16
 
「まだ暴れるなよ」
 木谷が夏海の縄を解きにかかった。
 切れ目は目立たないように手の中に隠していたから、その縄が切られているということは気
づかれずにすんだようだった。
 夏海は上半身を起こして、手足、首などのコリをほぐす。

「さて、かわいこちゃん、お兄さんが気持ちいい事してあげますからね。いやなら思い切り抵
抗していいんだぜ。アッパー一発で終わらせてやるから。それから服は全部脱がしてやるぜ」
 裕輔が不用意に近づいてくる。
「ちょっと待って。これじゃあ動きにくいから」
 闘志満々な裕輔に言ってから、夏海はスカートのホックをはずした。
 一時間目が体育だったから、スカートの下には体操着をはいている。
 昔はブルまーだったが、最近は好色な男の目を気にしてひざ上五センチ位のぴったりした半
ズボンだった。
 上半身は制服のままでもいいだろう。
「いいよ。準備できた」
 夏海が言って裕輔に対峙する。
 足元で桜の、足だよ、という声がした。
 ボクシングは格闘技としては強いほうだ。ボクサーのパンチは凶器といってもいい。
 刑事事件でもそんな扱いを受けていたはずだ。
 空手家や柔道家の技でさえ、凶器と見なされる事がないのにだ。
 一発食らったら本当におしまいだろう。
 当然夏海は少林寺拳法の守りのポーズを取った。
 攻撃には鋭さがかけるが、相手の動きを見切りやすい形だ。
「ひょう。空手かい? いいねえ、その澄んだ瞳が怪しく光る君がすきーなんてね」
 裕輔は軽口を叩きながらも、夏海の実力を測るようにやや間をおいて拳をあげると、左右に
フットワークを駆使しながらじわじわ夏海に近づく。
 夏海はすり足で円を描くように後退していた。
 すっと裕輔が踏み込んで、左のジャブを繰り出す。
 それは想像以上に速い動きだった。
 後ろにそらした夏海の顔の一センチ手前で裕輔のこぶしは止まるが、すぐに右手のフックが
追ってきた。
 それを夏海はかがんでよけて、伸び上がりながら左膝を裕輔の腹に叩き込む。
 決まったと思ったが、裕輔の反射神経は鋭かった。軽くかすった程度だった。
「へえー。驚いたぜ。確かに木谷さんが言うだけの事はあるみたいだ。こいつは単に犯すより
楽しくなりそうだ」 
 不意にテーブルの方で金属音が聞こえた。
 横目で見る暇もなかったが、木谷の言葉が説明してくれた。
「おいおい。裕輔はともかく、俺がいるんだぜ。そんなもの出すんじゃないよ。こいつらは大
事な商品なんだから」
 どうやら不安になった組員のひとりが念のためにか拳銃を出したらしかった。
 やっぱり三人でいきなり暴れるのをやめて正解だったようだ。
 
 そう思ってる間にも、裕輔の第二弾がやってきた。
 右、左とジャブを繰り出しながら間合いを詰めてボディーにパンチを入れてくる。
 夏海はバックステップで大きく間合いを取ると、右回し蹴りを裕輔の顔面に放った。
 これで相手が下がったら、そのまま体を回して左足で裕輔の足を引っ掛けるつもりだったが、
裕輔は瞬間移動するくらいの速さで前に出てきて夏海の顎を狙って鋭いアッパーを放った。
 一瞬負けたと思った。
 しかし幸運にも下がろうとした夏海の踵が何かに当たり、身体が沈んだことで間一髪裂ける
ことができた。
  そしてそのまま床を転がって裕輔の膝の裏に蹴りを入れた。
 裕輔の身体が糸の切れた操り人形みたいにバランスを崩す。
 夏海はさらに身体を反転させて、裕輔の後頭部に踵を叩き込んだ。
 白目をむいてコンクリートの床に裕輔が倒れる。
 
 手を叩く音が聞こえた。顔の汗を手の甲でぬぐいながら夏海が見ると、木谷がさも嬉しそう
にニヤニヤしながら夏海を見ていた。


 
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放射朗
柔道女4