二日サボった後、柔道部で汗を流していると、柔道場の入り口に桜が立っているのが見
えた。
 ちょうど三年のキャプテンと乱取り中だったから一瞬の隙を突かれて足払いをかけられ
てしまった。
「何ボケっとしてるのよ。あのくらいかわせるでしょ」
 先輩は夏海の手を取って立ち上がらせようとしたが、夏海は、すいませんちょっと、と
言って入り口に向かった。
 先輩は夏海にはかまわずはい次っと言って別の一年生を呼び出した。
 桜は一人ではなかった。
 桜より十センチくらい背の高い鋭い目つきをした女と一緒だった。
「紹介するよ。こっちは藤見郁子。中学のときは相当悪だったらしいよ。それでこっちの
柔道部員は由利夏海、柔道部一の猛者だよ。かわいい顔してるけどね」
 藤見郁子は夏海をじっと見て微笑みながら会釈した。
 夏海は何の事かわからずきょとんとしている。
「郁子はあたしの仲間なんだ。レイプ犯撃退作戦はこの三人で行こうと思ってね。夏海、
今日は何時ごろ終わるの?」
 レイプ犯捕獲は夏海が思いついた事なのに、リーダーはいつのまにか桜になっている。
 桜はなんとなく皆をまとめる素質があるような感じがするから別に良いけど。
「もうすぐ終わるよ。五時半までだから。待っててくれるの?」
「先に北公園に行ってるよ。そのくらいならそろそろ暗くなるくらいだからちょうどいい
かもね」
 危険な冒険が待っているかもしれないのに、桜の口調は軽いものだった。
 それだけ自信があるのだろうか。
 夏海にも桜の本心はよくわからない。

 クラブが終わってシャワーで汗を流した後、北公園についたのは六時を二十分ほど回っ
ていた。
 周囲はまだ夕暮れどきの明るさが残っていたが、すぐに暗くなるだろう。
 街灯がぼちぼち点灯し始めている。
 公衆便所があって、横の階段を上れば遊具の置いてある子供広場に出られる。
 そこを突っ切ると、展望所があって、その周囲にベンチが幾つか並んでいた。
 二人を探しながら一通り見て回ったが、桜も郁子も見当たらなかった。
 もしかしたら芝生広場のほうかな。公園の一番奥にあるなだらかな斜面の広場だ。
 昨日、桜と軽く対戦してみた場所だった。ひょっとしたらあの二人も勝負してるかもし
れない。
 あの二人はどちらが強いんだろう。桜の底知れない強さは不気味なほどだけど、その桜
が仲間にしてるくらいだからあの郁子というのもかなりやるんじゃないだろうか。
 どんな技を使うんだろう。夏海は格闘技の事になると自分でもおかしいくらいにわくわ
くしてくるのだった。
 予想通り二人は芝生広場にいた。
 そこにいる二人を見て思わず夏海の足が止まる。ごくりと唾を飲み込んだ。
 右手の桜は小型の弓を構えて郁子を狙っていた。
 十五メートルくらい間を置いて郁子が対峙している。
 空手の構えを取っていた。
 いったいなにやってるんだろう。止めに入ろうとした矢先、桜の弓から音も無く矢が放
たれた。矢は郁子の胸めがけて蛇のように突っ走っていく。
 あ、と夏海が声を上げようとしたときに、郁子の右足がスリットを入れた長めのスカー
トから伸びでてその矢をへし折っていた。
 夏海は汗がどっと吹き出ているのを感じた。せっかくシャワー浴びてきたのに。
「あ、夏海来たんだ。どう? 郁子ってすごいだろ」
 桜が夏海のほうに歩いてきた。
「危ないじゃないの。びっくりしちゃたよ」
「だいじょうぶ。これ見てよ」
 桜が矢を一本夏海に手渡した。
 矢の先にはとがった先端に黒いゴムのボールが突き刺してあった。
「これが今日のあたしの得物なんだけどさ。郁子に見せたらあれやってみたいってきかな
かったんだよ。もちろんレイプ犯相手のときはゴムボールは無しだよ。まあ心臓に命中し
ない限り死ぬ事は無いから大丈夫」
 まったくあきれた二人だ。
 でも郁子の実力を垣間見れたのはよかった。かなり頼りになりそうだ。
 そこで夏海達は今夜の作戦会議にうつった。
 まず夏海がおとりになってベンチで彼氏を待つ振りする。それを遠巻きに二人が見張る
という手はずが整った。
 なるほど、遠くから見張りながら攻撃できるように桜の武器は弓になったわけか。
 一応考えてるんだなと夏海は感心した。


