ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人

 

 9


「なるほど、それでうまく出来たわけ?」
 隣の洗い場で荒木さんが頭にシャワーをかけながら聞いてきた。
「もちろんビシバシですよ、と言いたい所なんですけど、実はうまくいきませんでした」
 男として恥ずかしいことだけど、不思議と荒木さんには素直に本当の事が言える。
 僕もシャンプーを手に取ると髪の毛を洗い始める。

 泡立てながら、昨夜のことを思い出した。
 ベッドに移って、裸のみゆきの胸にキスしていた事を……
 乳首を思い切り吸ってやると、みゆきは切ない声を上げ始めた。
 そのまま口元を下げて、みゆきの腹から下腹部に移る。
 思ったより濃い目の陰毛を掻き分けると、久しぶりに見る女性器がたっぷりとした泉に
なって僕を迎えた。
 懐かしい匂いに、懐かしい味。胸が苦しくなりそうだった。
 固くなったつぼみに舌を絡め軽く吸うと、みゆきの声はさらに大きくなった。
 
 しかしこのあたりから、僕の体が少し変化していた。
 それまでカチンカチンに硬直していたものの感触が変わってきたのだった。
「来て下さい」
 みゆきの言葉に応じる形で、僕は身体をずらして挿入を試みたが、うまく入っていかな
い。
 嫌がってでもいるように、先端が入っていかない。
 異変を感じたみゆきが、今度は僕を仰向けにしてから身体を愛撫していく。
 上手な舌使いで、僕のものは包まれ、一番感じる部分が刺激を受けていく。
 快感が身体を突き抜けるが、妙なことに気持ちは冷めていくだけだった。

「そんなわけで、結局立たなかったんですよ。結構たまってるはずなんですけどね、かっ
こ悪いですよね」
 僕はシャワーをかぶりながら、荒木さんを見ないで言った。

「彼女はがっかりしてた?」
「まあそうかな。あきれたって感じでしたかね」
 みゆきは、いくら愛撫しても元気を取り戻さない僕のものを見て、最後にあきらめたの
か一言言った。
「結局、杉田さんって奥さんが怖いんですね」
 僕は、そうかもしれないね、どうしようもないから帰るよ、といって服を着た。

 みゆきは間違っていたがわざわざ訂正することもない。
 僕の物が立たなかったのは、妻のことを考えたからなんかじゃなくて、荒木さんの事を
考えていたからに違いないからだ。

「今日は、その子はどんな感じだった?」
「いえ、今日は見かけませんでした。休んでたみたいです」
 頭をシャワーで流す。
 泡がきれいに落ちた頃を見計らって、タオルで髪の毛を軽く拭くと、荒木さんを見た。
 彼は僕ににっこりして、脅されずにすんだのかもしれないなと言った。
「なんのことですか?」
「君はその子が言ってること、全部信用したわけ?」
「ええ、まあ。疑う理由もなかったし」
 荒木さんは何の話をしてるんだろう。
「でも君の同僚の話とは違っていたんだろう、となるとどっちかが嘘をついてることになる」
「ああ、そういうことですか。そりゃ、田上は無理やりやるような奴とは思えないけど、
やったとしても僕にそんなこと言えないでしょう」
「でも、彼女と君が話せばどっち道ばれることじゃないか、隠す理由はないだろ。それにば
れた場合、君が彼女側に付くことは十分予想されることだ」
 そう言われてみればそうだ。
 実際ばれたわけだし。
 それに、田上に子供がいなかったとしたら、僕はみゆきを応援していたかもしれない。
 
「じゃあ、どういうことなんですか?」
「彼女の言ったことに嘘があった可能性が高いと思うな、俺は」
「でも何のために?」
「決まってるじゃないか、君とセックスするためさ、その子の話を信じたから君は田上君
の家庭を壊さないように、その子と寝ることにしたんだろ」
「それはそうだけど、そこまでするかな」
「昨日の君達の部屋にビデオカメラがセットされてたりしたらどうかな」
「何言ってるんですか?」
 つい大声を上げてしまって、他のお客さんが驚いていた。
 でも今の僕にはぜんぜん気にならなかった。
「君を脅すつもりだったんじゃないかと思うんだ。でも君はできなかった。脅す材料が得
られなかったってわけだ」
「脅すなんて、何のために」
 独り言のように口から自然に言葉が出る。
「君が好きだったんだろうな。離婚を迫るつもりだったのかもしれない」
 頭を洗ったあと、そのままだったから、体が冷えてしまった。
 一回くしゃみをした後、僕は湯船の方に向かうことにした。
 荒木さんも身体を流した後ついてくる。

