18
 
 
 木谷も予想外の事態に狼狽しているようだった。
 李に加えて、今ではリーダーの浜岡も首に縄をかけられている。
 桜たちは、最も重要な男たちをそれぞれ人質にして拳銃を持った部下たちをけん制して
いるのだ。
 夏海の前蹴りが木谷の腹部を襲う。
 木谷はそれを避けながら夏海の足をはらう。
 しかしそこには夏海の足はすでになく、地面をけったその足で後ろに宙返りしながら木
谷の顎を捉えた。
 その一撃では木谷は倒れなかった。
 いったん身体をそらしたが、すぐに回し蹴りに来る夏海の足首をつかんで捕らえる。
 夏海は裏拳で木谷の顔を狙うが、片方の手でそれもつかまれてしまった。

「木谷。夏海を放しなさい。こいつらがどうなってもいいの?」
 桜だ。
 木谷はその声にも動じることなく、裸の夏海をやくざ達の側に引きずっていく。
 巨漢の田尻が夏海を受け取り羽交い絞めにした。
「この女が死んでもいいのなら、好きにしな。こいつを助けたいのなら、二人を放せ」
 木谷が今度は逆に桜たちを脅している。
 なんて馬鹿なんだろう。
 せっかく逃げ出せるチャンスだったのに。
 自分の暴走でそのチャンスを棒にしてしまった。
 夏海は羞恥の怒りに任せて自分より強い相手に無謀にも戦いを挑んだ自分に腹が立って
仕方がなかった。
「夏海を死なせるわけには行かないけどさ。この二人を放せば三人とも死ぬことになるん
だろ。それじゃあこっちも引き下がれないわよ」
 桜が苦しい言い訳をしている。時間を稼ごうというのだろうか。
 やくざの部下が五人。それに木谷と、人買いの部下が三人。
 さっき夏海がノックアウトした裕輔も今は復習に目をぎらつかせている。
 裕輔と巨漢を除いた部下たちは拳銃を構えている。
 人買いの部下三人も同じだ。
 銃さえ持ってないのだったら、乱闘に持ち込めば逃げるチャンスがあるかもしれないが、
今の状態ではそれも無理だった。
 桜に捕らえられている人買いの男が英語で叫んだ。
 人買いの部下が小声で確認するようにしゃべっている。
 うーん、こんなことならもう少し英語を勉強しておくんだった。
 さっぱり意味が聞き取れない。
 ひとつ頷くと、木谷が桜に近づいていく。
 その手には人買いの部下から手渡された拳銃が握られていた。
 
「今の言葉、わかったかな。李さんは自分の事は良いからこいつらを始末しろといったん
だぜ。ほら。やれるもんならやってみろよ。その瞬間お前も死ぬことになる」
 木谷の腕が上がり、銃口が桜の顔に向けられた。
 李は覚悟を決めたのか硬く目を閉じていた。
 桜の額に汗が光っている。
 ふと見ると、周囲の目は全部そこに行っていた。
 夏海を捕らえている巨漢も、気持ちがそっちに行ってる所為か心なし力を抜いているよ
うだ。
 今しかない。
 夏海は、一瞬力を抜いて、弾みをつけてから後ろに立っている巨漢の眉間に身体を折り
たたむようにして右足を飛ばした。
 巨漢の手が離れた隙に、尻を突き出して男を前かがみにさせると、男の腕を取って一本
背負いでコンクリートの床にたたきつけた。
 驚いて夏海に銃を向けるやくざたち二人の拳銃を回し蹴りで蹴り飛ばす。
 さらに身体を反転させてその横の男の銃をけり落とそうとしたが、すばやく避けられて
しまった。
 夏海に向けられた銃口が今にも火を噴くかと思われたそのとき、倉庫の扉が開き、外の
黄色い日差しが薄暗い中に慣れた夏海の目を一瞬かく乱する。
 しゅしゅっと何かをこするような音がしたと思ったら、銃を持った男たちが次々と悲鳴
を上げて、その鉄の塊を床に落としていた。
 男たちの手首には十文字手裏剣が深々と刺さっていた。

「遅くなったの。もう大丈夫じゃぞ」
待ちわびていた声が聞こえて、夏海は足の力が抜けるようだった。
 島吉の後から若い男が一人、それに夏海の父三造が続いて入ってきた。
 
 島吉の次に入ってきた若い男は、すばやく突進してきて銃を失ったやくざたちをあっと
いう間にたたき伏せた。
 起き上がって夏海を捕らえようとしていた巨漢の田尻は、三造の重たいパンチを顔面に
食らってあっけなく気絶した。
 
「海上保安庁にも連絡してある。諦めて降伏しろ」
 三造の声が倉庫内に響き渡った。
 浜岡と買い付け人は桜たちに縛られて床に転がされた。
「おい、何か着ろよ。目のやり場に困るだろうが」
 ほっとしてしゃがみこんでしまった夏海に三造が活を入れる。
 見ると桜たちは上着とスカートを身に着け終えていた。
 夏海も身支度を簡単に済ませる、でもそのとき一人足りないことに気づいた。
「木谷がいないよ」
「あいつ奥に回っていったみたいだった。出口があるのかもしれない」
 郁子が夏海に答えた。
「追うのならこれをもっていけ」
 島吉の言葉は桜に対してものもだったのだろう。
 島吉の持っていた杖が桜に向かって弧を描いて飛んでいった。
 サンキューと一言言った桜はそれを持っておくに向かう。
 郁子、夏海がそれに続いた。
 
 


 
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放射朗
柔道女4