 

 

  俺も舐められたもんだな。男はベンチに腰掛けた夏海を林の影から双眼鏡で見つめてい
た。警察のパトロールが何度か夏海に近づくたびに、夏海は物陰に隠れてやり過ごしてい
た。女子高生がこんなところに一人でいては注意されるに決まっている。
 そうやって公園から追われることを嫌がっているという事は、俺を待っているという事
じゃないか。
 よほど自分の腕に自信があるのだろうが、相手の事もわからずに勝負を挑む馬鹿さ加減
をたっぷり教えてやるか。
 しかし、と男は考える。あの娘が一人きりだという確証は無い。
 助っ人が見守っている可能性もある。
 そして彼女が襲われたときに助けるのに適した場所は、あのベンチの裏手の土手の上あ
たりか。
 双眼鏡の位置をずらしてピントを合わせる。
 夜間でも明るく見えるタイプの双眼鏡だ。木の陰に隠れている二人の少女を見つけるの
にはそれほど時間もかからなかった。
 合わせて三人か。警察のパトロールをかいくぐりながら相手をするのには厄介な人数だ。
 今日のところは引き返すか。しかし、何もしないで帰るのも芸が無い。
 あの無鉄砲な獲物たちに少しお灸を据えてやるとするか。
 男は双眼鏡をバッグにしまうと音も無く林の中を移動していった。
 大きく迂回して夏海達の背後に回った男は、三段式の特殊警棒を手に持って土手に隠れ
ている背の高い女の背後に迫る。
 二メートル後ろまで来たとき、殺気に気づいた女が振り返った。
 迷彩服に黄色いサングラスをかけた男をすぐに敵だと認識した女の前げりが男の腹に叩
き込まれる。
 まともに入ったと思った彼女は次の瞬間その足を左手でつかまれて後ろに跳ね飛ばされ
た。
「なかなかいい蹴りだが重さが無い。こんな蹴りじゃ俺は倒せないぜ」
 尻餅をついた女に男が言う。
「動くな。矢で狙ってるよ。あんたが連続レイプ犯なんだろ」
 もう一人の女が背後から声をかけてきた。
 男は手を上げながらそっちを振り向く。
 女は小型の弓に鋭い矢をめいっぱい引いて男の胸を狙っていた。
 同時に男の首に後ろから鞭が巻きついてきた。
 跳ね飛ばした女の鞭だ。
 しかし男の動きは俊敏だった。首に巻きついた鞭を握りさっと横に移動すると木の陰に
隠れる。そのまま鞭をナイフで切って逆の手で特殊警棒を構える。
 ぐるりと身体を回転させて弓を持った女を襲う。木が邪魔で弓矢がうまく構えられない
女はとっさにそれを捨てて背中から別のものを取り出した。
 ヌンチャクだ。しかしそれもこんな場所では振り回せないだろう。
 男が警棒で殴りかかると、女はヌンチャクでそれを受けて後ろに飛びながらおとこの頭
頂を狙ってヌンチャクを振り下ろす。
 その鋭さに男は一瞬慌てたが、左手で受けて二撃目の突きを入れる。
 鋼鉄製の腕輪を巻いていなかったら骨が折れている所だ。
 二撃目の突きは手ごたえがあった。
「大丈夫?」
 ベンチでおとりになっていた夏海が駆けつけてきた。
 今日はここまでだな。男は素早く林を駆け抜けると公園の出口に向かった。
 女達は追っては来ない。突きの入った女はかなりの痛手なはずだから、追う気も無くし
たのだろう。
 気が緩んだとき、公園の出口でパトロールをしていた警官とばったり出会ってしまった。
 警官が誰何してくる。しかし幸いにも警官は一人だった。
「止まりなさい。警察です」
 男は歩を緩めて警官の前までゆっくり歩く。
「こんな時間に何をしていたんですか。ここでの事件は知っているでしょう。免許証か何
か身分証明できるものを持っていますか」
 警官のライトが男の顔を照らす寸前、男の持っていた警棒が警察を襲った。
 警官は何も言わずにその場にくず折れた。





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放射朗
柔道女4