「いてて、もう少し優しくしてくれよ」
 桜が手当てをしている夏海に文句を言っていた。
 上半身裸になった桜に夏海が湿布を這ってやっているのだった。
 夏海の家が一番近かったから、三人で夏海の家に寄ることになった。
「でもたいした事無くてよかったよ。普通だったら肋骨二本くらい折れて下手したら肺に
刺さってるところだよ」
 夏海のベッドに座った郁子が黒い特殊ラバーでできたプロテクターを物珍しげに見なが
ら言う。
 そのプロテクターをしていたから、打ち身程度の傷ですんだのだ。
「しかし桜って用意がいいって言うかいろいろ持ってるんだね」
 手当てを済ませた夏海が立ち上がりながら言う。そしてちょっとジュースでも持ってく
るから、と言って階下に降りていった。
「やっぱり桜の言った通り、かなりやばい相手だったわね」
 郁子が桜にプロテクターを返しながら言った。
 桜はそれを装着せずにバッグに仕舞った。
「嫌な予感がしてたんだよね。夏海一人じゃとてももたないって。あれはただもんじゃな
いよ。もう少し気合入れないとね」
「でもさっき警告しないでさっさとあいつの足でも射抜いてやればよかったんじゃないの」
「そうもいかなかったのよ。もしあいつに気づかれて避けられたら郁子に刺さる可能性が
あったからね。あいつの実力なら避けられた可能性のほうが高いと思うよ」
「なるほど、あたしをかばってくれたってわけ。そりゃどうも」

 夏海がすっぱい匂いのするオレンジジュースを盆にのせて上がってきたとき、部屋のテ
レビが番組を一時中断して臨時ニュースを流し始めた。
『臨時ニュースを申し上げます。たった今入ったニュースですが、市内の北公園でパトロー
ル中の警察官、井上和久巡査が何者かに襲われ重態との事です。県警の発表によりますと、
犯人はこの公園で何度か暴行事件を起こしている犯人と同一人物の可能性が高いという事
です。何かお気づきのことがありましたら、県警までご一報願いたいとの事です』
 夏海達のさっきまでいた北公園の映像がテレビに映し出された。
 そして、西の門辺りの映像に切り替わる。ここで警察官が襲われたという事をレポーター
がしゃべっていた。
「さっきのあいつだね」
 桜が眉を寄せる。
「時間的にもぴったりだもんね、やっぱりあいつが連続レイプ犯だったんだ」
 郁子は立ち上がった。
「これで警察は本腰入れてくるよね。あたし達の出る幕がなくなってしまうのはちょっと
寂しいけど」
 夏海はジュースを一口飲んで悔しそうに言った。
「そうとは限らないよ。あいつの顔見たからね私達。サングラスはしていたけど、全体的
な雰囲気はしっかり覚えてるでしょ。多分あいつの方からあたし達に近づいてくるよ。二
人とも気をつけてね」
 桜はそう言うとジュースご馳走様、と付け足して立ち上がる。
 まあ二人一緒なら大丈夫だろう。夏海は玄関で二人を見送りながら、今後の展開に思い
をはせていた。三人で勝てるかしら。でも、もし勝てないとしたら。
 ふと父がまた船に乗るのは四日後か、と思い出した。


 

 ベッドの中でまどろんでいると、夏海は下半身に何か違和感を感じた。
 薄目を開けて窓を見ると薄明かりが見える。そろそろ起きる時間かもしれない。
 そこではっと気がついた。
 布団の中で手をやると、下半身は裸になっていた。
 ベッドの上で跳ね起きる。部屋の入り口には祖父が孫の手を持ってにやけていた。
「最近疲れてるようじゃな。すきだらけじゃぞ」
 孫の手の先に揺れる白い布切れは、夏海の下着だった。
「もう、おじいちゃんのエッチ。返してよ」
 手を伸ばした夏海の指先近くに、祖父は孫の手で下着を差し出した。
 それを取ろうとしたとたん、するりと孫の手が夏海の手首に絡みついて引く。
 夏海はバランスを崩して前かがみにベッドから転げ落ちる。
 Tシャツがはだけて尻が丸見えになってしまう。
「さてと、いい物を見せてもらった。今朝は運がついてるわい」
 祖父が階段を下りていく。ふわりと夏海の頭に落ちてきたのは白いほかほかのパンティ
だった。
 
 通学バスの中、夏海はしきりに誰かの視線を感じていた。
 乗客が多くて特定できないが、ねちっこい視線を常に感じる。
 先日の強姦魔かと思って緊張していると、腰のあたりに堅いものが当たった。
 一瞬拳銃を突きつけられたような気がしてぎくりとしたが、見てみると後ろを向いて立
った女子高生のテニスラケットだった。
 気のせいだわ。朝っぱらからおじいちゃんが変な事するから神経過敏になってるんだ。
 そう思いながら、学校前のバス停で定期券を運転手に見せ、バスを降りた。
 風が吹いて、散りそびれた桜の花びらを夏海の前に舞わせる。
 夏海がその風を避けて振り向くと、発進し始めたバスの最後部に、あの男が乗っている
のが見えた。
 カメラのレンズのような冷たい眼でじっとこっちを睨んでいた。
 
