めた方がいいのではないか。ここにきて天使の猛攻撃が開始したのでありました。
 これにいくつかの好材料が付加されます。まずボーナスの支給。これで多少は値の貼る会費の捻出は何とかなります。次に仕事の忙しさの軽減。開発が終わった今の仕事は大分暇になっています。つまり裏を返せば、仕事が忙しいからという自分に都合のいい言い訳が使えなくなったということです

 準備は整いました。もう行くしかないです。いや、行きたかったんです。機会がなかっただけなんです。ああ、嬉しいな嬉しいな。15キロぐらいの鉄球が足に結び付けられたかのような軽い足取りで私は入会しようと考えていたフィットネスクラブへと向かいます。
 今回入会することにしたのは、首都圏、関西圏に約20店舗を持つ「TIPNESS(ティップネス)」というところ。入会のポイントとなったのは、11000円の月会費を払うことで、都内にある全店舗が利用できる点。私の仕事は勤務地がプロジェクトごとに毎回変わります。その勤務地が変わるたびにクラブも変えていたら、手間も金もかかってしまいます。11000円という金額は決して安くないんですが、基本的にケチな私は元を取ろうと剥きになることでしょう。ていうか、どれだけやれば元が取れるんだろう。
 で、土曜日。私はフィットネスクラブ(長いから以下クラブ)に行きたいという思いを更に高ぶらせるために、わざとじらすかのようにゲーセンなどで時間潰しをしていました。単純な私の胸は、この作戦にまんまと引っかかり、メダルゲームなどはいつもならメダルの動きに一喜一憂していたりするのですが、その時に限っては全く集中が出来ません。自分で自分の胸に対して、「ふふふ、まだ行かせはしないぞ。苦しめ、苦しめ」などと、二昔前の悪役の台詞を唱えていたりしていました。なんて書くといじめられて喜ぶ人みたいではないか。断じて勘違いして欲しくないので言いますが、私はいじめて喜ぶタイプです。って、何を力説してんだか。
 そして焦らしに焦らして夜8時。いざ目的地へと向かいます。目的地は新宿駅西口から歩いて5分ほどの所にあるビル。西口大ガードそばで1階がパチンコ屋のビルといえば分かる方もいらっしゃることでしょう。そのビルの5、6、7階がクラブになっています。フロントは5階にあるということなので、ほぼ満員のエレベーターに乗って上へ。そのほとんどの人が同じ5階で降りていきます。新宿という土地もあってか、結構な会員はいそうです。
 エレベーターを降りるとすぐ目の前には係員が立っていて、会員はその人にカードを手渡します。係員は受け取ったカードに印字されているバーコードをスキャンし、会員に返します。これで自由にクラブを利用することが出来るわけです。乗ってきたエレベーターは建物の西の端にあって、エレベータを降りると東の方向には、向かって右側に当たるのですが、ますレンタル用のチケットの券売機とレンタルウエアやタオル、シューズなどが陳列された棚が並んでいます。そのすぐ向にはカウンターがあって、ここで入会手続をするようです。レンタル用の棚の隣は販売用のフロアになっていて、Tシャツや水着などが販売されています。その奥にはカウンターバータイプのドリンクショップがあり、そこから東部分がジムスペースになっています。結構奥行きが広いため、エレベーターからはどれぐらいの人がトレーニングをしているかは分かりませんが、熱気のせいか、遠くが蜃気楼のようにかすんで見えたというのは嘘です。
 入会目的の私はまっすぐカウンターの方へと足を運びます。しかし、カウンターは全て埋まっていたため、仕方なく近くに置かれたベンチに腰掛けます。ジムの方へと目を移し、ぼんやりと他の人々がトレーニングする様を、ぼんやりと口を開けてみている私はどこから見てもバカ、じゃなくて新入りです。その様子に気づいた係員の1人が私に声をかけてきます。
「何か御用ですか?」
「あ、入会したいんですけど」
 慌てて、空いたままになっていた口をふさいで私はそのお姉さま、ていうか多分年下だろうけど、に入会の旨を伝えます。
「本日はご利用になられますか?」
 利用したいのは山々なのでありましたが、鞄も何も持たずに着ていた私は「今日はやらない」と答えました。するとお姉さまは「本日、銀行印はお持ちでしょうか?」と聞いてきたではないか。そうか、会費の引き落としに使うのであるな。むむむ、よくよく考えれば至極当たり前のこと。これは抜かったわ。などとは思っていても、決しておくびにも出さず「今日は持ってきていません」と普通に答えます。するとお姉さまは入会に必要なものを書いた書類とパンフレットを私に手渡す。
「こちらに書かれましたものを準備していただいて、改めて入会の手続をしていただけますでしょうか」
 にっこり。(お姉さまの笑み)
「は、はい!」
 私を動かすのに鞭などいらぬ。可愛いあの子の笑みがあればいい。
 私は来たときと同じような軽い足取りでクラブを後にしたのでありました。

