ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 
 
三章 別離




診察室の扉が開いて、肩を丸めた片岡さんが出てきた。
 採血をしたのだろう。左手は肘の上まで袖をまくって、右手で肘の辺りを押さえている。
 出てきた彼は、僕を見て口元を少し緩めた。

「しばらく入院だってよ。やっぱり肝臓を悪くしてたみたいだ」
 僕の横に腰を下ろした片岡さんが、一つ咳をして言った。
「やっぱり肝炎か。それで、何型だった?」
 僕を挟んで荒木さんが身体を傾けるようにして片岡さんを覗き込み、聞いた。
 僕も片岡さんの答えに注目する。

「しかしなあ、そんなに飲んでたわけじゃないのにな。なんでかな。アルコール性の肝炎
だってさ」
 荒木さんに対して、初めて片岡さんが笑い顔を見せた。無精ひげを右手でぷちんと引っこ抜く。

 アルコール性と言うことは、ウィルス性ではないという事だ。
 それなら僕に感染している心配もない。
 もちろんエイズの心配もしなくて良いことになるはずだ。

 僕は大きく息を吐き出した。
「良かった。入院しないといけないのは困るけど、ひどい病気じゃなかったんですね」 
 僕が言うと、片岡さんは僕の手を握って、うんとうなずいた。
「アルコール性か。まったく人騒がせな奴だな。入院してしっかり酒を抜くんだな」
 荒木さんも、口は悪いけど、安心した気持ちが表情に表れていた。やれやれだ。

 結局片岡さんは、そのまま入院する事になり、僕と荒木さんは一旦片岡さんの家に戻って、
入院の為の荷物を持ってくる事になった。

 主人のいない家に入り、バッグに下着やパジャマを入れる。
 タンスの引き出しを閉めていたら、荒木さんの腕が後ろから回ってきた。
 駄目ですよと言いながら振り向くと、荒木さんは僕の顔に唇をよせてきた。

「ちょっと荒木さん」
「安心したらしたくなった」
 後ろから回った手は、左側は僕の胸をまさぐり、右手は股間に及んだ。
 左の乳首をつままれて、痛みにも似た気持ちよさが生まれる。
 そういえば、同性愛を知ってからすっかり胸での快感を覚えさせられてしまった。
 切ないような嬉しい様な……
 
「そんな。人のうちで」
 言いながらも、僕も強くは抵抗しない。
 荒木さんに引きずられるようにして、僕は畳に倒れ込んだ。
 冷たい畳の感触が腕に伝わってくる。
 荒木さんの手が僕のジャンパーを脱がせにかかった。
 火の気もない寒い部屋で、僕は下着代わりのTシャツ一枚になる。
 下半身は自分から脱いでいた。
 犬のように鼻を鳴らして、熱い舌を僕は欲しがる。
 冷えた畳を背中に感じながら、僕の両足は荒木さんに担がれる。
 そして、昨夜の名残か、ぬめるアヌスに弾力のある先端が触れた。

 荒木さんの腰がぐっと入ってくる。
 その拍子に、僕の濡れたアヌスはぐいっと広げられ、一瞬の痛みの後、信じられないほど
の快楽がそこから生じる。
 すぐに背中の冷たさは感じなくなった。
 昨夜もしたばかりなのに、セックスがしたくてたまらなくなる。
 片岡さんの家にいるというのに、主人の居ないすきに、こんなことをしてるという事が、
僕の頭を熱くする。

 僕だけじゃない。
 きっと荒木さんも同じなんだろう。

「エイトの好きな生挿入だぞ」
 上半身を僕に密着させた荒木さんが僕の耳たぶをかんだ。
「だめ。片岡さんに……荷物を届けないと」
 そんな僕の言葉は二人の興奮を助長させるだけだった。

 そして、それを僕は痛いほどよくわかっていた。



NEXT