13

 翌日の放課後、夏海たち三人は右京の部屋に上がりこんでいた。
「右京、さっさとその男のファイルを出してみてよ」
 部屋に陣取るなり、桜は右京をせかした。
「本当にやばい相手ですから、諦めてくださいよ」
 右京がパソコンのスイッチを入れる。右京の部屋には何台ものパソコンが置いてあった。
相当なパソコンオタクのようだ。
 ウィンドウズが立ち上がり、桜の横顔の壁紙が浮き上がってきた。やばいという右京の
声はちょっと遅かった。
「壁紙のことはいいから、早くその男を見せてよ」
 そう言ってる桜の頬が少し赤くなっていた。
 こいつです、とモニター上に現れたのは、精悍な顔つきをして軍服を着込んだ三十代く
らいの男だった。
 夏海の気持ちの中に一瞬違和感が浮き上がる。
 桜も何か感じたのだろうか。眉間のしわが深い。
「こいつ違うよ」
 あっさり否定したのは、腕組みして立っている郁子だった。
 夏海の感じでもちょっと違うような気がしていた。
「いや、そんな筈はないですよ。島吉さんから教えられた男の情報ですから」
 右京は言うけど、こんなにスマートな感じじゃなかった。もっとごつい感じだったのだ。
「いや違うね。夏海と桜はどうか知らないけど、あたしは倒れてるとき正面から見たから、
はっきりわかるよ。サングラスをしてたけど、もっとえらの張った顔だった」
 郁子の言葉で夏海も確信が持てた。
 大体昨夜見せられた写真の男は連続レイプ魔にしてはキャラが違うような気がしていたのだ。
「しかしこの人が行方不明なのは事実なんですよ」
 どういうこと、と桜が探りを入れる。
「普通、自衛隊で問題起こした人は見張りがついていつも居所を把握されているものみた
いです。この人の場合、上層部の失態を知っているわけだから、さらに厳しい見張りがつ
いていたはずですよ」
「でもいなくなったわけね。そして直属の上司が殺されたから、すっかりその男の犯行と
思われたわけか。でも自衛隊内部の問題を公にしたくないから、警察は利用できない」
 桜の推理もそこまでだった。
「じゃあさ、上司を殺したのがその男じゃなくて自衛隊内部だとしたらどうなる? その
男がいなくなったのはすでに殺されてるのかもしれない。そいつに罪を擦り付けるつもり
だったのかも」
 郁子が引き継いで話を続けた。
「なるほど、それはありかもしれないよね。でも、それじゃああのレイプ魔はまったく関
係ないということになるけど」
 桜はジュースを一口飲んで首をかしげた。
「でもあのレイプ魔がただの格闘技マニアじゃないことは確かだよね。あたしたち三人が
苦戦するくらいだから。うーんやっぱりわかんないなあ」
 夏海は髪の毛をくしゃくしゃにしてカーペットの上に座り込んでしまった。
「この人がレイプ魔じゃないとすると、上司を殺したのも違う可能性がありますね。たと
えばこの人も殺されているのなら自衛隊内部の問題は解決していることになります。でも
この人がまだ生きていて、行方不明だったとしたら。自衛隊内部の連中はかなりあせるん
じゃないでしょうか」
「どういうこと?」
 桜が右京に聞いた。
「これはひとつの可能性ですけど、この人を除隊にした段階で、その上司とこの人を殺す
ことにしていたとしたら。つまり上層部に問題がいかないようにそこまで切り捨てること
にしていたとしたら、二人を同時に暗殺する計画が、上司の方はうまくいったけどこの隊
員には逃げられてしまった。そうなるとこの隊員はどうするでしょうか」
「当然警察に言ってすべて話すんじゃないの」
 会話は桜と右京二人のものになっていた。
「自衛隊は警察にも結構コネが効くはずですよ。すんなり警察にいくのが最善かどうかは
難しいと思います。それに証人になるはずの上司が先に殺されてしまったとなると、彼は
殺人犯として終われる立場になってしまって彼の無実を証明できる人間はいなくなったと
も考えられます」
「それで今は行方をくらませているということ?」
「少なくともレイプ魔と自衛隊問題が関係あるとしたらその可能性があると思うんです」
「ちょっと、どうしてレイプ魔が出てくるわけ?」
「わかりませんか? 自衛隊としては男を見つけることができないとしたら警察やテレビ
を使うのがまず考えられるでしょう」
「ええ? あのレイプ魔は自衛隊の仕業だというの? それって飛躍しすぎなんじゃない
?」
「レイプ魔の現場に男の所持品をさりげなく落としておくとかすれば、警察やマスコミの
目は一気にその男に向かうでしょう。逃げてる男にとって一番いやなのはテレビで顔や名
前が出ることだと思うんですよ」


