12


 夕食の後片付けをした後、夏海は二階にある祖父の部屋に向かい、障子に手をかけた。
「おじいちゃん入るよ」
 外から声をかけて、返事も待たずにゆっくり開く。
 座卓に置いたノートパソコンから顔を上げて、老人が振り向いた。
 次の瞬間、夏海の指先を離れた黒い手裏剣が、老人の眉間の二センチ手前で老人の指
の間に納まった。
「おじいちゃんどういうつもり?」
 部屋に入ってきた夏海が島吉の前に胡坐をかいて座り、上目使いに祖父を睨んだ。
「いきなりなんじゃ? こんな物投げて、危ないじゃないかい」
 黒い厚紙でできた十字手裏剣を夏海の前に置くと、島吉がひょうきんな笑顔を向ける。
「しらばっくれてもだめよ。こんな物自在に投げれるのは、近所じゃおじいちゃんしかい
ないじゃない」
「やれやれ、そうだったかのう?」
「右京君とは何を話していたの?」
「しょうがないな。あの子はワシの教え子の子供でな。警察の道場であったんじゃよ。
なんちゅうかすごくかわいい子じゃろう。ワシも久しぶりに興奮してしまったのじゃ」
「もう。ふざけないでよ。変なこと想像してしまうじゃないの」
「ハハハ、まあ冗談じゃが、お前たちの相手している男を少し調べてもらってたんじゃ。
こんなことは警察にも頼めんからな」
 島吉は座卓にあった茶碗から一口冷めたお茶をのどに流し込んだ。
「調べるって? 警察にも聞けないことを右京君がどうやって調べるのよ」
「あの子は身体はヘナチョコじゃが頭は切れるようでな。得にパソコン持たせたら一流
のハッカーに早変わりするんじゃよ。それで警察や自衛隊の内部にハッキングしてもらっ
て調べてもらったんじゃ」
「自衛隊? 関係があるの?」
「多分な。確信はないが、一応調べてもらった」
「それで、ヒットしたの?」
「大体分かってきたよ」
「でも変じゃない。おじいちゃんに分かることがどうして警察に分からないのよ。そんな
ことならとっくに逮捕されていてもおかしくないはずでしょ」
「逮捕礼状取るには証拠が必要じゃ。それに、警察ではまだ自衛隊の関係者を疑う段階で
はないだろう」
「おじいちゃんはじゃあどうして自衛隊に目をつけたわけ?」
「それはまあ簡単なことさ。お前たち三人が手こずるような相手は素人とは思えないって
事さ。警察は知らない情報じゃからなこのことは」
「それで、犯人はどんな奴なの?」
 てっきりすんなり教えてくれるものと思っていたが、島吉は躊躇しているようだった。
「どうしようかのお。これ以上足を踏み入れてもらいたくないんじゃが、危険すぎる相手
だからのお」
 うーんと考え込んでいる島吉は、
「おじいちゃんが教えてくれないんだったら、直接右京君に聞くだけだよ」
 夏海のその言葉で決心がついたようだった。

「わかった。実は去年の年末に自衛隊内でちょっとした事件があったようなんじゃ。特殊
部隊の男が、陸上自衛隊の自衛官を訓練中に死なせてしまったのじゃ。本当はそんな危険
な戦闘訓練をさせていた上官が罰を受けるべきところだったのじゃが上に手を回したらし
く、結局は殺した特殊部隊員を除隊させることで決着したらしい。その上官はその事件の
終わった翌月に富士の樹海で死体で発見された。当然除隊された男の報復と思われて調べ
られたが、証拠不十分で釈放になった。自衛隊内での事件にまで捜査の手が伸びることを
恐れた上部の連中がもみ消したという見方もあるよ」
「そいつがレイプ犯なわけか。でも自衛隊の特殊部隊なんて硬派な男の犯罪にしては下世
話というかせこいよね」
「その男の気持ちは少しだけど分かる気がするよ。自分の信じていたものがひっくり返っ
てしまって、いっそのこと欲望どおりに動物のように生きてみたいなんて思ったのかもし
れん」
「ふーん、そういうものかな」
「そんな奴は死ぬことも何も恐れるものがない。それが一番恐ろしい相手じゃと思うぞ…
…でもなあ……」
 まだ何か言いたげだったが、夏海はそれ以上はお説教になると思って席を立った。
「わかった。桜たちとも相談してみるよ。おじいちゃんがどうしても止めろっていうのな
ら今回は手を引いてもいいよ」
 夏海は本気で諦める気持ちになっていた。
 祖父を心配させてまですることでもないと思った。しかし、あの二人がすんなりOKす
るかどうか、どうも無理のような気がしていた。



 
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