催淫記




 1

 五蔵は瞑想の中に居た。無我の境地に至るためにはさまざまな瞑想にふける必要があるのだ。
 思い描ける想像をすべて出し尽くしたところに、無我の境地があるのだから。
 今、五蔵は紅色の花咲き乱れる丘を散歩中だった。
 春の日差しは薄着の彼の手足をやんわりと温めてくれる。羽虫たちも五臓を歓迎して周囲を歓喜の
念と共に飛び回っていた。風が舞い薄い雲が水彩絵の具を流したような水色の空の中を流れていく。
 さわやかな朝だ。遠くを流れる小川のせせらぎだけが耳に入ってくる。
 伸びやかな気持ちに浸っていると、そこで邪魔が入った。

「五蔵様」
 呼ばれて振り向くと、そこには大きな豚の妖怪が立っていた。
 妖怪というのは人でもなく獣でもないどっちつかずの存在だ。
 上半身裸のその妖怪は優に五蔵の三倍は体重がありそうな大男で、筋骨たくましく精力みなぎる様
相をしていた。
「おまえは誰だ?」
 五蔵の鋭い視線にたじろぎもせず、豚の妖怪は下衣を脱ぎ捨てた。
 股間には隆々とそびえたつ太い棒が五蔵を睨み返していた。
 なんて立派な一物だろうか。あんなので貫かれたら失神してしまいそう。
 五蔵の気持ちを察したのか、妖怪はさらに腰を突き出して五蔵を魅了する。
 五蔵は修行中の身も忘れてふらふらと妖怪の足元にひざまずいた。
 ソフトボールのような睾丸がだらんとさがっている。
 まずそれを両手のひらにのせて質感を確かめる。熟れたりんごのようにたっぷりとした重量があっ
た。
 そして太い棒を握りしめた。
 片手の指が回らないくらいに太い。
 少し腰を上げて、その先端を眺めると、つややかな紫色の亀頭は滑らかにぬれ光っていた。
 五蔵はすばやく着ている薄衣を脱ぎ全裸になった。
 そして亀頭をくわえようとしたときに、背中から叱責の声がした。

「五蔵、修行中に何を考えておるのだ。未熟者めが」
 お釈迦様の声だ。五蔵は一気に瞑想から現実に戻った。
 板の間で座禅を組む五蔵の前にはお釈迦様が顔を赤らめて立っていた。
「すいません。変な邪念に取り付かれてしまいました。全く私としたことがお恥ずかしい次第でござ
います」
 恐縮し、平伏する五蔵の前で、釈迦はくすくすと笑い出した。
「まあよい。おい。これへ」
 釈迦が後ろに声をかけると、野太い返事と共に巨漢が前に進み出てきた。
 あっと声を上げる五蔵の前に歩み出た巨漢の男は、さきほど彼の瞑想の中に現れた豚の化身そのも
のだった。
「ではあれはお釈迦様がされたのですか。もう、お人が悪いんだから」
 身をくねらせて人差し指で床をくるくる引っかく五蔵に、再び叱責の声が降り注ぐ。
「こら、安手のキャバレーのホステスみたいな口のききかたをするなといつも言っているだろうが」
「だって、お釈迦様の念にかなうわけないじゃありませんか」

 釈迦はしゃがむと、いじける五蔵の目線に合わせた。
 五蔵はふいと横を向く。
「そうすねるな。実は大事な用事があってきたのだ」
 釈迦は五臓の横を向いたあごを指先で前に向かせて、眼を見つめた。
 お釈迦様の澄んだ瞳に見つめられると五蔵はいつも気恥ずかしくなる。
 自分のいやらしい心の中まですべて見透かされてしまうように思えるのだ。
「どういう……ご用件でしょうか」
 それだけの言葉を発するだけでも五蔵にとっては大変な努力を必要とした。

「実はな。三ヶ月前に天竺にやった三蔵が行方不明なのだ」
「三蔵様が……。確か下界の汚れた環境をきれいにするアースクリーナーという機械を購入しに天竺
に旅立たれたと聞いていますが、天竺とはそんなに危険な場所だったのですか?」
 天竺は下界を通った先にある異世界だった。下界は確かに環境悪化とバイオテクノロジーの乱用で
奇妙な生物の棲む危険な場所だが、天竺はそうではなかったはずだが。
 もしかして三蔵様の代わりに自分が行くようにいわれるのでは。
 話の雲行きが怪しくなってきた。五蔵はずりずりと後ずさる。
「いや、たいした危険はないはずなんだが……。それに三蔵にはボディガードを三人もつけてやった
からな、それも腕利きをだぞ」
「ではどうされたのでしょうか」
「多分遊び好きのあいつのことだからどこかの裕福な村で遊び呆けておるのだと思う」
「それでは私に代わりに天竺に行けと仰せになるのですか?」
 五蔵はびくびくしながら聞いてみた。
「そんな泣きそうな顔をするな。かわいいおまえを長旅にやるのは私も悲しい。だから天竺まで行け
とは言わぬ。三蔵のところまで行ってこれを渡すだけでいい」
 五蔵の手のひらの上にサイコロのような物がぽとりと落ちてきた。
「これは何なのでしょうか」
 こわごわつまんで眺めながら五蔵が聞く。
「三蔵以外には効かぬ呪文が封じ込められている。それを三蔵がもてば、邪念を捨てて任務を全うす
るだろう。そういうことだ。そしてこれも持って行け。三蔵の居場所が分かるGPSだ。そしてもう
一つ、おまえのガードにこの者をつける、仲良く行って来い」
 釈迦はそれだけ言うと五臓の前から空気に溶け込むみたいに消えてしまった。

「私が五蔵様をお守りいたします。では早速出発のご準備を」
 巨漢が五臓の前にひざまずき頭をたれた。
「わかりました。ところでおまえの名前は?」
「九戒ともうします。猪八戒は私の兄であります」
 顔を上げる九戒の眼は笑っていた。
 瞑想の中の豚の妖怪の顔になっていた。五蔵は瞑想中の時の事を思い出して頬を赤らめ唇をかんだ。
「さすがに天界一の美貌といわれる五臓様ですな。私も一目ぼれしそうでございます」
「何を言っておる。不謹慎だぞ。でもどうして四蔵様でなく私にこの任務がきたのかな」
「四蔵様はナニのし過ぎで腰痛だそうです」
「まだ三十代なのに、哀れですね」
「ひとつ聞いてもよろしいでしょうか。三蔵様は四十代、四蔵様は三十代なのに、五蔵様はまだ17
歳、随分
年が開いておるようですが」
「天界も少子高齢化が進んでいるという事だ」
 五蔵がひとつため息を吐く。
「先ほどはもう少しというところでした。今度は最後まで行きたいものです」
 九戒が五蔵の尻をなでてにやつく。
「馬鹿。無礼だぞ」
 怒った口調で言いながらも、五蔵はこれからの旅が楽しみになってきた。
 マンネリ化した修行にも飽きてきたところだったし下界に降りるのも久しぶりだ。




 
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