ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人

 




 思わずのけぞってしまった。
「何言い出すんだよ、冗談は止めてくれよ」
 もう少しでコーヒーを噴き出すところだった。
「冗談じゃないですよ。私が杉田さんを愛してること、聞いてるんでしょ。一回だけでい いんです」
 あきれるのは今日何度目だろう。
 こんな条件つけてくるなんてびっくりだ。
「奥さんのことを愛してるから、裏切れないんですか?」
 その言葉の中には、蔑視とも嘲笑とも思える響きがあった。
「そんなわけじゃない。わかったよ。一回だけなら、付き合うよ」
 僕が言うと、みゆきはレシートを持って立ち上がった。
「上に部屋が用意してあります、行きましょう」
「え? 今から?」
 あわてる僕を尻目に彼女は清算に向かう。
 罠にかけられたのは僕の方なのか?
 でも、坂口みゆきは、十分きれいといってもいい容貌をしているし、まだ25歳でピチピチだ。
 今までの僕なら、渡りに船という感じで飛びつくところだろう。
 でも、今日は少し違っていた。

 荒木さんとのキスがよみがえる。
 あの時、僕はすごく興奮していた。
 それと同じだけの興奮を、今から味わえるのかどうか、ちょっと疑問に思えていたのだ。

 フロントでキーをもらったみゆきの後について、エレベーターに乗り込んだ。
 片側がガラスになっていて、エレベーターが上りだすと、外のビルの明かりが見えてきた。
 他に乗るも者もいない二人きりのエレベーターの中で、みゆきが抱きついてくる。
 以前なら、わくわくする瞬間だ。
 自然に股間のものは硬くなってくる。 ジーンズの中で窮屈そうにそれは身もだえしている。
 でも、なんだか本心では気乗りがしなかった。
 ちょっと前までは頼み込んでまで妻に迫っていたのに……。
 硬くなった僕の股間に自分の腰を押し付けてくるみゆきに対して、一瞬吐き気を覚えた。

「ついたよ」
 エレベーターが止まったのを幸い、彼女の身体を離す。
 そんな僕の心の中など知る由もないみゆきは、僕を見上げてにっこり笑い、部屋に向かって歩
き出した。

「お風呂に水入れますね」
 部屋に入ると、奥のバスルームにみゆきは消えていった。
 この部屋はやっぱりみゆきが予約していたのだろうか。
 ひょっとして、田上とも何度かここを使っていたのかもしれない。
「すぐたまりますよ」
 バスルームから帰ってきたみゆきは、コートを脱いで入り口近くのドレッサーにしまいこんだ。
 僕もとりあえずジャンパーを脱ぐ。
「ここは、君が予約したの?」
 さらに上着を脱いでいる彼女に聞いてみた。
「田上さんに予約してもらいました。もちろん部屋代は先払いで」
「それが最後の条件だったのか」
「いいでしょ。杉田さん、私のこと嫌いですか?」
 上目使いで見つめる彼女の眼は濡れていた。

「嫌いじゃない。君みたいに若くてきれいな子を嫌う男は普通そういないよ」
「よかった。じゃあ、楽しみましょうよ」
「そうだね」
 話をあわせながらも、不気味なものを感じていた。
 しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない。

 僕は裸になると、バスルームに入った。
 しばらくして、うつむき加減のみゆきが来た。
 そこには二人がゆったり入れる湯船があった。
 
 湯船の中で身体を密着してくるみゆき。
 どちらからともなく顔を近づけてキスをする。
 熱い舌が僕のそれと絡まっていく。
 ちょっと苦い味がした。
 すぐにタバコの味だとわかった。
 この子はタバコを吸うのか。
 いまどき女性がタバコを吸うのは珍しいことじゃない。
 むしろ、レストランなんかでは男よりも目に付くくらいだ。
 僕も以前は吸っていたけど、子供が生まれたときにタバコは止めていた。

 そういえば、荒木さんもタバコは吸わないんだな。
 あの時のことがよみがえる。
 僕の物の変化を察知したみゆきが、それを握ってきた。
 軽く手を上下して刺激をくわえてくる。
 湯船に波が起こる。
 僕も負けじと、みゆきの小ぶりの胸を揉み始める。

 そうだったな。
 セックスってこんな感じだった。
 僕はそれ以上何も考えないようにして、成り行きに任せた。




 NEXT