 翌、日曜日。
 印鑑と通帳と抱えて、私はあのビルに走りました。いえ、疲れるので本当は歩きました。
 昨日と同じビル、同じエレベーターに乗ってクラブに向かいます。当たり前です。
 フロントには席が1つ空いていましたが、昨日相手をしてくれたお姉さまは別のお客さんの接客中でした。あら、残念。そこにやって来て私に相手をしてくれたのはお兄さまでした。年は私と似たような感じでしょうか。どことなくひょろひょろっとした感じのお兄さまです。ていうか、野郎なんでこういう気持ちの悪い表現は止めて、普通に係員にします。
 まあ、入会の流れなんてものはどこもさほど変わらないもので、申し込み用紙に記入をして、お金を払って、簡単な説明があったりするわけです。会員証の写真撮影をパソコンに接続できるデジカメで行っていた辺りは、っぽいなぁって感じでした。
 何事もなく入会を終えた私は早速トレーニングをするための準備をするため、クラブ内で販売しているTシャツと短パンを購入し、さらにトレーニングシューズとタオルをレンタル。両手に大量の荷物を抱えて、出来上がったばかりの会員証をスキャンしてもらい、上のフロアにあるロッカールームへと向かったのでありました。
 階段を上ったすぐにはマッサージルームがあり、その横を抜けるとスタジオが飛び込んできます。ちょうどエアロビクスをやっていたスタジオ内は人で一杯。それが一様に同じ振りをする様は、やっている人たちには大変失礼なのですが、妙におかしかったりします。
 半分がガラス張り、半分が鏡張りのスタジオを横目に奥にあるロッカールームに入って空いているロッカーを見つけると、いそいそと買ったばかりのTシャツと短パンに身を包み、タオルを肩にかけ、シューズを履く。ただそれだけのことなのに、一気に気持ちが高揚してきます。何だかんだ言っても形から入るのは心身に少なからず影響を与えているのだなぁと、省みるようなこともなく、再び5階のジムフロアへと戻ります。
 やっぱり最初はウォーキングマシンでしょ。ていうか、この機械の名前なんていうんだ? 前にテレビショッピングでやっていたような、手足を同時に使うやつっていえば通じるでしょうか。とにかくそんなやつ。で、どれぐらいやればいいのだろう。とりあえず、最初ということもあるし、10分ぐらいやってみよう。
 開始1分。慣れない動きと初めてのマシンでどうもうまく体を動かせていないような気がする。
 開始2分。徐々にマシンの動きに無理なく体が動かせるようになってくる。
 開始3分。早くもひざの辺りに疲れを感じる。
 開始4分。腿の辺りが辛くなってくる。
 開始5分。汗が噴出して止まらない。
 開始6分。息が荒くなり、喉が渇いてくる。
 開始7分。だんだん自分が何をやっているのか分からなくなってくる。
 開始8分。極端にペースがダウンする。
 開始9分。マシンの惰性に体がついていっているような印象。
 そして10分。足元が少しおぼつかない私の出来上がり。
 なんと、こんなに大変なものであったのか。もうすこし軽いもんだと思ってたぞ。
 とそこにやってきたインストラクターに同じマシンをしている女性が声をかけます。
「これってどれぐらいやればいいんですか?」
 インストラクターは笑顔で答えました。
「脂肪を燃やすためには最低でも20分はやらなきゃだめだね」

 なんですと!!
 あれだけ疲れたというのに、脂肪が全く燃えないばかりか、更にその倍以上やらなければいけないというのですか!!
 母さん、僕もう疲れちゃったよ。あ、流れ星だ。神様、神様………
 ハッ、一瞬意識が遠い彼方に行ってしまっていたようだ。危ない危ない。というわけで、クラブには危険が一杯です。ていうか、そんな私が一番危険かも、うふっ。
 ひとまず、ウォーキングは置いといて、筋力トレーニングをしましょう。私はこういうマシンが大好きなのです。
 ……15分後。
 もうだめです。何も持てませんし、もう立ち上がれません。大体、私は箸より重いものを持てない体なんです。そんなのが筋トレするなよ。
 たった30分弱のトレーニングでもう既に私の体はボロボロです。こんなにも私は衰えていたなんて。もうショックを通り越して、笑いしか出てきません。ヒャッヒャッヒャッ、だって足もこんなに笑っているし、全身笑いっぱなしさぁ〜。
 と、いい具合に壊れてきた私は、震える体に鞭ふるい、20分のウォーキングをして、今日のトレーニングを終了したのでありました。
 再びロッカールームへと戻り、来たときの服に着替え、ビルを出ると心地よい風が頬をくすぐりました。確かに疲れたし、きつかったんだけど、久しく感じたことのない清涼感のようなものが、体を満たしてくれました。やはり、運動は大切なんだなと再認識。そして何よりも、元を取るまでは通いつめねばと、拳を握る私でありました。

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