ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 
 
三章 別離


 



 実はその後のことはよく覚えていない。
 その夜は、ホテルに荒木さんと泊まったのだけど、翌朝、目覚めてみると、裸で荒木さ
んの横に寝ていたから、そうとわかるだけで、二人でホテルに入ったことなどまったく記
憶になかった。
 しかし、携帯メールで響子に、『同僚の家で飲んでるから、このままここに泊めてもら
うから』と連絡は入れていた。

「おはよう。お尻痛くないか?」
 最初に頭がずきんと来て二日酔いだとわかった。
 荒木さんが僕の横で肩肘ついて眼を開けた僕を見下ろしていた。
 裸の肌が密着した感触があった。
「頭は痛いけど、お尻は……少し痛いです」
 頭の痛みで気づかなかったが、軽く肛門に力を入れてみたらずきんと来た。
「昨夜のこと、覚えてないんだろ」
 実はその通りですと答えると、荒木さんは身体をずらせてベッドから降りた。
 40代も後半に入ってるというのに、荒木さんの身体には余分な脂肪はあまり見当たら
ない。背筋の盛り上がりがセクシーに見えた。
「覚えてないのか、残念だな。いい夜だったのに」
 下着を着ながら、荒木さんが意味深な目線を送ってくる。
「なんですか、意地悪なんだから。教えてくださいよ」
「教えてもいいけどな。まあエイトが望んでいたことをしてやったって事」
「どういうことですか?」
「エイトの中でいったって事。君はすごく感動してたぞ。初めて荒木さんと一体になれた
ってね」
 そんなことがあったのか?
 もし本当なら、いや荒木さんが嘘つく理由もないはずだし、きっと本当なんだろう。
 覚えてないのはすごく残念だ。

「今日は仕事だろ」
 腕時計をはめながら荒木さんが言う。
「今、何時ですか?」
「6時10分」
「荒木さんは、仕事は?」
「俺は休むことにした」
「じゃあ、僕も休むことにします」
 頭を押さえながら僕は起き上がった。
 8時過ぎに会社に電話入れれば良いだろう。
 有給休暇はまだたくさん余っていたはずだ。

「そうか、ちょうどいいな。朝食済んだら片岡って奴のところに行こうか」
「え?どういうことですか?」
 対決する気か?
 まさかとは思うけど、二人が殴りあうシーンがよぎった。
「具合悪いんだろ。様子見に行こう。エイズじゃないかって心配なんだろ」
「荒木さん、まさか医者だったりしますか?」
 まだはっきり職業を聞いてなかったのだった。
「医者じゃないけどな。46年も生きてればいろんな病気を見てきてる。少しはわかるよ
うになるもんだぜ」
 そういうものかな。35年生きてきた僕はまったくわからないけど。
 でも車がない。僕の車は会社に置いたままだった。
 荒木さんも車じゃないだろう。
「ああ、車なら大丈夫だ。昨夜乗ってきてる」
「え?じゃあ飲酒運転してきたんですか?このホテルまで?」
「違う。昨夜は飲めなかったからな。誰かに絡まれてさ。頼んだ酒はそのままで出たから
ここまでは車で来た。昨夜飲んでたら車はそこのガレージにおいて帰るつもりだったのさ」
 そういうことか。
 でも二人を会わせていいのかな。片岡さんはどう思うだろう。
 あまりいい気はしないだろうな。
 でも、エイズかもしれないなんて僕に言う片岡さんの無神経さにも少し腹が立っていた
から、僕は敢えて荒木さんの提案を飲むことにした。

 服も着ないで窓際に行きカーテンを開いた。
 外はまだ暗い。
 真冬の午前6時では当然か。
 空は曇ってるようだった。目の前には夜の海の景色が広がっていた。
 横に立った荒木さんが僕の腰に手を回した。
 顔を上げると、無精ひげののびた荒木さんの顔が近づいてきた。





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