ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 
 
三章 別離

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 メール受信のマークが点灯していた。
 朝っぱらから、送ってよこすのは片岡さんだろう。
 入院も四日目が過ぎたところだった。
 朝ご飯のトーストをかじりながら、携帯を開く。
「メール?」
 響子がテーブルの向かいから聞いた。
「ああ、片岡さんだ。アルコール性肝炎って、大して苦しくないのかな。まあ、軽いうちだったのかも
しれないけど、退屈なのかしょっちゅうメールしてくるよ」
「メールっていいね。僕も携帯電話ほしいな」
 左横の修一が口の端のマーガリンを手で拭った。
「修一はまだよ。高校生になったらね」
 修一の頬についたマーガリンを響子がティッシュペーパーで拭き取る。ありきたりだけど実に幸福
そうな家庭の風景だ。

 席を立ってリビングに移ると、ソファに腰を沈めてメールを開いた。

『おはよう(*^_^*)飯食ったか?俺の方は今終わったところ。かなり体調も回復してきたぞ。見舞いに
きてくれよ。しゃぶってくれとまでは言わないからさ。』
 今日は木曜日か、早く上がれたら病院によってみるかな。
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 夕方五時のサイレンが微かに窓の外から聞こえてきた。
 仕事も一段落しところだった。

 周囲は終業時間が近づいてきて、ざわめいている。
 凝った肩をぐるぐる回してる者、伸びをしてる者缶コーヒーを買いにいく者、それぞれだ。
 書類の整理をして、パソコンを終了する。
 決まりきったいつもの作業を終わらせて、僕は椅子にかけていたジャケットを羽織った。

 片岡さんの入院している病院は、会社から車で30分ほど行った山の上にある。
 途中のコンビニで、暇つぶしの雑誌と、のど飴を買った。
 雑誌は、ちょうどでたばかりの二輪雑誌を買った。
 二月半ばの、一年で最も寒い時期だけど、此処数日は暖かい日が続いている。
 このまま春になってくれればいいが、そうも行かないだろうな。
 あと一回くらい雪が降るだろう。
 でも、雪道を走る機会はもうないかもしれない。
 少し寂しい気もする。

 冷えた空気と闇の中に、片岡さんの入院している病院の看板がちらちらしながら見えてきた。

 外来診療も終わった一階ホールは、電気も消えて薄暗かった。
 病院の独特の匂いは、消毒薬の匂いかな。
 それを嗅ぎながら、階段を三階まで上った。
 病室の番号の横の、ネームプレートを見ながら部屋を探す。
 病床も60床ほどしかない小さな病院だ、すぐに部屋は見つかった。

 6人部屋だったが、その部屋には片岡さんと、もう一人が寝ているだけだ。ほかのベッドは空き
ベッドだった。

「やあ、来てくれたんだ。嬉しいな」
 子供みたいな笑顔で僕を迎えてくれる。
 そんな片岡さんにほんのりとした愛情を感じてしまう。
 窓際にある片岡さんのベッドの横に、折りたたみ椅子を広げて僕は座った。
「暇つぶしの雑誌買ってきました。それとあめ玉も」
 コンビニの包みをベッドを横断する歩道橋のような細長いテーブルに載せた。

「おお、サンキュー。体調良くなるのは良いけど、その分退屈になってくるんだよな、入院生活と
いうのは」
「しょうがないでしょう。体が治ってきたのなら、文句は言っちゃだめですよ」
 見たところ、先日と比べてだいぶん顔色が良くなっている。
 不健康な茶色い顔が、ピンクが勝ってきて、色も薄めになっていた。
 瞼のむくみもとれて全体にすっきりした感じになっている。
部屋の対角線にいた患者が、ベッドから降りると部屋を出ていった。
「お、気が利くな。さすが」
「なにが気が利くんですか」
「恋人たちの甘いひとときを邪魔しちゃ悪いと思ったんだぜ、きっと」
 一瞬、相部屋の男もその気があるのかと思った。そんな訳ないか。
「ばかばかしい。変な想像しないように」
 でも、僕もそんなこと言いながら、カーテンを引いて片岡さんのものを口でくわえるところを思い
浮かべてしまった。
 ジャーと音がした。片岡さんが、カーテンを引いて周囲の目をさえぎる。
 にんまり笑みを浮かべた彼は、腰を浮かせてパジャマを下着ごと引き下ろした。 
「だめですよ」
 力のない僕の抵抗。
 病院のスタッフが来たらまずい。
 こんな所で出来るわけがない。
「ほら、もうこんなになってるんだぜ」
 片岡さんの股間のものは、すでに最高に勃起して、湯気が出てるように見えた。
 血管の浮いた木の根っこ状の棒。
 先端は小さい溝が泉になっている。その周囲は凶暴な雁首だ。
 つい引き寄せられた僕の臭覚に、つんとくるすえた臭いが襲ってきた。

「うわ、お風呂入ってないんですか?」
「まあそうかな。でも身体ふくくらいはしてるぜ」
「だめだ、やっぱり無理ですよ」
 僕が立ち上がると、片岡さんが手を伸ばして僕の股間を触りだした。
「ちょっと、まずいですよ」
「大丈夫だって、もう看護婦が来ることもないから」
 ひどく抵抗しないから、片岡さんの指が僕のジーンズのボタンをはずした。
 そしてチャックが下ろされて、ジーンズは下着ごと膝まで下げられた。
「おまえも元気になってるじゃないか、気が合うんだよな」
 所詮僕も片岡さんと同じ男だってことか。
 腰に回された手に引かれて、僕はベッドにいっぱいまで近寄る。
 先端を口に含まれる。
 ため息が出てしまう。
 膝から力が抜けるようだ。
 立っているのがやっと。
 ずずっと吸い込むように、僕のものが片岡さんの喉の奥まで入っていく。
 あ、と思わず声が出てしまう。
 カーテン一つで隔てられた病室のベッドで、フェラされているなんて。
 いきなりカーテンが開けられて、看護婦さんが入ってきたら。
 腰を引いて逃げなきゃと思っても、僕の身体は言うことをきいてくれない。
 快楽の奴隷になったかのように、今の快感をさらに高めることだけを考えている。
「いきそうです」
 小声で告げる。
 ティッシュは?
 薄目をあけて、位置を確認。
 ベッドの隅に置いてあった。
 波が次第に高まって、一気に堤防を越える。
 
 ドン、バシュッという波のはじける音が聞こえた。


 
 
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