 本日の薬湯はゆず湯だった。
 黄色いぬるめのお湯にゆったりとつかる。
「あの子がそんなことするなんて思えませんよ、やっぱり」
「人の内面なんて、そうそう分かるもんじゃないさ」
 荒木さんはお湯を手ですくって、気持ちよさそうに顔を浸した。
「でも、彼女が実行しなかったのなら、本当の事はわかりませんね」
 わからないほうがいいと僕は思った。
「田上君に聞いてみるといいよ、昨日ホテルの予約をしたのかどうか」
 そうか。
 たとえば彼女が荒木さんの言うような計画を本当に考えていたとしたら、昨日の時点で
僕の弱みをつかむことになるから、そうなったあとなら自分の言葉に嘘があったことがば
れても平気だということになる。
 彼女の言葉に嘘があったのかどうかは田上に聞けば簡単にわかるだろう。

 股間に変な感触がした。
 荒木さんの手が、僕のそこに伸びていたのだった。
 薬湯だから他の人には見えないのだ。
「何でできなかったのかな」
 耳元で荒木さんが囁いた。
「もう、わかってるくせに」
 僕も手を伸ばすと、荒木さんのタマタマを指で弾いてやる。
 うっと言ってしかめた荒木さんの顔に、僕はお湯をぱしゃりとかけてやった。

 泡風呂にも入って、身体を十分温めた後、僕達は露天の方に行って見た。
 暗い中でいくつかのライトが足元を照らしている。
 空気は冷たかったが、火照った身体にはちょうどよかった。
 今夜も、小さな雪の粒かぱらぱらと降ってきていた。
 中年ぶとりとは程遠い荒木さんの身体を、つい感心してみてしまう。
 それに全身日焼けしていて精悍だった。
 日に当たることの少ない僕の体が妙に生白く思える。

「ジムで鍛えてるんですか?」
 露天のヒノキ風呂に二人おさまったところで聞いてみた。
「いや、時々ジョギングしてる程度だよ」
「あと、よく焼けてますよね、冬だというのに」
「日焼けサロンには時々行ってるな、夏は海で焼くけどね」
「でも、パンツのラインもないんですね」
 下半身も日焼けの具合は上半身と同じだったのだ。
「人のいない海では真っ裸で焼くこともあるよ」
「本当ですか? 誰かに見られるとまずいでしょう」
「誰もいない浜って、案外多いんだぜ。今度一緒に行くかい?」
「でも、まあ夏になったらですね」
 そう答えたけど、自分はあまり日に焼けるのは好きじゃない。
「でも、ぜんぜん下腹が出てない40代の人って珍しいですよ」
「そうなのかな。もともと太らない体質なんだ」
 そういう人はたまにいるようだ。
 僕もそれほど太ってるわけではないけど、運動不足は否めない。
「僕もジョギングでもしようかな」
「そうだな。少し鍛えた方がいいかもしれない」
 荒木さんは筋肉質の体形が好みなんだろうか。
 だとすると、僕はあまりタイプじゃないかもしれないな。
 聞いてみたかったけど、なんとなく聞けなかった。
「でもここはなかなか立派だね」
 湯船の中の荒木さんの手に刺激を受けて、僕のものはしっかり元気になってしまった。
 このままじゃ湯船から出られない。
「勘弁してくださいよ、人が来ると困りますよ」
 逃げようとする僕の後ろに回った荒木さんは、後ろから手を回してきた。
 思わず声が出そうなくらいに感じてしまう。
「まだ男と寝たことはないって言ってたよね。俺にナビゲートさせてくれよ」
「ちょっと待ってください。僕はまだそこまでは……」
 そこで他の客が近づいてきた。
 荒木さんも離れるが、僕のものはまだ固くなったままだ。
 お湯の中だから見られることはないと思っても、焦ってしまう。
「じゃあ、釜風呂行こうか」
 荒木さんが立ち上がり、露天の隅にあるスチームサウナに歩いていく。
 僕は横の男に見られないように、タオルで前を隠しながら後をついて行った。




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