 
14
 
 二日後、右京の言った言葉が実証される形になった。
 テレビのニュースで連続レイプ魔の遺留品から容疑者が上がったということが放送され
たのだ。
 これまでは極秘事項だったが、さすがにこのままでは被害者が増える可能性が高くなっ
てきたので公開捜査に踏み切るということだった。
 指名手配されたのは案の定島吉や右京から見せられた自衛官だったのだ。
「お父さん、今日出航なんだね」
 朝ごはんの味噌汁を、夏海は三蔵の前にそっと置いた。
「いや、それがな、低気圧が来てるから一週間延びることになったんだ」
「低気圧? 別に天気悪くないじゃない」
「船の進む方向の話さ。いずれはこっちにやってくるだろう。ちょっとした台風並みのや
つだそうだ」
 そうか。じゃああと一週間はお父さんと一緒なんだ。夏海は胸の中にほんのりとした暖
かいものを感じた。
「おじいちゃん遅いね」
 いつもは真っ先に起きている島吉が今日はまだ自室から出てきていなかったのだ。
 ちょっと見て来ると言って夏海は二回の和室に上がった。
 おじいちゃん、入るよ。小声で言って引き戸を開ける。
 島吉はパソコンに向かって腕組みをしていた。
「おじいちゃんどうしたの」
 夏海は傍によって正座した。
「いや、別になんでもないが」
 振り向く島吉の顔は言葉とは裏腹に眉間に深いしわを寄せていた。
「やっぱりレイプ犯はおじいちゃんの言った人だったみたいだね。ニュース見たよ」
「まあなあ」
 返事にはため息が付いて出てきた。
「納得いかないんでしょ」
「どうしてそう思うんじゃ」
「実は私わかってるんだ。犯人とやりあったんだもの。三対一で痛みわけだったけど。そ
の時はサングラスかけていたけど、ニュースで言ってる人とは顔の輪郭から違ってたよ」
 夏海が言うと、島吉は夏海の両肩をしっかりつかんで、それは本当じゃなと念を押した。

「あいつがあんな事をするとは思えんかったんじゃ。だから、お前たちにはああ言ったけど
わしは信じていなかった。何か裏があると思って探ってたんじゃが、お前の話でなんとなく
わかった気がする」
「どういうこと?」
「レイプ魔は自衛隊の息のかかったやつだろう。自衛隊崩れの暴力団関係者あたりかな。
行方不明の斉藤をおびき寄せるように依頼を受けて、あんな事件を起こしたんだ。テレビ
で名前も顔も出されては、斉藤も逃げ回ってるわけには行かなくなる。決着をつけに戻っ
てきたところを殺すつもりだろう」
 大体右京の推理通りだ。でも、そうだとすると、おじいちゃんはどうするつもりなんだろう。

「自衛隊の絡んだ事件といっても、自衛隊全体が起こしてるわけじゃない。話のわかるや
つもいるはずじゃ。そっちに連絡してみるさ」
 夏海の疑問に答えると、すいっと島吉は立ち上がって階下に降りていった。
 一人残された夏海の前で、ウィンドウズの終了音がさびしげに響いていた。

 低気圧が来つつあるという割にはよく晴れた金曜日の朝だ。
 夏海は近づく夏の気配を日差しの中に感じながら、登校中だった。
 木漏れ日がきらきらと道路を照らしてる。
 高校に登る坂道の脇にはツツジがピンクや赤い花をたくさん咲かせていた。
 ニュースで流されていたのは斉藤雄一という名前の三十歳になる元自衛官だった。
 でも、何だかしっくりこない。警察が顔も名前もわかっていた人間を今まで捕まえ切れ
なかったというのは不自然だ。
 やっぱり、警察は知らなかったんだ。遺留品はあったとしても、それが誰のものかはわ
からなかった。それがわかったのは、自衛隊の協力があったから。
 でもそれが今だったというのが、引っかかる。
 やっぱり私たちとの事があったからじゃないだろうか。
 ぼんやり考え事をしていた所為で、すぐ後ろの男に気が付かなかった。
 始業時間が近くなって、周囲に生徒が歩いていないのもまずかった。
「おとなしくしてろ。声を上げるなよ。仲間を預かっている。あの車に乗るんだ」
 背中に当てられたのはナイフでも拳銃でもなさそうだった。
 幅の広い感触からいって高電圧を発生させて人間を動けなくするスタンガンという器具
だろう。
 仲間を預かっているなんて言うのはうそに違いない。
 あの二人がやすやすと捕まるとは思えない。
 しかし一瞬抵抗するのに躊躇が生まれた。それが致命的だった。背中に熱い電気を通さ
れて、一気に膝の力が抜けてしまったのだ。




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