 四時限目の現代国語が終わって昼食の時間が始まったときだった。後ろの席の目立たな
い男子、片山右京がふと見ると夏海の横に立っていた。
「何か用?」
 新しいクラスも一ヶ月が過ぎようとしているけど初めて話す相手だった。授業中もうつ
らうつらしているのか先生によく注意されている。
 かといって眠っているわけではなく、先生から出されたかなり難解な数学の問題を黒板
の前までいってさらさらと解いて見せるのだから、クラスの皆からは一目置かれているよ
うだった。
「キミって、青井さんと仲良いみたいだね。それで、ちょっと小耳にはさんだ事なんだけ
ど……」
 そう言った右京は周囲を見回して誰も注目していないのを確かめる。前の席の桜は売店
にパンを買いにいって今はいなかった。
「青井さんたちと連続レイプ魔を退治する計画を練ってるんだって?」
 いったいどこからそんな噂を聞きつけてきたのだろう。夏海が不思議に思っていると、
続けて右京が言う。
「僕も仲間に入れて欲しいんだ。女の子だけじゃ危ないだろ」
 どういうつもりでそんな事を言い出しているのか夏海にはぴんと来ない。
「あなたが空手部の主将とか言うのなら、その理屈もわからないでもないけど、見た感じ
じゃあまり戦力になりそうには見えないんだけど」
「ああ、そう思われるもの無理ないと思うよ。でも僕はきっと役に立つはずだ。とてもキ
ミ達の危なっかしいところを見てられないんだよ」
 女の子のような白くて小さな手が、夏海の机の上で拳をつくった。
 目線を上に上げると、長髪で色白の美少年が必死の視線を夏海に送っていた。
「足手まといにならないって約束するなら私はかまわないけど、実質的なリーダーは桜だ
から、彼女に言いなさいよ」
 ちょうどその時、学食で焼きそばパンと牛乳を買ってきた桜が帰ってきた。
 ちょっと小首を傾げて二人を眺めた後、右京は無視して夏海に屋上に行こうと声をかけ
た。
 夏海が右京を見る。彼はやや顔を赤らめるようにしてうつむいたまま回れ右をして去っ
ていった。ひょっとして桜に気があるのかな。彼の態度はそれ以外に考え様が無い気がし
た。

 曇り空からは雨粒が落ちてきそうだった。当然夏海達以外にそこに出てきている生徒は
いなかった。
 夏海達は腰を下ろして、昼食を取り始める。
「曇りのほうがまぶしくなくていいね」
 桜が無邪気に焼きそばパンをほおばっている。
 夏海は自分で作ってきた弁当を広げた。
「さっき、眠り右京と話してたみたいだけど、なんだったの?」
「眠り右京か、桜がつけたの? それ」
「みんな言ってるよ。いつも居眠りばっかりしてるってさ」
「実はね。彼がなぜだか私達の計画を知っていたのよ。それで仲間にしてくれだって。ど
う思う?」
 蛸の形のウインナーを口に入れた。
「確かに、変ねそれ。誰にも言ってないはずなのに。それにあんなの全然戦力にならない
じゃない」
「やっぱり桜もそう思うよね、じゃあ断ろうか」
「いや、どこから情報が漏れたかわからないから一応仲間に入れる事にしよう。もしかし
たら裏切られるかもしれないけど、近くに置いておいたほうが見張れるから良いかもしれ
ないよ」
「裏切るって事も無いと思うけど。真意が良くわからないのよね。ひょっとしたら桜の事
を好きなんじゃないかって思うけど」
 夏海の言葉に桜が牛乳を噴き出した。
「そりゃないでしょ。どこから出てくるのよそんな考えが。あーもう牛乳少し損したじゃ
ない」
 桜がぼやいていると、雨粒がとうとう落ちてきた。
「今日は雨か、捕獲作戦は今日は無理だね」
 桜が立ち上がる。夏海もスカートの砂をはらいながら立つと、階下の教室に二人で帰っ
ていった。
 
 五時間目の体育の時間は体育館が一つ工事中のため、男子と女子が合同でバレーボール
をする事になった。
 普段は体育の授業は男子と女子は別々のメニューで顔を合わせることはほとんど無かっ
た。夏海はそれとなく右京を観察していた。
 右京の視線は桜に向く事が多いようだ。やはり桜に気があるのかもしれない。
 見ていて思った事だが、どう贔屓目に見ても右京の運動神経は良さそうには見えなかっ
た。
 トスを上げてもらってもまともにアタックもできない。しまいには右京にはボールが行
かなくなってしまった。
 でも自分が役に立つはずだといった右京の目つきは真剣だった。懇願している気配さえ
あった。
 よし。今日の放課後は右京を尾行する事にしよう。仲間にするには素性を良く知ってお
く必要があるはずだ。
 夏海は桜にも相談すべきか迷ったが、一人で仕切ってる桜に少しうっとうしさも感じた
から今日は一人で行く事にした。


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放射朗
柔道女4