ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人

 



 
 土曜と日曜は特に変わったこともなかった。
 僕は休みだし、荒木さんに会いたかったが、彼は休みのほうが忙しい仕事なのか、ちょ
っと都合が悪いということだったのだ。

『今度、火曜日の夜にでも一緒にスーパー銭湯行かないかい? 君の裸が見てみたい』
 休みの間の収穫はそのメールだけだった。
 しかし、十分僕をご機嫌にしてくれるメールだ。
 スーパー銭湯は僕もよく行くけど、夜に行くのは初めてだ。
 いつもは土曜の午前中なんかに行っていた。
 夕食後に出かけることになるが、響子が横槍入れることもないだろうと思って、すぐに
Okの返事を出していた。

 月曜日の仕事は、いつもだるい気がしていたが、そんなわけで今日は気分爽快だった。
 考えてみると、僕はこのところ楽しみのない生活を続けてきたのかもしれない。
 もちろん子供の成長を見るのは嬉しいことだし、妻に対しても、性生活以外に不満はな
い。
 いつもは冗談を言い合って、楽しい家庭だったはずだ。

 でも。
 その暮らしの中には恋愛していた頃の、スリルや胸が苦しくなるほどの喜びはなくなっ
ていた。
 そしてそれが当たり前だと思っていたのだ。
 そう、当たり前だろう。
 不倫なんかをしてる男女を除けば、結婚して子供ができた家庭の男はそういう生活が普
通なのだ。
 
 娯楽といえばテレビのナイター中継を見ること。ビールと枝豆があればなおいい。
 そんな父親像が浮かんできた。
 テレビドラマや小説なんかではあまり登場しないが、そういう父親が普通なのだ。
 でも、それで満足しないといけないという決まりでもあるだろうか。
 胸がときめく何かがあるほうが、それのない人生よりもずっとすばらしい。
 誰にも迷惑かけないのなら、その方がずっといいはずだ。
 
「おい、昼飯、外に出ないか?」
 キーボードでテキストを打っていると、左に立った田上が小声で言ってきた。
「おごってくれるわけ?」
 期待したわけでもなく聞いてみると、意外なことにうなずいた。
「ちょっと相談があってさ」
「そういえば、金曜日、坂口と一緒だったんだね」
「ああ。まあそのことで」
 彼は僕の背を軽くたたくと、じゃあ後でと言って離れていった。

 田上の相談事なんか、しばらくすると忘れていた。
 その代わりに僕の心を占領しているのは、もちろん荒木さんだ。
 先日のデートでのキスの味がよみがえる。
 あの後は、とり立てて進展することなく二人は帰路に着いた。
 でも、もしあの時ホテルにでも誘われていたら、僕は着いていったんじゃないだろうか。
 男に対して性欲がわく事はなかったのに。
 女として扱われることに対しては、心地よい安堵感があった。

 男を抱きたい気持ちはないけど、女みたいに抱かれることが僕は好きなんだろうか。
 だから、男に対して好きなタイプというのはないのかもしれない。
 能動的に性欲を発散したい衝動がなく、受け入れる側だとするなら、相手に対して特別
な思い入れは必要ないのだろうか。

 でもそうじゃない。
 やはり、荒木さんに魅力があるから僕は受け入れたいと思うのだろう。
 男には、好きな女性のイメージが割とはっきりしていることが多い。
 しかし女性にはそれほど確固としたイメージはないのではないだろうか。
 背の高い人が好きとか、肩幅の広い人がいいとか、わりと漠然とした、体格のいい男の
イメージしかないのではないか。

 それは、男は女にアタックをかける側で、女はそれを受け入れる側だからだ。
 女はたくさんの男をひきつけるために着飾り、男はそれを落とすために地位や経済力を
高める。
 なんとなく、僕自身に好きな男のイメージがないことや、男の裸を見てときめかない理
由が分かった気がした。

 実際良く聞く話だけど、女性は男の裸を見ても、逆の場合ほど興奮したりしないものだ
から。





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